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(全くもう……シルビアったら。ルカ様は私に同情してくださっているだけで、私が届けたって喜びはしないのに)

 ──やっぱり、旦那様ってリズリー様に特にお優しいと思うんですよね! お誕生日のお祝いの言葉もそうですが、こう、なんかこう、目とか声とか態度全てが柔らかいというか! きっとリズリー様のことが特別なんですね!

 と、先程シルビアに力説されたことを思い出し、リズリーは研究室の扉の前で小さく苦笑いを浮かべる。

 ──きっとルカは、雨の中棄てられている子猫を拾った感覚なのだろう。心根が優しいから彼は、リズリーを不憫に思って無意識に優しくしてくれているのではないだろうか。

(うん。私への態度が優しいと周りが感じたのなら、きっとそういう理由よね)

 ──むしろ、そうしか有り得ない。

 目的地の目の前でじっと考え込んでいるリズリーに対し。「入りましょう!」と言って扉を開けるシルビア。リズリーはハッとしてその後に続いたものの、心臓がドクリと音を立てた。

「失礼いたします! 旦那様、リズリー様がいらしています」
「し、失礼、いたします……っ」

 というのも、今までの日々がフラッシュバックしたからだ。

 研究棟も公爵邸の敷地内にあり、対呪い結界に囲まれているので、ここにいる魔術師たちには無闇矢鱈に嫌われることはない。
 それは分かっているのに、この三年間のトラウマが直ぐに消えるわけはなく、昨日屋敷に足を踏み入れたときよりも酷い恐怖感がリズリーを襲い、無意識に体が小刻みに震えた。

「リズリー? どうしてお前がここに……」
「あ……その、バートンから、ルカ様の忘れ物があると伺いまして……それで……その……」

 十数人の魔術師たちの視線が一気にリズリーを突き刺す中で、駆け寄ってきてくれたのはルカだ。
 リズリーはルカの顔を見てほんの少しホッとするものの、俯きながら忘れ物を差し出すので精一杯だった。

(大丈夫……呪いは効いていないんだもの……普通にしなくちゃ……普通にしなくちゃ……なのに……!)

 様子がおかしいことを察したのか、シルビアが「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれるものの、リズリーは頷くことでいっぱいいっぱいで、笑顔の一つも浮かべられない。

 情けない……と、リズリーが内心で嘆いていると、その時だった。

「リズリー、目を瞑っていて構わないから、顔を上げろ」
「……っ、は、はい……」

 ずいと距離を縮めてきたルカの声が、耳元で聞こえる。
 彼の意図は分からなかったものの、リズリーは指示に従うと、ふと両頬にぬくもりを感じ、それがルカの大きな手だと分かるのには、そう時間はかからなかった。

「えっ……!? あ、あのルカ様……?」
「……良いから、このまま聞け」
「……?」

 そしてルカは、リズリーの耳元に顔を寄せると、落ち着いた、どこか柔らかな声で囁いた。

「ここに居る者で、理由もなくリズリーを嫌うものは居ない。……もしもそんな不届き者がいたら、俺が叱ってやる。だから、大丈夫だ。……落ち着いたら目を開けて、周りを見てみろ」
「…………っ」

 ストン、と胸に落ちてくる優しい声。
 それでいて、ずっと聞いていたくなるような、けれど泣きたくもなるようなそんな声に、リズリーはぎゅっと拳を握り締めてから、覚悟を決めたようにゆっくりと瞼を開く。

 そして視界に入る魔術師たちの表情に、「えっ?」と素っ頓狂な声が漏れたのだった。

「ルカ様……何だか皆様のお顔が、ニヤついていらっしゃるように見えます」
「は?」
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