78 / 150
77.役に立てる時に
しおりを挟む桶に入った冷水にタオルをつけ、絞ってイーラさんへと手渡す。
「イーラさん。はいっす」
「ありがとう」
意識がなく、 魔樹擬に取り込まれていた五人全員をアジト内にある救護所(平屋の大きな家)へと運び、並んだベッドの上で、今イーラさんがその人達に治療を施していた。
魔樹擬に取り込まれ、衣服がボロボロになり人によっては所々皮膚が火傷のようになってしまっている人もいたが全員命に別状はないよう。だが。全員魔力欠乏症になりかけていたため、魔力回復薬である飲み薬を飲ませたり、その前に粘液でボロボロの服を着替えさせたりとイーラさんの指示に従いながらパタパタと、俺とフレイ君は忙しく動き回っていた。
ジーとズーも手伝ってくれてはいるが、他のみんなは外でこの家周辺を警戒している。
「……なんだか大変なことになりましたね」
「……そうっすね」
一通りやる事も落ち着き、椅子に座ってフレイ君と休憩する。まさか爽やかな日差しに気持ちよくなった次の日にこんなことが起こるなんて。視線を感じ、怪しいと警戒はしていたが、実際に問題が起これば少し気持ちが落ち込んでしまう。起こった内容が内容だからこそ余計にだ。
「ボス、ほんと気付いてよかったっすよ……」
ベッドで眠る人達を見て、ホッと息を吐き出した。ボスが魔樹擬の中に人がいることに気づいていなければ今頃この人達はどうなっていただろうか。流石はボスだ。でも……
「……ジーズーもう魔物出ないっすかね?」
「いや~どうだろうな」
「なんかもう一回ありそうな気がするな~」
「まじっすか」
「え゛」
扉近くの窓の側で、外を眺めているジー達に聞けばまさかの返答。嫌そうな声を出したフレイ君と顔を合わせる。
「……いやっすね」
「……ですね」
発想も、それを実行するのもえぐいし、あの魔物の中から人が出てきた光景も相当のものだった。もう見たいとは思わない。あの俺の足に巻きついていた枝のことだって、一歩間違えれば俺だってあの魔物のお腹の中に入っていたかもしれないということなのだ。
「……はぁぁ」
……相手が木に擬態が得意な魔物っていうのも厄介っすよね。
自然と自然に溶け込まれるとわからない。いつもの光景だと思っていても、いつもと同じ光景ではない可能性があるのだ。ジー達の先、窓の向こうに見える木だって、前からそこにあったように見えてあったっけ? と疑いを抱いてしまう。
……え? ちゃんとあったっすよね? どうだったっすっけ?
「…………」
……わからない。本当に厄介だ。
「ツキ君。そんな睨まなくてもあの木はちゃんとあったよ」
「そ、そうっすか?」
よかったっす。でも……
「……イーラさん。これ俺のせいっすか……?」
抱いた不安に、窺い気味にイーラさんへと聞いてみる。
「え? どうして?」
「……だって……」
俺、不幸体質っすし……。
こんな自然に起こらなさそうな魔物の襲撃、いくら商人が絡んでいて、そのせいだとしても俺のせいで起こったことなんじゃ……と少し不安に思ってしまう。
「ふっ! それはないよ。だってフレイ君に体質治してもらったんでしょ?」
「あ!」
そうだったっす! じゃあ――!
「俺もボスのお手伝い行きたいっす!」
「「「ダメ」」」
「えー……」
イーラさんだけじゃなくジー達にまでダメと言われてしまった。
「どうしてっすか? 体質ないんなら俺だってボス達の役に立てるっすよ? ……立ちたいっす」
せっかく雑用以外でも、ボス達の役に立てるその機会が巡って来たのだ。フレイ君の護衛としてこの間お仕事に参加させてもらえたといっても、上手く活躍できたのは最初の一回だけだった。後は地に伏したフレイ君を起こしたり、一緒に川に流されたり、鹿の踏み台にされて突進され逃げ回っていたりと、その他にもイマイチ役に立てていたのか立てていなかったのか微妙な成果だった。
だが、それは体質があった時の話。体質がない今、俺は今度こそそんな馬鹿なこと起こさずボスの、みんなの役に立つことができると思うのだ。仕事の邪魔をしない、何の不幸も起こさない。今まで迷惑をかけてしまっていた分、役に立てなかった分を挽回できるチャンスがやっと回って来たのだ。こんな時に役立つことができなければ、俺はいつみんなの役に立ち、俺がいてもいいと思ってもらえる良さを示す機会があるというのだろうか。
「ツキ君」
落ち込む俺に、イーラさんは優しい笑みを浮かべ、目線を合わせるように俺の前へとしゃがみ込んだ。
「役に立てる立たないの話で僕達はダメって言ってるんじゃないよ。ツキ君がボスの所に行ったらツキ君強いからきっとボスの力になれるだろうね。けど、今、ツキ君はボスに助けた人達の身の安全を任されてるんだよ?」
「!」
ハッとイーラさんを見る。
「ボス、ツキ君達に助けた人達を連れて行けって言ったんでしょ? それで外に出るなって。それはね、ここの人達を守れって言う指示でもあるんだよ?」
「! そ、そうだったんっすか!?」
((ナイス! イーラ!))
