あなたの愛は行き過ぎている

cyaru

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5:離れの秘密

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バフンバフンとソファの背もたれにクッションを叩きつける。
布が裂け、中に詰まった白い羽毛がそこかしこに飛び散ってエミリアの周りはまるで雪が降ったように白くなっている。エミリアの頭にも幾つか羽毛が舞い降り、苛立ったエミリアが半分ほどの厚さになったクッションを振り上げる事でまた羽毛が舞い降りる。

「わたくしのっ!わたくしのお兄様なのにっ!」

エミリアが暴れるのはここ3年、いつもの事で使用人達は止める事もしない。
それぞれが自分の仕事をして、困っているのは掃除係のメイドくらいである。

「折角掃除をしたのに。またやり直しよ」
「またクッションを縫わないといけないわね。糸はあったかしら」


茶会にでも行けばいいのにと言うのは配属されたばかりの使用人のみ。
エミリアが茶会に行けばどうなるか。日頃の生活を見ていれば判ると言うものだ。
数日で「行かない方がいい」と理解が出来る。



仕事から帰れば本宅で着替えを済ませ、湯殿で体を洗ってからカミーユはやってくる。エミリアは夕方になると「お腹が空いたわ」と食事をする。
その後、やってくるカミーユと二度目の夕食を取る。

勿論朝食も昼食も、午後の軽食もしっかりと食べる。
本を読むのも嫌いだが、運動はもっと嫌いで庭を散歩すると言ってもその辺を1,2分歩けば戻ってくる。

「あなた達って、枯れ枝のようね。みっともない体」



使用人達は決して痩せぎすではない。
以前は給金が支払われない事はないが、支給日がバラバラだった。
ある時払いのようなものだったのだ。

しかしブランディーヌが嫁いできて半年もしないうちに全員の給金の見直しが行われた。
減給となった者は一人もいない。かといって割り増しや危険手当、残業代が付いたわけではない。

度々家令や執事は注意をしていたが、兎角カミーユは執務が苦手だった。
下書きは家令や執事が行っても、カミーユはいつも父が付けていた台帳を基本とするので使用人の基本給となる部分は間違っていると訂正していたのだ。

領地の経営と同じでカミーユの父である先代伯爵はその父のやっていたようにしていただけ。
使用人の給金も先々代の時代は「高給取り」と呼ばれていたが、今では多めの子供の駄賃。それでも職があるだけ良い方だと使用人達は勤めていた。

「基本給がおかしいわ。最低15万はある筈よ。どうして6万なの?」
「それは…何度も申し上げたのですが旦那様が先代様と同じとすると仰いまして」

家令や執事と言っても雇われ人である。勝手に主の印を押す事も出来ないし書類を書き換える事も出来ない。なにより領地経営は赤字と黒字をほんの少し行き来するだけで鳴かず飛ばす。
使用人への給金を正規にすれば赤字転落は間違いなかったため、強く言えない所もあった。


「給金はこうして頂戴」

手渡された書類を見て家令も執事もブランディーヌに頭を下げた。

最低の基本給ではなく、働きに応じた基本給を設定し、そこに各種手当をつける。
その代わり今までは「21時くらいまでだったかしら」という曖昧な残業時間をきちんと記載する事が義務となった。

決算月の忙しい時でもブランディーヌは分単位まできちんと計算をしてくれる。
全員がほぼ倍の給金となり、賞与まで年に3回出るようになった。





そんな使用人が痩せぎすな筈がない。
エミリアが太り過ぎているだけなのだ。

調理長も食事には減塩など手は尽くしているが、明らかに食べる量が多い。主であるカミーユにも伝えるのだが「何故我慢をさせようとするんだ」と叱られてしまう始末だ。



「何をしているの!早くケーキを持って来て」

一頻り暴れたからか、喉が渇いたと砂糖と蜂蜜の中に茶を注いだ物体をスプーンですくうと、運ばれてきたケーキを頬張る。

「あなた達、お兄様に余計な事を言ったら承知しないわよ」
「私達は何も申し上げておりません」
「ならどうしてお兄様は昨夜ここで寝なかったのよ!」
「それはご出立のご準備もあったからだと――」
「言い訳はいいのよ!何故かって聞いてるの!」

面倒なのはエミリアは自分の答えがある質問を使用人にする事である。
その答えに添った言葉を返さねば、エミリアの愚痴はずっと続く。

「エミリア様、ドレス工房のものが参っております。どうされますか」

助け船を出すように男性従者が声を掛けると、エミリアの顔はパッと明るくなった。

「来月の夜会用!お兄様が手配をしてくれたのね。すぐ行くわ」

ドタドタと廊下を走って待ち人のいる部屋に向かうエミリア。
使用人は食べかけたケーキを片付ける。

一人はテーブルの上、一人はテーブルの下。
激昂しながら何度もケーキに刺したフォークを手にした使用人は小さく首を横に振った。
エミリアの母は食器やカトラリーを集めるのが好きだった。

「お母上が集めていたフォークもこうなるとはね」

フォークの先端、爪は曲がり枝は広がっていた。




掃除が終わればエミリアがドレス選びに夢中になっている間に使用人はする事がある。

エミリアのドレスはもう衣装部屋には入りきらずに物置を片付けて収納をしている。

大量にあるドレス。1回の夜会に1着。
その全てにエミリアは異母兄カミーユとの思い出があり覚えているのだ。

対で置かれているのはカミーユが着ていた服である。

「お兄様の匂い…癒されるわ」

服に顔をつけて深く息を吸い込む。顔につけたファンデーションがカミーユの服に移ると、エミリアは口元が弛む。使用人達はその光景を見る度にゾッとする。


口には出さないが離れを担当した使用人の中には共通の秘密がある。
女主人であるブランディーヌにはとても言えない秘密である。
カミーユは離れでエミリアと一緒の寝台で眠る。2人の間には人ひとり分のスペースはあるものの、最大の問題は2人が何も身につけていない姿だと言う事だ。

朝、起床を知らせる呼び鈴が鳴らされると、洗面桶を持って行くメイドは生きた心地がしない。
神をも欺く行為としか思えないのだ。

――昨夜は旦那様が本宅で良かったわ――


エミリアはファンデーションの汚れを後日見つけると衣装係や掃除係のメイドを折檻し始めるため、手が空いた使用人はカミーユの服についた汚れを落とす。

最後に適当な香水を振り掛ければ終わりである。

「馬糞の香りとか発売にならないかしら」

衣装係のメイドの言葉に、周りは大きく頷いた。


☆彡☆彡☆彡
次は19時10分公開 です(*^-^*)
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