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第二章
玖 恩讐の絆
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「私は幸之助は死ぬのだと思った。甚太夫もそう思っていた。だけど、あの子は死ねなかった。青い柿の毒が弱かったのか、あの子の身体が丈夫だったのか。腹を下しただけだった。でも私はその時死ななくてよかったと思った。他人様の子を苛めた挙句殺した息子、それなのに可愛い、死んで欲しくなかった。甚太夫は死んだほうがよかったと言っていたけれど、あの人も本音は生きていて欲しかったのだと思う。親とはまことに難儀なもの」
津奈は涙をこぼした。
「幸之助が死んでも死ななくても償いはしなければいけない。私たちはできるだけのことをしようと思った。けれど勘定方の村田家は絶対に金品は受け取れないと言った」
「だから縁組を?」
「いえ。あなたの姉の美園さまを奥勤めに出す際の請人(保証人)になった」
馬廻組の駒井甚太夫が請人となれば奥の人々は蔑ろにはできない。姉が奥で出世したのは一つにはそんな理由があったのだろう。
「村田家の跡取りを死なせてしまったのだからそれくらいではとても償いきれない。津根さんは、あなたを生んだ時は三十を越していた。三十過ぎのお産はただでさえ危険なのに、男の子が生まれるかどうかわからない。だから、最初は幸之助を養子にと考えたけれど、いくらなんでも子を殺した幸之助を養子になどできるはずもない。それで、幸之助と志緒さんの縁組を願い出た。家中では家格の低い村田家が当家と縁組すれば、この先村田家にとって悪いことにはならないと甚太夫が判断した上でのこと。それで許してもらえるはずもないけれど。その時、重兵衛様は言われた。もしも志緒の婿としてふさわしくない振舞を幸之助がするようなら破談にする、辰之助の死因について役所に訴え出ると」
まさかあの父がそんなことを言ったとは志緒には信じられなかった。だが辰之助の死のことで駒井家に抗議に来た話を聞けば、それもあり得るような気がした。
「私たちは次に生まれた子を村田家の養子にと思ったのだけれど、授かった子は産まれて一か月で死んでしまった。結局その後生まれた佐江は女子。佐登さんの縁組相手の世話をと思ったけれど、さすがに重兵衛様はそこまでしてもらう義理はないと思われたのか、先に婿養子を探してしまわれた」
「幸之助さまは」
「たった一人の男の子だから、私たちは知らないうちに甘やかしていたのだと気付いた。でも、青い柿を食べた日から、あの子は変わった。自分さえ良ければいいという身勝手な振舞がなくなった。私たちはいいなずけの話が決まった時、重兵衛様が言っていたことを言わなかったけれど、あなたの婿として恥ずかしくないようになりたいと言った」
やはりそうだったのだ。幸之助は過去の罪を反省し生まれ変わろうとしていたのだ。
「村田の父も母も幸之助さまのことを立派な人、礼儀正しくて品行正しい人と褒めておりました。私もずっとそう信じていました」
「ごめんなさい。あなたに何も言えなくて。さぞかし腹が立ったことでしょう。でも、村田の家の皆様はあなたが何の憂いもなく嫁げるように、辰之助様のことを話さなかったのです。両家で約束したのです。あなたには何も伝えないと。だから何も知らないあなたにしてみれば、縁組を利用して村田家の皆様の口封じをしたように思えて当然のこと」
確かに志緒は両家の取引に利用されたようなものだった。何も知らずに騙されたような心持ちがした。
だが、この両親にとっては精一杯の謝罪だったのだ。
城下は広いようで狭い。家臣たちはこの地に殿様が封ぜられて以来二百年余り続いた人間関係の中で生きている。どの家も他のいくつもの家家とつながりを持っている。もし村田家が幸之助の不始末を糾弾し、最悪駒井家が子の監督不行届を理由にお役御免や取り潰しなどになったら、駒井と関わりのある家家にも迷惑が及ぶかもしれない。また村田家はそれらの家家との交際ができなくなる恐れがあった。勘定方の仕事に差し障るかもしれない。三代前に仕えるようになった村田家にとっては訴えに利はほとんどない。ならば手打ちをして丸く収めたほうがよいと重兵衛は判断したのだろう。
