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第三章 雷土颪は見た! 知り過ぎた女奉公人とカステイラ の謎は湯煙の彼方に
50 取引
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一方、ここは京屋の八畳の座敷。
倉島平兵衛は吉兵衛に尋ねた。
「玄次がかように申しているが、まことか」
「……はい」
うなだれた吉兵衛はとても柳町一、いや城下一の茶屋の主には見えぬほど憔悴していた。
「おかるの死骸を運ぶように命じたのは手前です」
「では、六助は運んでいないのだな」
「はい」
「殺したのは誰だ」
「六助でございます」
「まことか。改めて訊く。六助は何故、おかつを殺したのだ」
「六助は白玉屋の客のおかるに惚れていたんでございます。ですが、おかるは六助に見向きもせず白玉屋で前の亭主と逢引しておりました。殺した後、六助は手前を訪ねて来たのです。おかるを殺してしまった、この先旦那様に迷惑をかけることになるので奉行所に行く前に一言お詫びをと。ですが、六助は京屋に長く勤め、病の母の面倒を見続けた孝行者。罪人にするは忍びなく」
「確かに奉行所の取り調べでも、六助はおかつを殺したと申しておる。だが、妙な事に、おかつの着ていた薄縹の木綿の袷を大黒屋の番頭栄蔵の女房おたつに渡し、白玉屋の女主人お玉の首を絞め、さらには、住まいに黒繻子の帯を隠していた。普通なら、己の罪を隠すために袷も帯も捨てるはず。ましてや未遂とはいえお玉の首を絞めるとは。まるで己が罪人であることを知らせるかのようではないか」
「六助は根が真面目な者ゆえ、己の罪に耐えられなくなって、気がおかしくなっていたのでございましょう」
淀みなく語る吉兵衛だった。
「なるほど錯乱したということか。だがな、京屋、当方が調べたところによると、六助は衆道の者とわかった。そもそも六助がおかつに惚れるわけがあるまい」
吉兵衛ははっとした。丹次もまた目を伏せた。
「そこまで御存知で……」
吉兵衛は言葉を詰まらせた。
「まことのことを申せ。そちは先ほど六助を罪人にするは忍びなくと言ったであろう。このままでは、六助は殺してもいないのに罪人となり、命を以て償わねばならぬ。それでよいというのか。六助は京屋に長く勤めた孝行者であろう。辞める時に銀一貫やったと聞くが、よもや命と引き換えであったのか。そちはそれでも主か」
平兵衛の舌鋒は鋭かった。岳父重兵衛の裁きの場に立ち会ったことのある高岡又三郎は似ておいでだと思った。血の繋がりはなくとも平兵衛は重兵衛の後継者として育っていた。
それまで目を伏せていた丹次が顔を上げた。
「旦那、殺したのは俺です。あの女、武家勤めを鼻にかけた嫌味な女で、俺ら男衆を馬鹿にしてやがった」
「違います。丹次兄ぃはそんなことできるような人じゃねえ。俺がやりました。俺もあの女大嫌いで」
玄次も叫んだ。
山迫嘉兵衛は、かばい合っているとしか思えない二人に呆れた。
「おいおい、いくら仲間をかばうったって、嘘を言っちゃいけない。奉行所に嘘の訴えをした者はどうなるか知ってるか。奉行所の前で百叩き、最悪嘘が元で人を罪に陥れたら死罪だ。嘘はいかん」
「嘘じゃねえ。あの女のことを嫌ってるのは大勢いる」
丹次はいまいましげに言った。
「あいつは六さんのことを……」
「よさねえか、丹次。見苦しいぞ」
吉兵衛は一喝した。丹次は唇を噛んだ。
吉兵衛は深々と腰を折り額を畳の上に擦り付けた。
「恐れ入りましてございます。おかるのこと、すべて手前が責めを負いますれば、六助や男衆だけはどうかお許しください」
「六助は殺していないのだな」
