いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 無駄に緊張していたせいか、出された冷たいお茶で喉が潤うことがとても心地よく感じられる。
 ずっと甘い炭酸やスポーツドリンクを愛飲していた。『お茶』に類するものが、さっぱりしていて美味しいことを知ったのは最近のことだ。
「菓子類もあるが、……これから昼食だったな」
「だ、大丈夫です」
 野木の気遣いに慌てて首を振る。
 …そんなに物欲しげな顔をしているだろうか。周囲の人間の万里に対する『食い意地が張っていそう』認識が最近少し気になる。

 話が途切れたので、一体万里のことをどんなふうに聞いているのか訊ねてみようかと思いついたが、その前に久世は急な案件を終えたようだ。
 壁一枚向こうで物音がしたと思うとドアが開き、ジャケットを羽織りながら久世が出てくる。

「ヤスヒロ、後は軽くチェックして先方に送っておいてくれ」
「送金は?」
「それは後で俺がやる。待たせたなバンビちゃ……」

 話しながらこちらに向かってくる久世に、にゅっと横からノートパソコンが付きだされた。

「しゃちょ~。もーこれでいいですかぁ?」

 気配を全く感じなかったが、どこから出てきたのか。
 万里より若い……というか幼いように見える青年が、だるそうな顔をして立っている。
 一応スーツを着てはいるのだが、不思議と全く似合っていない。
 ……万里が今スーツを着ても似たようなものかもしれないが。

 眉を寄せて青年と万里を見比べた久世だが、社長業を優先することにしたらしい。突きつけられたパソコンの画面へと視線を落とした。
「お前な。だからもっとデューデリ詰めないと駄目だって言っただろ。何だこのコストアプローチ。どこに頼んだんだ」
「『エリーゼ』に」
「あそこは金積まないと痛い目見るって前に言ったろーが!やり直し!」
「えぇ……パワハラ上司の指示がブラック過ぎるので労基に行ってもいいですか」
「…………」
 久世が頭痛を堪えるような表情になると、見かねたのか野木が二人の前へ進み出た。
「吉敷、俺が見てやる。昴は昼飯食ってきていいぞ」
「ヤスヒロ……すまんがよろしく頼む」

 行くぞ、と促されて、いいのかなと思いながらも野木に頭を下げてオフィスを出た。
 オフィスでの久世は、プライベートで会うと時と、当たり前だが雰囲気が違う。
 探りを入れるどころではなかったし、仕事の邪魔をしてしまったのではないかという懸念が首をもたげる。

「あの……俺、もう少し後で来た方がよかった?」

 エレベーターを待つ横顔がいつもより硬いような気がして、恐る恐る問いかけると、振り向いた久世はふっと表情を和らげた。
「いや、指定した時間に仕事が終わってなくて待たせたのは俺だ。悪かったな。まあその可能性があったから、外で待たせるよりと思ってこっちに呼んだんだが」
 そんな風に言ってもらえて、ほっとしてしまう自分は何なのか。
「野木さんに任せちゃって悪くなかったかなって」
「あいつの方が俺より上手く教えるだろ。吉敷は有能なんだが、逆に有能すぎてすぐに経過を省こうとする。基本的に丁寧に仕事をするように諭すだけでいいから、ヤスヒロの方が向いてるってわけだ」
「はあ……いろんな人がいるんだな」
「ああいうのは何かきっかけがあると化けるからな、それが見たくて会社に置いてる」
「化ける」
「会社でも人材でも、育っていくものを見るのが好きなんだ、俺は」

 そう言った久世の目はキラキラしていた。
 万里には、そんな風に思えるものは何かあるだろうか。
 羨望を感じながら見つめていると、それはすぐに見覚えのある意地悪そうな笑みに変化した。

「バンビちゃんも今期待の成長株だからな」
「は?俺?」
「荒波を乗り越えて立派な大人になってくれよ」
「自分で作りだした荒波を越えさせるのは何かちょっと違うような気がするんですけど!?」

 何度騙されれば学ぶのか、久世に見惚れてしまった数秒前の自分を殴りたい。
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