利用されたのは口惜しいけれど、それで村田も駒井も和解(両親が心から納得しているかは別として)できた上に幸之助が心を入れ替えたのなら、志緒の縁組にはそれなりの意義があったのかもしれない。だからこそ、幸之助が死んだ後、養子の源之輔と志緒を縁組させたのだろう。志緒は村田家と駒井家にとって和解の印なのだから。
「山中家にはどのようにして口止めをしたのですか。山中吉之進が兄が柿の木から落ちたことを母親に話したと聞きました」
あの杉を黙らせるくらいだから相当のことをしたはずである。
「それについては私は知らないのです。甚太夫は何も教えてくれなかった」
津奈は本当に何も知らないようだった。恐らく妻に言えないようなこと、恐らく職務に関わることかもしれないと志緒は思った。姉の美初良の奥勤めの請人になったような。
思えば杉が娘の奥勤めを駒井家に頼んだのも、そのことが念頭にあったのかもしれない。だが幸之助はすでに死んでいた。だから駒井家は杉の頼みを蹴ることができたのだろう。
「結局、幸之助は死んでしまった。あんなに一生懸命だったのに。志緒さん、これは親の欲目かもしれないけれど、幸之助は本当に真面目に生きていたの。夜も遅くまで麟子館の仕事の準備をしていた。あの日の前日も夜中まで部屋の灯りがついていた。私は思うの。毎晩そんなふうに眠る時間を削っていたから、あの子は身体が弱っていたのかもしれない。それで急に死ぬことになったのかもしれないと。だとしたら、あの子を殺したのは、私たち親かもしれない。育て方をどこかで間違えたんじゃないかって。厳しくする以外の方法があったのかもしれない。あの子の本当の姿に向き合っていたら、辰之助様も死ぬことはなかったし、幸之助も死ななかったのではないかと思うことがある。幸之助の自業自得と思うかもしれないけれど、本当に悪いのは私たち親じゃないかって」
志緒にはわからなかった。誰が悪いのか。辰之助を息子と同じ手習いに入れようとした津奈なのか、それを断れなかった津根なのか、辰之助を苛めた幸之助なのか、家格の高さを利用して口止めをした甚太夫なのか、
ただ、なんとなく山中吉之進の罪は、兄辰之助が死んだことが遠因になっているような気がした。何故かはわからない。吉之進の弟源之輔に対する歪んだ感情といい、志緒に対する態度といい、単なる親殺しではないような。だが、吉之進の命は風前の灯だった。真実はわからぬままだろう。
「母上、御自分を責めるのはおやめください」
志緒は月並みなことしか言えなかった。もっと言いたいことはあった。けれど、それを言葉にすれば駒井の両親や村田の両親を傷つけるような気がした。
ふと思う。源之輔がいたらと。源之輔がいたら思いの丈を伝えられるかもしれないと。源之輔はきっと志緒の思いを受け止めてくれる。
「ありがとう、志緒さん。だけど、幸之助の罪は消えない。私たちの罪も消えない。だから、もし、この家にいたくなければ村田の家に帰ってもいい」
「え」
思いもよらぬ津奈の言葉だった。
「源之輔殿には甚太夫から手紙を送らせます。去り状は後からでも」
つまり志緒に源之輔と離縁しこの家を出よということなのか。確かに志緒は子を流してしまった。だが、あれは吉之進の足蹴のせいである。この先子が授からないと医者が言ったわけでもない。
「離縁をせよと仰せですか」
「もし、この家にいたくなければです。私たちのせいであなたの兄の辰之助様は亡くなったのです。許してもらえるとは思っていません」
「許さなければ、この家にいてはいけないのですか」
「志緒さん……」
「私は源之輔さまの妻です。だからここで待ちます」
志緒ははっきりと言った。姑に対する態度としては最悪かもしれなかった。
「許してはくれないのに」
「それとこれとは話が別です」
