26 / 37
26 嘆いても悔やんでも◆◆アイリス
しおりを挟む
お兄様は成人されてからは、ご自分のことを私と仰っていたのに、俺と戻された。
ただそれだけなのに、どうしてそれが、こんなに恐ろしく感じられるの……
「アイリスのことを考えてやれと、俺が嗜めたのを忘れたとは言わせない。
自分の立場を自覚しろ、アイリスを娶る気がないのなら、ふたりで会うのは止めないと、彼女の評判を貶めることになると。
俺はお前がアイリスを大切に想うなら、父上に口添えしようと思っていた。
だが覚えているか、お前はシンシア嬢と結婚したいから、もうアイリスとふたりでは会わないと言った。
それに加えて自分から、他の女友達とも清算するからとはっきり俺に宣言したんだ」
お兄様の顔も見られないくせに、大声を出して文句を言うキャメロンとは対照的に、静かに淡々と話すお兄様が怖かった。
「それを好きだ、邪魔しないからと言われて、抱いた?
お前は自分の発言にさえ責任が持てないのか?
1回だけなのは、お前達が会える機会を俺が潰したからだろう?
だからと言って、学院内で事に及ぶとはな。
俺はお前が例の女友達とも連絡を断っているようだとサイラスから聞いて嬉しく思っていたが、それが理由でアイリスに手を出したのか?
他では発散出来なくなったからと盛ったのか?」
「違う!……俺は婚約するまでの……」
「お前のような奴が弟だとは、聞いているこちらが恥ずかしくなる。
婚約するまで?
笑わせるな、それ以降もアイリスを都合よく使うつもりだったろう?
女性の大事な時期を奪い、結婚するまで、義務である後継が出来るまで、と引き延ばして。
領地ではシンシア嬢を大切にする振りをして、邪魔はしないと言ったアイリスを、王都で囲うつもりだったか?」
わたしにわざと聞かせるように、お兄様がキャメロンを問い詰める。
よく口にしていた女友達って、そんな関係だったの……?
あの女との婚約の為に、縁を切ったから発散出来なくて?
それじゃ、いつも抱き締める時にわたしに言った「可愛い、大好きだよ」って何だったの!
指摘されてすっかり狼狽えてしまったクズに、お兄様が止めを刺した。
「シンシア嬢は、お前からの謝罪は不要なので、会わないと。
それに……王家がお前を許さない。
家の価値を下げたお前には、子爵位は譲らないと父上も決定された。
この先はアイリスに対しての責任を取って、サザーランドに骨を埋めろ」
「シンシアが俺に会わないなんて、言うわけがないです!」
「そう思い込みたければ、勝手にすればいいが。
シンシア嬢からは初恋を成就したお前達へ御祝いを贈りたい、どうぞわたしのことはお気になさらずに結ばれて欲しいと、添えられていた。
わかるか、彼女はお前との復縁を望んでいないのを、それで伝えようとしているんだ」
「……しっ……」
シンシアがわたしとキャメロンを御祝い……
そんな白々しい名目で、結婚をさせようとするなんて。
お金をねだるだけでは満足しないの?
そこまでして、親友のわたしを苦しめようとするなんて、酷すぎる!
先にわたしとの結婚を命じられていたキャメロンも、それを初めて聞かされたのだろう。
シンシアからの贈り物の本当の意味を知って、怒りなのか後悔なのか、言葉にならない声をあげた。
そして……信じられないことに頭を抱えて泣き出した。
やめろ、泣きたいのはわたしの方よ!
あんたみたいなクズに純潔を捧げてしまった!
嘆いても悔やんでも、泣いたって、もう遅い。
あのプライドの高い陰険女が、わたしのお古を受け入れるわけがないのに。
これまで周囲から持ち上げ続けられていたキャメロンは、どれだけ自分に自信を持っていたのだろう。
こんな男の後悔なんてどうでもいい!
それよりも、王家が許さないと言うのがわからない。
セーラも言っていた「王家に目を付けられた」って?
あの女と王家に、何の関わりがあると言うの?
