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71.刷り込みって怖い sideフレイ
しおりを挟む「はぁぁ……」
「フレイちゃんどうしたんだ?」
「さっきから溜息ばっかだな?」
「具合でも悪いのか?」
「……いえ、大丈夫です」
心配そうに僕を見るモージーズー。今、僕はモー達と一緒に昼ご飯を食べている。それは、ツキさんをラックに取られ、食堂につくなり「来るな」とラックに無言の牽制をされて、どうしようか無視しようかと考えていたところにこの三人に同情的に肩を叩かれ、一緒の席に座らされたから。
……この時の僕、よく怒らなかったと思う。だってなんかすっごく虚しいような恥ずかしいような感じがしたんだ。なんで悩んでただけなのにこんな可哀想な子みたいな扱いされなきゃならないんだろ?
解せず、今思い出してもすごく腹立たしい出来事だったけど、話しかけられたついでに目の前の状況について聞いてみることにした。
「……あの、ツキさんのあれなんなんですか? あれでいいんですか?」
「ほら、ツキ口開けろ」
「あーん」
パクパクパクパクと抵抗するそぶりも見せず、まだラックにご飯を食べさせられ続けているツキさん。すっごく素直なんだけど?
「あぁ……あれな……。あれはもう条件反射みたいなもんだから仕方ないんだ」
「条件反射?」
僕の質問に答えたのはモー達ではなく遠い目をし、諦めたように笑うレトだった。レトも僕と同じでラックに牽制され、近づけないでいたところを三人に連れてこられた人だ。
ふんっ、可哀想なのは僕だけじゃないんだ!
そこから、ズー、ジー、モーが話し出す。
「んーフレイちゃんもちょっと聞いてると思うけどよぉ。ツキはな~、小さい頃に親から逸れたあとはずっと手づかみで飯を食ってたみてぇでよ、カトラリー系の扱いがめちゃくちゃ下手くそだったんだよ。ツキを檻から助け出したのはいいものの栄養失調気味で、消化にいい食いもん食わせようにも他のもん食わせようにも食うのも下手すぎて全然食えなかったんだよなぁあいつ。初めの頃はツキも俺達に全然近づいて来ねぇし、しばらくの間、ずっと坊ちゃんがああやって飯を食べさせてたんだ。それこそせっせ、せっせと毎日親鳥が雛鳥に与えるが如く朝昼晩ずっとな」
「ギャハハ! そうそう! ほんと何回自分でもやらせねぇと上達しねぇって怒ってもツキへの給餌をやめねぇのな! んで、拳骨食らわせて総出で説教してやっとやめたかと思ったらコソコソ陰でまーだやってたんだよなぁ。……いやぁ……あのしつこさには参ったぜ……」
「……ほんとにな~。坊ちゃんの奴本気でこのままでもいいって思ってたからなぁ……。だからツキの奴、坊ちゃんが食べ物を持つ→口を開けろと言われる→開けて食べさせてもらうっつぅ刷り込みが完璧についちゃったんだよなぁ~。いや~刷り込みって怖いね~」
「へ、へー……」
思いっきりドン引きした。そして、
「はは……可愛いし微笑ましいからって思ってだらだら許してたのが間違いだったんだよな……。気づけば完璧に刷り込んでるって……ははっ」
「…………」
空笑うレトに、僕はもっとドン引きした。
……いや、刷り込まれるほどってどれくらいやってたんだよ。怖いって。ラックってどんな子どもだったの? もっと早く止めてあげなよ。どっちのためにもさ!
