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第2章 アイドル同好会!
授業初日は自己紹介から
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「みそらちゃんおはよう!」
「あ、佑香ちゃんおはよう」
教室に入ってきた佑香が美空に挨拶をする。
「今日はみそらちゃんの方が早かったね」
「うん、チャリで来たから。時間どれくらいかかるかわからなくて早めに家出たんだ。思ったより早く着いたから、これからも天気の良い日はチャリにしようかな」
「それにしても、みそらちゃんも指定服でよかった~。何着るか迷っちゃって」
「私もだよ。とりあえず初日は指定制服が無難かなと思って」
南女は私服可の学校だが、一応指定の制服というものもある。無難なベージュ色のブレザーのため、二年生以上になると着る者はほとんどいなくなるが、一年生は周りの雰囲気に慣れるまでの間は着る者も多い。二人とも、まさに周りの空気がわからない初日だったので無難に指定制服を着てきていた。
佑香がカバンを掛けて、中から授業の時間割を取り出す。
「今日は一時限目が社会の代わりにホームルームになるんだったっけ?」
「うん、たしか昨日そう話してた。オリエンテーションみたいなのじゃないかな。昨日そういうの無かったし」
美空の予想通り、一時限目のホームルームは、学校の年間行事についてや購買部の使い方についてなどのオリエンテーション的なものだった。
時間の後半で、自己紹介の時間がやってきた。出席番号順に自己紹介することになったので、苗字が「カ」から始まる佑香と美空は早めに順番が回ってくる。
「何話そうか」
「とりあえず先の人がどんな話するか聞いてみよう」
佑香と美空が小声でそんな会話をする。自己紹介はクラスメイトへの第一印象となる。二人が気を使うのももっともだった。
「出席番号一番、相沢美香です。中の島北中学から来ました。中学では吹奏楽部に入っていました。よろしくお願いします」
最初の生徒が、緊張しながらも無難に自己紹介をこなす。
「出身中学と部活言っておけば無難な感じだね」
「うん……」
ほっとしたように話しかける佑香に対し、美空の顔はちょっと曇っていた。ジャンプ選手であることを知られたくないからわざわざ越境して南女に来たのに、自分から自己紹介でジャンプのことは話したくなかった。「スキー部」なら普通のアルペンスキーのことだと思われるだろうか。そんなことを美空が考えていると、あっという間に佑香の順番が来た。
「では次の人」
「はいっ」
担任の声に合わせて、元気よく佑香が立ち上がる。
「出席番号七番、柿木佑香です。柿と木と書いてかきのきと読みます。出身は柏木中学校なので、地元の高校に入ることができて嬉しいです。中学ではバドミントンをやっていました。よろしくお願いします!」
佑香が明るく自己紹介を終わらせる。胸に手を当ててほっとしたポーズを作って笑いかけてくる佑香に対し、美空も笑顔で返す。
「ありがとうございます。では次の人」
「はい」
美空がすっと立ち上がる。
「出席番号八番、葛西美空です。西沢中学校から来ました。同じ中学から入学した人がいないので、ぜひ皆さんと仲良くできたらと思います。よろしくお願いします」
結局美空はジャンプのことは話さずに自己紹介することにした。
「おつかれー」
「けっこう緊張するね」
小声で話しかけてくる佑香に美空が答える。とりあえず無難に終わらせることができ、美空はほっと一息を付く。
「では次の人」
「はいっ! 出席番号九番、菊川亜紀(きくかわあき)いいます。豊平中学から来ました。あ、こんな変なイントネーションでしゃべとりますけど、生まれも育ちも札幌なんでよろしく! 趣味は音楽で作曲なんかようやっとります~。皆さんよろしゅうおねがいしますー!」
「後ろの席の子、明るい子だね」
「うん、札幌育ちってことはなんちゃって関西弁なのかな?」
佑香と美空が本人に聞こえないよう小声で話す。一列九人の奇数で座っているので、二列目の先頭に自己紹介は回っていった。
★
そんな自己紹介を、心臓の鼓動が外に聞こえそうなくらい緊張しながら自分の番を待っている者がいた。
「(どうしよう、何を喋ればいいんだろう)」
玲は、用心深く念入りに計画を立てる几帳面な性格である。しかし、今回は友達を作るための最大のアピールチャンスである自己紹介が授業初日にやってくるということをすっかり失念していた。計画を立てて行動する性格の者は、計画外の出来事が起こるとパニックになりやすい。
「(とりあえず出身中学を言って、……あ、でも今の人出身中学言わなかった。中学の部活も言う人と言わない人がいるし……)」
玲は、傾向を分析しようとしたが、かえって頭が混乱してしまっていた。
「では次の人」
「……っ!」
頭の中がまとまりきらないうちに、自分の番が来てしまった。とりあえず立ち上がる。
その立ち上がった玲の姿を見て、教室中がどよめく。クラスの半分以上が指定制服を着て、他の私服の生徒もセーターにスカートのような無難な姿が多い中、玲は胸元が大きく開いたハイゲージニットに、細長い脚を強調するような黒のスキニーパンツという姿だった。
そして、モデルのような綺麗な顔立ちに、真っ直ぐでサラサラな腰まである黒髪の長髪。
完璧すぎる姿に教室中からため息が出る。
しかし、そんな教室の雰囲気も、緊張の頂点まできていて周りが全く見えない玲にはわからない。頭の中が真っ白になってしまっている中、なんとか言葉を絞り出す。
「……出席番号二十番。成瀬玲、です。よろしく」
それだけ言うと逃げ出すようにすっと座りこむ玲。
「すごい美人さんだね。口数が少なそうなところもクールビューティーって感じだよ」
「うん、同じ高校一年とは思えないね」
玲の自己紹介を見た佑香と美空が感想を言う。教室中も「かっこいい」「美人」といった感想をささやき合う。
しかし、当の本人の頭の中は後悔でいっぱいになっていた。
「(やっちゃった……! 大事な自己紹介に何も言えなかった……)」
玲はその後の一日を、暗い気持ちのまま過ごすことになった。
★
一時限目終了のチャイムが鳴る。次の授業の準備をしようとする佑香と美空に、後ろから声が掛けられる。
「なー、おふたりさん!」
声を掛けてきたのは、後ろの席の、さきほどにぎやかな自己紹介を紹介していた生徒だった。
「さっきも自己紹介したけど、ウチは菊川亜紀。よろしゅーな!」
「わたしは柿木佑香。よろしくね」
「私は葛西美空。よろしく」
三人が挨拶を交わす。
「なあ、人違いだったらごめんなだけど、みそらっちってスキージャンプ選手やってた?」
「え、やってたけど、どうして知ってるの?」
突然の問いかけに、驚きながら美空が答える。突然のことだったので、変な呼ばれ方をしていることまで気が回らなかった。
「あ、やっぱり本人か! いや昨日クラス名簿見たときから同姓同名かなと思っとったんやけど、顔を見ても本人にしか見えんかったから」
「え、あきちゃんみそらちゃんの顔を見たことあったの?」
そう問いかける佑香に対し、亜紀は逆に驚いたような顔を見せる。
「なんやゆかっち気付いてなかったんか。葛西美空いうたら将来のオリンピック金メダル候補の美少女天才ジャンパーいうて新聞やネット記事の常連だったやないか」
「え、そうなのみそらちゃん!?」
どうやら亜紀は話し方だけでなく、人の呼び方も独特らしい。驚く佑香に対し、美空はどう答えたらよいものか迷いながら言葉を選んで答える。
「美少女とか天才とかはよくわからないけど、ジャンプの大会で優勝したことはあるからスポーツ新聞に載ったことはあると思う」
実際、自分の記事などきちんと読んだことがなかったので、美空はメディアが自分のことをそんな取り上げ方をしていたとは知らなかった。
「でも南女にスキー部はたしかなかったはずだよ? クラブチームとかで続けるの?」
佑香の言葉に、美空は少し考えた後に決心して答える。
「私、ケガしてジャンプは引退したんだ。だから自己紹介でもジャンプの話はしなかったんだ」
美空の言葉に、頭の回転が早い亜紀は事情を察して、申し訳なさそうな顔をして返す。
「あ、もしかして思い出したくない話やった? すまんな、無神経で」
そう言う亜紀に、手を振って美空が答える。
「あ、別に気にしないで。ジャンプやってたのは事実だし」
