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第一章
朝食
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「おはよー……」
「おはようユウちゃん。あけましておめでとう」
「あけおめ……」
「あら、どうしたの? 元気なさそうね」
「ちょっと寝不足で……」
「あら、夜更かししたの? ちゃんと休める時に休まないとダメよ? 今日はちゃんと寝なさいね」
「はぁい……」
どうして私は新年早々あくびを噛み殺しているのだろうか。
……一睡もできなかったからに決まってるだろう。
「これも全部日向のせいだ……」
「なに? 何か言った?」
「んーん。なんでもない」
不思議そうに首を傾げるお母さんに慌てて首を横に振ると、
「そう?」
なんて言いながらおせちに視線を戻した。
昨夜、日向と年越ししようと言って部屋に招き入れた。
そしてお酒を飲みながら来年はどんな一年にしたいかなんて話をして。
そして、なぜか。……キス、されてしまったのだ。
唇を指で撫でると、そんなわけないのに僅かに熱を持っているような気がしてしまう。
兄のように慕っていた人からの突然のキスは、私を硬直させるには十分すぎるほどだった。
昨夜、私にキスをした日向は唇を離すとゆっくりと私の頭を撫で、
『おやすみ』
と言って部屋を後にした。
その照れたような表情が、いつも知っている日向の顔ではなくて。
嫌でも男の人だということを意識させられた。
私は何が何だかわからなくて、たっぷり数分はその場から動けなかったと思う。
もしかして、お酒飲みすぎておかしくなった?
誰かと勘違いしたとか?
いやいや、日向はそんな人じゃないし、第一お酒には強くてあまり酔えないタイプ。
じゃあ、あのキスは一体……?
正気に戻った時には自分でもわかるほどに赤面してしまう。
そんな中学生みたいな反応をしてしまう自分に驚いた。
結局私はそのまま一睡もできず、朝を迎えたのだ。
お酒が抜けたのかどうかも怪しい。だけど頭は至極冷静だ。二日酔いになっていないだけマシだろうか。
だけどさっき鏡で見たら、目の下にくっきりとクマができてしまっていた。
こんな顔で日向の前に出れなくて、コンシーラーで必死にクマを隠してからリビングに来た。
しかし起きているのはお母さんとお父さんだけで、お兄ちゃんも日向もまだ起きていないようだ。
なんとなく、なんとなくだけどホッとしてしまう。
「お母さん、手伝うよ」
「あら、ありがとう。じゃあお雑煮にそろそろお餅入れてくれる?」
「ん。わかった」
何か作業をしていないと、昨夜のことを思い出してしまいそうで落ち着かない。
お母さんからおたまを受け取り、お雑煮のお鍋を温める。
お母さんはその間におせちの準備をしているようだ。
ダイニングの上には色鮮やかなお正月のお料理が並び、見ているだけでお腹が鳴りそう。
そんなタイミングで、
「おはよー」
「……おはようございまーす」
お兄ちゃんと日向が起きてきたようだった。
寝起きの掠れたような日向の声に、私はあからさまに意識してしまい一瞬固まった。
「二人ともおはよう。あけましておめでとう」
「あけおめー」
「おめでとーございまーす」
「今ユウちゃんがお雑煮お椀に入れてくれるからね。星夜はお餅何個?」
「俺一個」
「日向くんは?」
「俺は二個で」
「はーい。ユウちゃん、お母さんトイレ行ってくるからお願いできる? お父さんとお母さんの分はお餅一つずつで」
「うん、わかった」
お母さんがトイレに行くのを横目に、お椀を用意してからお鍋にお餅を入れた。
「夕姫、はよ」
不意に日向に話しかけられて、私は肩を跳ねさせる。
「……おはよ」
自然に、自然に。そう思えば思うほど、うまく声が出せずにかなり不自然になってしまった。
そんな私に日向が気づかないはずもなく。
「……もしかして、眠れなかった?」
と小声で聞いてきた。
「なっ……」
思わずおたまを持って振り向いた私に、
「ほら振り回したら危ないって」
と驚いたように私からおたまを取り上げる。
「……今のは日向が悪い」
「ごめんごめん。……実は俺も眠れなかったからさ。ついね」
「え……」
「ん、うま!」
私が目を見開いている間に、お雑煮を味見した日向が嬉しそうに私にも小皿を差し出してくる。
「ほら、うまいぞ」
そう言って私の口元に小皿を持ってきて、そのまま飲ませてくれる。
「どう?」
「……おいしい」
「だろ?」
「ふふっ、なんで日向がそんなドヤ顔してるのさ」
うちのお母さんが作ったお雑煮なのに、どうして日向が得意気なのか。
そう思ったらなんだか気にしてたのが馬鹿馬鹿しくなってきて、小さく笑った。
「やっと笑ったな」
「え?」
「夕姫は笑ってた方が可愛いよ」
日向はそう言って私を見て微笑むと、
「顔洗ってくるー」
と洗面所に向かっていく。
やっと笑ったって……私、昨日も笑ってたと思うんだけど……。
それに可愛いって、今までそんなこと言ったことないくせに。
昨日のキスといい、一体どういう風の吹き回しなの……?
