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神子と騎士と幼なじみ
第2話 回顧2
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「シロ様は王宮で過ごされるとの事ですが、そちらの者は神殿でその身を預からせて頂きます」
これからのことに思いを馳せて少しの希望を見出していた瑠璃は、自らを神官長と名乗る男の言葉が一瞬飲み込めないでいた。
先程この空間にいる人達に向けて自分の名前も名乗ったはずだが、なぜだか瑠璃の名前だけ呼ぶことなく、神官長は国王にそう提案した。
白はその提案に反対していたが、神官長の言う、神子が2人一緒に暮らすと浄化魔法の習得に時間がかかってしまう、などとそれらしい理由を聞いて引き下がったようだった。
国王も神官長からの提案は最初から考えていたことだったのか、あっさりと承諾した後、白や騎士数名を伴ってこの神殿を後にした。
国王に進言した時の神官長が、白に向ける憧憬ともとれるような視線とは打って変わる蔑むような視線を瑠璃に向けていることには薄々勘づいていた。
先程まで周囲にいた人達が気づいたかは分からないが、他人の顔色を伺って生きることに慣れてしまった瑠璃は、神官長が瑠璃に対して良い印象を持っているとは思えなかった。
不幸なことに、瑠璃の不安は直ぐに的中することになった。
「下賎な魔族風情が、神子様に仇をなすつもりでしたか?魔族らしい低俗な考えは捨てることですね」
何を言われているのか、瑠璃の頭ではすぐに理解することが出来なかった。
それは一体どういうことかと神官長に問おうとしたが、瑠璃の言葉を遮るようにここが神殿という場所であること、神官達専用の居住空間には立ち入らないこと、その二点だけを矢継ぎ早に説明した神官長は早々に神殿の奥へと姿を消してしまった。
瑠璃は神子として1時間ほど前にこの国に召喚された訳だが、日本にいた時も瑠璃は人間であって断じて魔物という存在では無かった。
そもそも、地球には魔法など非科学的な力は存在しなかった。無論魔物が実在するという話すら聞いた事が無いが、神官長は言うに事欠いて瑠璃が魔物であると言う。
到底受け入れられる言葉ではなかったが、神官長が何を根拠に瑠璃を魔物だと言っていたのかは、神殿で暮らすうちに自ずと気づいていった。
神殿では浄化魔法とは異なる、治癒魔法なる力を使うことが出来る神官達が集団生活をしており、訪れる怪我人や病人を治療して生活していた。
神官達は神殿を訪れる患者達には大層慈悲深い様子だったが、瑠璃に対する態度だけは同じ人間に対する態度とは思えなかった。
食事は腐った野菜だけを寄越されることもあったし、酷い時は丸一日何も与えられないこともあった。
日本にいた頃から極端に少食だった瑠璃は少ない食事は何とか耐えることが出来た。
明確な暴力を振るわれることは無かったが、すれ違いざまに足をかけられ転けさせられるなど陰湿な嫌がらせは日常茶飯事だった。
毎日神殿のどこにいても神官達からの蔑むような視線を感じて、瑠璃の心はじわじわと孤独感とやるせない気持ちに蝕まれて行った。
そんな毎日が続く中で瑠璃の心が完全に折れなかった理由は、今我慢すればきっと近い内に白にもう一度会えるという希望があったから。
そして、神殿の中で唯一瑠璃に寄り添ってくれる、友人とも言えるマリアという女性の存在があったからだ。
マリアは監視役として王宮から遣わされた存在だった。
一体何を監視する役割なのかそれとなく聞いたこともあったが、彼女は困ったように柔らかく笑みを零し明確な答えを言うことは無かった。
きっと瑠璃というイレギュラーな存在を監視するための役割なのだろうということは、瑠璃にも分かっていた。
マリアはとても聡明で優しい女性だった。
監視すべき対象であるはずの瑠璃にも分け隔てなく接して、会話を重ねるうちに友達だと言ってくれた優しい彼女を困らせる真似はしたくなくて、瑠璃もそれ以上追求しなかった。
神官長はマリアに対しては猫を被っているのか、とても穏やかな好々爺といった様子で接していた。
マリアも神官長が人格者であると疑っていないようで、神官長や神官達から瑠璃が受けている仕打ちにも気付いていなかった。
なにより、瑠璃自身がマリアにバレたくなくて、食事を抜かれることや日々の嫌がらせのことをひた隠しにしていたせいでもある。
