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しおりを挟む「ちょっとリズリー! 早く術式を描きなさいよ。あんたにはそれしか能がないんだから。分かってる? 職場では何もさせてもらえないあんたを可哀想だと思って言ってあげてるのよ?」
「ごめんなさい……クリスティアお姉様」
──ラグナム侯爵家の北側に面した、暗くて寒い部屋。
その部屋の主であるリズリーにきつく言い放ったのは、優秀と名高い魔術師である、姉のクリスティアだった。
自身のラベンダーグレージュの長髪を掻き上げ、刃のように瞳を研ぎ澄ませたクリスティアはドン! とテーブルを叩く。
腰まで伸びたブラウンの髪の毛が大きく揺れるほど肩をビクつかせたリズリーは、必死にペンを持った手を動かした。
「出来ました、お姉様……水魔法と風魔法、あとは回復と捕縛の術式です。使用回数は各々二十回に設定しました」
「さっさと渡しなさい! 無能な術式絵師のあんたと違って、魔術師の私は忙しいんだから!」
魔物が多く存在するミーティア王国では魔術師は多く存在し、民に敬われる存在だった。
そんな中でも姉のクリスティアは魔術師の花形と言われる第一魔術師団に所属しており、その能力の高さと言ったら、将来は団長になれるのではと噂されるほどだ。
「は、い。ごめんなさい……。けれどお姉様、私のことは構いませんが、術式絵師という職業は大変立派なものです。蔑むのはお止めください」
対してリズリーは、魔術師と同じ魔法省に勤めてはいたものの、魔力がないものばかりが集まった術式絵師課勤務だった。
そもそも魔法は、魔法紙という特別な紙に円を描き、その中に文字や記号を入れたものに魔力を注ぎ込むことによって発動することができる。
つまり、その文字や記号といったものが術式に当たるわけだが、それらを描くのが術式絵師の仕事だった。
「何よ……私に反論する気!? 術式なんて誰が描いても一緒じゃない! 術式絵師は、私たち魔術師のために機械のように机に向かっていれば良いのよ!」
「……っ、お願いです、お姉様だけはそんなこと、言わないでください……昔、言ってくれたじゃないですか」
魔術師の中には魔力は多いが、術式を描くのが苦手なもの、またはできないものも少なくない。
そのため、魔術師のために術式を描く役割として、術式絵師課は創設されたらしい。因みに、姉のクリスティアは一切術式が描けなかった。
術式の構築は奥深い。術式の数は細かく分ければ数万はあると言われており、術式絵師は魔術師にとって縁の下の力持ちと言っても差し支えないだろう。
そんな術式絵師という仕事は、リズリーにとって誇りだった。
地味だと言われることもあるし、神経を使う仕事なのでとても大変だったけれど、リズリーは大好きだった。
──だって。
『リズリーが描く術式はとっても使いやすいわ! いつもありがとう! 大きくなったら私は立派な魔術師になるから、リズリーは立派な術式絵師になって私のことを助けてね! 約束よ?』
『はい! クリスティアお姉様! 約束です!』
大好きな姉──クリスティアと、幼い頃にそう誓ったから。
だというのに、現実はどうしてこうも、過去の思い出とかけ離れているのだろう。
「煩いわね……昔のことなんて覚えてないわよ。誰が覚えてるっていうの、大嫌いな妹との過去の出来事なんて」
「…………っ」
「まあ良いわ。私は今から討伐任務だから行くわ。あんたも早くに仕事行きなさい? ふふ。嫌われ者のあんたは、今日も雑用しかさせてもらえないだろうけど」
──パタン。
その言葉を最後にクリスティアが部屋から出て行くと、リズリーは顔をくしゃりと歪めながら、ポツリと呟いた。
「大丈夫……きっと、いつか……大好きなお姉様に戻ってくださる……お母様も、お父様も、友達も、職場の皆も……っ、きっと……いつかは──」
悲しい、辛い、誰か助けて。そう思うけれど、リズリーから涙が溢れることはなく、美しいエメラルドグリーンの瞳には影が落ちる。
……何も、こんな状況になったのは、数日前程度の話ではないのだから。
──約三年前。
リズリーは実の姉、クリスティアに呪いをかけられた。
関わった人全員から嫌われてしまうという、そんな惨い呪いを。
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