5 / 38
5
しおりを挟む(何度か拝見はしているけれど、なんて精悍なお顔立ち…………)
体を斜めにすれば、正面ではないにせよルカの顔つきがよく見える。
ユランはいわゆるキラキラとした王子様のような印象が強いが、ルカはどちらかといえば獣のような獰猛さがあった。
そう感じたのは、淡紫色の瞳に鋭い目つきのせいか、不気味なほど黒黒とした髪の毛のせいか、整った凛々しい眉がつり上がっているからなの、それとも、無意識に背筋がゾクリとしてしまうほどの彼の低い声のせいなのか。
まあ、格好良いことには変わらないのだけれど。
(……って、今はそんなことを思っている場合じゃないわ。私はすぐに筆頭魔術師様からも嫌われてしまうのだから、できるだけ穏便にすむように弁明をしないと……!)
声をかけてくれたときは、おそらくリズリーを認識していなかったのだろう。だから庇ってくれたに違いない。
そうリズリーが理解すると同時に、ルカに凄まれた男は恐れ慄き、脱兎のごとくその場から立ち去って行った。
魔導具がまだ見つかっていないはずだとは思いつつも、流石にリズリーもルカの氷のような雰囲気を前にしてそれを口に出すことは出来ないでいると。
「おい、平気か。災難だったな」
そう言って、くるりと振り向いたルカに、リズリーは肩をビクつかせる。
すぐさま飛んでくる罵詈雑言に備え、少しでも敵意がないと見せるために、リズリーは額を地面に擦り付けるように頭を下げ、謝罪を叫んだ。
──ルカ・アウグストには様々な肩書がある。
筆頭魔術師に、第二魔術師団団長、そして公爵家当主。
しかしそんな中でも、この国で一番広まっているのは、間違いなくこの異名だろう。
それは、『悪逆公爵』。
因みに、悪逆とは──人の道にそむいた、非常に悪い行いのことだ。
噂を全て鵜呑みにする訳では無いが、人から嫌われるリズリーからすれば、強力な力を持ったルカが恐怖の対象になることは仕方がなかったのだろう。
(もしも噂通りのお方なら、殺されるかもしれない……! できる限り説明しないと……っ)
リズリーは唇を震わせながら、言葉を発した。
「も、申し訳ありません……! けれど私は本当に、盗みなんてしていなくて……! どうかこの場はご容赦くださいませんでしょうか……! どうか……っ」
どうしてクリスティアが呪いをかけたのか、その背景は何なのか、理由があるとしたら、何なのか。
もしも、クリスティアを唆した人物がいるとしたら、それは一体誰なのか。
(それを知るまでは、死んだって死にきれない……っ)
リズリーは恐怖を必死に堪えて、この場を出来るだけ丸く収めるため、頭を下げ続ける。
しかし、その時だった。
ルカがしゃがみ込むように姿勢を低くしたことを気配で感じ取ったリズリーは、薄っすらと目を開ける。
そして、ルカに「顔を上げろ」と命じられ、従うしか選択肢のないリズリーは言われた通り顔を上げると、そこには片膝をつき、信じられないものを見るような目でじっと見つめてくるルカの姿があったのだった。
「……お前、何で呪われているんだ」
「え……?」
(……この、反応って……)
約三年間、リズリーはユラン以外の関わった人間から憎悪を向けられてきたのだ。
ルカの反応は決して好意的ではなかったけれど、そこに悪意がこもっていないこともまた、事実だった。
──つまり、関わった人々全員から嫌われる、という呪いがルカには効いていないということ。
「どう、して……」
今まではユランしか例外は居なかった。だというのに、これはどういうことだろう。
──けれど、リズリーが驚いたのはそこだけではなかった。
「どうして、私が呪われていると分かるのですか……?」
三年前、クリスティアに呪われて皆から嫌われてしまったリズリーは、唯一呪われたあとも態度が変わらないユランに呪いのことを自ら相談した。
呪いなんて過去の産物ではないかとこの国にいるものの殆どがそう認識している中で、ユランが信じてくれたのは、今までリズリーと信頼関係を築いてきたから。そして、リズリーに対する周りの態度が明らかに変化したからだ。
しかし、ルカは違う。
ルカはリズリーに対して殆ど思い入れはないだろうし、対人関係を知らないはず。
先程の男の態度が、呪いによるものだと察するなんてことはできないだろう。
(そう、よね。いくらあの第二魔術師団の団長様だとしても、そんなことって……分かるはずがないのに)
リズリーの瞳の奥が疑問でゆらりと揺れる。
すると、ルカはリズリーの二の腕を掴んで半ば無理矢理立ち上がらせてから、ポツリと呟いた。
「俺の瞳は、他人の魔力の流れや乱れを見ることができる。だから、本来お前が──リズリー嬢が魔力なしだということも見て分かる」
「……!」
「それなのに、お前の周りには他人の魔力が纏わりついてる。それも普通の魔力じゃない。……黒黒とした、邪悪で、呪い特有の魔力だ。だから呪いをかけられているのだと判断した。理解できたか」
魔力がほんの少しもないリズリーからすると、まるで途方も無い話なのだが、この場でルカが嘘をつく必要性もないことから、おそらく本当のことを言っているのだろう。
(……って、あれ? どうして私の名前を知ってるんだろう?)
そんな疑問を持ったけれど、魔術師と術式絵師は切っても切り離せないような関係であることと(ルカは術式絵師が必要ないくらい自身にあった術式を描けるが)、過去にはそれなりに自身の名前や姉との関係性が有名になったことから、おかしなことではないのかもしれない。
もしくは、顔と名前が一致するほどリズリーの悪評を聞いているのかだが、今は良いかとリズリーは疑問を一旦頭の端に追いやった。
「理解はできたのですが……その、何故私と普通に話してくださるんでしょうか?」
「どういう意味だ」
「……掛けられた呪いというのは、私に関わった全ての人が、私を嫌悪するものだから、です」
「…………! そういうことか。だからさっきの男も突然──なるほどな。合点がいった」
腕組みをして視線を他所にやるルカは、呪いの話をしても、気味悪がることはなく、むしろどちらかといえば話に前のめりになっている気がする。
(やっぱり……第二魔術師団のあの噂って、完全に嘘というわけではなさそうね)
ルカの反応にふむ、と納得したリズリーだったが、まだ自身の疑問は解消されていなかった。
何故ルカには、呪いが効かないのかということだ。
リズリーはそのことを恐る恐る問いかけると、ルカはあまり抑揚のない声色で答え始めた。
「俺が団長を務める第二魔術師団の別名称が、呪われた魔術師団であることは知っているか」
「……は、はい。お噂程度には……」
「呪われた魔術師団というのには少し語弊はあるが、確かに第二魔術師団は主に魔物の討伐をする第一魔術師団とは違って主に魔法や魔力、魔物の研究なんかに力を入れている。その中でも、最近特に力を入れているのは呪いについてだ。……それで、端的に言うと俺は様々な呪いを調べる過程で呪いを浴びたり自分に使用したことで、ある程度の呪いなら効かない体質になった。だからお前が呪われていようが俺には関係ない」
「…………!?」
応援ありがとうございます!
37
お気に入りに追加
171
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる