フォーチュンリング

饕餮

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過去篇

始まりは過去 弐

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 鳥の囀りが聞こえる。しかもたくさん。

「うーん……」

 集団で来るのは珍しいなあ、と思いつつ伸びをする。

(もう朝か~……朝稽古行かなきゃ。……朝稽古? あれ?)

 そこまで考えて一気に目が覚め、目を開けると知らない天井だった。

「ここ、どこだっけ?!」

 布団と一緒にガバッと跳ね起き、周囲を見回す。

 襖と障子に太いはりと、床の間にある掛軸、そこには長短二本一組の刀が飾ってあった。一段高い場所には水盆に活けてある生け花、隅には薙刀が立て掛けてある。

 なぜ、どうして、と思う。
 事故に巻き込まれて両親や兄が亡くなったと連絡があり、祖父母がその遺体確認をしに行ってる間、私は所在なさげに庭にいたはずだ。
 悲しみが大きすぎて、全く泣けなくて……。
 呆然としながら、母が大好きだったホタルブクロを見てた――ホタルが入った、淡い光を放つホタルブクロを座って眺めてたはずなのに。

 眉根を寄せて、しばらく考える。

(…………そうだ)

 淡い光を放つホタルブクロがいきなり目映い閃光に変わったのだ。
 それに驚き、あまりの眩しさに手で目を庇いながら目を閉じて庇った。そしてその光の中でいきなり手を掴まれ、グイッと引っ張られたのだ。
 何の説明も無しに、少女の声で「わらわを助けてたもれ」と言われて。

(説明も無しに助けてと言われても……)

 私にどうしてほしいんだと唸りながら眉根をよせてぐるぐる考えていると、ふと、小さい頃に言われた父の言葉を思い出した。

『いい考えがなにも思い浮かばなかったら、目を瞑って瞑想するんだ』
『めいそうってなぁに?』
『深呼吸して、目を閉じて、何にも考えてはいけないんだ』
『かんがえないといけないのに、かんがえちゃだめなの?』
『そうだよ』

 父の言っていることがよくわからなくて、首を傾げて質問したんだっけ。

『どうして?』
『何も考えないことによって、考えても出なかった答えがわかる時があるからだよ。瞑想をするということは、自分の気持ちを落ち着けることでもあるんだ。イライラしてたら、答えなんて出ない。出てもそれが最善の結果とは限らない。それが最善かどうかを瞑想によって知ることもできると、お父さんは思うんだ』
『そうなの? むずかしくてよくわかんないよ、お父さん』
『そうか? そうだなぁ、今のお前には難しいかもなぁ。今はわからなくても、いずれお前にもわかる時が来るさ』

 相変わらず首を傾げる私に、父は「はははっ」と笑って頭を撫でてくれた。

(……私は「姫」と呼ばれていた。ならば、ここはお城? お城なら道場あるかな……)

 いつの時代のお城かわからないのに? という内心の言葉は、敢えて無視をする。

(そこでなら……いつもと同じ環境でなら、瞑想できるかも。……よし、決めた!)

 決意を固めればあとは早い。スッと立ち上がり、動きやすそうな衣服か着物を探す。

「あ、これならイケるかも」

 比較的地味な着物と、それに合わせた帯。着るために必要な小物類。
 それを集めて着付けていく。

『何が災いするか分からないから、どんな格好でも剣を振れるようにしておきなさい』

 そんな父の言葉が頭に木霊する。そう言って、着物の着付けも教えてくれたっけ。

(うん、今なら言ってる意味が分かるよ、お父さん)

 その時、鏡に自分の姿が映る。黒髪で、猫目でキツイ印象を与えるけど可愛い女性で、私より少し年上に見える。

(……今は、この姿のことは忘れよう……)

 なぜ、どうして、という言葉がまたぐるぐると回る。けど、鏡を見てふと気付く。

(……そう言えば……似てる……? 私の手を引っ張ったあの女の人に……)

 そう思ったし確かに似ていると確信するけど、ここがどこだかわからない。ならば、自分のできることをするだけだ。

「久し振りに居合いもやりたいなぁ……」

 できるかなぁとぼやき、床の間の刀の長い方を持ち上げ、腕に抱える。鞘に収めたまま刀を振ってみたけど、重さも長さもちょうどよかった。
 これなら大丈夫かと足音をたてないように歩き、襖をあけると、男の人――自分自身を宗重と呼んでいた人が、柱にもたれて目をつむっていた。

 無造作に結ってあるまげは、まるでドラマや時代劇の宮本武蔵のようだ。
 薄い唇、高い鼻梁、切れ長の目。意外にもまつ毛が長い。
 それに、どこかで会った気がするのはなぜだろう?

 そう思うもののどこで会ったかなんて覚えていないし、今は関係ないかとその横をそっと通り過ぎようとしたら声をかけられ、ビクリと肩を跳ねさせた。


 ***


 衣擦れの音をさせながら、襖の向こうで姫が何やら呟いた。

(お付きの誰かが起こさない限り起きない姫が起きておられる……? しかも、ご自分で着替えまでされておる?!)

 雨か槍でも降るのではないかと戦々恐々としながらそう考えていると、襖が開く気配がし、顔に視線を感じる。……が、姫が動く気配はない。いつもの姫なら、逃げるように出るはずなのだが……。
 ならばと、逃げられる前に声をかけることにした。

「こんな時間にどこへいかれる?」
「うぎゃっ!」
「……うぎゃ?」
「あっ! その……おっ、おはようございます、む、宗重……さん?」
(……“さん”?! 姫が?!)

 常に拙者を呼び捨てにする姫が、不思議な言葉と使う。本当にどうしたというのか……。

「あの……ここに剣道場とか居合いができる場所ってないですか?」

 その言葉に、滅多にないくらい驚きながらも瞑っていた目を開けると、地味な着物を着て、刀を持っている姫の姿が目に入った。

「剣の稽古場? ……いつも稽古などされぬ姫が珍しいでござるな」
「あの……瞑想、したくて……」

(瞑想……? 昨日の襲撃で頭でも打ったのか?)

 昨日は熱などなかったが、もしや頭を打っておかしくなったのでは、と失礼なことまで考えてしまう。ふうっ、と溜息をつき、立ち上がりながら刀を脇に差す。

「そうですか……なら、行きましょうか」

 その言葉に、珍しく「はい!」と素直に返事をした姫は見たことがない優しげな瞳を宿した笑顔で頷く。
 その瞳を見てドキン、と自分の心の臓が強く跳ね上がる。だが、相手は主の娘――姫だ。姫との惚れた腫れたなど、身分違いなうえにご法度だ。
 そもそも、拙者は散々手を焼かされた経験しかない姫に対して、今までそういった対象として見たことはなかったのだ。

(いつもとは様子も雰囲気も違うとはいえ、姫はダメだ)

 ――そう言い聞かせ、稽古場に向かった。

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