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 アウグスト公爵邸に来てから一カ月が経ったとある日、リズリーはシルビアと共に中庭のテラスでティータイムを楽しんでいた。

「シルビア、この紅茶とケーキ……とっても美味しい。幸せで満たされる感じがする……はぁ~」
「それはようございました! 今日は旦那様の言いつけどおり、目一杯休んで癒やされてくれませんと! ティータイムの後には全身のリラクゼーションに、お昼寝もしましょうね! 名付けて、『リズリー様まったり計画』です!」

 第二魔術師団で働き始めてからというもの、ルカは定期的に休暇をくれるというのに、リズリーはそんな休暇の日でも自室にこもって仕事や勉強に精を出していた。

 これが自身の呪いを解くためのものならば、ルカもそれほど口に出さなかったのだが、実際は団員たちを楽にしたい、少しでも団員たちに追いつけるようにというという意図での仕事や勉強だったので、強制的に休む日を設定されたのである。

 因みに、リズリーが自室にこもって勉強していることをルカに報告したのはシルビアだ。
 今日の『リズリー様まったり計画』も、シルビアが全て考案したもので、何故だか今日のシルビアの顔は一段と輝いて見える。

(何故かは分からないけれど、シルビアが楽しそうで嬉しいな……)

 リズリーに目一杯仕えられることにシルビアが幸せを感じていることなんてつゆ知らず、リズリーは鼻孔を擽る芳しい紅茶をゴクゴクと飲み干した。

「そういえば、シルビア、ルカ様が向かったのってアメルアの森だったわよね?」 
「はい! 馬車で二時間ほどかかりますから、そろそろ到着した頃ではないでしょうか?」
「ルカ様が招集されるなんて、今回の討伐任務は相当大変なのね……」

 実は今日、ルカは筆頭魔術師として魔物の討伐に駆り出されている。

 普段ならば第一魔術師団の魔術師のみで受け持つのだが、今回は手強い魔物がいるとのことで、ルカにも声がかかったのだ。
 転移魔法を使わずに馬車で現地に行ったのも、少しでも魔力を残しておくためらしい。

「怪我なく帰ってきてほしいけど……」
「大丈夫ですよ! 旦那様はこの国で一番お強いですから! ちょちょいのちょいですよ!」
「ふふ、そうね。きっと大丈夫よね」

 確かに、シルビアの言う通り、よほどのことがない限りルカは大丈夫だろう。
 半端な実力で筆頭魔術師になれるほど、この国の魔術師の水準は低くはないのだから。

(それはそうと、今日の討伐にはおそらくクリスティアお姉様とユランも参加するのよね……二人共無事だと良いけれど……)

 ここ数日あまり考えないようにして反動もあったのか、クリスティアのことを考えると、大好きなはずなのに、どうしてもリズリーの胸は痛んだ。
 どうしても、三年前の呪われたあの日のことを、そしてその日から苦しかった日々を、思い出してしまうから。

(理由はどうあれ、クリスティアお姉様が私を呪ったことは事実。……ここに来た日はルカ様に無理に話さなくてもいいと言われたけれど、本気で呪いを解くなら、そろそろ話さなくてはいけないわよね……)

 悲しい、辛いと逃げてばかりはいられない。前に進むため、三年前のあの日のことと向き合わなければ。

(近々言わなきゃ……逃げてばかりじゃだめだもの)

 けれど、人間それ程すぐに強くなれるわけでも、苦しかった過去を忘れられるわけでもない。脳裏に焼き付いたこの三年間を思い出してし、リズリーの瞳は少しずつ陰っていく。

 その陰りに気付いたのか、シルビアは紅茶のおかわりを準備してから、「あの!! 手紙!!」と突然声を大きくした。

「ど、どうしたの、シルビア」
「そのですね!? 昨日リズリー様宛てに届いたお手紙なのですが、嬉しそうに読まれていたのでどなたからなのかなと思いまして!!! え!?」
「なっ、何で自分で尋ねて驚いているの……? ふふっ、シルビアって本当に面白いわね」

 笑顔を見せると同時にほっと胸を撫で下ろすシルビアに、リズリーは彼女の心情を察することができた。

(私が変な顔をしていたから、気を使わせてしまったのね……)

 リズリーは申し訳ないな……と思いながら、シルビアに感謝の言葉を述べると、その手紙が従兄からだったことを話す。

 従兄であるユランからの手紙には、仕事が忙しくて返信が遅くなってごめんという旨と、僕の方でも引き続き呪いについて探ってみるよという心強い言葉。悪逆公爵であるルカとの婚約に対する心配や、また会いに行くよと書かれていた。
その手紙は大して秘密にするような内容ではなかったけれど、ユランのプライバシーがあるからと、リズリーはシルビアに、差出人の名前と内容は伏せておいたのだった。


 ◇◇◇


 同日の夜。
 リラクゼーションとお昼寝、夕飯も終えたリズリーは、ルカの帰還の知らせを聞いたので、エントランスへと足を急がせた。
 名ばかりの婚約者だけれど、命がけの討伐任務から帰ってきたルカをせめて出迎えるくらいは、と思ったからである。

「ルカ様……! おかえりなさいませ……! その、お怪我は……?」
「ただいま。何ともない、無傷だ」

 ルカの言う通り、パッと見て怪我はない。動きに違和感もなく、強いて言うなら少し雰囲気が重たいくらいだろうか。

(もしかしたら、魔力を使いすぎて倦怠感が酷いのかもしれない……)

 そんなルカをエントランスに長々と引き止めるわけにもいかない。
 出迎えも済んだことだし、今日はこれで部屋に戻ろうかと思っていると、予想だにしないバートンの発言にリズリーは目を見開くことになるのだった。

「旦那様、本日の夕食はどちらで摂られますか?」
「僅かだが仕事が残っているから執務室に頼む。あと食事は簡単なものにしてくれ」
「かしこまりました。すぐ準備いたしますので、リズリー様と執務室でお待ち下さい」
「……は?」
「…………。え…………っ!?」

 あまりに自然に言われたため頷いてしまいそうになったものの、リズリーは素っ頓狂な声を上げて動揺を表す。
 眉間にしわを寄せたルカの表情は、バートンを睨んでいるようだ。

 しかし、バートンはいつもと変わらぬにっこりとした笑みを浮かべると、ちらりと周りのメイドたちに目配せをしてから、ゆっくりと口を開いたのだった。

「本日、お二人はまともに会話する時間がなかったと存じます。……リズリー様はまだこの屋敷に来て一カ月余り。旦那様が討伐任務に行かれるのを初めて経験し、さぞ不安だったでしょう……。そんな婚約者殿の憂いを晴らすのは、旦那様のお役目では?」
「……っ、バートン、お前……」

 この場にいるバートンとシルビアを除いた使用人たちは、皆リズリーがルカの名ばかりの婚約者だとは知らない。
 むしろ、婚約の段階で屋敷に住まわせ、同じ職場で働かせているなんて、ルカはリズリーにべた惚れだと思っているのだ。

 リズリーもルカもそのことは知っているし、なおかつ突然のことに動揺したからか、バートンの提案を断る言い訳は思いつかなかった。
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