追放されましたが、私は幸せなのでご心配なく。

cyaru

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第09話  ちょっとした自己満足のつもりが

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御者が王都に到着するのは1か月後。そして何かしら準備をして父のプリンガー伯爵がここに金と品、場合によっては人を向かわせてくれるのがさらに1か月後。到着はもう1か月後。

3か月あれば何とか出来るかも知れない。
そう考えたウェルシェスだったが、何とかしなきゃ!と気ばかり焦り肝心なことを見落としていた。

馬車の車軸を直すためにリグナムバイタの木を加工しようとしていたタビュレン子爵にウェルシェスは話しかけた。高価なのに領民に余りがあるからと早速貰ってきてくれたタビュレン子爵には感謝しかない。


「無理だと思うけど」

「どうして?宿泊施設とかなら野営用のテントもあるだろうし問題ないと思うわ」

「そうじゃなくて来月には雪が降り始めるから行き来は出来ないよ」

「えっ?!」

「ほら、こっち。来てみ?」

リグナムバイタの木を薪割り用の切り株に置いたタビュレン子爵はウェルシェスにこっちに来いと手招きをして、領地を囲む山の稜線近くを指さした。

「山の上の方が白くなってるのは解るか?」

「はい。あれは雪ですか?」

「そう。8合目あたりまで白くなってるから、来月にはもう雪が降り始める。一緒に居た男性が王都につく頃には朝起きたらうっすら積もるくらいにはなってると思うよ。再来月になると…あ~屋根に板を打ち付けておかないとな」

今度は家を振り返り、ウェルシェスに貸し出している部屋のあたりにある屋根を見てタビュレン子爵は頭の中で板材の思案を始めた。

放っておけば部屋の中に雪が積もってしまう。
今は麻の布を昨夜貼ってくれたが、家の中の温かさで雪が解けて冷たい雫が朝になるとツララになってしまうからである。


「色々とお返し的な事をしてくれるのはありがたいけど、無駄だよ」

「無駄?どうして?何故そんな事を言うのです?」

「何をやっても無駄だから。国だって何度も支援要請を出したけど…いや、貴女を責めている訳じゃないんだ。優先順位とかもあるだろうし、ここより困ってるところに支援を厚くするのは当然だしな」


慌ててウェルシェスが側妃であり、側妃が各種の手配をしている事を知っていたタビュレン子爵は言葉を選んではくれたが、ウェルシェスは忸怩じくじたる思いだった。

ここがタビュレン子爵領だとは知っていたし、何度も申請書を見たことがあったので視察に行く事が出来ればと考えた事もあった。

しかし予算には限界があり、何より国王カーティスが国防予算よりも多く予算を裂いていたのはライラとの遊興費やライラへの贈り物の金。

国防ですらライラに対してのカーティスの思いの方が上だった。

確かにタビュレン子爵領よりも困窮している領地は沢山あった。崩落や水害、日照りで切羽詰まった陳情をしてきた貴族も多かった。

苦労して割り振った予算に「たったこれだけ?」と焼け石に水にすらならない金額を見て支援要請を取り下げた貴族もある。

国にすら見捨てられたとタビュレン子爵は乾いた笑いを浮かべた。


――このままにしておけるわけがないわ――


もしかするとここで車軸が折れてしまったのも何か理由があるのかも知れない。
ウェルシェスは馬車が直るまでの短期間ではなく、もっと本腰を入れてこの地を何とか出来ないものかと考えた。


「タビュレン子爵様。馬車が直るまでとの事でしたが…わたくしにこの領地の事をもっと教えて頂けませんか?場合によっては馬車が直っても御厄介になるやも知れませんが、出来る事をしてみたいのです」

「それはいいけど…どうせ馬車が直っても直ぐに移動って御者もいないしな。その御者も春が来るまではここには来ることも出来ないし、来れたとしても馬車は雪解けまで走らせる事も出来ないし…。俺のさっきの言葉で何かしようと思うのなら気にしなくていいんだ。本当に貴女の事を責めた訳じゃないんだ」


その言葉には嘘はない。ウェルシェスは必死なタビュレン子爵に「解っています」と言い、続けた。

「わたくしの我儘です。やらせてくださいませんか?」

「そ、そう言われたら…嫌とは言えねぇけど…いいのか?本当に何もないし手応えもない。辛い事しかないと思うけど」

「良いんです。それで、ご迷惑と思いますが当面、この屋敷にわたくしを泊めて頂けませんか?」

「うぇっ?!本気で言ってるのか?こう見えて俺は男なんだぞ?身の危険とか、身の危険とか、身の危険とか感じないのか?領民には今朝声を掛けたから――」

「良いんです。領地の事を一番良く判っているのはタビュレン子爵様、貴方ですから一緒に居た方が何かと都合が良いのです。それにタビュレン子爵様は身の危険を感じる事から守ってくださる方だと思います」


――いや、違うんだ。そうじゃない。そっちじゃない――


ベールジアン・タビュレンは苦悩した。

貧乏過ぎて野盗も出ないタビュレン子爵領だが、もし暴漢が襲って来れば身を挺してウェルシェスを守る事は出来るだろうが、それよりももっと身近でかなり野生化し、本能に負けそうな自分がいるのだ。

――俺、大丈夫かな――

ベールジアンの視線は下に落ちたが、どこを見て何を諭したのか。
それはベールジアン・タビュレンのみぞ知る。

無意識とは無敵である。

「つきましてはわたくしの事はウェリーとお呼びください。敬称など不要です。よろしければタビュレン子爵様もお名前で呼ぶことを許して頂ければ」


――待て。名前呼び?俺の理性を崩壊させる気か?――

ベールジアンの脳内には河原で作る石で積み上げた堰が描かれる。あっという間に川の水に浸水されてゴロゴロと崩れていく。

「ジアン様とお呼びしても?」

ドゴーン!!堰は一気に崩壊した。

「で、出来ればルジーと」

冷や汗が流れる。ジアン呼びは両親からもされていたがルジーと呼ばれたことは22年の生涯で一度もない。ちょっとした自己満足のつもりであり、「やっぱりジアンで」と断られる事を前提にしたのに!!

「はい。ルジー様」

――はうッ…これはクるッ!!――

ベールジアンは血液の流れが下半身に行かないようにと願うのみだった。

そうしてウェルシェスとベールジアンの2人生活が始まったのだった。
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