「まぁ、ああやって待ってるツキは可愛いし気持ちはわかるけどな!」
「そうそう小動物みたいでな!」
「俺もやりてぇー!」
「「坊ちゃんに睨まれるぞ」」
「ギャハハハハ! ほんとそれな!」
「…………」
ギャハギャハガハガハ声を張り上げ笑う奴等に呆れた。ここにいる連中みんなツキさんのこと可愛がり過ぎ。これでもかっていうほど実の息子のように可愛がってる。側にいるだけで不幸が襲ってくるのにさ。
……人間ってもっと醜くて排他的だと思ってたけど全然こいつらには当てはまらないよね。
不思議だ、とモー達を眺めていると――
「あっ! ボスどこ触ってるんっすか!」
「「「「「?」」」」」
聞こえた声に全員揃ってツキさん達を見た。どうやらラックが怪しげな手つきでツキさんの足を触ったよう。誰かあいつを捕まえろ。
「ああちょっと持ってくのに遠いんだよ。ほらもっとこっち来い」
「えっ嫌っすよ。あ、触らないでくださっ――」
「ほらツキあーんは?」
「あーん」
自分に近づけようとするラックにツキさんは抵抗を見せるも、ラックの「あーん」の言葉でそそくさとさっきよりも自分からラックに近づいてご飯を食べさせてもらう。
「よし、いい子だな」
そんなツキさんにラックは満足気な笑みを浮かべた。
「…………」
……ツキさん。
それでいいの? そんな単純でいいの? 絶対触った理由、遠いからとかじゃないよ? 意図的に含みをもって触られてるのに「あーん」に釣られて自分からどんどん近寄っていくなんて馬鹿なんじゃない? それともそうした刷り込みを徹底的に植え付けて教え込んだラックがすごいのかな? ……刷り込み怖い。ラック怖い。でもやっぱりラックって……
「……なんか最近、ラックがおっさんになってきてる気がする……」
ほんとそれね。
レトの言葉に心底同意し、頷いた。それに真顔で待ったをかけるのは三馬鹿だ。
「レト、その言い方はやめろよ! おっさんって言ってもそれはほんの一部の連中だけだ!」
「あれと一緒にするんじゃねぇよ!」
「そうだ! そうだ! 俺達はあんなことしねぇ……って、おい、ちょっと待てよ。別にこれ俺達の話ではなくね? 俺まだおっさんじゃねぇし」
「あ、そうだな。俺もまだ大丈夫だわ」
「あ、俺もだな。まだピチピチの三十代だし。な、フレイちゃん!」
「え?」
いや、知らないしどうでもいいけど???
「……あれツキじゃなかったら何回セクハラで問題視されてるか……」
レトが華麗に三馬鹿を無視してラックを見ながら言う。
ツキさんそういうのに疎いもんね。でも問題視っていってもそれを裁いてどうこうするのここじゃあラックの役目でしょ? じゃあダメじゃん。あ、モー達に言えば大丈夫か。ほんと、ツキさんただ距離が近いで済ませてるけどもっと怒ってもいいと思うのにすぐ話逸らされて有耶無耶にされちゃうあほの子だもんね。でも、それを一番間近で見せつけられる僕はどうすればいいのかな?
耳元で囁いたり抱きついたり、こうしたラックの近すぎる距離と大胆な行動に初めは奇声を上げて逃げていたツキさんもだんだん慣れてきたのか直ぐには逃げなくなったし、適応が早過ぎる。その根底にはラックへの好意があることは間違いないけど、それをわかってるラックのツキさんを見る笑みが気持ち悪い。繊細な僕の心が傷つくでしょ。僕ほど完璧でなくてもまぁまぁいい感じでかっこいい顔をしてるのに勿体ない。周りもすごく引いてる。
「なぁ、今度坊ちゃんシメようぜ」
「だよな。流石にツキとちびっ子達の教育にも悪りぃし俺らも見てられねぇもんな」
「ツキがなんも言わねぇからって好き放題しやがって。イケメンだからって顔で許されると思うなよ坊ちゃんめ」
「頼むぞ、三人とも」
「!」
おお、この感じはしばらくはラックの浮かれ顔を見なくて済む感じかな? 流石ラックの教育係!
やった! と内心喜び応援を送った。……だけど、ここでも出たよ、ツキさんのため。
はぁぁ……。……なんだかなぁ……。
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