8 / 10
*
約束
しおりを挟む入院してから、早いもので三ヶ月が経過していた。
「沙苗、晶くんが来てくれたわよ」
「沙苗、来たぞ」
晶は相変わらず毎日のように来てくれるけれど、そんな晶の声に返事をする体力は無い。
「晶くん、毎日ありがとう」
「いえ、他にできることないですし。おばさんもしっかり休んでください」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと今コンビニ行ってくるわね」
晶が来るとお母さんは適当な理由をつけて席を外す。
多分、気を遣ってくれているのだろう。気にしなくていいのに。
今の私は毎日が酷く眠くて、全身がだるくて、何もしたくない。
デッサンをするどころか、もう起き上がることもできなくなってしまった。
「沙苗?起きてるか?」
私の顔を覗き込むように見てくる晶に薄目を開いて頷くと、晶は
「なんだよ、また来たから暇なやつだとでも思ってんだろ」
とにやりと笑う。
晶の涙を見たのは私の病気がバレた日だけで、それ以降は晶は必ず私に笑顔を見せてくれる。
寝たきりで食べられなくなってひどい状態の私を見ても、引くわけでもなく眉を顰めるわけでもなく、ただ優しく笑ってくれる。
今までと変わらずに接してくれるその姿勢が、私にとってどれだけ嬉しいことか。
晶はここに来て何をするでもなく、ただ私に語りかけるように昔話をしてくれる。
「覚えてるか?中学のころ、お前が禍々しい絵を描いてて、俺が見ちゃった日のこと」
……覚えてるよ。
「最初誰かのこと呪ってんのかと思ったくらいビビったけど、あの時お前が泣きながら描いてるの見て、違うってわかった」
泣いてたっけ。それは覚えてないや。
「俺、確かあの時、お前の絵が好きだって話しただろ」
うん。その言葉が、スランプだった私の心にスッと沁みてくれたんだよ。
その言葉があったから、ここまで絵を続けてこれた。
「俺は絵の知識なんて無いけど、お前が描く絵はいつも丁寧で、繊細で、妥協って言葉を知らない感じで。自分の描く絵に正面から向き合ってるのがなんとなくわかるんだ。お前の真面目な性格が出てるって言うか……なんか上手く言葉にできないけど、好きなんだよな。何か訴えかけてくるものがあるんだよ。あのスランプ時期の禍々しいやつも、誰にも言えないようなお前の感情がそのまま出てるんだろうなあと思って。今思うと俺、あの絵も結構好きだったよ」
……そんなこと、言われると思ってなかった。
嬉しいこと言わないでよ。泣けてくるじゃん。
ていうか、結構好きだったんなら"禍々しいやつ"だなんて何度も言わないでよ。なんて。それは冗談だけど。
「なぁ、沙苗」
ん?なに?
「……俺、もう一度頑張ってみようと思うんだ。サッカー」
その言葉に、私は感情のままに目を強く開く。
すると晶はそれを見て面白そうに笑った。
「ははっ、驚いたか?……俺、沙苗を見てて今のままじゃダメだと思ったんだ。俺レベルじゃプロじゃ通用しないなんて、やってみないとわかんないよな。だからもう一回、プロ目指して頑張ってみようと思ってる。――応援してくれるか?」
こくり。
一度大きく頷くと、晶は幸せそうに笑ってくれた。
「さんきゅ。お前に応援してもらえたら、俺なんでもできそうな気がする」
買い被りすぎだよ。そう言えたらいいのに。
「あ……い、あ……」
声を出そうにも空気みたいなか細いものしか出なくて、あきらと言いたいのに上手く言えなくて。
それでも、晶は
「うん、呼んだか?」
私の言葉を掬い上げてくれる。
また、あの大舞台で晶が戦う日が来るかもしれない。
あのかっこいい晶がプロとしてテレビに映る日が来るかもしれない。
そう思ったら、頑張れ、と一言伝えたくて。
口を開き、ゆっくりと"がんばれ"と動かしてみる。
すると、晶は驚いたように目を見開き、涙を溜めながら
「あぁ。どうなるかはわからないけど、精一杯頑張るよ。約束する」
そう言ってくれた。
「……沙苗。あのさ」
続けるように口を開いた晶だったけれど、その先をなかなか言わない。
不思議に思い見つめると、晶は私を見てへらりと笑ったかと思うと
「プロになったら、お前に言いたいことがあるんだ」
と、どこか覚悟を決めたかのように深呼吸をした。
「だから、俺がプロになるところ、しっかり見届けてくれよ」
その言葉に、私はうまく頷くことができなかった。
それは無理だとわかっていたからだ。晶も今の私の姿を見ればわかっているはずなのに、この男はとことん私を生かしたいらしい。
私はもういつ死んでもおかしくないくらいに弱っていた。
正直、毎日のように夢の中であの光に包み込まれそうになる。
その度に晶の声が、私の身体を掬い上げてくれていた。
でも、さすがにもう無理だよ。
私は最近知ったんだ。あの光は、怖いものじゃないって。
確かにもう戻ってこられなくなってしまうだろうけど、でもそこは温かい気がする。
だから、もう怖くないんだ。
でも、どうしよう。
心残りが増えてしまった。
晶がもう一度大舞台に立つ姿を、この目で見てみたい。そう思ってしまう。
23
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話
古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】
食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。
コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。
将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。
しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
年上幼馴染の一途な執着愛
青花美来
恋愛
二股をかけられた挙句フラれた夕姫は、ある年の大晦日に兄の親友であり幼馴染の日向と再会した。
一途すぎるほどに一途な日向との、身体の関係から始まる溺愛ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる