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第38話 キュンかキョンか
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「今、いいかな?」
「どうぞ」
ひょっこりと顔を出したのは次期当主のトリトン。
手には何やらひらひらとする紙を持っている。
「実は、付き合いで観劇のチケットを買わされたんだが、都合がつかなくてね。良ければ無駄にしないために使って欲しいんだ」
「まぁ。ありがとうございます」
「だけど内容が何と言うか…万人にウケるって内容ではないから好みが判れると思うんだ。興味がなければ他の人に譲ってあげて」
貰ったチケットだが確かに万人受けはしそうにない。
「ドクター・シトーンの動物日誌って…しかもノンフィクション?重そうだわ」
「よくこれを歌劇でやろうと思ったな。その心意気で燃え尽きていそうだが」
ふむ?と考えたオベロンは「ゼウスと行ってくる」とコーディリアからチケットを奪い取った。確かに内容としてはゼウスが喜びそうではあるが、問題もある。
ゼウスは荷台に小さな小屋を載せた移動芝居は観たことがあるものの、移動芝居は寝転がって観ても、途中でお小水などで中座をしても座席そのものが無いので咎められる事もない。
しかし劇場は幕間であったり、終演まで席は立てないし寝転がったり、飽きたからもういい、帰るなんてことも出来ない。生れてはじめての観劇なので2時間半は長いと思うし、その間ゼウスがじっとしていられるか。
歌劇の内容よりもコーディリアはそちらが気になった。
ゼウスは乗り気で「行くっ!いい子に出来る!」と喜んでいるが心配は尽きない。
かと言って観劇に行く前から「あれはダメ、これはダメ」と注意ばかりをするのも控えたい。
どうしようかと悩むコーディリアの元にプロテウスがやってきた。
「そうか、でも興味のある事なら飽きずに最後まで観るんじゃないかな」
「だといいのですが。ちゃんとした服装で見る歌劇は初めてなので」
「誰にだって一番最初があるよ。同じ男としてなら”自分を信じてくれ!”と言いたいが、心配なんだろう?なんだったら…少し離れた席で様子を見てみるか?」
――それって歌劇を観るんじゃなくゼウスを見るって事?――
そこまでゼウスを監視下に置きたい訳ではない。
誰だって初めてのデートであったり、友達と遊ぶときに親の監視下にあるのはいい気はしないだろう。
何よりコーディリアだけならこっそりと様子を伺う事は出来るかも知れないが、ただでさえ目立つプロテウスと一緒。見つけてくださいと言っているようなものだ。
「いえ、大人しく留守番しますわ。それに領地に戻ればゼウスとは暫く会えませんもの。予行練習のようなものですわね」
「寂しいか?‥そうだよな。ずっと一緒だったんだから」
コーディリアは寂しいとは言わない。
寂しくても、自分が我儘を言ってしまえば周囲を困らせるし「もう子供じゃない」と考えてもいるので私的な感情で自我を押し通す事もない。
考えてみればデヴュタントの15歳でロベルトの婚約者となり、自身を律した生活を余儀なくされた。その後は頼れる親も兄も側に居ない中で当主として孤軍奮闘。
プロテウスが心の内側を話した時ですらコーディリアは「自分の幸せ」は二の次、三の次で結婚はまだ考えられないと言ったのだ。
プロテウスはそんなコーディリアを甘やかしたくて堪らないが、こんな時に女性はどうすれば喜んでくれるのか。絶対的な経験値が底辺なので全く解らない。
騎士仲間に聞くと「キュンさせろ」と言ったが、動物のキョンは知っていてもキュンは知らない。
念のために「世界の動物図鑑」を調べたが「キュン」という生き物はいなかったので、着ぐるみを着て「なり切ってみた!」とする事も出来ない。
