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 まさかルカの口から婚約者になってくれだなんて言われると思わず、リズリーの口からは「えっ? へっ!? はいっ!?」など素っ頓狂な声が漏れてしまう。

 ルカはあまり冗談を言うタイプには見えなかったが、実はユーモア溢れる人なのだろうか。

 しかし、頭を抱えながらどんよりとした雰囲気のルカの様子は、どう考えても冗談を言った後の態度には見えなかった。

「あの、何か理由があるのですか?」

 驚きは一旦胸にしまい込み、そうリズリーが問いかけると、ルカは「実は……」と言いづらそうに話し始めた。

「俺は今年で二十二になるんだが……田舎に暮らしている両親──主に父が、そろそろ婚約者くらい見つけろと煩くてな」
「はい」
「だが、いくら公爵家当主といえど、悪逆公爵なんて呼ばれる俺に嫁ぎたい高位貴族の令嬢などそれほど多くない。地位や権力を使えば簡単な話だが……嫌がる相手を無理矢理妻にするほど俺も鬼畜ではない」
「……つまり、ご両親を安心させるために、婚約者がほしいということですか?」
「……いや。両親が常にうるさいし、呪いの研究で忙しいのに女の相手なんかしていられないから、名ばかりの婚約者になってくれると助かる」

 確かに、筆頭魔術師であり、第二魔術師団の団長でもあり、公爵でもあるルカは多忙を極めていることだろう。
 リズリーは、なるほど……と納得すると、少しだけ考える素振りを見せた。

「婚約者になるとすると、公爵様のご両親と挨拶などもあるのですか? それと期間などは……」
「顔合わせについては上手く回避するつもりだ。期間についてはお前の呪いが解けるまで。解け次第、婚約は白紙に戻す。一度でも婚約者がいたとなれば、両親も直ぐに次の婚約者を見つけろとは言わないだろうし、可能ならば頼まれてほしい」
「なるほど……そういうことですね」

 それに、何故アウグスト公爵邸にリズリーがいるのかと疑問視されたとき、婚約者にしておいたほうが説明が通るだろうとルカは話す。

(確かにその通りね。私に婚約者はいないし……侯爵令嬢だから家格もつりあう。これで公爵様のお役に立てるのならば、是非協力したいけれど)

 しかし一つ問題があるかもしれないと、リズリーは口を開いた。

「私は今、本当に評判が宜しくありません。婚約者にしたら、公爵様の評判まで……」
「誰に言っている。俺は悪逆公爵だなんて呼ばれてるんだ。落ちるような評判などない」
「そ、それは……そうかも……しれませんが……」
「懸念なら無用だ。それで……返事は?」

 ──ルカに迷惑をかけないならば、もちろん協力したい。

 リズリーは「よろしくお願いします」と言って頭を下げると、ルカは僅かに瞠目してから、「感謝する」と言葉を漏らす。
 そのときのルカの顔は、この短時間で見た表情の中で、何だか一番柔らかいものに思えた。

「いきなり済まなかったな。こんなことを頼んで」
「いえ。私でお役に立てるのでしたら、何なりとお申し付けください」
「……本当に、ありがとう。よろしく頼む」
「ありがとうだなんて……その言葉は、むしろ私の方こそです」

 驚きつつも、喜ばしいと笑みを浮かべているシルビア。バートンもまた、孫を見守るような優しい目で、ルカを見ていたのだった。 


 それから二人は、婚約者になる際の最低限に決め事を確認し合った。

 リズリーの呪いが解けた場合、もしくはルカが新たに婚約者にしたい人物が現れたとき、婚約は白紙に戻すこと。婚約期間は最長でもリズリーの呪いが解けるまでとすること。
 リズリーが名ばかりの婚約者であることを知っているのはこの場の四人と、ルカが信頼を置ける者のみで、他言しないこと。

