上 下
11 / 38

アイシャとミナ

しおりを挟む
 アイシャは黒猫のドロシーが作った風の球体〈スフィアウィンドウ〉の中で、獣人のリクとミナと一緒に固唾を飲んで事のなり行きを見守っていた。たまに氷の刃や、炎の矢が飛んでくるが、全てドロシーの魔法で弾かれていた。アイシャは遠いため、マリアンナたちの状況をあまり確認できなかったが、リクとミナは目がいいので戦況がよく分かるのだろう。リクは風の防御壁に顔を押し付けるように見ていた。

「ドロシー、オイラをここから出して!」
「ニャッ」

 リクの言葉に黒猫のドロシーは、危ないからダメだと言ったようだ。

「シドとシュラだけじゃダメだ、オイラも戦う」
「リク、行かないで!」

 ミナは今にも飛び出しそうなリクを止めようとする。

「ミナ、アイシャたちと逃げるんだ。アイシャ、ミナを自由にしてやってくれ。アイシャのせんせいは戦線から離脱させる」
「嫌よ、私も行く」

 根負けしたのかドロシーはリクを防御球から出した。リクは瞬時に狼になると、アイシャの返事も聞かず一目散にシドたちの元へ走って行ってしまった。ミナはどうしたらいいのか分からない様子でただただ震えていた。

「ミナ」

 アイシャはミナに声をかける。ミナはビクッと身体を震わせてからゆっくりとアイシャに振り向く。ミナはどうやらアイシャの事も怖がっているようだ。ミナが人間からどういう扱いをされていたかがうかがえる。アイシャは悲しい気持ちになりながらもつとめて明るい声で言った。

「ミナ、手出して」

 ミナは最初きょとんとしてから、その後ハッとして両手を後ろに隠した。

「ミナ手怪我してるでしょ?あの檻に触ったのね」

 ミナはアイシャに言われるままにおずおずと両手を出した。ミナの両手のひらは皮膚が剥がれ赤くなっていた。きっとシドたちに気づかれたくなかったのだろう。アイシャがミナを見ていると、しきりに手を握ったり、後ろに回したりしていたのだ。アイシャはミナのいじらしい仕草に胸が苦しくなった。

 アイシャはミナが怖がらないように、そっと手の甲に触れると、治癒魔法をした。ミナの手が輝き出す。ミナは自身の手の痛みが瞬時に引いた事に驚いたようで、しきりに手を見ていた。

「ア、アイシャありがとう」
「どういたしまして」
「でも私みたいな『役立たず』の『お荷物』を治させてごめんなさい」

 アイシャは驚いた、ミナは誰にそんな言葉を投げつけられたのだろう。間違ってもシドたちが言うはずはない、きっとミナの回りにいた人間たちに言われたのだろう。アイシャはミナが怖がらないように、ゆっくりとした動作でミナの両手を優しく握った。

「ねぇミナ聞いて、ミナをよく知らない人の言葉を信じたりしないで。シュラとシドとリクは、ミナの事をなんて言ってるの?」
「えっとねぇ、ミナは泣き虫だけどとっても優しいって。にんむに行ってもせいこうさせなくっていいよ、って。シュラたちは言ってくれる、無理して嫌なことしないでって、ずっと変わらない優しいミナでいてって」
「うん、ミナに会うのは今日が初めてだけど、あたしもシュラたちの言うことが正しいと思う。ミナは優しくて芯のしっかりした女の子だよ」

 アイシャは改めてミナを見た。ミナはサファイアのような青い瞳に豊かなブロンド。肌は透きとおるように白く、衣服を着ていない身体はみずみずしく、小ぶりな乳房が膨らんでいた。ミナはメアリーとはまた違った美少女だった。

 アイシャは目の前にいる全裸の美少女に現実感がともなわず、まるでおとぎ話に出てくるお姫さまのようだなっと思った。魔法で狼に変えられたお姫さま。アイシャはミナが可哀想で自分の着ている服を着せてやりたかった。だが、それは今ではない。

「私もリクと一緒に戦わなきゃいけないんだけど。でもこわくて震えがとまらないの」

アイシャはミナの手をギュッと握って言った。

「ミナ、あたしもよ。あたしも怖いわ」
「アイシャも?アイシャもこわいの?」

 ミナはアイシャの目をジッと見て言った。

「だいじょうぶよ、アイシャ。私がアイシャをまもるわ」

 アイシャは鼻の奥がツンとして涙が溢れそうになった。アイシャはシドから獣人たちが、人間からどんな仕打ちを受けていたか聞いていた。満足に食事も与えられず、任務に失敗すれば容赦ない暴力を受けていた。まるで生き地獄のような生活をしていたのに、ミナは自身も怖いのに、アイシャを守ると言ってくれたのだ。アイシャはたまらずミナに抱きついた。ミナはアイシャが恐怖のためにすがりついてきたのかと思ったようで、アイシャを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。

