治癒術師の非日常―辺境の治癒術師と異世界から来た魔術師による成長物語―

物部妖狐

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第五章 囚われの姫と紅の槍

11話 教会

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 思っていた以上に幻想的な光景に思わず立ち止まってしまう。
教会に所属していない人間には縁の無い場所だと思っていたのもあると思うけど、ここまで立派な建物だとは思ってもいなかった。

「レースどうしたの?こんな所に立っていたら周りの人達の邪魔になっちゃうよ?」
「あぁうん、教会を遠目で見た事なら今迄あったんだけど、近くで見た事は無かったから驚いちゃって……」
「成程、レースさんは教会に行くのが初めてなんですね……、それなら先程の行動も納得しました、トレーディアスの首都にある教会には教祖が滞在している事でも有名なんですよ、その為に他と比べて豪華な作りになってるんですよ」
「へぇ……」
「特に一番の大きさを誇っているらしいのですけど、中は居住施設を除いて一階しかないの勿体ないですよね」

 教会は基本的に作りが同じなのは知識として知っているけど、まさか教祖がこの国にいるという事は知らなかった。
という事はもしかしてアキラさんの妹ってかなり偉い人なのかもしれない。
そうだった場合、治癒術の使い方がぼく以上に巧みな筈だから機会があったら教えて貰えたりとか出来ないだろうか……。

「教祖とか今一私には分からないけど、外で立ち話するよりも中に入って早くクロウさんの治療をしよう?」
「ですね……、ちょっと悠長に話し過ぎましたから早く行きましょう」 

 確かに今は話してる場合じゃないから急いで入った方が良いだろう。
そんな事を思いながら教会に入って中を歩いていると、荘厳な雰囲気に周囲を包まれる。
等間隔に並べられた長椅子に奥にある神々しい祭壇、そこには白いローブを着た白い髭を生やした老人がありがたそうな言葉を話しているけど、興味が無いからどうでもいい。
例え聞いたところで『過去に滅びた偉大なる神々は肉体を失ったとしても、常に我々を見守って下さっている、常に正しき行いをせよ、己に嘘を付かず常に清き心を持ち、神々が我らに与えた癒しの奇跡に感謝を、再びこの世に降臨なされた時に備え教会に寄付を、我らはその気持ちに応え奇跡の術で汝らを祝福するだろう』としか言わない。
何が奇跡だ、魔術と同じ魔力を使う技術で周囲に知れ渡っていて、対象の肉体構造を理解する事で治療が可能になるという原理が判明し既に立派な学問として学べるようになっているというのに、いつまで古い価値観に囚われているんだ。

「……レース?ねぇ入って直ぐに黙って遠くのおじいさんを睨んでどうしたの?早く治癒術を使える人にクロウを預けよう?」
「あぁごめん……、ちょっと思う事があったそっちに持ってかれてた」
「大丈夫なの?何があったか分からないけどしんどかったらクロウと一緒にここで待ってて?、直ぐに人を呼んでくるから」
「いや、大丈夫だよ、ダートありがとう……あれ?そういえばカエデは?」

 気付いたら一緒に教会に入った筈のカエデの姿が無い。
もしかしてぼくが物思いに耽っている間にはぐれてしまったのだろうか……

「カエデちゃんなら、ほらあそこにいるよ、何でも見覚えのある団員さんがいたとかで話をしに行ったみたい」
「見覚えのある?……、それってアキラさんが言ってたソラとランって人の事かな……」
「んー、どうだろう?」

 ダートが指を差した場所を見ると、エメラルドグリーンの綺麗な髪持つ猫耳の獣人族の青年の姿があった。
多分、あの人がアキラさんの言っていたソラだろう。
柔らかそうな笑顔でカエデと話しているように見えるけど気のせいだろうか……、あの人ずっとぼくの事を見ているような気がする。

「あの、怪我人を背負った方がいると聞いたのですが」
「え?」
「あちらの獣人の方から急いで行ってあげて欲しいと言われたもので」
「えぇ、実は私達の仲間が酷い傷を負ってしまって……」

 誰かに背後から声を掛けられて振り向くと長杖を持った修道服を着た女性がいて、こちらを心配そうに見ている。
困惑して動きが止まってしまったぼくの変わりにダートが返事をしてくれたけど、獣人の方からって、ソラと言う人が気を利かせてくれたのかもしれない。