 最後に、絶対に執務室の隣の部屋には入らないこと。

  決め事を確認し終わってからは、婚約の書類の手続きは明日に交わそうという話になり、その他の細かいことはまた追々話し合おうとなった。
その時、ルカがハッとした表情をしたので、リズリーはどうしましたか? と問いかけた。

「一つ確認がある。女性に聞くのは失礼かもしれんが、歳は?」
「えっと、十七……あ、明日十八歳になりますね、そういえば」
「何? 明日だと」
「はい。……あ、ユラン……って、申し訳ありません、少し思い出したことがあっただけですので、気になさらないでください」

 そういえば、明日は自身の誕生日で、ユランがお祝いしてくれるはずだったことを思い出したリズリーは、どうしようかと頭を働かせる。

 ユランのためだけにルカに転移魔法を使ってもらうわけにも行かず、かと言ってリズリーの足のみで明日までに自宅に帰る方法もないので、今は公爵邸にいることを後で手紙をしたためようか。

(うん、そうしましょう。約束を破るのは申し訳ないけれど、公爵様が呪いを解くことに協力してくださることを書いたら、とても喜んでくれそう……!)

 そんなことをリズリーが考えていると、ルカが額あたりに手をやって小さく項垂れているのが視界に入った。

 どうしたのだろうかと伺うように見つめると、ルカはバツ悪そうな顔をしていたのだった。

「何というか……明日が誕生日、なのか」
「は、はい。……あっ、ですから、婚約の手続きは明日以降可能ですわ! ミーティア王国では男女ともに十八歳にならないと正式な婚約者にさえなれませんが、そこの心配はありませんよ」
「ああ、分かっている。それに、この国の貴族は男女問わず、家格が同等か上の者からしか婚約の申し入れが出来ないルールがあるから面倒だが──いや、そういう話をしたいんじゃなくてだな」
「……?」

 自らの発言に呆れたような表情を見せたルカは、壁にかかっている時計にちらりと視線を寄せる。
 そしてすぐに、ルカは再び視線をリズリーに戻した。

「……俺たちはじきに婚約者になる。リズリーと呼んでも構わないか」
「は、はい。もちろんでございます」
「では俺のことはルカと」
「ルカ、様……はい。ルカ様と呼ばせていただきますね」

 一度間違えて呼んでしまったときよりも、許可を得た今の方が何だか擽ったい感じがする。
 けれど、名ばかりの婚約者であることは公にはしないわけだから、これくらいは慣れなければいけないだろう。

(恥ずかしさもあるけれど、頑張りましょう……!)

 テーブルの下でぎゅっと拳を握って自身を鼓舞するリズリー。すると、次の瞬間だった。

「リズリー」
「あ、はい。何でございましょう?」

 突然名前を呼ばれ、リズリーはルカの顔をにこりと見つめる。
 その時、またルカが時計に視線をやっていたので、リズリーもつられるようにして壁掛けの時計を見た。

 ──チクタク、チクタク。

 ルカと共に転移魔法で屋敷に戻ってきたのが、約二十一時。
 そこから客室に案内してもらったり、着替えをしたり、会話をしながら食事をしていたこともあって、すっかり時間を忘れてしまっていたらしい。

 チクタクと動く短針と長針が真上を指して重なり合った瞬間、ルカはふっと微笑んだ。

「誕生日、おめでとう」
「──えっ……あ……」

 お祝いのケーキはない、プレゼントだって無い。まだルカとは会ったはかりで、互いのことなんて大して知らない。
 けれど、リズリーの心には、これ以上ないくらいに多幸感が込み上げてくる。

「……っ、ありがとうございます、ルカ様。とっても……とっても嬉しいです……!」
「……安上がりな奴」

 初めて見せてくれたルカの微笑と祝いの言葉に、バートンとシルビアからの拍手。

 涙が零れ落ちてしまいそうになったリズリーは、またしても目頭を指で摘んで涙を堪えながら、くしゃりと笑ってみせた。
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