「だいじょうぶ。だいじょうぶよアイシャ」

 アイシャは辛抱できなくて泣き出してしまった。嗚咽しながらミナに尋ねた。

「ありがとうミナ。ミナに酷いことした人たちと同じ人間のあたしを守ってくれるの?」

 ミナはきょとんとした顔をして、首をかしげながら言った。

「アイシャは優しいもの」
「うん、ありがとうミナ」

 ミナはただ優しいのではない、大きな海のように広い心を持っているのだ。ミナがアイシャに微笑む。とても優しくて魅力的な笑顔だった。その笑顔が急に厳しくなる。

「リクがシドをかばってけがした」

 アイシャはハッとして防御球の外を見た。アイシャはミナの肩を掴むと言葉を強めて行った。

「ミナ、怪我したリクをここに連れてきて。あたしが治すわ」

 ミナは深く頷くと、瞬時に狼になった。ドロシーは今度は引き止めることをせず、ミナを防御球の外に出した。しばらくするとミナがリクを背に乗せて帰ってきた。リクは全身に火傷を負っている、アイシャは治癒魔法をリクに施した。リクが回復すると、リクとミナは再びシドたちの元に行ってしまった。

 アイシャは安全な防御球の中から戦況を見守る。アイシャはいてもたてもいられない気持ちになるが、自分があの場に行っても足手まといになるだけだ。アイシャは自分のできる事をしなければならない。

 アイシャはふと学校の授業の事を思い出した。アイシャは勉強が苦手で、ちっとも授業についていけていないが、その時のマリアンナ先生の話には感動したのだ。精霊や霊獣が、何故召喚士と契約してくれるか、という話だった。精霊や霊獣は契約した召喚士が大好きなのだ。守ってあげたくて、助けてあげたくて仕方がないというのだ。アイシャはその授業を受けて、立派な召喚士になりたいと思った。

 だが今目の前に起きている戦いは、仲間を守りたいシドたちと、マリアンナを守りたいスノードラゴン。そして相対する頭が三つもある犬の霊獣と、サイの霊獣もきっと自身の契約者を守りたいがために戦っているのだ。誰かが死んでしまうかもしれないこの戦いで。アイシャはとても怖くて悲しくなった。

 アイシャにはもう一つ気になる事があった。アイシャを必死に守ってくれている黒猫のドロシーの事だ。通常霊獣の幼体は、まだ魔法が使えないはずである。だがドロシーはアイシャを守ろうとして今日初めて魔法を使ったのだ。そして今もずっと魔法を発動し続けている。

 普段のドロシーは、アイシャが授業を受けている時は日当たりのいい所で寝ていて、アイシャが部屋で勉強している時はアイシャの膝の上で寝ていて、アイシャが寝る時はアイシャのベッドの上で寝ているのだ。つまりドロシーはほとんど寝ているのだ。そんなドロシーが、ずっと起きて、しかもずっと魔法を使っている。アイシャは心配でならない。アイシャは定期的にドロシーに治癒魔法をしているが、魔力は体力回復とは違うらしい。ドロシーは目に見えて疲労している。アイシャはたまらずドロシーに声をかける。

「ドロシー、ありがとう。少し休もう、あたしは大丈夫だから」
「ニャッ!」

 心配するアイシャに、ドロシーはダメだと言う。ドロシーはとても頑固だ。だがアイシャは確信している、ドロシーの魔法はそう長くはもたないだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

続・異世界温泉であったかどんぶりごはん

渡里あずま
ファンタジー
異世界の街・ロッコでどんぶり店を営むエリ、こと真嶋恵理。 そんな彼女が、そして料理人のグルナが次に作りたいと思ったのは。 「あぁ……作るなら、豚の角煮は確かに魚醤じゃなく、豆の醤油で作りたいわよね」 「解ってくれるか……あと、俺の店で考えると、蒸し器とくれば茶碗蒸し! だけど、百歩譲ってたけのこは譲るとしても、しいたけとキクラゲがなぁ…」 しかし、作るにはいよいよ他国の調味料や食材が必要で…今回はどうしようかと思ったところ、事態はまたしても思わぬ展開に。 不定期更新。書き手が能天気な為、ざまぁはほぼなし。基本もぐもぐです。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

雪花祭り☆

のの(まゆたん)
ファンタジー
記憶を失くし子供の姿に戻ってしまった黒の国の王 火竜王(サラマンデイア) アーシュラン(アーシュ)に 愛された 白の国のオッド・アイの瞳の王女エルトニア(エイル) 彼女は 白の国の使節(人質)として黒の国の王宮で暮らしていた・・ 記憶をなくし子供の姿になってしまった彼(アーシュ)黒の王に愛され  廻りの人々にも愛されて‥穏やかな日々を送っていた・・ 雪花祭りの日に彼女はアーシュに誘われ女官長ナーリンとともに 出かけるが そこで大きな事件が・・

処理中です...