そんな疑問はあれど、それを直接本人に聞くことなんてできやしない。
頭の中がぐるぐるとしながらも、お雑煮を準備しないととお椀に入れようとした時。
「あっ!っつ……」
動揺していたからか、手が滑ってお椀から汁がこぼれて私の手に思い切りかかってしまった。
反射的にお椀も落としてしまい、床にまで汁が広がってしまう。
あー……やっちゃった。
ヒリヒリする手はそのままに、布巾で床を拭こうとすると。
「夕姫、大丈夫か!?」
「日向?」
洗面所にいたはずの日向が走ってきて、私の手を取ったかと思うと蛇口の水を出してすぐに冷やしてくれる。
「他にかかったところは?」
「他は大丈夫……」
「そっか、良かった。少しこのまま冷やしとけ」
そう言うと、日向は当たり前のように私から布巾を取り上げて床を拭いてくれる。
「日向、私やるから」
「いいって、俺が動揺させたのが悪い」
「な……」
動揺してたの、バレてる……。
「ユウちゃん? なんかすごい音したけど大丈夫だった?」
「あ、うん。ちょっと汁こぼしちゃって。今日向が拭いてくれてる」
「あらあら、火傷してない? 日向くんもありがとね」
「いーえ。おばさん、拭いた布巾洗濯機に入れちゃってもいいですか?」
「いいわよー。お願いねー」
私がポカンとしている間に日向はテキパキと片付けてくれて、私の代わりにお雑煮を盛り付けてくれる。
「ありがとう」
「ん? いいよこれくらい。それより、火傷してない? 痛いとこないか?」
「うん。冷やしたら良くなったよ。ちょっと赤くなっちゃったけど平気」
「そうか。じゃあ食べよう。夕姫は餅何個?」
「私は一個。お父さんとお母さんも一個ずつ」
「おっけー」
結局お雑煮は全て日向が用意してくれて、私は隣で見ているだけになってしまった。
その後五人で食卓を囲み、おせちを食べながらテレビの特番を見て笑う。
「日向くんは最近どうなの?お仕事順調?」
「んー、まぁぼちぼちって感じです」
「配属先が関西って聞いた時は驚いちゃったけど、日向くんかっこいいし要領いいからモテモテでしょうね」
「いや、それが全然。仕事しかしてません」
日向は高校を卒業後上京。都内の大学を卒業した後は大手企業に就職。そして関西支社に配属された。
「そういえば入社してから転勤の話聞かないけど、もしかしてそろそろなんじゃない?」
「あぁ、もしかしたらーみたいな話はされてます」
「そう。知らない土地に行くのも大変よね」
「でも楽しいですよ。美味いもの探したりとか。まぁ知り合いがいればなおのこと楽しいでしょうけど」
「そうよね。どうせならこっちの近くかユウちゃんのいる都内かのどっちかがいいわね」
「ははっ、ですね」
お母さんと日向のそんな会話を聞きながら、私はそろそろお汁粉の用意をしようと立ち上がる。
「星夜はどうなの?」
お母さんがお兄ちゃんに話を振っている間にお鍋を温めて、今度こそこぼさないように気を付けながらお椀にお汁粉をいれていく。
五人分トレイに乗せて持っていくと、話はお兄ちゃんの彼女さんについてになっているようだった。
「そろそろ付き合って長いんじゃない?結婚とかは考えてるの?」
「まぁ、近いうちにね。考えてはいるよ」
「あんまり待たせすぎちゃダメよ?」
「わかってるって」
お兄ちゃんは学生時代に付き合っていた彼女さんと一度別れてしまったものの、社会人になってからよりを戻した。
それからもう何年も付き合っていて、同棲もしているからそろそろ結婚の話が出ていてもおかしくないなと私も思っていたところだ。
確かに両家に顔合わせは終わっていて、あとはもう籍を入れて式を挙げるだけなんだと聞いた。
「結婚ってなるとタイミングも難しいんだよ。式挙げようにもお互い仕事で忙しいし」
お兄ちゃんは地元の高校で教師をしていて、彼女さんは小学校で同じく教師をしている。
お兄ちゃんは部活の顧問もやっているからあまり休みは取れないし、2人とも毎日遅くまで学校に残って仕事してるのを知ってる。
なおのこと早く結婚しちゃえばいいのに。そう思うけれど、私たち家族にはわからないタイミングというものがあるようだ。
そんな話を聞きながらお汁粉を食べていると、
「ユウは仕事どうだ。大変か」
ずっと黙って食事をしていたお父さんがふいに私に話を振ってきた。
「私?んー……私もぼちぼちかな」
「真似すんな」
「いいじゃん別に。……でも最近大きな案件がとれたらしくて、営業の方は忙しそうだよ。私はいつも通りって感じ」
「そうか、これからも頑張りなさい」
「うん。ありがと」
私は都内にある玩具メーカーの中小企業に勤めている。その中の総務部に所属しており、主な仕事はデータ入力などの事務作業。
だけどたまに営業の社員について取引先に向かったり、人員不足の部署に派遣されたりといわゆる何でも屋みたいな部署で働いている。
忙しいけれど、人間関係にも恵まれており毎日が充実していて楽しく仕事ができているのは幸いだと思う。
お互いの近況を報告し合っているうちに食べ終わり、私はお母さんをソファに座らせて食器を洗う。
洗剤を流していると、ふいにお兄ちゃんが隣に並んだ。
「……どうしたの?」
「食器洗い終わったら一緒に初詣行かないか?」
「初詣?」
「うん。日向と三人で」
「いい、けど……」
「じゃあ決まり。俺も手伝うからとっとと終わらせちゃおうぜ」
「ありがと……」
お兄ちゃんはまだ洗っていない食器をスポンジで洗い始め、私はそれを受け取り泡を流す。
途中で日向もやってきて、
「俺は皿拭いてから棚にしまえばいいか?」
と言って布巾でお皿を拭いて食器棚に入れてくれた。
そういえば小さい頃もこうやって三人でお手伝いしたなあ……なんて思って、懐かしくてほっこりする。
三人でやると本当にあっという間に食器洗いが終わり、私たちは初詣に行く準備のためにそれぞれ部屋に戻った。
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