「もしかして、俺の聞き間違い?やっぱりキョンで良かったのか?」
だが、キョンは小型の鹿。
超大型肉食獣のプロテウスが真似をするには無理がある。
――せめてヘラジカなら良かったのに…女性受けはしないだろうが――
顎に手を当てて、「うーん」「むぅぅ」「ふむ」と考え込むプロテウスをコーディリアはついつい見入ってしまった。
――まぁ、森のくまさんが蓮華蜂蜜にするかアカシア蜂蜜にするか迷ってるみたい――
コーディリアから見てプロテウスは確かに体つきは大きいけれど、ゼウスの目線に立って物事を考えたり行ったりで、感覚的には「ゼウスの友人」
男性と言うよりも少年に近い。
だが、ふと成熟した男性の一面を見せたりもするので飽きがない。
「ど、どうした?」
見られていた事に気が付いたプロテウスは真っ赤になりながら平静を装う。
そういうギャップ的なのもコーディリアは「可愛い」と思ってしまう。
「可愛いなと思いまして」
「かわっ?!可愛い?え?どこに?後ろにぬいぐるみでも置いていたか?」
「いえ、プロテウス様が考え事をされている姿が可愛いなと。失礼ですよね。申し訳ございません」
「いや、正直な気持ちが聞けて嬉しいよ」
コーディリアも自分に驚いた。
今まで思った事をポロっと零した事は無かったのに。
「ご、ごめんなさい」
「謝らないでくれ。嬉しい気持ちは本当なんだ」
手を伸ばせば抱きしめられる位置にいるのに向かい合ったまま真っ赤になって俯く2人。
庭で自慢の薔薇に水やりをしていたネプトヌス公爵夫人は窓枠を額縁に見立てた絵画を見ている気分。
「キュンだわ」と1人で盛り上がる。
風魔法で花びらを風に乗せ、2人の元にそっと届けた。
「まぁ、花びらが。そんなに風が強かったかしら」
コーディリアは舞い込んできた花びらに微笑むが、プロテウスはガッ!窓枠を掴む。
咄嗟に植込に身を隠した母を睨んだのだった。
「どうぞ」
ひょっこりと顔を出したのは次期当主のトリトン。
手には何やらひらひらとする紙を持っている。
「実は、付き合いで観劇のチケットを買わされたんだが、都合がつかなくてね。良ければ無駄にしないために使って欲しいんだ」
「まぁ。ありがとうございます」
「だけど内容が何と言うか…万人にウケるって内容ではないから好みが判れると思うんだ。興味がなければ他の人に譲ってあげて」
貰ったチケットだが確かに万人受けはしそうにない。
「ドクター・シトーンの動物日誌って…しかもノンフィクション?重そうだわ」
「よくこれを歌劇でやろうと思ったな。その心意気で燃え尽きていそうだが」
ふむ?と考えたオベロンは「ゼウスと行ってくる」とコーディリアからチケットを奪い取った。確かに内容としてはゼウスが喜びそうではあるが、問題もある。
ゼウスは荷台に小さな小屋を載せた移動芝居は観たことがあるものの、移動芝居は寝転がって観ても、途中でお小水などで中座をしても座席そのものが無いので咎められる事もない。
しかし劇場は幕間であったり、終演まで席は立てないし寝転がったり、飽きたからもういい、帰るなんてことも出来ない。生れてはじめての観劇なので2時間半は長いと思うし、その間ゼウスがじっとしていられるか。
歌劇の内容よりもコーディリアはそちらが気になった。
ゼウスは乗り気で「行くっ!いい子に出来る!」と喜んでいるが心配は尽きない。
かと言って観劇に行く前から「あれはダメ、これはダメ」と注意ばかりをするのも控えたい。
どうしようかと悩むコーディリアの元にプロテウスがやってきた。
「そうか、でも興味のある事なら飽きずに最後まで観るんじゃないかな」
「だといいのですが。ちゃんとした服装で見る歌劇は初めてなので」
