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3章、再び交わった僕と彼女の未来

30話、再会

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 アンリエッタ僕が君を守るよ
 ─ 3章、再び交わった僕と彼女の未来 ─

「ではアンリエッタ、こちらへ来なさい」
「はい」
 入口付近でロルフと並び立っていたアンリエッタさんが、商業ギルドマスターのヨハンさんに呼ばれて近づいてくる。
 慌てて拭いたのかな? もう涙は無かったけれど、まぶたが少し腫れたアンリエッタさんも良き。この『良き』も何だか久しぶりな気がするなぁ。

 ヨハンさんがスッとソファから立ち上がり、アンリエッタさんの傍へと赴く。
 そして、彼女の首に嵌められた魔道具? の中心部へ何か棒のようなモノを当てると、当てた棒の先が仄かに青く光り、彼女の首に長年はめられていた首輪が『ピシッ』という音と共に外れた。
 彼女が本当の意味で自由になれた瞬間だった。
 
 先祖代々医者を務める、地元の名士と言われる家に生まれた俺。
 父は常に忙しいのか滅多に家には戻らず、母は好き放題外に出ていた。そのくせ偶に戻ると勉強しろと怒鳴る。ただ、与えられる物品や環境はさ、最高のモノを与えてくれたとは思う。
 でも、家族に愛された記憶が無い。
 あの世界で所謂いわゆる陰キャ扱いだった俺には、友と言える存在さえ危うい。そんな俺がさ、本懐を遂げ医師として働き沢山の収入を得たらどうなると思う?
 近づいてくる男も女も全て、俺の地位と金だけが目当てだと思うだろ。こじらせるに決まってるじゃないか……。

 そんな俺は、誰かの為に何かを成した事がない人間だった。
 誰かの人生を背負った事もないんだ。
 でも今世は違う。
 幼かったと彼女が交わした小さな約束。
 それを守れた自分が少し誇らしかった。
 初めて、自分を少し好きなれた気がするよ。

「アンリエッタ、長い間よく頑張りました。さあ、彼の元へお行きなさい」
 目に一杯の涙を溜めたアンリエッタさんは声を発する事ができず、ヨハンさんへ礼を持って応えていた。そして彼女が遂に俺の隣に並ぶ。
 ここは人前だぞ? 絶対に痴態を見せるべからず。と、強い鋼の自制を心へ刻み彼女へと視線を移してみた。瞼を腫らして目に一杯涙を溜めたアンリエッタさんが、ほんの少しだけ首を傾けて笑った。抱きしめたくなる程に可愛かったよ。
 鋼の意志さん、アナタ脆すぎませんか?
 もうちょっと仕事してくれ……。
 俺の顔はデレデレだったと思う、恥ずかしいなぁ。
 
「フェリクス様、以上で手続き終了となります。本日は誠に有難うございました」
「いえ、こちらこそ本当に有難うございました」
 俺とアンリエッタさんが並んでヨハンさんに礼をする。部屋を出る時は当然ロルフさんにも礼をしたよ。なんだかんだ言って世話になったしね。
 
 そして商業ギルドを出た俺は、見事に固まっちゃうんだ。完璧なるフリーズ。
 この後を何も考えていなかったんだ。
 というかさ、前世も今世も含めて女性経験がない俺はこの後がわからない。
 い、いきなり俺の部屋に連れて行く?
 いやいやいや、それ何かやばくない?
 って、そういえば今晩どうすればいいんだろう? もう一部屋空いてるかな?

 どどど、どうしよう。マ、マリーさんに電話したい……。
 頭がショートする。

「くすくす、フェリクス様どうされたのですか?」
 瞼を腫らしたアンリエッタさんが、可笑しそうに笑っていた。
「ア、アンリエッタさんを取り戻す事しか頭に無くて、取り戻した後の事を全く考えてなかったかも……」
「まぁ、ぼっちゃまらしいですね」
「そ、そうかなぁ」
「あ、もうぼっちゃまはいけませんね。つい癖で」
「しょうがないよ、ずっとそう呼ばれてたから」
「ははは」「うふふ」

「ん~私は、お別れしたあの日から、フェリクス様が今日までをどう過ごして来たのか知りたいです」
 考え事をしている時の、顎に指をあてる仕草が良き。
 再会できてから、そう時間も立っていないのに、俺に搭載されたアンリエッタさんバッテリーがみるみると充電されていくのがわかるよ!
 
