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しおりを挟む「……モーニング、食べていく?」
失敗したかな、と落胆していると、後ろから優しく声をかけられて、慌てて振り向いた。
「あっ、はい、いただきます!」
「八重子ちゃんはこれから学校かな?時間は大丈夫?」
「八重子……熊のようなむくつけき体育指導教官に乱暴されて不登校だから……行かない……から平気……」
また謎な設定が。
儚げ美少女の見た目を裏切らない設定ではあるが、そんな虐待経験がある女性が初対面の男性に平気でその事を言えるだろうか。
「それは……大変だったね……」
しかし水戸は棒読みを怪しまなかったらしくカウンセラーのように親身なリアクションを見せている。客相手だからかもしれないが、やはりとてもいい人のようだ。
カウンター席に座り直し、大人しく自分のオーダーを待つ。
八重崎は何か考えているようで話しかけてこない。
湊は、水戸に話を聞いてみようと思った。
「水戸さんと中尾さんは……仲がいいんですね」
水戸は手を動かしながら、そうだね、ときちんと答えてくれる。
「ここは祖父から譲り受けた店なんだ。宗治は小さい頃この辺りに住んでいた時期があってね。その時によく一緒に遊んだから……幼馴染みみたいなものかな?」
「幼馴染み……」
だから中尾にも遠慮無く会話していたのかと納得していると、目の前にモーニングのプレートが置かれた。
厚切りのバタートースト、クラッシュしてマヨネーズと和えた卵、ぱりっと新鮮なサラダ。ごくごく普通で、懐かしさを感じるモーニングだが、シンプルゆえに素材の良さが際立っている。
湊は普段から(主に賄いで)かなり美味しいものを食べていると思うが、これはそれに劣るようなものではない。特にオリジナルブレンドらしきコーヒーは、飲んだ瞬間まろやかさと爽やかさがふっと広がり、この店の雰囲気にあっていて、ブレンダーの腕を感じさせるものだ。
「美味しいです!全部優しい味で、すごく好みです」
「ありがとう。八重子ちゃんもよかったらどう?」
「……………少しなら…………」
じゃあ半分、と言って一人分を切り分けてあげている水戸は、初対面なのに八重崎の兄のようだ。
微笑ましい(?)光景を見守りつつ、いいお店なのに竜次郎と来られないのが残念だなと思っていると、不意に水戸は、柔和な笑みを引き締めて湊を見た。
「そんなふうに美味しそうに食べてくれるのも、宗治のことを慕ってくれるのも嬉しいけど、二人ともここにはもう来ない方がいいよ。何か事情がありそうだし、今日が平気でも、明日も同じとは限らないから」
中尾との会話から、湊がただの八重子の付き添いではないと悟ったのだろう。
湊は優しい忠告に約束はできず、「お心遣いありがとうございます」とだけ言うに留めた。
まだ、諦めるには早い。
中尾は「この店ではただの客」と言っていた。そこに、客同士としてなら会話をしてくれるかもしれないという希望を感じている。きっとここは中尾にとって大切な場所で、暴力を持ち込みたくないに違いない。
もう一度くらい訪れて、そういう心持ちの彼と、きちんと話をしてみたかった。
会計して店を出て、待ち合わせた場所まで戻ると八重崎がアプリでタクシーを呼び、二人で乗り込む。
湊はそのまま竜次郎のところへ向かうつもりだったので、まずは近いそちらの方に向かってもらうことになった。
車内で軽く本日の反省会をする。
「……収穫はなかった感じでしょうか」
中尾に好感を持ってもらったとは言い難い。
だが、その言葉は首を横に振ることで否定された。
「そんなことはない。予想外のすごい情報を手に入れた……」
「本当ですか?」
目をきらりと光らせて言い放つ八重崎は、流石に素人の自分とは違うと目を瞠る。
「あの二人は……懇ろな仲……」
えっと驚くと、八重崎は「……かもしれない」とぼそっと付け加えた。いつもの設定のようで、期待した分脱力感は大きかった。
「で、でも頂いたデータだと付き合ってた人とか、女の人ばっかりでしたよね」
「『俺は男が好きなわけじゃない、お前が好きなだけだ』は有史以前より続くBLの王道……」
「はあ……」
「あの店はデータ上はオルカと関わりがなかったから古い情報までは引っ張り出さなかった……調べておく……」
「……その、目的のために、ですよね?」
「データ収集は……趣味と実益を兼ねてる……」
「………………」
せめて仕事のためであって欲しかった。
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