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入院生活
しおりを挟む入院生活は、穏やかなものだった。
緩和ケアというものなのだろうか。
死にゆく私がなるべく痛みを感じないように。苦痛を感じないように。怖がらないように。そうしてくれているのがよくわかる。
「沙苗。来たぞ」
「あきら……」
「いや、起きようとしなくていいから。……どうだ?調子は」
「うん、なんとか」
「そっか。良かった」
晶は大学に入学してからも、練習やバイトが無い日は必ず顔を出してくれている。
最初は私のところになんて来ないで、自分の生活のことだけ考えていてほしいとお願いしていた。
だけど、晶は何度言ってもこうやって私を見舞いにやってくる。
"どう過ごそうが俺の勝手だ"
"一人にしないって言っただろ。諦めろ"
と言われてしまっては私は何も言えない。
お母さんが毎日来ているから一人じゃないのに、晶はいつもそう言う。
でも、その優しさに救われているのも事実だ。
あれから私はほぼ寝たきりの生活になってしまったけれど、調子がいい時は身体を起こしてお母さんが持ってきてくれたスケッチブックに左手でデッサンをしている。
やはり利き手でないから上手くいかずに鉛筆を落としてしまったり、今までのようには描けそうもない。
かと言って右手は私にはもう無いのだから仕方がない。
実は、入院してすぐに右腕を切断していた。
少しでも命を長く伸ばすためだと言われ、私も了承した。
最後に描きたい絵を描いたからなのか、想像していた以上に気持ちは穏やかだった。
もちろん、生活はしづらいし無いはずの腕が痛むことがあって頭がついて行かない時もある。
だけど、調子がいい時にこうして下手くそでも絵を描けることが嬉しくて、楽しくてどんどんページが埋まっていってしまう。
そんな私をみて、両親も晶も安心したようだった。
とは言え、この絵を人に見せるのは恥ずかしいから誰にも見せるつもりはないけれど、入院生活の中での唯一の私の趣味というやつだ。
「んで、あの絵はいつ頃完成すんの?」
「んー……どうだろう。完全に乾くには長いと一年くらいかかったりするからなあ」
「一年!?そんなに!?」
「うん。まぁ私のはそんなに時間かからないとは思うけど。でも完全に乾き切ってからじゃないとワニスっていう仕上げのやつが塗れないんだよね」
ワニスという保護剤は空気を遮断してしまう。そのため完全に乾き切ってからでないと塗れないのだ。
「じゃあそれまでずっと学校に置いておくのか?」
「ううん。今はお母さんが家に運んでくれたから、私の部屋にあるの。乾いたらワニス塗って晶に渡してって言ってるから、きっと乾いたらお母さんから何か言われるはずだよ」
「そうか」
「本当は直接渡したかったんだけどね。ごめんね」
「……うるせぇよ。俺はまだ諦めてねぇからな。お前から直接受け取るって決めてんだ。だから今はお前は自分のことだけ考えてろ」
「ありがとう晶」
晶の言葉は力強い。本当に自分の手であの絵を渡せるんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。
その後バイトだと言って帰っていく晶を見送り、私はまた眠りにつく。
そして、夢を見た。
真っ白な光に包まれた何かが、遠くから私を手招きしている。
多分、あの光に包まれたら最後、私はもう目を覚ます事は無くなるのだろう。
まだ光は遠い。手を伸ばしても届きそうもない距離だ。
だけど、この夢は毎日のように見ている。
そして、その光は毎日少しずつ近づいて来ているのだ。
いつか、飲み込まれる。そしてその時が、私の人生の終焉だ。
夜中に目を覚まして、病室の天井を見て。
ふと安心してしまう自分がいた。
死ぬ事は怖くない。右腕を失うくらいなら死を選ぶ。
数ヶ月前の私は高らかにそう宣言した。
しかし、今更になって怖くなってきてしまった。
今更になって、もっと晶と一緒にいたいと思ってしまうなんて。
今更"もっと生きていたい"と思ってしまうなんて。
「はは……本当、救いようのない馬鹿だよね」
そんなこと、言えるわけもないのに。
怖い。怖いよ。
「あきら……あきらぁ……」
晶に会いたい。晶の声が聞きたい。
引き出しの中に入っているスマホを取り出して、晶とのメッセージアプリを開く。
他愛無い話が続いているその画面を見ていると、誤ってスタンプを一つ送信してしまった。
「やば……」
慌てて取り消ししようと思ったものの、すぐに既読マークがついて驚く。
"どうした?何かあったか?"
こんな時間まで起きていたのだろうか。
驚きつつも、正直に
"怖い夢を見ちゃって、眠れなくなった"
と送ると、
"じゃあ沙苗がもっかい寝れるまで付き合ってやるよ"
と言って本当にしばらくメッセージのやりとりに付き合ってくれた。
と言いつつも、途中で晶は寝落ちしてしまったようで返信が途切れる。
"ありがとう。おやすみ"
とだけ最後に送ると、私もスマホをしまってもう一度布団に潜り込む。
何故だろう、さっきまではあんなに怖かったのに。
どこかすっきりしたような気持ちで再び眠りにつくことができたのだった。
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