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パルヴィス公爵家の娘

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「どうしたのだ?プリシラ」
「お父さま!」

 デムーロ伯爵の背中に張り付いていたプリシラは、パルヴィス公爵が近寄ると、走って公爵に抱きついた。公爵夫人はプリシラの背中に手をおいて、不安げな表情をしている。怖がっているのか、無言のプリシラに対して、デムーロ伯爵が説明する。

「パルヴィス公爵さま。ベルニ子爵が、ご息女を自分の娘だと言い張るものですから」
「何と!我が娘であるプリシラに、そんな事を言ったのか?」

 パルヴィス公爵はギロリとベルニ子爵をにらんだ。ベルニ子爵は背中に冷水を浴びせられたように背筋が寒くなった。

 パルヴィス公爵は温厚で知られていて、体調の悪化により、ずいぶんと国の政治から遠のいていると聞く。だが目の前にいるパルヴィス公爵は、先先代の国王を父に持つ威厳があった。ベルニ子爵はあたふたと弁解がましく言った。

「ぱ、パルヴィス公爵さま。誤解でございます。わたくしどもの愚息女を養女にしていただきありがとうございます」
「わしの娘を愚か者呼ばわりするとは、ただではおかんぞ!」

 パルヴィス公爵のあまりの剣幕に、ベルニ子爵は棒立ちになった。それまで自分の背後で震えていた妻が、プリシラの前に立って騒ぎ立てた。

「プリシラはわたくしがお腹を痛めて産んだ子です!何よ、すました顔しちゃって!貴女は捨てられて平民まで落ちたくせに、公爵の養女になったからって偉そうにするんじゃないわよ!何様のつもり?!」

 妻は美しいが、腹を立てるとヒステリックにわめき散らす女だった。ベルニ子爵はこの時ほど、妻の首をしめてやりたいと思った事はなかった。

 ベルニ子爵がチラリと、パルヴィス公爵の顔色を見ると、明らかに怒りの表情が浮かんでいた。ベルニ子爵が絶望的な気持ちで立ち尽くしていると、それまでパルヴィス公爵にしがみついていたプリシラが、スッと前に出て言った。

「ベルニ子爵夫人。お前は何様か、と問われましたが、私は私、プリシラというただの娘です。公爵令嬢でも子爵令嬢でもありません。私はお父さまとお母さまをお慕いしているから養女になったのです」

 プリシラはそれだけ言うと、クルリと背を向けた。それを機に、パルヴィス公爵夫妻とデムーロ伯爵はその場を離れてしまった。

 ベルニ子爵と夫人は、ぼう然と彼らの背中を見送った。



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