そうなのだ。源之輔と夫婦でありたいということと、過去の駒井家と村田家の経緯は志緒にとっては別の話だった。
「でも、村田の家にとって駒井は敵も同じ」
「源之輔さまは私の敵ではありません」
津奈は目を大きく見開き志緒を見た。
「志緒さん……」
志緒は気付いた。津奈にとっては、青い柿の一件が志緒に知られたことは重大事なのだ。それは己の誤りを知られることでもあるのだから。志緒を見るたびに恥ずべき己を思い知らされることが耐えがたいのではないか。だが、津奈一人が悪いはずはない。志緒も津奈を憎む気持ちはない。
志緒は他の娘が源之輔と夫婦になって幸之助の供養をするのが耐えがたいから源之輔と夫婦になって駒井の家を継ぐことを決めた。だが、今は幸之助の供養よりも源之輔といたいと願っている。
「母上、離縁など無用のこと。正直、口封じの道具に使われたような気がして気分はよくありません。村田の両親にも少しばかり腹を立てております。でも、それで駒井と村田が和解できたのなら、私はそれでいいと思っております。幸之助さまも立派なお人として城下の方々の記憶に残ったまま亡くなられた。それでよいのではありませんか。ただ私は心の狭い女です。すべてを許して受け入れることはたやすくできません」
正直にもほどがあると志緒は思ったが、今言わなければこの先言う機会はないと思えた。
津奈は志緒の言葉にすぐには反応できないようだった。無理もない。気分はよくないと言われたら何と答えればいいか、志緒にもわからぬのだから。
「村田の両親も駒井の父上も母上も、私を家の道具にしたのですから。その時私は三つだったから、何もわからなかった。仕方のないことです。でも、私はもう三つの子ではありません。だからもう一度申し上げます。私は源之輔さまの妻です。村田の家には戻りません。ここで源之輔さまを待ちます。駒井の者として幸之助さまの供養もします」
言い切った志緒は大きく息を吸った。
「志緒さん、いいのですか」
津奈は志緒を潤む目で見つめた。
「大変です、奥様、若奥様」
いよの声と走る足音が近づき、障子が勢いよく開けられた。
「いよ、何を慌てているのですか」
志緒は泣いている津根の代わりにいよをたしなめた。
「若様が、若様がお戻りに。江戸からお戻りになりました」
志緒は立ち上がった。
津奈は涙をこぼした。
「幸之助が死んでも死ななくても償いはしなければいけない。私たちはできるだけのことをしようと思った。けれど勘定方の村田家は絶対に金品は受け取れないと言った」
「だから縁組を?」
「いえ。あなたの姉の美園さまを奥勤めに出す際の請人(保証人)になった」
馬廻組の駒井甚太夫が請人となれば奥の人々は蔑ろにはできない。姉が奥で出世したのは一つにはそんな理由があったのだろう。
「村田家の跡取りを死なせてしまったのだからそれくらいではとても償いきれない。津根さんは、あなたを生んだ時は三十を越していた。三十過ぎのお産はただでさえ危険なのに、男の子が生まれるかどうかわからない。だから、最初は幸之助を養子にと考えたけれど、いくらなんでも子を殺した幸之助を養子になどできるはずもない。それで、幸之助と志緒さんの縁組を願い出た。家中では家格の低い村田家が当家と縁組すれば、この先村田家にとって悪いことにはならないと甚太夫が判断した上でのこと。それで許してもらえるはずもないけれど。その時、重兵衛様は言われた。もしも志緒の婿としてふさわしくない振舞を幸之助がするようなら破談にする、辰之助の死因について役所に訴え出ると」
まさかあの父がそんなことを言ったとは志緒には信じられなかった。だが辰之助の死のことで駒井家に抗議に来た話を聞けば、それもあり得るような気がした。
「私たちは次に生まれた子を村田家の養子にと思ったのだけれど、授かった子は産まれて一か月で死んでしまった。結局その後生まれた佐江は女子。佐登さんの縁組相手の世話をと思ったけれど、さすがに重兵衛様はそこまでしてもらう義理はないと思われたのか、先に婿養子を探してしまわれた」