「はい。六助は身内のない自分が罪を背負うと申しまして」
「では、誰がおかつを殺したのだ。そちか」
「申し訳ありません。それだけは死んでも言えません」
吉兵衛は頭を下げたまま、答えなかった。
平兵衛だけでなく高岡も不審を感じた。
「吉兵衛、そちは誰をかばっておるのか」
吉兵衛はなおも口を噤んでいる。
丹次も玄次も俯いたまま口を一文字に引き結んでいた。
一体、誰がおかつを殺したのか。何故吉兵衛は一人責めを負うと言うのか。彼がおかつを殺害したのか。あるいは誰かをかばっているのか。
座敷に重苦しい空気が満ちていく。
「死んでも言えないか。まあ、責問にかければ、嫌でも吐くことになるな」
嘉兵衛の言葉にも吉兵衛の態度は変わらなかった。責問は自白しない容疑者に笞打ちして自白を促すものである。江戸では石抱きといって十三貫(約48・75キログラム)の石を抱かせる責問もあるが、香田角ではそこまでしなくとも大抵は笞打ちの段階で自白してしまう。
「問いを変えよう。六助が御禁制の衆道の者であるということは認めるのだな」
平兵衛の問いに、吉兵衛は小さな声ではいと答えた。
「六助は奉行所の前に罪状を張り出されて百叩きの上、城下追放になるぞ」
「ひでえ……」
丹次が呟いた。玄次もひっと息を呑んだ。
「六助には相手がいたはず。その者も衆道の者である。つまりはその者も百叩きの上、城下追放になる。他にはおらぬか」
「手前にはわかりかねます。男衆は同じ長屋住まいで、皆親しく行き来しておりますので」
「ならば、男衆を皆奉行所に連れて行き調べねばならぬな」
「はあっ? 何言ってやがるんだ」
丹次は叫んで立ち上がろうとしたが、縄打たれているので胸から上だけしか前に突き出せなかった。
「六さんの男は俺だ。俺だけをしょっ引けばいいだろ!」
「丹次兄ぃとはとっくに別れたんだろ。俺が奉行所に行く」
玄次の叫びに、高岡も嘉兵衛も絶句した。
平兵衛の言葉がその場にふさわしからぬ男同士のドロドロとした関わりを図らずも露呈させることとなった。
「よさねえか」
吉兵衛の一喝で二人はまたも沈黙した。
平兵衛は丹次と玄次それぞれに目を向けて尋ねた。
「その方ら二人は、六助と関わりがあったのだな」
「へい」
二人は同時に返事をした。
「丹次とやら、六助と別れたなら今は誰と懇ろだ」
「そ、それは……。六さんと別れてからは誰とも」
「嘘言いやがれ。丸屋の梅吉がおまえんとこから出て来るのを見たぞ」
「玄次、てめえ……」
丹次はまたも叫んだ。
「今度は丸屋か。玄次、そちは六助の前は誰と懇ろであった」
「それは……」
「玄次は紅楼の下働きの三吉だ」
仕返しとばかりに丹次が告げた。
高岡は頭を抱えたくなった。こんな調子で奉行所で男衆の取り調べをしていたら、とんだ相関図が作れそうだった。昨年の安寧寺と照妙寺の僧侶と尼僧の乱交事件の取り調べ内容も耳を塞ぎたくなるようなものだったと寺社奉行所勤めの知り合いが言っていたが、柳町の男衆の場合はそれ以上のことになりそうだった。
平兵衛は顔色一つ変えずに言った。
「きりがないな。こうなったら、柳町の男衆すべて取り調べねばなるまい」
「そ、それだけは御容赦を。町が成り立たなくなります」
吉兵衛は慌てて顔を上げた。高岡も御容赦願いたいと思った。
「おかるのことはうちの店の中のこと。これ以上他の店に迷惑をかけるわけには参りません」
柳町は遊女屋、茶屋とそれを支える多くの店で成り立っている。そこに勤める男衆すべてが奉行所に連れて行かれてはどの店も開けることができなくなってしまう。柳町のすべてが停止すると言っていい。おかつの一件で一時閑古鳥が鳴いていた柳町が六助の捕縛でやっと息を吹き返した今、京屋だけならともかく他の店にまで迷惑をかけるわけにはいかぬというのは、柳町の茶屋の主としては当然である。
