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八
side朔太郎――貸本屋心中
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しかし、これで朔太郎の質疑は尽きた。もう彼女に聞くことなどない。朔太郎には、もも時代にあった豆千代の地獄も小林こと河村重雄の傲慢な行為も、そして大石が抱いた絶望までも全て視えてしまったから。
この最後の問いは、罪人に罪の意識を思い出させるために投げられた。
「しかし、あんな時代を経たんだ。誰かが誰かの仇だったりしてもおかしくはないだろうさ。それでも命を奪おうとは思わないのが人の道なんだよ。君だって、小林を殺さなければ、ミネさんも春木屋さんも殺さずに済んだんだ。しかもせっかく助けてくれた菱屋さんまで巻き込んで……三人もの人の命を奪ってしまったら、もう元の生活には戻れないよ」
春木屋を逃げ出してから、ごく普通に半玉として修業を重ね、女将さんにも芸者の姐さんたちにも可愛がられてきただろうに。そのすべての生活が、泥の舟のように沈んでしまうのだ。跡形もなく……
さっきまで怒りで捨て鉢になっていた豆千代の表情が、ふと柔らかくなった。笄を持つ手と逆の手の人差し指が、机から落ちていた紙に触れている。その紙に視線を落とす。
「まだ暑かったころ、女将さんに連れられて行った新橋の駅舎前でね、お侍さんとすれ違ったの。未だに袴を履いて刀を差していた……この人にそっくりの」
それは藤田が置いて行った三井丑之助の手配書。
「何だかわからないけれど、その時にね、うちの中で何かがぱちんと弾け跳んだの」
声色は優しく、その時の出来事を慈しむように語る。
「頭の中に、ずっと仕舞いこんでいた鈴乃姐さんの思い出がよみがえったわ。その思い出の中には、とっくに忘れてしまった記憶もあって…………それで鈴乃姐さんが惚れた人から贈ってもらった帯留のことも思い出したの。『俺が最期に抱く女になるだろうから、これを贈っておく』って。その人はそう言って、姐さんにこの帯留を贈ったのよ。うちはそれを、御側で控えながら見ていた。それなのに……これがあの女に盗まれていたことを思い出して……」
その言葉を聞きながら、朔太郎の眼には鈴乃と大石のやり取りが手を取るように視えていた。
三井の姿絵を撫でていた豆千代の指は今、彼女の帯の真ん中を飾る帯留の金具に触れている。
「奪い返さなきゃ、あぁ、復讐しなきゃいけないって」
その帯留には、小柄(打刀の鞘に付属させている小刀)の柄を細工したパチン留が付いている。小林が殺されたあの日、すれ違ったミネが帯に付けていた代物だ。黒地の中央に銀と金色を重ねた菊の花や、つぼみや茎、葉まで描いた繊細な彫り物。
朔太郎はそれを見た時、いかにも手が込んでいて、名刀の拵えに違いないと思ったからよく憶えていた。
「その小柄の元の持ち主が、元新選組伍長、大石鍬次郎だったというわけだ。昨夜、君が殺そうとしていた春木屋の旦那を斬った巡査長の中の魂が、実は、鈴乃さんが惚れていた新選組の御仁だったんだよ」
豆千代が目を瞬かせた。
「意味が……言っている意味がわからない」
「大石鍬次郎という男はね、御一新後、味方だった男に裏切られ、官軍に捕まった後、首を刎ねられている」
豆千代の困惑した眼差しが宙を彷徨う。
「あの男の魂はね、その時の復讐にとらわれすぎて、死ぬこともできず、他人の体を乗っ取っては自分の宿にして、魂だけで生き延びていた。君がすれ違ったあの男も、佐々木巡査の体を奪う前に、大石の魂の蟲が宿にしていた男だ」
一度説明されただけでは理解不能の突拍子もない話だと思う。それなのに、豆千代は腑に落ちるところがあったのか、すっと毒が抜けたように晴れやかな顔をした。
それを見て、朔太郎はやっと大石の真の目的が視えた気がした。
彼も豆千代とすれ違ったことで、曖昧だった鈴乃の記憶が蘇ったのだ。と、同時に、豆千代が思い出した鈴乃の最期まで勘付いてしまったに違ない。
豆千代のを見て、朔太郎は仕上げにかかった。豆千代の心を打ちのめすために、言葉の刃を振り下ろす。
「君のせいで、彼……大石は春木屋を殺めてしまった。大石は君を守りたかったんだよ。君にこれ以上、殺しを重ねさせたくなかった。だから自らとどめを刺した。わかるかい? 君はね、大石にさらなる人殺しを重ねさせたんだ」
くしゃりと豆千代の顔が、痛みに耐えかねて歪む。
その時、ようやく役者の一人が駆け込んで来た。