「あの……もしよろしければ金貨一枚で奇跡を使わせて頂きますがどうしますか?」
「き、金貨一枚ですか!?……ちょっとそれは高いと思うのですが」
「高いも何も、これが適正価格となります、低級の奇跡で金貨一枚、中級で金貨十枚、上級で白金貨一枚となりますが、この額は神への寄付です、それが無理な方は奇跡を受ける資格がございません」
「……え!?」
「ダート、これが教会所属の治癒術師だよ」

 治癒術に低級も上級もありはしないというのに、その人の傷の深さで使う術に値段を付けるのは正直どうかと思う。
ただ、もしぼくも教会に所属していたら同じようになっていたのかもしれないと思うと正直ゾっとする。

「……あら、あなたは奇跡ではなく治癒術だとご存じなのですね、という事はあなたも教会所属の治癒術師ですか?」
「いえ、ぼくは無所属です」
「あら、それは何かあった時に誰の助けも得られないですし大変じゃないですか?、良かったら今からでも所属しませんか?」
「いえ、結構です……、それよりも治療を受けるならこちらの教会にいる、ミコトさんっていう方にお願いしたいのですが」
「ミコト様に?あなたのような下賤な物が我々の神にも等しいあのお方に用とは何事ですか?、事と次第によっては今ここで怪我人もろともバラしますよ?」

 修道服の女性が長杖をぼくに向けて睨みつけてくると、魔力を通して同調しようとする。
これはやる気だなぁって思うけど余りに遅い同調に呆れてしまう……、この程度の治癒術しか使えないのに何を偉そうに語っているのか。

「えっ!?魔力の波長を逆に合わせられて……、嘘っ!?」
「ぼくはそのミコトさんのお兄さんから、これを渡せば分かると言われて預かっているんです……、こちらのお願いを聞いて頂けませんか?」

 周囲が何事かとこちらを見てどよめくけど気にしない、先に手を出して来たのはあっちだ。
怪我人を治すべき治癒術師が戦場以外でその力を暴力に向ける、その考え方がぼくは気に入らない。

「レース、落ち着いてっ!」
「え!?」
「今はクロウさんの治療が優先なのに喧嘩してる場合じゃないでしょ!?、あの本当にごめんなさいっ!この人ちょっと仲間の事で余裕が無かったみたいで……、出来ればそのミコトさんに合わせて頂けませんか?」

 急に横からぼくの手を強く握って来た彼女に驚いて思考が冷静になる。
……確かにクロウの事を今は優先すべきなのにいったいぼくは何をしているんだ。
目の前にいる修道士も肩を震わせて怖がっているじゃないか……、取り合えず深呼吸をして頭を落ち着かせつつ、ローブのポケットの中にしまっている羽のブローチを取り出す。

「あの、これを見せたら分かるって聞いているのですが……」
「え、あ、は、はい!!……あ、これは!?氷翼様の!?、あのお方のお知り合いとは知らずに失礼致しましたっ!今ご案内しますので付いて来て下さいっ!」

 氷翼?もしかしてアキラさんの事だろうかと思うけど……、あの人の二つ名か何かだろうか。
取り合えず案内してくれるらしいから付いて行こう。

「……案内してくれるみたいだから行こうか」
「わかったけど、次は気を付けてね?」
「うん……、ダートごめんね」
「レースさん、私も一緒に行きますっ!」

 ぼく達が行こうとするとカエデがこっちに走って来る。
ソラさんとの話はもういいのだろうか……。

「もう話はいいの?」
「はい、色々と話して次の行動の指示を出したのでもう大丈夫です」
「そうなんだ、じゃあ皆で行こうか」
「はいっ!」

……三人で合流して修道士の後ろに付いて行くと、教会の奥にある厳重に守られた扉の前に着く。
ここにそのミコトさんがいるのかと思うと『私のような一般の者では姿を見る事すら許されない事なので、ここから先はあなた達で行ってください、お持ちのブローチがあるならミコト様もお会いになられると思うので』と言うと、案内をしてくれた彼女は逃げるように何処かへと行ってしまう。
もしかして今から会う人は凄い恐ろしい人なのかもしれないと思いながら、扉を開けて部屋の中に入るとそこには『陶器のような美しい白い肌に、綺麗な白い髪、そして真っ白な瞳を持つ、白いドレスを着て金色のカチューシャを付けた、純白の翼を持つ』この世の物とは思えない美しさを持つ女性が、人数分の紅茶をテーブルに置いてぼく達に微笑みかけていた。
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