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第五章 囚われの姫と紅の槍

間章 その頃の彼女は…… ヒジリ視点

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 床に横になっていると冒険者ギルドの職員達が訓練所に入って来て、私の事を見つける。
彼等の内の一人が私を抱き起して『大丈夫なんね!?何があったん!?』と言いながら体を揺らすけど、まずは傷の治療が優先じゃない?、仮にも首都の職員がその程度の事すら出来ないのは何をしているのかな。
取り合えずいつまでも揺らされているのはしんどいから、ゆっくり目を開けて意識が戻った振りでもしておこう。

「あ、せんぱ……い?」
「良かった!起きたんね!?……良かったよぉ、初めての後輩がいきなり傷だらけで倒れていて心配したんよぉ!」
「あ、い、痛いから、そんな強く抱き締めないでください……」

 眼を覚ましたあたしを見て安心したのか、凄い力で抱きしめて来るけど冗談抜きで痛いから止めて欲しい。
ただ今日初めて会ったのに、ここまで心配してくれるのは良い人なんだろうなぁって思う。

「ご、ごめんね!?……す、すぐ治療するから待ってて欲しいんよっ!あの……えっと、我は我が魔力を贄に、大いなる存在に願い給ふ、清め給え、彼の者の命を守り給い、傷を癒し給え……、祝福をここにっ!」

 あたしの身体を優しい光が包み込んだと思うと、傷が徐々に塞がって行く。
……これは治癒術がまだ奇跡と呼ばれていた時代の詠唱かぁ、そういえばこの国は教会と密接な関係にあった筈だから、過去の風習が残っているのかもしれない。
それにしても呪文に無駄が多い……、使えるという事は【メセリー】で学び治癒術師として認められている筈だけど……、もしかしたら適正が低いのかもしれない。
そうだったら、詠唱に時間が掛かるのも納得出来るかなぁ。

「先輩ありがとうございます……、おかげで大分楽になりました」
「ええんよ、セイちゃん!……皆っ!セイちゃんの意識が戻ったから、私彼女を休ませくるね!?」
「その前に何があったのか聞いてくれよっ!じゃないと何も分かんねぇ!」
「あ、そうやん!?ごめんなぁセイちゃん……何があったんか教えてくれる?」
「はい……、実は先程の人から依頼の説明を改めて聞いて書類にまとめていたのですが……、突然武装した人達が入って来て、あたし、お客様を守る為に必死に逃げて訓練所に出て、抵抗したのですが、彼を逃がす事に成功した後に、急に光属性の魔術を使われて辺り一面が光ったと思ったら……いきなり押し倒されて、気付いたら意識を失ってました……、でもその時に咄嗟に何かを掴んだみたいで……、手元にこれが……」

 正直言い訳にしては不十分な気がするし、頭の良い人だったら矛盾に気付いてしまうだろうけど今はこれくらいでいいと思う。
彼等は今頭に血が昇っていて冷静な判断が出来なくなっているだろうし、そんな人達の前でいきなり全部を詳細に語る方が逆に怪しまれる原因になる筈。
だって私が同じ立場だったら、仲間が酷い目に合わされたとなったら冷静でいられる自信が無いもの……、まぁ確実に犯人を捕まえて落とし前を付けさせて貰うけどさ。

「押し倒されたって……、だからこんなに服装がボロボロで、私女性にそんな乱暴する人絶対許せんよっ!、同じ冒険者ギルドの職員だったら尚の事やっ!……セイちゃん、もう何も怖くないかんね?」
「あの、取り合えず今はこれを受け取って欲しいです」
「ご、ごめんなぁ……、頭に血が昇ってもうてって、これは王城勤めの騎士が持つ騎士勲章……まさか!?」

 先輩の驚いた声を聞いて、何があったのかと周囲を警戒していた職員達が集まって来る。
そして彼女が手元に持っている騎士勲章を見るとそれぞれが怒りに顔を歪めた。

「あぁっ!?って事は、依頼を出しに来た奴が国に取って表に出して欲しくない事を依頼しに来たから口封じに来たって事じゃねぇかよ!?……、あいつらギルドに喧嘩を売ってんのか!?」
「いくら管理しているからってなぁ、俺達は自由を糧に生きる冒険者の集団だぞっ!やられた以上はやり返さねぇとなぁっ!」
「待つんだなっ!まずはギルド長に説明して報復の準備なんだなっ!下のオイラ達が勝手に動いたら罰則がきついんだなぁっ!」
「っち……、こういう時下っ端は辛ぇわ、冒険者だった頃の方がもっと自由があったわ……しゃーねぇ、てめぇらっ!さっさと行くぞっ!」
「「「おぅっ!」」」