そして、亜紀と佑香二人を見ながら、務めて明るく話す。
「中学までは全てがジャンプを中心として回っていた生活だったから、高校では新しいことを始めたいって思っているんだ」
「あ、佑香ちゃんおはよう」
教室に入ってきた佑香が美空に挨拶をする。
「今日はみそらちゃんの方が早かったね」
「うん、チャリで来たから。時間どれくらいかかるかわからなくて早めに家出たんだ。思ったより早く着いたから、これからも天気の良い日はチャリにしようかな」
「それにしても、みそらちゃんも指定服でよかった~。何着るか迷っちゃって」
「私もだよ。とりあえず初日は指定制服が無難かなと思って」
南女は私服可の学校だが、一応指定の制服というものもある。無難なベージュ色のブレザーのため、二年生以上になると着る者はほとんどいなくなるが、一年生は周りの雰囲気に慣れるまでの間は着る者も多い。二人とも、まさに周りの空気がわからない初日だったので無難に指定制服を着てきていた。
佑香がカバンを掛けて、中から授業の時間割を取り出す。
「今日は一時限目が社会の代わりにホームルームになるんだったっけ?」
「うん、たしか昨日そう話してた。オリエンテーションみたいなのじゃないかな。昨日そういうの無かったし」
美空の予想通り、一時限目のホームルームは、学校の年間行事についてや購買部の使い方についてなどのオリエンテーション的なものだった。
時間の後半で、自己紹介の時間がやってきた。出席番号順に自己紹介することになったので、苗字が「カ」から始まる佑香と美空は早めに順番が回ってくる。
「何話そうか」
「とりあえず先の人がどんな話するか聞いてみよう」
佑香と美空が小声でそんな会話をする。自己紹介はクラスメイトへの第一印象となる。二人が気を使うのももっともだった。
「出席番号一番、相沢美香です。中の島北中学から来ました。中学では吹奏楽部に入っていました。よろしくお願いします」
最初の生徒が、緊張しながらも無難に自己紹介をこなす。
「出身中学と部活言っておけば無難な感じだね」
「うん……」
ほっとしたように話しかける佑香に対し、美空の顔はちょっと曇っていた。ジャンプ選手であることを知られたくないからわざわざ越境して南女に来たのに、自分から自己紹介でジャンプのことは話したくなかった。「スキー部」なら普通のアルペンスキーのことだと思われるだろうか。そんなことを美空が考えていると、あっという間に佑香の順番が来た。
「では次の人」
「はいっ」
担任の声に合わせて、元気よく佑香が立ち上がる。
「出席番号七番、柿木佑香です。柿と木と書いてかきのきと読みます。出身は柏木中学校なので、地元の高校に入ることができて嬉しいです。中学ではバドミントンをやっていました。よろしくお願いします!」
佑香が明るく自己紹介を終わらせる。胸に手を当ててほっとしたポーズを作って笑いかけてくる佑香に対し、美空も笑顔で返す。
「ありがとうございます。では次の人」
「はい」
美空がすっと立ち上がる。
「出席番号八番、葛西美空です。西沢中学校から来ました。同じ中学から入学した人がいないので、ぜひ皆さんと仲良くできたらと思います。よろしくお願いします」
結局美空はジャンプのことは話さずに自己紹介することにした。
「おつかれー」
「けっこう緊張するね」
小声で話しかけてくる佑香に美空が答える。とりあえず無難に終わらせることができ、美空はほっと一息を付く。
「では次の人」
「はいっ! 出席番号九番、菊川亜紀(きくかわあき)いいます。豊平中学から来ました。あ、こんな変なイントネーションでしゃべとりますけど、生まれも育ちも札幌なんでよろしく! 趣味は音楽で作曲なんかようやっとります~。皆さんよろしゅうおねがいしますー!」
「後ろの席の子、明るい子だね」
「うん、札幌育ちってことはなんちゃって関西弁なのかな?」
佑香と美空が本人に聞こえないよう小声で話す。一列九人の奇数で座っているので、二列目の先頭に自己紹介は回っていった。
★
そんな自己紹介を、心臓の鼓動が外に聞こえそうなくらい緊張しながら自分の番を待っている者がいた。
「(どうしよう、何を喋ればいいんだろう)」