お兄様をこれ以上怒らせないように今度は言葉を選び、慎重に尋ねた。
「……教えていただけますか。
シンシアは王家と……どんな関わりがあるのですか?」
「そうか、君は親友の事情を知らずにこいつに紹介したということか。
まあ、君にそこまで求めるのも酷な話で、父上と俺がもっと気を付けるべきだった。
キャメロンへの確認を怠った、その後悔しかない。
キャメロン、お前がハミルトンを調べろと命じたら、サイラスは直ぐに動いただろうに……」
サイラス……いつも難しい顔をして、何度会っても愛想笑いさえしてくれなかった家令が、確かサイラスだった。
シンシアの事情と言うなら、わたしが知っていたのはシンシアが結婚相手は条件を見て吟味する、と偉そうに言っていたことだけ。
それを教えたら、キャメロンは気分を悪くするだろうと、あの女の為に黙っていてあげた。
それが駄目だったの?
「シンシア嬢の名付け親は、王弟殿下で……
ミドルネームのローズは、王太后様から戴いたと聞いた。
お前達がさも特別だと振りかざす幼馴染み、だったか?
シンシア嬢にも同様に、幼馴染みは居た。
それが第3王子のエドワード殿下だったと言うだけの関係だ」
王弟殿下と第3王子殿下?
雲の上の存在の人だ。
……おふたりと、田舎の伯爵令嬢でしかないシンシアが?
名付け親と幼馴染み?
あの女にわたしは、侯爵家の身内だと何度も自慢した。
だって、だって教えてくれなかったから!
泣き止んでいたキャメロンも初耳だったのか、これまで目を合わせることも出来なかったお兄様に、その血の気を失った顔を向けた。
「俺……俺、そんなの、聞いてない……」
「シンシア嬢からは聞いてないか。
だがお前は王弟殿下とは会ったんだが、気付かなかったか」
「王弟殿下となんて!何処で会ったと言うのですか!」
「シェルフィールドのレディパトリシアの楽屋で、だ。
あのチケットは殿下から戴いたものだ。
名付け子の交際相手を自分の目で見てみたいと仰せになって、人伝に託された」
観劇後、主演女優の楽屋に通されていた……
そんな特別待遇を受けることの意味に疎いキャメロンからは勿論、シンシアからも聞いていない……
「確かにあの時何人か関係者が出入りしていたけれど、その中に王弟殿下が居たなんて……
どうして兄上もシンシアも、俺に教えてくれなかったんだ!」
ただそれだけなのに、どうしてそれが、こんなに恐ろしく感じられるの……
「アイリスのことを考えてやれと、俺が嗜めたのを忘れたとは言わせない。
自分の立場を自覚しろ、アイリスを娶る気がないのなら、ふたりで会うのは止めないと、彼女の評判を貶めることになると。
俺はお前がアイリスを大切に想うなら、父上に口添えしようと思っていた。
だが覚えているか、お前はシンシア嬢と結婚したいから、もうアイリスとふたりでは会わないと言った。
それに加えて自分から、他の女友達とも清算するからとはっきり俺に宣言したんだ」
お兄様の顔も見られないくせに、大声を出して文句を言うキャメロンとは対照的に、静かに淡々と話すお兄様が怖かった。
「それを好きだ、邪魔しないからと言われて、抱いた?
お前は自分の発言にさえ責任が持てないのか?
1回だけなのは、お前達が会える機会を俺が潰したからだろう?
だからと言って、学院内で事に及ぶとはな。
俺はお前が例の女友達とも連絡を断っているようだとサイラスから聞いて嬉しく思っていたが、それが理由でアイリスに手を出したのか?
他では発散出来なくなったからと盛ったのか?」
「違う!……俺は婚約するまでの……」
「お前のような奴が弟だとは、聞いているこちらが恥ずかしくなる。
婚約するまで?
笑わせるな、それ以降もアイリスを都合よく使うつもりだったろう?
女性の大事な時期を奪い、結婚するまで、義務である後継が出来るまで、と引き延ばして。
領地ではシンシア嬢を大切にする振りをして、邪魔はしないと言ったアイリスを、王都で囲うつもりだったか?」
わたしにわざと聞かせるように、お兄様がキャメロンを問い詰める。
よく口にしていた女友達って、そんな関係だったの……?
あの女との婚約の為に、縁を切ったから発散出来なくて?
それじゃ、いつも抱き締める時にわたしに言った「可愛い、大好きだよ」って何だったの!