まだこの世界に来て間もないが、身なりや洗練された所作からマリアが相当地位の高い人間であることは薄々感じていた。
瑠璃のせいで王宮に住んでいたマリアは神殿で暮らすことになってしまったのだ、これ以上の心労も無駄な心配もかけさせたくなかった。
暴力を振るわれないだけマシだ、ご飯が少ないことだって大したことじゃない、瑠璃は自身にそう言い聞かせて、暫くは神殿での生活に耐えることにした。
そんな日々が始まって早数週間たった頃、瑠璃はいつも通り早朝に起床し、広い神殿の中を1人で掃除していた。
神殿の内部にある教会のような雰囲気の広場で拭き掃除をしている瑠璃の耳に神官達の話し声が届いた。
神官達に見つかってはまた何か嫌がらせをされると思い、咄嗟に長椅子の隙間に体を滑り込ませ息を潜める。
「神子様は王宮での訓練を終えられて浄化の旅に出られたそうだな」
「ああ。まだ召喚されて1ヶ月も経たないというのに、噂に違わず当代の神子様は強いお力をお持ちらしい。どこぞの役立たずな魔族擬きとは大違いだ」
「ははっ、間違いないな」
神殿に来てからの数週間、瑠璃がしたことといえば神殿内の清掃くらいなものだ。
何も成せていない瑠璃に対し、白は既に神子としての役割を果たすため頑張っているらしい。
瑠璃は無力感と焦燥感に苛まれる心を抑えるように、神殿で支給されたサイズの合わない服の裾を握りしめた。
(異世界に来たって、僕は何も出来ない、要らない人間なんだ)
滲む視界に気付かないふりをして、涙をこぼさないように歯を食いしばった。
しかしここで1人蹲っていたって何も状況は変わらないことなど分かっている。
今瑠璃が出来ることは神官達や神殿に治療に訪れる患者が快適に暮らせるよう、神殿内を清潔に保つことだ。
神殿内の清掃など本来瑠璃だけがやる仕事では無いが、数週間神官達に野次られ卑下され続けた瑠璃は、自分が全てやらなければいけないと思い込んでいることに気づけないでいた。
広大な敷地を持つ神殿を1人で清掃するとなると、一日などあっという間に終わってしまう。
朝のんびり寝ているようでは瑠璃に任された清掃や洗濯は終わらない。そのせいで毎日早起きを強いられているのだ。
この場所の拭き掃除はあらかた終えていたため、きょろきょろと周りに神官がいないことを確認してから長椅子の間から体を起こし、次の清掃場所へと向かった。
これからのことに思いを馳せて少しの希望を見出していた瑠璃は、自らを神官長と名乗る男の言葉が一瞬飲み込めないでいた。
先程この空間にいる人達に向けて自分の名前も名乗ったはずだが、なぜだか瑠璃の名前だけ呼ぶことなく、神官長は国王にそう提案した。
白はその提案に反対していたが、神官長の言う、神子が2人一緒に暮らすと浄化魔法の習得に時間がかかってしまう、などとそれらしい理由を聞いて引き下がったようだった。
国王も神官長からの提案は最初から考えていたことだったのか、あっさりと承諾した後、白や騎士数名を伴ってこの神殿を後にした。
国王に進言した時の神官長が、白に向ける憧憬ともとれるような視線とは打って変わる蔑むような視線を瑠璃に向けていることには薄々勘づいていた。
先程まで周囲にいた人達が気づいたかは分からないが、他人の顔色を伺って生きることに慣れてしまった瑠璃は、神官長が瑠璃に対して良い印象を持っているとは思えなかった。
不幸なことに、瑠璃の不安は直ぐに的中することになった。
「下賎な魔族風情が、神子様に仇をなすつもりでしたか?魔族らしい低俗な考えは捨てることですね」
何を言われているのか、瑠璃の頭ではすぐに理解することが出来なかった。
それは一体どういうことかと神官長に問おうとしたが、瑠璃の言葉を遮るようにここが神殿という場所であること、神官達専用の居住空間には立ち入らないこと、その二点だけを矢継ぎ早に説明した神官長は早々に神殿の奥へと姿を消してしまった。
瑠璃は神子として1時間ほど前にこの国に召喚された訳だが、日本にいた時も瑠璃は人間であって断じて魔物という存在では無かった。
そもそも、地球には魔法など非科学的な力は存在しなかった。無論魔物が実在するという話すら聞いた事が無いが、神官長は言うに事欠いて瑠璃が魔物であると言う。
到底受け入れられる言葉ではなかったが、神官長が何を根拠に瑠璃を魔物だと言っていたのかは、神殿で暮らすうちに自ずと気づいていった。