「幸之助さまは」
「たった一人の男の子だから、私たちは知らないうちに甘やかしていたのだと気付いた。でも、青い柿を食べた日から、あの子は変わった。自分さえ良ければいいという身勝手な振舞がなくなった。私たちはいいなずけの話が決まった時、重兵衛様が言っていたことを言わなかったけれど、あなたの婿として恥ずかしくないようになりたいと言った」
やはりそうだったのだ。幸之助は過去の罪を反省し生まれ変わろうとしていたのだ。
「村田の父も母も幸之助さまのことを立派な人、礼儀正しくて品行正しい人と褒めておりました。私もずっとそう信じていました」
「ごめんなさい。あなたに何も言えなくて。さぞかし腹が立ったことでしょう。でも、村田の家の皆様はあなたが何の憂いもなく嫁げるように、辰之助様のことを話さなかったのです。両家で約束したのです。あなたには何も伝えないと。だから何も知らないあなたにしてみれば、縁組を利用して村田家の皆様の口封じをしたように思えて当然のこと」
確かに志緒は両家の取引に利用されたようなものだった。何も知らずに騙されたような心持ちがした。
だが、この両親にとっては精一杯の謝罪だったのだ。
城下は広いようで狭い。家臣たちはこの地に殿様が封ぜられて以来二百年余り続いた人間関係の中で生きている。どの家も他のいくつもの家家とつながりを持っている。もし村田家が幸之助の不始末を糾弾し、最悪駒井家が子の監督不行届を理由にお役御免や取り潰しなどになったら、駒井と関わりのある家家にも迷惑が及ぶかもしれない。また村田家はそれらの家家との交際ができなくなる恐れがあった。勘定方の仕事に差し障るかもしれない。三代前に仕えるようになった村田家にとっては訴えに利はほとんどない。ならば手打ちをして丸く収めたほうがよいと重兵衛は判断したのだろう。
利用されたのは口惜しいけれど、それで村田も駒井も和解(両親が心から納得しているかは別として)できた上に幸之助が心を入れ替えたのなら、志緒の縁組にはそれなりの意義があったのかもしれない。だからこそ、幸之助が死んだ後、養子の源之輔と志緒を縁組させたのだろう。志緒は村田家と駒井家にとって和解の印なのだから。
「山中家にはどのようにして口止めをしたのですか。山中吉之進が兄が柿の木から落ちたことを母親に話したと聞きました」
あの杉を黙らせるくらいだから相当のことをしたはずである。
「それについては私は知らないのです。甚太夫は何も教えてくれなかった」
津奈は本当に何も知らないようだった。恐らく妻に言えないようなこと、恐らく職務に関わることかもしれないと志緒は思った。姉の美初良の奥勤めの請人になったような。
思えば杉が娘の奥勤めを駒井家に頼んだのも、そのことが念頭にあったのかもしれない。だが幸之助はすでに死んでいた。だから駒井家は杉の頼みを蹴ることができたのだろう。
「結局、幸之助は死んでしまった。あんなに一生懸命だったのに。志緒さん、これは親の欲目かもしれないけれど、幸之助は本当に真面目に生きていたの。夜も遅くまで麟子館の仕事の準備をしていた。あの日の前日も夜中まで部屋の灯りがついていた。私は思うの。毎晩そんなふうに眠る時間を削っていたから、あの子は身体が弱っていたのかもしれない。それで急に死ぬことになったのかもしれないと。だとしたら、あの子を殺したのは、私たち親かもしれない。育て方をどこかで間違えたんじゃないかって。厳しくする以外の方法があったのかもしれない。あの子の本当の姿に向き合っていたら、辰之助様も死ぬことはなかったし、幸之助も死ななかったのではないかと思うことがある。幸之助の自業自得と思うかもしれないけれど、本当に悪いのは私たち親じゃないかって」
志緒にはわからなかった。誰が悪いのか。辰之助を息子と同じ手習いに入れようとした津奈なのか、それを断れなかった津根なのか、辰之助を苛めた幸之助なのか、家格の高さを利用して口止めをした甚太夫なのか、
