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しおりを挟む同僚が着替えを届けてくれ、カフェに戻ったのは、立食パーティーもそろそろ終わろうかというタイミングだった。
会の進行自体は観光課と観光協会の協力でつつがなく行われたらしい。
「月森さん、早坂さん!」
王と李が駆け寄って来る。どちらの顔も本当に晴れやかでほっとする。
「ちょっと、別の仕事で席をはずしてしまってすみません……」
と告げたときには、さすがに良心がちくりと痛んだりもしたのだが。
ともかく「おめでとうございます」とあらためて心から伝えることは出来た。
「忍者いる」
と呟いたのは、疲れと安堵で幻覚を見たというわけではない。本当にいるのだ。城公園の忍者が。
おめでたい席だから、賑やかしに呼ばれたのだろうか。忍者が。
晴臣もそれに気がついたのだろう。なにやらアイコンタクトをとったあと、ぐっと親指を突き出した。すると忍者も、どこかぎこちなく同じ動作を返してくる。
「……いつの間に知り合いに?」
忍者とまで。
驚きのコミュ力だ。すると晴臣は急に真顔になった。
「椿さん、ほんとに知らないんですね」
「なにが?」
友だちも作らず勉強ばかりして、東京から戻ったあとは半引きこもりだ。世事に疎い自覚はある。だが、なんのことかわからずむっとしていると、晴臣はさらっと信じがたいことを口にした。
「あれ、会計課の月森さんですよ」
「――?」
会計課の月森さん、とは、つまり。
「……父さん!?」
しっと囁かれて、慌てて口元を押さえる。その間に忍者はもう人込みに紛れてどこへともなく消えていた。さすが忍者、というべきなのか。
「最初に梓に来て城公園に行ったとき、話しかけられたんですよね。君は観光協会に来た早坂君かなって。うわ、忍者喋った! ってちょっと興奮した」
晴臣は楽しそうに笑っているが、こっちはそれどころではない。
「い、いつから……?」
それだけで、察しのいい晴臣は質問の意味を悟ったようだ。
「最初は中の人も市役所の人の持ち回りだったみたいなんですけど、そのうち月森さんが専任になったみたいですよ。ご本人の希望で。仕事の都合がつくときだけですけど、それが逆にレア感出て人気になったのは椿さんもご存じの通り。……七、八年前のことですって」
そんな、という気持ちと、やっぱりか、という気持ちが交互に襲ってくる。
七、八年前と言えば、自分が学校にも家にも気の許せる時間などなく、ひたすら城公園で曇り空を眺めていた頃だ。
気がつくと忍者はいた。けして近づかず、なにをするわけでもなく。いたということにまったく気がつかず、帰りがけに驚いたことも一度や二度ではない。
父はどんな気持ちでいたのだろう。実の親子ながら、腹を割って話す機会も失ったまま、家に帰ってこない息子のことを。
「おうちの事情もそのとき俺、聞いて。お父さんもお母さんも、どう接したらいいかわからなくなっちゃったって言ってましたね。歳が近くて東京から来たってことで、他の人とは違うことも話せるかもしれないから、良かったら仲良くしてやってくれって、俺、頼まれたんです」
「……恥ずかしい……俺、自分のことしか考えてなかった」
自分一人が傷ついていて、気遣われていることに気がついてもいなかった。曇り空ばかりに気を取られて、その向こう側にはなにもないと勝手に思い込んでいた。
「なんにも恥ずかしくないでしょ。大事に思われてるって、それだけのことですよ。俺も椿さんに会ったらすぐ好きになっちゃって、頼まれるまでもなかったですしね」
また、そういうことを平気で言う。こいつめ、と思い、そして気がついた。
「……たぶん、父さんの想定してた仲良くと種類が違うと思うんだけど……」
気遣われていたならなおさら、事実を告げたらどうなることか。ごく親しい晴臣と母親だって、揉めたらしいのに、だ。けれど晴臣はまたしても、悪びれる様子もなく告げるのだ。
「大丈夫ですよ。俺が一緒にいますから」
また、根拠のない言葉を。
でも、そんな言葉を信じてみてもいいと思っている。いつのまにか。
わあ、と座が沸く。見れば、王と李が口づけを交わしている。二人の幸せを心から祝福しながら、椿はそっと、晴臣と手をつないだ。
「雨降りそうですねえ」
車を出しながら晴臣が言う。
城祭りから数日。やっと諸々の事後処理を終えて迎えた代休の平日休みだった。
今日は初めてふたりでドライブに行くのだ。
そんな、いわばハレの日(?)に梓の空は相変わらずどんより曇っている。冬の日本海側気候なのだから、仕方ない。むしろこれからのシーズンはこれがデフォルトだ。
「降ってもいいだろ。車だし。……一緒に遠出するってだけで楽しい」
同乗しているところを親類に見られたら、次の日には役所内、下手したら市内全域に伝わっているかもしれない。
でも、もうそんなことも、どうでもいい。
「椿さん、――」
じゃあ、行きますか、と晴臣は太陽顔負けの晴れやかさで、笑った。
2019105 了
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