「佐々木の死体が溜池に上がった!」
息を切らせた藤田である。
だが藤田が目にしたのは、笄を振り上げ、朔太郎を刺そうと押し迫る豆千代の姿だった。
「やめろぉぉぉ!!」
藤田が叫んだと同時に、白い塊が豆千代の腕に飛びついた。
「シロ!」
振り下ろされた笄は、飛びかかったシロによって軌道を逸れると、朔太郎の羽織の肩を掠め、畳の上の三井の手配書を切り裂いた。弾かれたシロが店の土間に転がり落ちる。
だが朔太郎はそれにも動揺せず、豆千代を見上げて話し続ける。
「佐々木巡査長の言葉が気になっていたんだ。『調べがついたから下手人を成敗した』と言っていた。だから、藤田さんに頼んで佐々木が調べたという調書を持ち出してもらったんだよ」
さっき豆千代に披露した調書である。これの作成者は、佐々木のふりをした大石だった。
藤田が豆千代の動きを警戒しながら、回り込むように少しずつ距離を縮めながら調書について語る。
「あいつは春木屋と小林のことを調べていた。巡査長として厠殺しの捜査に首を突っ込んで、気付いたのだろうな。春木屋はすでに廓を止めて置屋に代わっていたから、調べは難航したようだが、小林の正体を突き止めたら後は簡単だったようだ。小林が河村という名の過激派の志士で、春木屋の鈴乃太夫を斬殺したところまで突き止めていた」
奇しくも大石の蟲は、自分が最後に愛した女をも、官軍側――勤王の志士の手で殺されていたことを確認したのだ。
「もも、あんたはそれを見ていたんだな」
笄の先を睨んでいた豆千代が、藤田の方を振り返って叫んだ。
「許せなかったの! 奴らがのうのうと生きていることが!」
――『のうのうと生きてんじゃねえ』
大石の蟲が藤田に叫んだ言葉だ。
「春木屋はお前の所業の全てを見抜いて、お前を脅そうとした。いや、きっと過去の汚点を知るお前を、口封じに殺すつもりでもあっただろうよ。それを佐々木……いや大石は、春木屋からお前を守ったのだ。もうこれ以上、罪を重ねるな」
藤田が目を細め、優しい声で豆千代をいざなう。
「いまさら……もう……あぁあ、うち、本気であんたのことが好きだったのにな……」
涙でにじんだ目を朔太郎に向けた。
「ねえ、朔太郎さん………一緒に死んでよ」
「やめろ」と怒鳴る藤田の声は、豆千代には届かなかった。
彼女は帳場机の上に置いてあった燭台に手を伸ばすと、それを持ち上げ、店頭に並べられていた心中ものの錦絵に投げつけた。
色とりどりの鮮やかで妖艶な心中を描いた紙は、瞬く間に赤い炎に包まれ、金切り声を上げる豆千代の顔を明々と照らし上げた。
この最後の問いは、罪人に罪の意識を思い出させるために投げられた。
「しかし、あんな時代を経たんだ。誰かが誰かの仇だったりしてもおかしくはないだろうさ。それでも命を奪おうとは思わないのが人の道なんだよ。君だって、小林を殺さなければ、ミネさんも春木屋さんも殺さずに済んだんだ。しかもせっかく助けてくれた菱屋さんまで巻き込んで……三人もの人の命を奪ってしまったら、もう元の生活には戻れないよ」
春木屋を逃げ出してから、ごく普通に半玉として修業を重ね、女将さんにも芸者の姐さんたちにも可愛がられてきただろうに。そのすべての生活が、泥の舟のように沈んでしまうのだ。跡形もなく……
さっきまで怒りで捨て鉢になっていた豆千代の表情が、ふと柔らかくなった。笄を持つ手と逆の手の人差し指が、机から落ちていた紙に触れている。その紙に視線を落とす。
「まだ暑かったころ、女将さんに連れられて行った新橋の駅舎前でね、お侍さんとすれ違ったの。未だに袴を履いて刀を差していた……この人にそっくりの」
それは藤田が置いて行った三井丑之助の手配書。
「何だかわからないけれど、その時にね、うちの中で何かがぱちんと弾け跳んだの」
声色は優しく、その時の出来事を慈しむように語る。
「頭の中に、ずっと仕舞いこんでいた鈴乃姐さんの思い出がよみがえったわ。その思い出の中には、とっくに忘れてしまった記憶もあって…………それで鈴乃姐さんが惚れた人から贈ってもらった帯留のことも思い出したの。『俺が最期に抱く女になるだろうから、これを贈っておく』って。その人はそう言って、姐さんにこの帯留を贈ったのよ。うちはそれを、御側で控えながら見ていた。それなのに……これがあの女に盗まれていたことを思い出して……」
その言葉を聞きながら、朔太郎の眼には鈴乃と大石のやり取りが手を取るように視えていた。
三井の姿絵を撫でていた豆千代の指は今、彼女の帯の真ん中を飾る帯留の金具に触れている。
「奪い返さなきゃ、あぁ、復讐しなきゃいけないって」
