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27 あんたより絶対に幸せになる◆◆アイリス

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 あの日は普段のお前が見たいから、と口止めをされていたからだ。
 お前は人当たりは良いから、そんなに心配はしていなかった。
 事実、王弟殿下は特に畏まらないお前がお気に召していらした、と側役から聞いていた。
 そう淡々と説明するお兄様の声が、ますます低くなる。



「事前にお前が婿入りを希望したハミルトン伯爵家の背景を調べていたら、簡単に王弟殿下との関係を知ることは出来た。
 その上で殿下が後援している劇団のチケットを渡されたら、どこから回ってきたものか普通は気付く。
 お前が是非にと同級生のシンシア嬢を望んだのは、何もかも承知の上でだと思い込んでしまった父上も俺も、愚かだったよ」

「……」


 わたしみたいに友人として彼女との関係を始めたのじゃないのだから、お兄様の仰る通り、キャメロンはハミルトン伯爵家のことを調べるべきだった。

 反対にお兄様は王家との関わりを知った上で、ふたりの交際を後押ししたんだ。



「シンシア嬢のご両親であるハミルトン伯爵夫妻は王弟殿下の学院時代のご友人だ。
 当主のエリック様は当時の国王陛下にも気に入られ側役を請われたが、領地が大事だからと中央から距離を取った。
 つまり中央の権力闘争から退かれたんだ。
 これがどういうことか、わかるか?」

「……政治的権力よりも、地方の領地経営を選ぶなんて馬鹿です。
 政争で生き残る自信がなかったからでしょうね……」


 婿入りの話を失ってしまったキャメロンは、ハミルトンの事情等どうでもいいと言いたげだった。
 彼はどう足掻いても、もう自分には約束されていた未来は訪れないのだと思い知って、投げやりになっている。
 

 先の国王陛下のお側に請われたというお父様とはお会いしたことはなかったけれど、何度か顔を合わせたシンシアのお母様。

 家族同士の顔合わせの後、お父様の印象をキャメロンに尋ねたら、「普通の田舎の親父だ」と言っていた。
 わたしも華やかで洗練されたセーラに憧れていたから、ハミルトン夫人は地味なご婦人にしか見えなかった。  
 あのおふたりがまさか、王弟殿下のご友人だったなんて!



「政治的権力など、その時々の潮目で移り変わる。
 だが王家とハミルトンは、それを絡ませないことで、世情に左右されない友人関係を続けていくことになった。
 あの家を政治利用する為に、己の派閥に組み込もうとした中央貴族は、ことごとく何かしらのお咎めを受けている」

「……お咎めって、俺も?」


 他人事のように聞いていたキャメロンも、ことごとくと聞いて、呆然としている。
 この分だとマーフィーだって無事では済まない気がする。


「お前は自分の事だけだな。
 この破談についてなら、単なる侯爵家と伯爵家の問題で、何ら王家には関係がない。
 なので、お咎めもない。
 だが我が家に対しての国王陛下の心象は、格段に悪くなった。
 名付け親の王弟殿下は勿論だが、エドワード殿下が相当……
 お前はまず、来年の文官試験には合格しないだろうし、マーフィー子爵は新年度には地方に飛ばされるだろう」


 良かった!マーフィーは取り潰しではなく、飛ばされるだけで済んだ。
 シンシアは王弟殿下には、特に何も頼まなかったのね。
 わたしに対する嫌がらせは、人でなしとしか言いようがないけど、そこは感謝するわ。


 国王陛下や王弟殿下に睨まれたなら、侯爵閣下も大変だろうけれど、エドワード殿下が来年帝国の何番目かの皇女に婿入りするのは、わたしだって知っている。
 そんな居なくなる王子の怒りを今は買っても、何年後かに継ぐ優秀なお兄様なら大丈夫。

 今の陛下の心象が悪くても、お兄様には一緒に留学した、それこそ次代の王弟殿下となる第2王子アルバート殿下が後ろ楯に付いているから!