「他の店に迷惑をかけたくなくば……わかるな」
倉島平兵衛の口調は穏やかだった。だが、吉兵衛を追い込むには十分だった。
「そんな」
「そちが素直におかつ殺しをした者の名を申せば、六助並びに男衆の衆道の罪は不問にする、たやすいことであろう」
吉兵衛の顔色が紙のように白くなった。震える唇でやっとのことで声を絞り出した。
「お、お人払いを」
平兵衛が命じるまでもなく、嘉兵衛が促して、玄次と小者二人、丹次と松兵衛、大吉、末吉、船大工の孫吉らは外へ出た。
高岡は吉兵衛と平兵衛を二人きりにしてよいものかと思ったが、嘉兵衛がおまえもだと言ったので部屋から出て襖を閉めた。
一行は柳町の会所へと向かった。丹次と玄次を奉行所に連行する前に会所で詳しく取り調べるのである。
町行く人々は縄打たれた丹次と玄次を見て何事かと囁き合った。他の店の男衆もまた六助に続く京屋に関わりある者の捕縛に動揺を隠せなかった。
「丹次の野郎、顔が腫れてるぜ」
「おい、なんで玄次の顔に炭がついてんだ」
「さっき、京屋の裏で喧嘩沙汰があったみたいだ」
訳知り顔の男のまわりにはすぐに人だかりができた。
「あれは……」
ゆっくりと歩く父の手を引きながら村瀬喜兵衛は山迫嘉兵衛の姿を一行の中に見つけ、何やら胸騒ぎを覚えた。
嘉兵衛もまたかつて小ヶ田道場で競い合った喜兵衛に気付き目礼した。
その時であった。あたりに甘い薫りが立ち込め始めた。
京屋の表から四人の太夫を引き連れた日向屋利兵衛一行が出て来たのである。男達の視線は一斉にそちらに注がれた。
これはまずい、父は先ほどの春菊太夫のことをもう忘れているかもしれない、きっと見に行きたがるに違いないと喜兵衛は足を速めた。
「父上、早く戻りましょう」
「父上だと。仁兵衛、何を言っておる。太夫の行列じゃ。見らいでか」
年寄りとは思えぬ力の父に引きずられるようにして喜兵衛は後戻りするしかなかった。
倉島平兵衛は吉兵衛に尋ねた。
「玄次がかように申しているが、まことか」
「……はい」
うなだれた吉兵衛はとても柳町一、いや城下一の茶屋の主には見えぬほど憔悴していた。
「おかるの死骸を運ぶように命じたのは手前です」
「では、六助は運んでいないのだな」
「はい」
「殺したのは誰だ」
「六助でございます」
「まことか。改めて訊く。六助は何故、おかつを殺したのだ」
「六助は白玉屋の客のおかるに惚れていたんでございます。ですが、おかるは六助に見向きもせず白玉屋で前の亭主と逢引しておりました。殺した後、六助は手前を訪ねて来たのです。おかるを殺してしまった、この先旦那様に迷惑をかけることになるので奉行所に行く前に一言お詫びをと。ですが、六助は京屋に長く勤め、病の母の面倒を見続けた孝行者。罪人にするは忍びなく」
「確かに奉行所の取り調べでも、六助はおかつを殺したと申しておる。だが、妙な事に、おかつの着ていた薄縹の木綿の袷を大黒屋の番頭栄蔵の女房おたつに渡し、白玉屋の女主人お玉の首を絞め、さらには、住まいに黒繻子の帯を隠していた。普通なら、己の罪を隠すために袷も帯も捨てるはず。ましてや未遂とはいえお玉の首を絞めるとは。まるで己が罪人であることを知らせるかのようではないか」
「六助は根が真面目な者ゆえ、己の罪に耐えられなくなって、気がおかしくなっていたのでございましょう」
淀みなく語る吉兵衛だった。
「なるほど錯乱したということか。だがな、京屋、当方が調べたところによると、六助は衆道の者とわかった。そもそも六助がおかつに惚れるわけがあるまい」
吉兵衛ははっとした。丹次もまた目を伏せた。
「そこまで御存知で……」
吉兵衛は言葉を詰まらせた。