なんと! と、目を見開けばフレイ君も
「達ってそれ僕も含まれてるんですか?」
「え? あ、もちろんフレイ君もだよ。今は大丈夫になったとはいえ、ツキ君のあれ結構すごかったでしょう? そんなツキ君とずっと一緒にいれたんだもん。ボス、なんだかんだ言いながらフレイ君のこと感心してたし、今は結構頼りにしてるからね。ツキ君も、ボスからの信頼でここを任されてるんだからそんな落ち込まないで。ジー達だって強いけど今ここにいるでしょ? ここの安全のためだよ」
「そ、そう」
「そうっすね!」
頼りとの言葉にフレイ君は自分の足元を手で払いながら素っ気なく、だが嬉しそうに返し、俺は信頼との言葉に気分が浮上して張り切った。
そうっす。俺より強くて頼りになるジーとズーだってここにいるんっす! それはそれだけボスがこの場所の安全度を高めたいっていう意思の現れじゃないっすか! くっ! 俺としたことが見落としてたっす!
しまったと悔しがる俺に、イーラさんはふっと笑う。
「でもまぁフレイ君に関しては危険だからここにって意味もあるけどね」
「「え?」」
「この騒動の原因は十中八九奴隷商人が絡んでる。ならその目的は?」
「!」
フレイ君へと向くイーラさんの視線にハッとした。
フレイ君が狙われてる可能性もあるんっすか!
その可能性をフレイ君も今思い出したのだろう。目を丸くするフレイ君を守るように、俺はぎゅっとフレイ君を抱きしめた。そんな俺達を見てイーラさんはニコリと笑う。
「そう。フレイ君のことは頼りにしてるけど外は危ないから絶対に出ないでね。ツキ君もそのまま一緒に頼んだよ」
「「はいっす(はい)!」」
コソコソ
(イーラよくやった! これでツキが外に出ようとすんのはなくなったぞ!)
(落ち込みもしてねぇ流石だイーラ!)
(まぁね)
「ん?」
なんでジー達三人そんなコソコソ話してるんっすか?
「っもう!」
「フレイ君?」
小さな声で苛立つようフレイ君が自分の足元を手で払った。さっきからちょくちょく見られる動きだ。
「フレイ君どうしたんっすか?」
「さっき森にいた時に靴下かズボンに小さい草か枝かが刺さってたみたいで……。取っても取ってもサワサワしちゃうんですよ。まだついてるんですかね?」
「あー」
そういうのってなかなか取れないっすもんね~。取ったと思っててもどっかについてたりとかっす。
見せてっす、と椅子から腰を下ろし、フレイ君の足元へとしゃがみ込んだ。そして――
…………。
「フレイ君……」
「はい?」
「草はないっすけど……細い枝はいっぱい巻き付いてるっすね」
これはやばいっすね……。
「……え? 枝?」
フレイ君が自分の足を見ようとしたその瞬間、フレイ君がすごい勢いで椅子から滑り落ちた。
「うわっ!?」
「フレイ君!! っジーズー!!」
閉まった扉の隙間から伸びてきていた枝は、そのまま扉の向こうへとフレイ君を引き摺って行こうとする。そんなフレイ君の手を咄嗟に掴み、俺は急いでジー達を呼んだ。
「フレイちゃん!」
「ツキ!」
「ふんぐーーっ!!」
フレイ君は渡さないっすよ!!
フレイ君の腕を引っ張るもズルズルと扉の方へと引き摺られていってしまう。だが、すぐさまジーがフレイ君を引っ張っていた枝を剣で斬ってくれたお陰で……
「「うわっ!」」
「大丈夫二人とも!?」
反動にフレイ君と一緒に後ろへと転がってしまった。けれど、ジーが枝を斬ってすぐに大きな音を立てて扉が開き、幾つもの枝が俺達に襲い掛かろうとしてきて慌てて立ち上がり体勢を立て直した。
「フレイ君大丈夫っすか!?」
「だ、大丈夫です!」
「おい! 中、大丈夫か!!」
外にいる仲間の声。
「おう!」
「外に五体でやがった! さっきの奴等よりデカくて攻撃的っぽい! 俺達だけで大丈夫だがまた枝が入ったらすまん! お前らは中を頼む!」
「了解! その樹の中にまた人がいっかもしれねぇから気をつけろよ!!」
「おい、イーラ。なんか物よこせ物。扉の前に積んどこうぜ」
聞こえた仲間の声と同時に引っ込んだ木の枝に、いそいそとジー達は扉を閉め、前に空いたベッドや椅子を積み上げ始めた。そんな光景に、少しだけ入っていた肩の力を抜きフレイ君を見る。
「フレイ君大丈夫っすか?」
「……引っ張られたから足が痛いですけどなんとか。ツキさんありがとうございます」
「フレイ君見せてみて」
イーラさんがフレイ君の足を診る。少しフレイ君の足首が赤くなってしまっていた。
「……ん?」
ふと、扉とは反対の窓に影が通ったような気がした。
「ツキ君、あんまり窓の近くに行っちゃダメだよ」
「はいっす」
バリンバァァァアン!!!
「ンン!?」
「うっお! ぶっとい枝が窓破って入って来やがっぞ!? そのままま横壁貫通させて出てったけど」
「物積んだ意味がねぇ! 何しに入って来たんだこの枝!! 家壊すなよ! イーラそっちは大丈夫か!」
「うんっ――っ! ツキ君ッ!!!」
「「「え? っツキ(さん)ッ!!」」」
「ングゥーーーー!」
51
お気に入りに追加
500
あなたにおすすめの小説


騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる