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本編
第24話
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搬送先の精神科医によるカウンセリングの結果、ユウは療養のため東京郊外にある心療内科に転院となった。セナは転院当日にユウに付き添い、番組ロケなどのスケジュールで忙しくしていたタビトとアキラはその数日後病室を訪れた。ヤヒロはいずれの日も顔を見せなかった。
「調子どう?」
タビトは頼まれていた雑誌や漫画の入った袋を手渡しつつ、ベッドの上のユウに問う。受け取った彼は青白い顔で力なく笑っただけだ。
メンバーへは、社長のムナカタから詳しい説明があった。ユウは拒食症と軽度の鬱を併発しているという。摂食障害に関してはもう何年も前から悩まされており、モデル時代は拒食症ではなく、食べては吐いてしまう過食症と診断されていたようだ。
タビトは部屋の隅にある丸椅子をベッドの横に引き寄せて座った。備え付けの棚の上に飾られているフラワーアレンジメントを見つめていたアキラは、ベッドの上に目を転じて訊ねる。
「いろいろ検査したんだって?……めまいの原因はわかったの?」
「低血糖と貧血と――なんかいろんなことが原因なんだって。あと、痩せすぎって言われた。食事抜くことが多かったからかも」
ユウは袋の中身を確認しながら、どこか他人事のように言った。
彼とはアイドル候補生時代からの仲だが、当時から線が細かったという印象がある。スリムな姿しか知らないからなのか、今こうして見ても病的に痩せているといった感じはしない。
黙って立ち竦んでいたアキラはようやくベッドに近づいた。
「ごめんね……気付いてあげられなくて」
「自己管理できなかった俺が悪い。迷惑かけてごめん」
やり取りを聞きながらタビトは、モデルのサラがロケバスで言っていたことを思い出していた。
摂食障害が今に始まったことではないのなら、強いストレスを感じるたびに過食と拒食を繰り返しているのかもしれない――ユウが抱えている苦しみを目の当たりにし、遣る瀬無い気持ちでいっぱいになる。
「元気になって戻ってくるの待ってるからね。今はなにも心配しないで、ゆっくり休むんだよ?」
アキラがユウに言ったそのとき扉がノックされ、ホズミが入ってきた。後ろに撫でつけた黒髪はわずかに崩れ、ネクタイが歪んでいる。いつものスマートな彼とは真逆の姿だ。
「電話に出ないと思ったら、やっぱりここにいたか」
「あ……ごめん、気づかなかった。マナーモードにしてたから」
タビトがポケットのスマホを見て言い、謝罪を口にする。ホズミは首を横に振ると、疲れた顔を手で拭った。
「なにかあったの?」
「ああ……大変な事態になりそうだ」
苦々しく吐き捨てたホズミの沈鬱な表情を、蛍光灯の光が煌々と照らし出す。彼は眼鏡を外すと、指先で目元をこすりながら呼びかけた。
「――アキラ、タビト。おまえたちも聞いてくれ」
ベッドの淵に腰かけたホズミの横顔に、全員が視線を寄せる。今やユウよりもホズミの方が憔悴して見える。彼は苦しげに眉を寄せたまま、ネクタイの結び目に指を入れ首元を緩めると、溜息と共に話し始めた。
「近々、オフィスウイルドに労働基準監督署の調査が入ることになった。実のところうちの会社は……労働時間の上限超過が常態化しているし、法定休日も適切に付与されていない。この問題が明らかになれば――是正勧告を受けることになるだろう。そうなると、これからのスケジュールを調整しなきゃならなくなる」
それを聞くなり、ユウが顔色を変える。
「もしかして……俺が倒れた原因を突き止めるために労基署が動いたん?」
「ウル・ラドとはマネジメント契約しているだけで雇用関係じゃないから、調査対象になるのはオフィスウイルドの社員だけだ。労災かどうかを調べにくるわけじゃないらしいし、あの事件とは無関係だよ」
「タイミング的にぜってー俺のせいじゃん」
ユウが消え入りそうな声で言うと、ホズミは眉を下げ薄く笑った。
「芸能事務所は違法な長時間労働の温床だからな。遅かれ早かれ調査が入ったさ」
「ねえ……スケジュールの調整ってつまり、仕事が削られるかもしれないってこと?」
アキラがホズミに詰め寄る。
「是正勧告が交付されたら従うしかない。そうなれば当然、断らなきゃならない仕事も出てくるだろうな」
こめかみをおさえ、溜息交じりに続ける。