「そうだね、話したい事は山ほどあるし、これからの事も決めないとだね」
 
 彼女を取り戻すために、沢山の人が力添えしてくれた。
 その中でも特にマリーさんとミゲルさんの事は話しておきたいし、パーティーの件だってある。アンリエッタさんはもう自由なんだ、俺たちのパーティーに加わらない可能性だってあるよな……。だからと言って、彼女が加わらないからと言って、俺抜けますとは言えないよな。
 
 ──マリーさんとミゲルさんはさ、パーティーを組んでから報酬の殆どを一度も受け取っていないんだ。ミゲルさんはまだ加わって日が浅いけど、マリーさんに至っては2人で組むようになってから『アンリエッタさんを取り戻すのを優先しましょう』と言って、ただの一度も報酬を受け取ってくれてないんだよ。
『ギルドのお給金があるから心配しないでください』と言ってくれた事もあったなぁ。フランクになる前のマリーさんが懐かしいや。はは。

 仲間に対して恩を返すと言うのは変だけど、でもやっぱり2人には返していきたいし、何より俺自身がパーティーを気に入り始めている。そこにアンリエッタさんが加わってくれたら本当に最高なんだけどなぁ。
 
 「父さんが亡くなって、あの家にはもう住めなくなったんだよ。だから母さんを実家に送った後、僕はお金を稼ぎにこの町に来たんだ」
 アンリエッタさんは俺の隣を歩きながら、ただ黙って聞いていた。
「冒険者ギルドで初めてのクエストをした帰りにふと気づいたんだ。それまで街にいた沢山の人達がいつしか消えてしまって、家々から炊煙の煙が上がるんだ。僕はこの街に一人で、食事も、寝る家すらない事にね。」
「──幼かったアンリエッタさんが、食べるものも無く彷徨う姿を想像して思ったよ。差し伸べた商業ギルドの手を取っても仕方がないじゃないかってね。一人は寂しいよ」
「フェリクス様……」
 ゆっくりと歩を重ねた2人は、いつしか冒険者ギルドの前へ来ていた。
 
「そして、ここで一人の女性と会ったんだ」
「女性ですか?」
「うん。その人はギルドの職員だったんだけどね。その人のお陰でここの2階に部屋を借りる事が出来たんだよ」
 順に説明するなら、俺の住んでる所も見てもらおうと思ってさ、アンリエッタさんと冒険者ギルドの軒をくぐったんだ。美しいアンリエッタさんを伴って、こんな所へ来たら騒然となるに決まってるよね。
 でも、しょうがないじゃないか、俺の部屋ここの上なんだからさ。
 
 皆が皆アンリエッタさんを見てびっくりしていたよ。ただ、『違う女を連れやがって』と俺を非難する声が多少混ざってたのは気になる……。マリーさんはそんなんじゃないのにまいったなぁ。
 
「付いて来て、アンリエッタさん」
「はい」
 冒険者ギルドの階段を上がり使い慣れた扉の鍵を開けると、そこにはくたびれた寝台と、テーブルに椅子があるだけの寂しい部屋が姿を現す。
「ごめんね、急にこんな所へ連れてきて……。ここが今、僕が住んでる部屋なんだ」
「まぁ、ここがフェリクス様の?」
「うん」
 そう言って彼女を連れて部屋に入り、俺は扉を閉める。
 色々話すには部屋の方が話しやすいだろうしね。

「狭くて何もないでしょ? でもここで起きて、生活してたんだよ」
 珍しいものを見たかのように、アンリエッタさんがきょろきょろと部屋を見ている。
「本当に何もないのですね」
 以前住んでいた家に比べるとね、本当に何もないんだ。
 彼女が驚くのも無理はないと思う。
「依頼をこなしては、疲れて寝るだけだったから」
 
 それからは、毎日冒険者として狩りをしてお金を稼いでいた日々や、お金を追い求めすぎる俺を心配したマリーさんが親身になって色々と聞いてくれて、それを切っ掛けにお金稼ぎを手伝ってくれる様になった事。
 父さんがやられたあの、黒いオーガにミゲルさんが重傷を負って罷免された後、それを俺が治した事で縁がまた繋がったこととかさ、全て順を追って丁寧に説明したんだ。
「まぁ、あの模擬戦の彼とですか?」と目をパチパチさせて驚く、アンリエッタさんが可愛かった。

 今はその2人とパーティーを組んでいて、黒いオーガの討伐クエストをクリアしたお金と、アンリエッタさんが俺に託してくれたお金に、皆さんの好意のお陰で何とか彼女を取り戻せた事も全て話した。
 そうそう、パーティーにアンリエッタさんが加わってくれるのを皆が心待ちにしている事も併せてね。
 
 すべてを丁寧に説明した上で、俺は改めてアンリエッタさんにお願いをする。
 どうか、断られませんように……。
「アンリエッタさん」
「はい」
「えっと……」
「どうしましたか?」

「自由となった日にこんな事を言うのは卑怯かもしれないけど、その……、出来たら僕はアンリエッタさんの傍にいたいし、僕の傍にいてほしいんだ。ダメかなぁ?」
 ああ、ほんの少しの間が怖い。

「うふふ、さよならする時に私言いましたよ?」
「え?」
「初めて、心安らげる場所でしたと言いませんでしたか?」
「じ、じゃあ?」
「ええ」
 そう言って、今日一番の笑顔を見せてくれた。
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