玲は、用心深く念入りに計画を立てる几帳面な性格である。しかし、今回は友達を作るための最大のアピールチャンスである自己紹介が授業初日にやってくるということをすっかり失念していた。計画を立てて行動する性格の者は、計画外の出来事が起こるとパニックになりやすい。
「(とりあえず出身中学を言って、……あ、でも今の人出身中学言わなかった。中学の部活も言う人と言わない人がいるし……)」
玲は、傾向を分析しようとしたが、かえって頭が混乱してしまっていた。
「では次の人」
「……っ!」
頭の中がまとまりきらないうちに、自分の番が来てしまった。とりあえず立ち上がる。
その立ち上がった玲の姿を見て、教室中がどよめく。クラスの半分以上が指定制服を着て、他の私服の生徒もセーターにスカートのような無難な姿が多い中、玲は胸元が大きく開いたハイゲージニットに、細長い脚を強調するような黒のスキニーパンツという姿だった。
そして、モデルのような綺麗な顔立ちに、真っ直ぐでサラサラな腰まである黒髪の長髪。
完璧すぎる姿に教室中からため息が出る。
しかし、そんな教室の雰囲気も、緊張の頂点まできていて周りが全く見えない玲にはわからない。頭の中が真っ白になってしまっている中、なんとか言葉を絞り出す。
「……出席番号二十番。成瀬玲、です。よろしく」
それだけ言うと逃げ出すようにすっと座りこむ玲。
「すごい美人さんだね。口数が少なそうなところもクールビューティーって感じだよ」
「うん、同じ高校一年とは思えないね」
玲の自己紹介を見た佑香と美空が感想を言う。教室中も「かっこいい」「美人」といった感想をささやき合う。
しかし、当の本人の頭の中は後悔でいっぱいになっていた。
「(やっちゃった……! 大事な自己紹介に何も言えなかった……)」
玲はその後の一日を、暗い気持ちのまま過ごすことになった。
★
一時限目終了のチャイムが鳴る。次の授業の準備をしようとする佑香と美空に、後ろから声が掛けられる。
「なー、おふたりさん!」
声を掛けてきたのは、後ろの席の、さきほどにぎやかな自己紹介を紹介していた生徒だった。
「さっきも自己紹介したけど、ウチは菊川亜紀。よろしゅーな!」
「わたしは柿木佑香。よろしくね」
「私は葛西美空。よろしく」
三人が挨拶を交わす。
「なあ、人違いだったらごめんなだけど、みそらっちってスキージャンプ選手やってた?」
「え、やってたけど、どうして知ってるの?」
突然の問いかけに、驚きながら美空が答える。突然のことだったので、変な呼ばれ方をしていることまで気が回らなかった。
「あ、やっぱり本人か! いや昨日クラス名簿見たときから同姓同名かなと思っとったんやけど、顔を見ても本人にしか見えんかったから」
「え、あきちゃんみそらちゃんの顔を見たことあったの?」
そう問いかける佑香に対し、亜紀は逆に驚いたような顔を見せる。
「なんやゆかっち気付いてなかったんか。葛西美空いうたら将来のオリンピック金メダル候補の美少女天才ジャンパーいうて新聞やネット記事の常連だったやないか」
「え、そうなのみそらちゃん!?」
どうやら亜紀は話し方だけでなく、人の呼び方も独特らしい。驚く佑香に対し、美空はどう答えたらよいものか迷いながら言葉を選んで答える。
「美少女とか天才とかはよくわからないけど、ジャンプの大会で優勝したことはあるからスポーツ新聞に載ったことはあると思う」
実際、自分の記事などきちんと読んだことがなかったので、美空はメディアが自分のことをそんな取り上げ方をしていたとは知らなかった。
「でも南女にスキー部はたしかなかったはずだよ? クラブチームとかで続けるの?」
佑香の言葉に、美空は少し考えた後に決心して答える。
「私、ケガしてジャンプは引退したんだ。だから自己紹介でもジャンプの話はしなかったんだ」
美空の言葉に、頭の回転が早い亜紀は事情を察して、申し訳なさそうな顔をして返す。
「あ、もしかして思い出したくない話やった? すまんな、無神経で」
そう言う亜紀に、手を振って美空が答える。
「あ、別に気にしないで。ジャンプやってたのは事実だし」
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