「ユウの活動休止に加えて、事務所の不祥事……すぐにマスコミが嗅ぎ付けるはずだ。申し訳ないが、しばらく不必要な外出は控えてほしい。スケジュールの組み直しのときは、おまえたちの意見も聞かせてくれ」
黙って聞いていた彼らは神妙な顔で頷く。ホズミは体ごとユウの方に向き直ると、言葉を続けた。
「体調を崩すまで気付いてやれなかったなんて、マネージャーとして管理不行き届きだった。生き馬の目を抜く芸能界で生き残るためとはいえ無理をさせすぎたよ。本当にすまなかった」
「ホズミさんまでやめてよ……」
うんざりといった顔で、ユウが溜息をつく。
「アキラにもさっき言ったけど、俺が悪いんだってば。もう大人だし、誰かのせいになんてしねーよ」
「大人って言ったってまだ19になったばかりだろ。それに大人でも、ひとりじゃどうにもならないことだってある。――ユウ、」言葉を切って、真剣な眼差しのまま続けた。「誰にも言えないで抱え込んでることがあるんじゃないのか?」
ユウは白い布団の上に視線を落としたまま、血の気のない唇を固く結んでいる。
口を割るつもりがないことを見て取っても、ホズミは諦めようとしない。彼は心の中を覗き込もうとするような強い眼差しでユウを見据え、言葉を継いだ。
「ここに来る前、状況説明をしに警察に行ってきた。社長と一緒にな」
「警察?」
タビトは強張る顔でつぶやいたきり声を呑む。
「ユウ……おまえは俺たちに、あの日はひとりだったと言ったな」
「言ったよ。……なに?疑ってんの?」
「救急車騒ぎの後、隣部屋と階下の住人が警察に連絡をよこしたそうだ。おまえがルーフバルコニーで誰かと怒鳴り合って、死ぬだのなんだのと騒ぎながら暴れる音が聞こえたと」
その口調に特別な感情は窺えない。それどころか、いつもよりも穏やかなくらいだ。
「誰と一緒にいたんだ?」
「ひとりだったって言ってんじゃん」
「住人が『ミツキ』という名前を耳にしたと証言している。ミツキって、ファンの中でも悪目立ちしているあのミツキか?彼女といたのか?」
ホズミはユウの顔をまっすぐに見つめる。部屋は沈黙に支配され、呼吸し辛いほど重苦しい。
その後も押し問答が続いた。ユウは「そんな名前のファンは知らない」とホズミに言い放った。彼に知られれば社長の耳に入ると警戒しているのだ。
警察に証言した人物は複数人いるらしく、その者たちが揃って虚言を吐いたとも考えにくい。ミツキじゃないなら誰がいたのかと問うたが、彼は質問に対し頑なに無言を貫いた。
――ユウの口から真相を聞き出すことができぬうちに面会終了時間が迫り、3人は病室をあとにする。
別れ際……ベッドの上の彼はうつむいたまま、こちらに目もくれず押し黙っていた。
「調子どう?」
タビトは頼まれていた雑誌や漫画の入った袋を手渡しつつ、ベッドの上のユウに問う。受け取った彼は青白い顔で力なく笑っただけだ。
メンバーへは、社長のムナカタから詳しい説明があった。ユウは拒食症と軽度の鬱を併発しているという。摂食障害に関してはもう何年も前から悩まされており、モデル時代は拒食症ではなく、食べては吐いてしまう過食症と診断されていたようだ。
タビトは部屋の隅にある丸椅子をベッドの横に引き寄せて座った。備え付けの棚の上に飾られているフラワーアレンジメントを見つめていたアキラは、ベッドの上に目を転じて訊ねる。
「いろいろ検査したんだって?……めまいの原因はわかったの?」
「低血糖と貧血と――なんかいろんなことが原因なんだって。あと、痩せすぎって言われた。食事抜くことが多かったからかも」
ユウは袋の中身を確認しながら、どこか他人事のように言った。
彼とはアイドル候補生時代からの仲だが、当時から線が細かったという印象がある。スリムな姿しか知らないからなのか、今こうして見ても病的に痩せているといった感じはしない。
黙って立ち竦んでいたアキラはようやくベッドに近づいた。
「ごめんね……気付いてあげられなくて」
「自己管理できなかった俺が悪い。迷惑かけてごめん」
やり取りを聞きながらタビトは、モデルのサラがロケバスで言っていたことを思い出していた。
摂食障害が今に始まったことではないのなら、強いストレスを感じるたびに過食と拒食を繰り返しているのかもしれない――ユウが抱えている苦しみを目の当たりにし、遣る瀬無い気持ちでいっぱいになる。
「元気になって戻ってくるの待ってるからね。今はなにも心配しないで、ゆっくり休むんだよ?」
アキラがユウに言ったそのとき扉がノックされ、ホズミが入ってきた。後ろに撫でつけた黒髪はわずかに崩れ、ネクタイが歪んでいる。いつものスマートな彼とは真逆の姿だ。