ただ、なんとなく山中吉之進の罪は、兄辰之助が死んだことが遠因になっているような気がした。何故かはわからない。吉之進の弟源之輔に対する歪んだ感情といい、志緒に対する態度といい、単なる親殺しではないような。だが、吉之進の命は風前の灯だった。真実はわからぬままだろう。
「母上、御自分を責めるのはおやめください」
志緒は月並みなことしか言えなかった。もっと言いたいことはあった。けれど、それを言葉にすれば駒井の両親や村田の両親を傷つけるような気がした。
ふと思う。源之輔がいたらと。源之輔がいたら思いの丈を伝えられるかもしれないと。源之輔はきっと志緒の思いを受け止めてくれる。
「ありがとう、志緒さん。だけど、幸之助の罪は消えない。私たちの罪も消えない。だから、もし、この家にいたくなければ村田の家に帰ってもいい」
「え」
思いもよらぬ津奈の言葉だった。
「源之輔殿には甚太夫から手紙を送らせます。去り状は後からでも」
つまり志緒に源之輔と離縁しこの家を出よということなのか。確かに志緒は子を流してしまった。だが、あれは吉之進の足蹴のせいである。この先子が授からないと医者が言ったわけでもない。
「離縁をせよと仰せですか」
「もし、この家にいたくなければです。私たちのせいであなたの兄の辰之助様は亡くなったのです。許してもらえるとは思っていません」
「許さなければ、この家にいてはいけないのですか」
「志緒さん……」
「私は源之輔さまの妻です。だからここで待ちます」
志緒ははっきりと言った。姑に対する態度としては最悪かもしれなかった。
「許してはくれないのに」
「それとこれとは話が別です」
そうなのだ。源之輔と夫婦でありたいということと、過去の駒井家と村田家の経緯は志緒にとっては別の話だった。
「でも、村田の家にとって駒井は敵も同じ」
「源之輔さまは私の敵ではありません」
津奈は目を大きく見開き志緒を見た。
「志緒さん……」
志緒は気付いた。津奈にとっては、青い柿の一件が志緒に知られたことは重大事なのだ。それは己の誤りを知られることでもあるのだから。志緒を見るたびに恥ずべき己を思い知らされることが耐えがたいのではないか。だが、津奈一人が悪いはずはない。志緒も津奈を憎む気持ちはない。
志緒は他の娘が源之輔と夫婦になって幸之助の供養をするのが耐えがたいから源之輔と夫婦になって駒井の家を継ぐことを決めた。だが、今は幸之助の供養よりも源之輔といたいと願っている。
「母上、離縁など無用のこと。正直、口封じの道具に使われたような気がして気分はよくありません。村田の両親にも少しばかり腹を立てております。でも、それで駒井と村田が和解できたのなら、私はそれでいいと思っております。幸之助さまも立派なお人として城下の方々の記憶に残ったまま亡くなられた。それでよいのではありませんか。ただ私は心の狭い女です。すべてを許して受け入れることはたやすくできません」
正直にもほどがあると志緒は思ったが、今言わなければこの先言う機会はないと思えた。
津奈は志緒の言葉にすぐには反応できないようだった。無理もない。気分はよくないと言われたら何と答えればいいか、志緒にもわからぬのだから。
「村田の両親も駒井の父上も母上も、私を家の道具にしたのですから。その時私は三つだったから、何もわからなかった。仕方のないことです。でも、私はもう三つの子ではありません。だからもう一度申し上げます。私は源之輔さまの妻です。村田の家には戻りません。ここで源之輔さまを待ちます。駒井の者として幸之助さまの供養もします」
言い切った志緒は大きく息を吸った。
「志緒さん、いいのですか」
津奈は志緒を潤む目で見つめた。
「大変です、奥様、若奥様」
いよの声と走る足音が近づき、障子が勢いよく開けられた。
「いよ、何を慌てているのですか」
志緒は泣いている津根の代わりにいよをたしなめた。
「若様が、若様がお戻りに。江戸からお戻りになりました」
志緒は立ち上がった。
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