 彼等は先輩から騎士勲章を受け取ると、訓練所からギルド内に戻り走って行く。
これでギルドと冒険者達が国とぶつかれば、国は対応に回らざる負えなくなる。
その間にCランク以下の冒険者達を使ってジラルドを探して貰えば陽動に使える筈だ、城勤めの兵士達は彼等を捕えようとするだろうし、冒険者も必死に抵抗するだろう。
その間にレースくん達が彼を見つけて安全を確保した後に、タイミングを見計らってコルクを救出すればいい。

「セイちゃん、後は皆に任せてギルド内の診療所でやすも?」
「いえ……先輩、あたしは大分体調が良くなったので今日はもう帰ります……」
「……大丈夫なの?精神面も傷付いてると思うから私心配なんよ?」
「ありがとうございます……、あたしそういう時は一人になりたいんです……、なので私の変わりに依頼の受理の方宜しくお願いします」
「そこまで言うならええけど……、しんどかったら暫く来ないで休むんよ?、取り合えず依頼の方は分かったから私に任せとき」

 先輩は心配そうにしつつも、冒険者ギルドの中に戻って行く。
そして周囲から気配が消えたのを確認すると、腰に付けているポーチから普段着ているお気に入りの着物とミニスカートに素早く着替えると訓練所を後にする。

「……セイちゃんって似合わないの、先輩はそんな可愛い人じゃないと思うの」

 ――冒険者ギルドを離れて首都の中を歩いていると頭上から声がする。
おかしいな、この子はレースくん達の護衛として付いて行って貰ってた筈なのに……

「あたしの名前って聖と書いてヒジリじゃない?、だからそこから読み方を変えてセイちゃんにしたんだけどぉ、似合ってると思ったんだけどなー?……、そんな事よりランちゃんは何をしてるの?レースくん達の護衛を頼んだんだけど?」
「それなら無事に教会に着いたからおにぃに任せてきたの、だから大丈夫なの」

 頭上から微かに光って見える珍しい青白い髪色をした猫耳の少女が降りて来る、その姿は白と黒のワンピースに胸元で青白く光る飾りに、同じ色をした尻尾。
髪色は基本的に本人の属性で変わるけど、ランちゃんの色は良く分からない、何でもチェレンコフ光がどうのって言ってたけど、聞いても私には原理が分からなかった。
ただ本人の魔力特性が奇跡的に噛み合った結果周囲に被害が出ないように制御されているらしいけど、本来なら生まれた瞬間に周囲を巻き込んで亡くなってしまう属性らしいから不思議な子だ。
闇属性の中でも特に珍しい属性と本人の希少な個性によって保護される形で栄花騎士団に来たけど今では大事な仲間になっている事も、私の中では不思議でならない。
……だってこの子、どう見てもあたしよりもかわいいんだもの、そういう子は最高幹部になって前線に出たりせずに安全な所で生活していて欲しいけど、あのグラサン団長が決めてしまった以上はしょうがないのよね。

「そう、ソラくんに任せて来たんだ……、でもあの人に任せて大丈夫なの?」
「ん、大丈夫なの、おにぃはランの言う事なら何でも聞いてくれるの」
「普段は仕事しない癖に、かわいい妹には本当に弱いんだからほんと何なのかなぁ、あの人……」

 ソラくんは、今一緒に居るランちゃんと同じ猫獣人で彼女のお兄さん。
普段は気が乗らないと仕事をしないのと、良くどこかに行って連絡が取れなくなるからムカつくんだけど、姫ちゃんと妹から直接お願いされた仕事だけはしっかりとやるから憎めない相手、今回この国にいるのもランちゃんの仕事を手伝いたいという事だけど、保護して貰ってる以上は安全なんだから、いい加減妹離れした方が良いと思う。

「ランのおにぃだもの、絶対大丈夫なの」
「……んもう、ソラくんもだけど、ランちゃんもそろそろお兄ちゃん離れしないと駄目だよ?」
「……ランは出来るけど、おにぃは無理だと思うの、だってシスコンだものだからきっと今もランに会いたくてうずうずしてるだろうし早くしないとお仕事ほっぽりだす気がするの」
「……あぁもうっ!ほんとあの人はめんどくさい人ねっ!それならさっさと合流するから急ぐよランちゃんっ!」
「んっ!」

……ランちゃんが返事をするとあたしの背中におぶさる様に乗っかる。
あぁこれは彼女よりもあたしの方が速いんだから乗せてけって事か、別にいいけど疲れるなぁ……、そんな事を思いながらレースくん達のいる教会へと急いで向かうのだった。
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