その帯留には、小柄(打刀の鞘に付属させている小刀)の柄を細工したパチン留が付いている。小林が殺されたあの日、すれ違ったミネが帯に付けていた代物だ。黒地の中央に銀と金色を重ねた菊の花や、つぼみや茎、葉まで描いた繊細な彫り物。
朔太郎はそれを見た時、いかにも手が込んでいて、名刀の拵えに違いないと思ったからよく憶えていた。
「その小柄の元の持ち主が、元新選組伍長、大石鍬次郎だったというわけだ。昨夜、君が殺そうとしていた春木屋の旦那を斬った巡査長の中の魂が、実は、鈴乃さんが惚れていた新選組の御仁だったんだよ」
豆千代が目を瞬かせた。
「意味が……言っている意味がわからない」
「大石鍬次郎という男はね、御一新後、味方だった男に裏切られ、官軍に捕まった後、首を刎ねられている」
豆千代の困惑した眼差しが宙を彷徨う。
「あの男の魂はね、その時の復讐にとらわれすぎて、死ぬこともできず、他人の体を乗っ取っては自分の宿にして、魂だけで生き延びていた。君がすれ違ったあの男も、佐々木巡査の体を奪う前に、大石の魂の蟲が宿にしていた男だ」
一度説明されただけでは理解不能の突拍子もない話だと思う。それなのに、豆千代は腑に落ちるところがあったのか、すっと毒が抜けたように晴れやかな顔をした。
それを見て、朔太郎はやっと大石の真の目的が視えた気がした。
彼も豆千代とすれ違ったことで、曖昧だった鈴乃の記憶が蘇ったのだ。と、同時に、豆千代が思い出した鈴乃の最期まで勘付いてしまったに違ない。
豆千代のを見て、朔太郎は仕上げにかかった。豆千代の心を打ちのめすために、言葉の刃を振り下ろす。
「君のせいで、彼……大石は春木屋を殺めてしまった。大石は君を守りたかったんだよ。君にこれ以上、殺しを重ねさせたくなかった。だから自らとどめを刺した。わかるかい? 君はね、大石にさらなる人殺しを重ねさせたんだ」
くしゃりと豆千代の顔が、痛みに耐えかねて歪む。
その時、ようやく役者の一人が駆け込んで来た。
「佐々木の死体が溜池に上がった!」
息を切らせた藤田である。
だが藤田が目にしたのは、笄を振り上げ、朔太郎を刺そうと押し迫る豆千代の姿だった。
「やめろぉぉぉ!!」
藤田が叫んだと同時に、白い塊が豆千代の腕に飛びついた。
「シロ!」
振り下ろされた笄は、飛びかかったシロによって軌道を逸れると、朔太郎の羽織の肩を掠め、畳の上の三井の手配書を切り裂いた。弾かれたシロが店の土間に転がり落ちる。
だが朔太郎はそれにも動揺せず、豆千代を見上げて話し続ける。
「佐々木巡査長の言葉が気になっていたんだ。『調べがついたから下手人を成敗した』と言っていた。だから、藤田さんに頼んで佐々木が調べたという調書を持ち出してもらったんだよ」
さっき豆千代に披露した調書である。これの作成者は、佐々木のふりをした大石だった。
藤田が豆千代の動きを警戒しながら、回り込むように少しずつ距離を縮めながら調書について語る。
「あいつは春木屋と小林のことを調べていた。巡査長として厠殺しの捜査に首を突っ込んで、気付いたのだろうな。春木屋はすでに廓を止めて置屋に代わっていたから、調べは難航したようだが、小林の正体を突き止めたら後は簡単だったようだ。小林が河村という名の過激派の志士で、春木屋の鈴乃太夫を斬殺したところまで突き止めていた」
奇しくも大石の蟲は、自分が最後に愛した女をも、官軍側――勤王の志士の手で殺されていたことを確認したのだ。
「もも、あんたはそれを見ていたんだな」
笄の先を睨んでいた豆千代が、藤田の方を振り返って叫んだ。
「許せなかったの! 奴らがのうのうと生きていることが!」
――『のうのうと生きてんじゃねえ』
大石の蟲が藤田に叫んだ言葉だ。
「春木屋はお前の所業の全てを見抜いて、お前を脅そうとした。いや、きっと過去の汚点を知るお前を、口封じに殺すつもりでもあっただろうよ。それを佐々木……いや大石は、春木屋からお前を守ったのだ。もうこれ以上、罪を重ねるな」
藤田が目を細め、優しい声で豆千代をいざなう。
「いまさら……もう……あぁあ、うち、本気であんたのことが好きだったのにな……」
涙でにじんだ目を朔太郎に向けた。
「ねえ、朔太郎さん………一緒に死んでよ」
「やめろ」と怒鳴る藤田の声は、豆千代には届かなかった。
彼女は帳場机の上に置いてあった燭台に手を伸ばすと、それを持ち上げ、店頭に並べられていた心中ものの錦絵に投げつけた。
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