フォーチュンリング

饕餮

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過去篇

始まりは過去 壱

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「こちらにおいででしたか……探しましたぞ、姫」

 突然の低い声に、ビクン、と身体が跳ねる。

(……え? ひっ、姫?!)

 びっくりして振り向くと、辺りを警戒しつつも、呆れた顔で私を見下ろしている男の人がいた。

「先程命を狙われて気を失ったばかりだというのに、随分呑気でござるな……」

 呆れた声でそう言われてふぅっ、と溜息をつかれれる。彼は私を知っているようだけど、私は彼のことを知らないし、彼の格好も気にかかる。そのことに混乱する。
 目の前には日本庭園が広がっているし、私は縁側みたいな長い廊下の場所に正座していたから、余計だった。
 ここは一体どこなんだろう……?

「あ、あの……ここは……」

 どこですか? と言葉を続けようとした途端、左手で額に手を当てられた。冷たくて大きな、男の人の手。

「熱はないようですな。しかし、あのじゃじゃ馬がこうおとなしいと、なにやら嬉しいやら悲しいやら」

 ははは、と男の人が笑う。

「じゃ、じゃじゃ馬……?!」

 そう言われて俯いて考える。

(じゃじゃ馬って、お転婆とかって意味だよね? 私はそこまでひどくないほうだと思うんだけど……むしろ内気だし……。いや、そもそもここはどこ?! いつの間に着物に着替えたの?! 全然覚えてないんだけど!)

 俯いたことで見えた服装に驚き、そしてぐるぐる考えているとまた男の人に声をかけられた。

「さて……風が冷たくなってきましたな。一旦部屋へと戻りましょう」
「……はい」

 あとでいろいろ聞こうと思い、立ち上がってから無意識に返事をすると、男の人は「えっ?!」と声を上げて振り向いた。その顔は本当に驚いた顔をしていたんだけど、すぐに眉間に皺を寄せ、探るような視線を向けて来た。
 なんで初対面の人にそんな顔をされなきゃなんないんだろう? 意味がわからない。

「奈都姫、本当に大丈夫でござるか? らしくないでござるよ?」

 彼が発した言葉に今度は私が驚くことになった。『なつ』? って誰?!

「あの……『なつ』ってどなたですか? 私は、ほ……」

 質問してから私の名前を名乗ろうとしたら彼が言葉を遮るように、今度はムッとした顔で言葉を紡ぐ。

「昼間さんざん拙者をからかったのに、まだからかうのでござるか!?」
「えっ?! ちがっ……あ、あの、私の話をっ」

 聞いてください、と言おうとしている途中でまた遮られてしまった。

「ああ、それとも記憶喪失とかいうやつでござるか? それは一度おやりになっておりますからな。この宗重、二度は騙されませんぞ」
「だから違いますって! 人のはな……むぐっ」

 もう、なんなの、この人。人の話を聞こうよ……。
 そしてちょっと声が大きかったからなのか、今度は掌が口を覆ったので肩がわずかに跳ねた。
 そのゴツゴツとした掌のタコは、刀や竹刀を持つ剣士の手、だったから。

「しぃーっ! 声が大きいでござる! そろそろ亥の刻でござれば、静かにしてくだされ」

 亥の刻って何時だっけ? と考えつつも、外は真っ暗なので夜遅い時間だと思ってコクコクと頷くと、宗重と名乗った男の人は、私の口から手を離した。そしてしばらく黙って歩くと、とある障子戸の前で止まった。

「さあ、部屋に着きましたぞ」

  障子戸を開けると八畳はあろうかというほど広い畳の部屋が見えた。そして奥にあった襖を開け、部屋に入るように促される。

「あの……っ」
「それでは、おやすみなさいませ、姫様」

 宗重と名乗った男の人はそう言うと、襖をピシャリと閉めてしまった。

(もう、なんなのよぅ……)

 室内を見回すとここも畳が敷いてある部屋で、部屋の中にはテレビで見た時代劇のセットのような立派な布団と家具などが置かれていて、頭が混乱する。枕も現代のようなものではなく、時代劇でよく見る四角いものだった。
 溜息をついて、とりあえず布団の上に座ってみる。

(ここは一体どこなんだろう……? 明日あの人に聞いてみようかな……)

 どうしてこんなところにいるのかわからなくて、私も彼も着物を着ていたことに驚いた。そして、ふと奥にある鏡を見て固まった。

(う……そ……っ! なんで?!)

 混乱したまま布団に倒れ込む。目を瞑って考えていたけど寒くなって来たので布団に潜り込み、また考えたんだけど……いつの間にか寝入っていた。


 ――鏡に写った姿は、見慣れた私の姿ではなかった。


 ***


 溜息をつく音と同時に衣擦れの音が遠ざかり、とりあえずホッと息を吐く。
 奈都姫に対し、拙者の勘は『何かがおかしい』と告げているが、何がどうおかしいのかがわからない。
 姫ときちんと話をしたわけではない。
 だが、いつもなら武家の娘らしいことは何ひとつできぬくせに、自信だけはいつも溢れている瞳のその奥で、先ほどから不安と恐怖、微かではあったが、読み取れない感情がよぎっていた。

 あの奈都姫に限って、襲撃に遭ったくらいで淑やかになるとは思えん。だが、一応……おなごであるから、もしかしたら改心してくださったのかも知れない。

(……あのじゃじゃ馬に限ってそれはないでござるな……)

 すぐに考え直して自分を納得させると、拙者は出入口に近い柱の側に腰掛け、刀を抱えて柱に背中を預けると、気配を消しさりながら辺りの気配を探る。襖が開こうが障子が開こうが、廊下を誰かが通ってもわかる位置取りだ。

「明日もまたからかわれるのでござろうか……」

 日常茶飯事とはいえ、さすがに疲れることもある。
 そう一人ごちると溜息をつき、目を閉じた。

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