「まことのことを申せ。そちは先ほど六助を罪人にするは忍びなくと言ったであろう。このままでは、六助は殺してもいないのに罪人となり、命を以て償わねばならぬ。それでよいというのか。六助は京屋に長く勤めた孝行者であろう。辞める時に銀一貫やったと聞くが、よもや命と引き換えであったのか。そちはそれでも主か」
平兵衛の舌鋒は鋭かった。岳父重兵衛の裁きの場に立ち会ったことのある高岡又三郎は似ておいでだと思った。血の繋がりはなくとも平兵衛は重兵衛の後継者として育っていた。
それまで目を伏せていた丹次が顔を上げた。
「旦那、殺したのは俺です。あの女、武家勤めを鼻にかけた嫌味な女で、俺ら男衆を馬鹿にしてやがった」
「違います。丹次兄ぃはそんなことできるような人じゃねえ。俺がやりました。俺もあの女大嫌いで」
玄次も叫んだ。
山迫嘉兵衛は、かばい合っているとしか思えない二人に呆れた。
「おいおい、いくら仲間をかばうったって、嘘を言っちゃいけない。奉行所に嘘の訴えをした者はどうなるか知ってるか。奉行所の前で百叩き、最悪嘘が元で人を罪に陥れたら死罪だ。嘘はいかん」
「嘘じゃねえ。あの女のことを嫌ってるのは大勢いる」
丹次はいまいましげに言った。
「あいつは六さんのことを……」
「よさねえか、丹次。見苦しいぞ」
吉兵衛は一喝した。丹次は唇を噛んだ。
吉兵衛は深々と腰を折り額を畳の上に擦り付けた。
「恐れ入りましてございます。おかるのこと、すべて手前が責めを負いますれば、六助や男衆だけはどうかお許しください」
「六助は殺していないのだな」
「はい。六助は身内のない自分が罪を背負うと申しまして」
「では、誰がおかつを殺したのだ。そちか」
「申し訳ありません。それだけは死んでも言えません」
吉兵衛は頭を下げたまま、答えなかった。
平兵衛だけでなく高岡も不審を感じた。
「吉兵衛、そちは誰をかばっておるのか」
吉兵衛はなおも口を噤んでいる。
丹次も玄次も俯いたまま口を一文字に引き結んでいた。
一体、誰がおかつを殺したのか。何故吉兵衛は一人責めを負うと言うのか。彼がおかつを殺害したのか。あるいは誰かをかばっているのか。
座敷に重苦しい空気が満ちていく。
「死んでも言えないか。まあ、責問にかければ、嫌でも吐くことになるな」
嘉兵衛の言葉にも吉兵衛の態度は変わらなかった。責問は自白しない容疑者に笞打ちして自白を促すものである。江戸では石抱きといって十三貫(約48・75キログラム)の石を抱かせる責問もあるが、香田角ではそこまでしなくとも大抵は笞打ちの段階で自白してしまう。
「問いを変えよう。六助が御禁制の衆道の者であるということは認めるのだな」
平兵衛の問いに、吉兵衛は小さな声ではいと答えた。
「六助は奉行所の前に罪状を張り出されて百叩きの上、城下追放になるぞ」
「ひでえ……」
丹次が呟いた。玄次もひっと息を呑んだ。
「六助には相手がいたはず。その者も衆道の者である。つまりはその者も百叩きの上、城下追放になる。他にはおらぬか」
「手前にはわかりかねます。男衆は同じ長屋住まいで、皆親しく行き来しておりますので」
「ならば、男衆を皆奉行所に連れて行き調べねばならぬな」
「はあっ? 何言ってやがるんだ」
丹次は叫んで立ち上がろうとしたが、縄打たれているので胸から上だけしか前に突き出せなかった。
「六さんの男は俺だ。俺だけをしょっ引けばいいだろ!」
「丹次兄ぃとはとっくに別れたんだろ。俺が奉行所に行く」
玄次の叫びに、高岡も嘉兵衛も絶句した。
平兵衛の言葉がその場にふさわしからぬ男同士のドロドロとした関わりを図らずも露呈させることとなった。
「よさねえか」
吉兵衛の一喝で二人はまたも沈黙した。
平兵衛は丹次と玄次それぞれに目を向けて尋ねた。