「シンシアは性格も家格も派閥も吟味して、自分の気持ちだけでは結婚相手を選ばないと言ってました。
 わたしはそんな基準で選ぶなんて不純だと思っていたんです。
 デビュタントにも参加出来なかった田舎貴族の癖に、何を偉そうにって……
 でも、そんな伝手があるんだったら、教えてくれるのが当たり前でしょう?
 だったら、わたしだって……」


 あの時シンシアの口元に浮かんでいた微笑みを思い出して、あれはわたしを馬鹿にしていたのかもと気付いた。
 それで、腹立ち紛れに初めて彼女に対する心の内を、他の人の前で明かした。



 決してキャメロンには見せなかったシンシアへのドロドロした感情。
 初めてそれを聞かされて、彼はわたしを信じられないように見たけれど、もうどう思われても平気だった。



 疲れてしまったのか、お兄様はしばらくこめかみを押さえていたけれど、やがて。


「セーラが君に対して目論んでいたことは子爵から聞いた。
 大変申し訳なく思っている。
 本当にすまなかった。
 それでお詫びとして、慰謝料を肩代わりした。
 返済は不要だ」

「……もういいです、お兄様の謝罪は受け入れます。
 ところで、あの方があれ程、母を憎んだ理由はご存じでしょうか?」


 お兄様の眉が一瞬寄せられたけれど、わたしだって疲れている。



「……あの女は子爵夫人に負けたことが許せなかったと、話したよ。
 同じ伯爵家に生まれて、自分は侯爵家のスペアを産む為に後妻で嫁がされて、無事男児を出産したら、夫には顧みられなくなった。
 それに比べて、勝ったと内心下に見ていたジェーン夫人には君の下にダレルと言う後継者も出来、子爵とも円満だ。
 キャメロンはあくまでもスペアだと思い知らされて、かと言って邪魔な俺を片付ける度胸も伝手もない。
 セーラは夫人にそっくりな君をいつか貶めることで、君の母上への劣等感を晴らそうとしていた」


 はぁ?そんなことで?
 そんな馬鹿みたいなことで、母が一方的に恨まれて?
 わたしは暴力まで振るわれたのよ!

 わたしも慰謝料を請求してもいいか、父に……ううん、頼りない父よりもダレルに相談してみよう。
 あの子はマーフィーを継ぐ身なんだから、我が家の名誉の為なら動いてくれるはずだもの。

 
 だって、わたしがいい気になっていた原因はセーラだ。
 長期間に渡って洗脳されていた。
 優しい笑顔に騙されて、あの女の口車に乗らなければ、こんなことには……



 お兄様は謝罪はしてくれたけれど、わたしを憎んで辱しめようとしたセーラの所へ向かわせることには、何の躊躇も無いようだった。

 それ程、王弟殿下の後ろ楯を持つシンシアとの縁組を邪魔したわたしを、赦す気にはなれないということ?
 謝ってくれたのも、ただのポーズのような気がしてきたわ。



 あんなに好きだと思い込んだ幼馴染みが、実に情けない男だと改めて思い知らされた。
 可愛い女を演じて居場所を取り戻したと思ったのに、単なる性欲解消に利用されていた……


 可哀想なわたしを、神様が見捨てるわけがない!

 いいわよ、言われた通りにキャメロンと結婚して、子供を産めばどうにでもなる。
 閣下だって、可愛い孫の顔を見たら絆されて、王都に呼び戻してくれる。
 田舎なんかで人生を終えるつもりはない。


 シンシアと次に会う時は、わたしは侯爵家の嫁だから!
 甥か姪の名付け親になってくださるよう、お兄様からアルバート殿下に頼んで貰えば……あんな女に遠慮は要らない。


 わたしは、あんたより絶対に幸せになるから!

 今度はわたしがあんたの顔を見て、微笑んであげるわ!
 

 絶対に絶対に、巻き返して見せるから!


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