神殿では浄化魔法とは異なる、治癒魔法なる力を使うことが出来る神官達が集団生活をしており、訪れる怪我人や病人を治療して生活していた。
神官達は神殿を訪れる患者達には大層慈悲深い様子だったが、瑠璃に対する態度だけは同じ人間に対する態度とは思えなかった。
食事は腐った野菜だけを寄越されることもあったし、酷い時は丸一日何も与えられないこともあった。
日本にいた頃から極端に少食だった瑠璃は少ない食事は何とか耐えることが出来た。
明確な暴力を振るわれることは無かったが、すれ違いざまに足をかけられ転けさせられるなど陰湿な嫌がらせは日常茶飯事だった。
毎日神殿のどこにいても神官達からの蔑むような視線を感じて、瑠璃の心はじわじわと孤独感とやるせない気持ちに蝕まれて行った。
そんな毎日が続く中で瑠璃の心が完全に折れなかった理由は、今我慢すればきっと近い内に白にもう一度会えるという希望があったから。
そして、神殿の中で唯一瑠璃に寄り添ってくれる、友人とも言えるマリアという女性の存在があったからだ。
マリアは監視役として王宮から遣わされた存在だった。
一体何を監視する役割なのかそれとなく聞いたこともあったが、彼女は困ったように柔らかく笑みを零し明確な答えを言うことは無かった。
きっと瑠璃というイレギュラーな存在を監視するための役割なのだろうということは、瑠璃にも分かっていた。
マリアはとても聡明で優しい女性だった。
監視すべき対象であるはずの瑠璃にも分け隔てなく接して、会話を重ねるうちに友達だと言ってくれた優しい彼女を困らせる真似はしたくなくて、瑠璃もそれ以上追求しなかった。
神官長はマリアに対しては猫を被っているのか、とても穏やかな好々爺といった様子で接していた。
マリアも神官長が人格者であると疑っていないようで、神官長や神官達から瑠璃が受けている仕打ちにも気付いていなかった。
なにより、瑠璃自身がマリアにバレたくなくて、食事を抜かれることや日々の嫌がらせのことをひた隠しにしていたせいでもある。
まだこの世界に来て間もないが、身なりや洗練された所作からマリアが相当地位の高い人間であることは薄々感じていた。
瑠璃のせいで王宮に住んでいたマリアは神殿で暮らすことになってしまったのだ、これ以上の心労も無駄な心配もかけさせたくなかった。
暴力を振るわれないだけマシだ、ご飯が少ないことだって大したことじゃない、瑠璃は自身にそう言い聞かせて、暫くは神殿での生活に耐えることにした。
そんな日々が始まって早数週間たった頃、瑠璃はいつも通り早朝に起床し、広い神殿の中を1人で掃除していた。
神殿の内部にある教会のような雰囲気の広場で拭き掃除をしている瑠璃の耳に神官達の話し声が届いた。
神官達に見つかってはまた何か嫌がらせをされると思い、咄嗟に長椅子の隙間に体を滑り込ませ息を潜める。
「神子様は王宮での訓練を終えられて浄化の旅に出られたそうだな」
「ああ。まだ召喚されて1ヶ月も経たないというのに、噂に違わず当代の神子様は強いお力をお持ちらしい。どこぞの役立たずな魔族擬きとは大違いだ」
「ははっ、間違いないな」
神殿に来てからの数週間、瑠璃がしたことといえば神殿内の清掃くらいなものだ。
何も成せていない瑠璃に対し、白は既に神子としての役割を果たすため頑張っているらしい。
瑠璃は無力感と焦燥感に苛まれる心を抑えるように、神殿で支給されたサイズの合わない服の裾を握りしめた。
(異世界に来たって、僕は何も出来ない、要らない人間なんだ)
滲む視界に気付かないふりをして、涙をこぼさないように歯を食いしばった。
しかしここで1人蹲っていたって何も状況は変わらないことなど分かっている。
今瑠璃が出来ることは神官達や神殿に治療に訪れる患者が快適に暮らせるよう、神殿内を清潔に保つことだ。
神殿内の清掃など本来瑠璃だけがやる仕事では無いが、数週間神官達に野次られ卑下され続けた瑠璃は、自分が全てやらなければいけないと思い込んでいることに気づけないでいた。
広大な敷地を持つ神殿を1人で清掃するとなると、一日などあっという間に終わってしまう。
朝のんびり寝ているようでは瑠璃に任された清掃や洗濯は終わらない。そのせいで毎日早起きを強いられているのだ。
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