「誰にだって一番最初があるよ。同じ男としてなら”自分を信じてくれ!”と言いたいが、心配なんだろう?なんだったら…少し離れた席で様子を見てみるか?」
――それって歌劇を観るんじゃなくゼウスを見るって事?――
そこまでゼウスを監視下に置きたい訳ではない。
誰だって初めてのデートであったり、友達と遊ぶときに親の監視下にあるのはいい気はしないだろう。
何よりコーディリアだけならこっそりと様子を伺う事は出来るかも知れないが、ただでさえ目立つプロテウスと一緒。見つけてくださいと言っているようなものだ。
「いえ、大人しく留守番しますわ。それに領地に戻ればゼウスとは暫く会えませんもの。予行練習のようなものですわね」
「寂しいか?‥そうだよな。ずっと一緒だったんだから」
コーディリアは寂しいとは言わない。
寂しくても、自分が我儘を言ってしまえば周囲を困らせるし「もう子供じゃない」と考えてもいるので私的な感情で自我を押し通す事もない。
考えてみればデヴュタントの15歳でロベルトの婚約者となり、自身を律した生活を余儀なくされた。その後は頼れる親も兄も側に居ない中で当主として孤軍奮闘。
プロテウスが心の内側を話した時ですらコーディリアは「自分の幸せ」は二の次、三の次で結婚はまだ考えられないと言ったのだ。
プロテウスはそんなコーディリアを甘やかしたくて堪らないが、こんな時に女性はどうすれば喜んでくれるのか。絶対的な経験値が底辺なので全く解らない。
騎士仲間に聞くと「キュンさせろ」と言ったが、動物のキョンは知っていてもキュンは知らない。
念のために「世界の動物図鑑」を調べたが「キュン」という生き物はいなかったので、着ぐるみを着て「なり切ってみた!」とする事も出来ない。
「もしかして、俺の聞き間違い?やっぱりキョンで良かったのか?」
だが、キョンは小型の鹿。
超大型肉食獣のプロテウスが真似をするには無理がある。
――せめてヘラジカなら良かったのに…女性受けはしないだろうが――
顎に手を当てて、「うーん」「むぅぅ」「ふむ」と考え込むプロテウスをコーディリアはついつい見入ってしまった。
――まぁ、森のくまさんが蓮華蜂蜜にするかアカシア蜂蜜にするか迷ってるみたい――
コーディリアから見てプロテウスは確かに体つきは大きいけれど、ゼウスの目線に立って物事を考えたり行ったりで、感覚的には「ゼウスの友人」
男性と言うよりも少年に近い。
だが、ふと成熟した男性の一面を見せたりもするので飽きがない。
「ど、どうした?」
見られていた事に気が付いたプロテウスは真っ赤になりながら平静を装う。
そういうギャップ的なのもコーディリアは「可愛い」と思ってしまう。
「可愛いなと思いまして」
「かわっ?!可愛い?え?どこに?後ろにぬいぐるみでも置いていたか?」
「いえ、プロテウス様が考え事をされている姿が可愛いなと。失礼ですよね。申し訳ございません」
「いや、正直な気持ちが聞けて嬉しいよ」
コーディリアも自分に驚いた。
今まで思った事をポロっと零した事は無かったのに。
「ご、ごめんなさい」
「謝らないでくれ。嬉しい気持ちは本当なんだ」
手を伸ばせば抱きしめられる位置にいるのに向かい合ったまま真っ赤になって俯く2人。
庭で自慢の薔薇に水やりをしていたネプトヌス公爵夫人は窓枠を額縁に見立てた絵画を見ている気分。
「キュンだわ」と1人で盛り上がる。
風魔法で花びらを風に乗せ、2人の元にそっと届けた。
「まぁ、花びらが。そんなに風が強かったかしら」
コーディリアは舞い込んできた花びらに微笑むが、プロテウスはガッ!窓枠を掴む。
咄嗟に植込に身を隠した母を睨んだのだった。
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