「電話に出ないと思ったら、やっぱりここにいたか」
「あ……ごめん、気づかなかった。マナーモードにしてたから」
タビトがポケットのスマホを見て言い、謝罪を口にする。ホズミは首を横に振ると、疲れた顔を手で拭った。
「なにかあったの?」
「ああ……大変な事態になりそうだ」
苦々しく吐き捨てたホズミの沈鬱な表情を、蛍光灯の光が煌々と照らし出す。彼は眼鏡を外すと、指先で目元をこすりながら呼びかけた。
「――アキラ、タビト。おまえたちも聞いてくれ」
ベッドの淵に腰かけたホズミの横顔に、全員が視線を寄せる。今やユウよりもホズミの方が憔悴して見える。彼は苦しげに眉を寄せたまま、ネクタイの結び目に指を入れ首元を緩めると、溜息と共に話し始めた。
「近々、オフィスウイルドに労働基準監督署の調査が入ることになった。実のところうちの会社は……労働時間の上限超過が常態化しているし、法定休日も適切に付与されていない。この問題が明らかになれば――是正勧告を受けることになるだろう。そうなると、これからのスケジュールを調整しなきゃならなくなる」
それを聞くなり、ユウが顔色を変える。
「もしかして……俺が倒れた原因を突き止めるために労基署が動いたん?」
「ウル・ラドとはマネジメント契約しているだけで雇用関係じゃないから、調査対象になるのはオフィスウイルドの社員だけだ。労災かどうかを調べにくるわけじゃないらしいし、あの事件とは無関係だよ」
「タイミング的にぜってー俺のせいじゃん」
ユウが消え入りそうな声で言うと、ホズミは眉を下げ薄く笑った。
「芸能事務所は違法な長時間労働の温床だからな。遅かれ早かれ調査が入ったさ」
「ねえ……スケジュールの調整ってつまり、仕事が削られるかもしれないってこと?」
アキラがホズミに詰め寄る。
「是正勧告が交付されたら従うしかない。そうなれば当然、断らなきゃならない仕事も出てくるだろうな」
こめかみをおさえ、溜息交じりに続ける。
「ユウの活動休止に加えて、事務所の不祥事……すぐにマスコミが嗅ぎ付けるはずだ。申し訳ないが、しばらく不必要な外出は控えてほしい。スケジュールの組み直しのときは、おまえたちの意見も聞かせてくれ」
黙って聞いていた彼らは神妙な顔で頷く。ホズミは体ごとユウの方に向き直ると、言葉を続けた。
「体調を崩すまで気付いてやれなかったなんて、マネージャーとして管理不行き届きだった。生き馬の目を抜く芸能界で生き残るためとはいえ無理をさせすぎたよ。本当にすまなかった」
「ホズミさんまでやめてよ……」
うんざりといった顔で、ユウが溜息をつく。
「アキラにもさっき言ったけど、俺が悪いんだってば。もう大人だし、誰かのせいになんてしねーよ」
「大人って言ったってまだ19になったばかりだろ。それに大人でも、ひとりじゃどうにもならないことだってある。――ユウ、」言葉を切って、真剣な眼差しのまま続けた。「誰にも言えないで抱え込んでることがあるんじゃないのか?」
ユウは白い布団の上に視線を落としたまま、血の気のない唇を固く結んでいる。
口を割るつもりがないことを見て取っても、ホズミは諦めようとしない。彼は心の中を覗き込もうとするような強い眼差しでユウを見据え、言葉を継いだ。
「ここに来る前、状況説明をしに警察に行ってきた。社長と一緒にな」
「警察?」
タビトは強張る顔でつぶやいたきり声を呑む。
「ユウ……おまえは俺たちに、あの日はひとりだったと言ったな」
「言ったよ。……なに?疑ってんの?」
「救急車騒ぎの後、隣部屋と階下の住人が警察に連絡をよこしたそうだ。おまえがルーフバルコニーで誰かと怒鳴り合って、死ぬだのなんだのと騒ぎながら暴れる音が聞こえたと」
その口調に特別な感情は窺えない。それどころか、いつもよりも穏やかなくらいだ。
「誰と一緒にいたんだ?」
「ひとりだったって言ってんじゃん」
「住人が『ミツキ』という名前を耳にしたと証言している。ミツキって、ファンの中でも悪目立ちしているあのミツキか?彼女といたのか?」
ホズミはユウの顔をまっすぐに見つめる。部屋は沈黙に支配され、呼吸し辛いほど重苦しい。
その後も押し問答が続いた。ユウは「そんな名前のファンは知らない」とホズミに言い放った。彼に知られれば社長の耳に入ると警戒しているのだ。
警察に証言した人物は複数人いるらしく、その者たちが揃って虚言を吐いたとも考えにくい。ミツキじゃないなら誰がいたのかと問うたが、彼は質問に対し頑なに無言を貫いた。
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