「その方ら二人は、六助と関わりがあったのだな」
「へい」
二人は同時に返事をした。
「丹次とやら、六助と別れたなら今は誰と懇ろだ」
「そ、それは……。六さんと別れてからは誰とも」
「嘘言いやがれ。丸屋の梅吉がおまえんとこから出て来るのを見たぞ」
「玄次、てめえ……」
丹次はまたも叫んだ。
「今度は丸屋か。玄次、そちは六助の前は誰と懇ろであった」
「それは……」
「玄次は紅楼の下働きの三吉だ」
仕返しとばかりに丹次が告げた。
高岡は頭を抱えたくなった。こんな調子で奉行所で男衆の取り調べをしていたら、とんだ相関図が作れそうだった。昨年の安寧寺と照妙寺の僧侶と尼僧の乱交事件の取り調べ内容も耳を塞ぎたくなるようなものだったと寺社奉行所勤めの知り合いが言っていたが、柳町の男衆の場合はそれ以上のことになりそうだった。
平兵衛は顔色一つ変えずに言った。
「きりがないな。こうなったら、柳町の男衆すべて取り調べねばなるまい」
「そ、それだけは御容赦を。町が成り立たなくなります」
吉兵衛は慌てて顔を上げた。高岡も御容赦願いたいと思った。
「おかるのことはうちの店の中のこと。これ以上他の店に迷惑をかけるわけには参りません」
柳町は遊女屋、茶屋とそれを支える多くの店で成り立っている。そこに勤める男衆すべてが奉行所に連れて行かれてはどの店も開けることができなくなってしまう。柳町のすべてが停止すると言っていい。おかつの一件で一時閑古鳥が鳴いていた柳町が六助の捕縛でやっと息を吹き返した今、京屋だけならともかく他の店にまで迷惑をかけるわけにはいかぬというのは、柳町の茶屋の主としては当然である。
「他の店に迷惑をかけたくなくば……わかるな」
倉島平兵衛の口調は穏やかだった。だが、吉兵衛を追い込むには十分だった。
「そんな」
「そちが素直におかつ殺しをした者の名を申せば、六助並びに男衆の衆道の罪は不問にする、たやすいことであろう」
吉兵衛の顔色が紙のように白くなった。震える唇でやっとのことで声を絞り出した。
「お、お人払いを」
平兵衛が命じるまでもなく、嘉兵衛が促して、玄次と小者二人、丹次と松兵衛、大吉、末吉、船大工の孫吉らは外へ出た。
高岡は吉兵衛と平兵衛を二人きりにしてよいものかと思ったが、嘉兵衛がおまえもだと言ったので部屋から出て襖を閉めた。
一行は柳町の会所へと向かった。丹次と玄次を奉行所に連行する前に会所で詳しく取り調べるのである。
町行く人々は縄打たれた丹次と玄次を見て何事かと囁き合った。他の店の男衆もまた六助に続く京屋に関わりある者の捕縛に動揺を隠せなかった。
「丹次の野郎、顔が腫れてるぜ」
「おい、なんで玄次の顔に炭がついてんだ」
「さっき、京屋の裏で喧嘩沙汰があったみたいだ」
訳知り顔の男のまわりにはすぐに人だかりができた。
「あれは……」
ゆっくりと歩く父の手を引きながら村瀬喜兵衛は山迫嘉兵衛の姿を一行の中に見つけ、何やら胸騒ぎを覚えた。
嘉兵衛もまたかつて小ヶ田道場で競い合った喜兵衛に気付き目礼した。
その時であった。あたりに甘い薫りが立ち込め始めた。
京屋の表から四人の太夫を引き連れた日向屋利兵衛一行が出て来たのである。男達の視線は一斉にそちらに注がれた。
これはまずい、父は先ほどの春菊太夫のことをもう忘れているかもしれない、きっと見に行きたがるに違いないと喜兵衛は足を速めた。
「父上、早く戻りましょう」
「父上だと。仁兵衛、何を言っておる。太夫の行列じゃ。見らいでか」
年寄りとは思えぬ力の父に引きずられるようにして喜兵衛は後戻りするしかなかった。
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