指摘されてすっかり狼狽えてしまったクズに、お兄様が止めを刺した。
「シンシア嬢は、お前からの謝罪は不要なので、会わないと。
それに……王家がお前を許さない。
家の価値を下げたお前には、子爵位は譲らないと父上も決定された。
この先はアイリスに対しての責任を取って、サザーランドに骨を埋めろ」
「シンシアが俺に会わないなんて、言うわけがないです!」
「そう思い込みたければ、勝手にすればいいが。
シンシア嬢からは初恋を成就したお前達へ御祝いを贈りたい、どうぞわたしのことはお気になさらずに結ばれて欲しいと、添えられていた。
わかるか、彼女はお前との復縁を望んでいないのを、それで伝えようとしているんだ」
「……しっ……」
シンシアがわたしとキャメロンを御祝い……
そんな白々しい名目で、結婚をさせようとするなんて。
お金をねだるだけでは満足しないの?
そこまでして、親友のわたしを苦しめようとするなんて、酷すぎる!
先にわたしとの結婚を命じられていたキャメロンも、それを初めて聞かされたのだろう。
シンシアからの贈り物の本当の意味を知って、怒りなのか後悔なのか、言葉にならない声をあげた。
そして……信じられないことに頭を抱えて泣き出した。
やめろ、泣きたいのはわたしの方よ!
あんたみたいなクズに純潔を捧げてしまった!
嘆いても悔やんでも、泣いたって、もう遅い。
あのプライドの高い陰険女が、わたしのお古を受け入れるわけがないのに。
これまで周囲から持ち上げ続けられていたキャメロンは、どれだけ自分に自信を持っていたのだろう。
こんな男の後悔なんてどうでもいい!
それよりも、王家が許さないと言うのがわからない。
セーラも言っていた「王家に目を付けられた」って?
あの女と王家に、何の関わりがあると言うの?
お兄様をこれ以上怒らせないように今度は言葉を選び、慎重に尋ねた。
「……教えていただけますか。
シンシアは王家と……どんな関わりがあるのですか?」
「そうか、君は親友の事情を知らずにこいつに紹介したということか。
まあ、君にそこまで求めるのも酷な話で、父上と俺がもっと気を付けるべきだった。
キャメロンへの確認を怠った、その後悔しかない。
キャメロン、お前がハミルトンを調べろと命じたら、サイラスは直ぐに動いただろうに……」
サイラス……いつも難しい顔をして、何度会っても愛想笑いさえしてくれなかった家令が、確かサイラスだった。
シンシアの事情と言うなら、わたしが知っていたのはシンシアが結婚相手は条件を見て吟味する、と偉そうに言っていたことだけ。
それを教えたら、キャメロンは気分を悪くするだろうと、あの女の為に黙っていてあげた。
それが駄目だったの?
「シンシア嬢の名付け親は、王弟殿下で……
ミドルネームのローズは、王太后様から戴いたと聞いた。
お前達がさも特別だと振りかざす幼馴染み、だったか?
シンシア嬢にも同様に、幼馴染みは居た。
それが第3王子のエドワード殿下だったと言うだけの関係だ」
王弟殿下と第3王子殿下?
雲の上の存在の人だ。
……おふたりと、田舎の伯爵令嬢でしかないシンシアが?
名付け親と幼馴染み?
あの女にわたしは、侯爵家の身内だと何度も自慢した。
だって、だって教えてくれなかったから!
泣き止んでいたキャメロンも初耳だったのか、これまで目を合わせることも出来なかったお兄様に、その血の気を失った顔を向けた。
「俺……俺、そんなの、聞いてない……」
「シンシア嬢からは聞いてないか。
だがお前は王弟殿下とは会ったんだが、気付かなかったか」
「王弟殿下となんて!何処で会ったと言うのですか!」
「シェルフィールドのレディパトリシアの楽屋で、だ。
あのチケットは殿下から戴いたものだ。
名付け子の交際相手を自分の目で見てみたいと仰せになって、人伝に託された」
観劇後、主演女優の楽屋に通されていた……
そんな特別待遇を受けることの意味に疎いキャメロンからは勿論、シンシアからも聞いていない……
「確かにあの時何人か関係者が出入りしていたけれど、その中に王弟殿下が居たなんて……
どうして兄上もシンシアも、俺に教えてくれなかったんだ!」
164
お気に入りに追加
3,319
あなたにおすすめの小説
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
婚約破棄のその後に
ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」
来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。
「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」
一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。
見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。
わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。
ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」
幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。
──どころか。
「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」
決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。
この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる