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しおりを挟む■都内某所 征一郎宅 玄関
細かいことは考えない。
それが、常人ならば発狂していたかもしれない異常な家庭環境で育ってきた征一郎の処世術であった。
やるべきことは決まった。今の気持ちを素直に伝えること。
人の心の機微には多少疎くても、胸襟を開いて語りかければ相手は応えるものだということはよく知っている。
とにかくちびとのことが落ち着くまでは仕事どころではない。
任せられることは優秀な部下にすべて放り投げ、本日もさっさと帰ってきてしまった。
いつもは「たまには構ってくださいよ」と引き留める葛西も、何故か今日は「早く帰るべきです」と快く送り出してくれた。
持つべきものは優秀で思慮深い部下だと、考え込みすぎて暗黒のオーラを撒き散らしていたせいなのだが、何も気付かない征一郎は上機嫌に自宅のドアを開けた。
するとそこには、ちびがいるではないか。
征一郎は驚き、目を瞠った。
「どうしたちび。玄関に立ち尽くして」
まさか、寂しくて征一郎が帰ってくるのをここで待っていたなどということは……。
足音に耳を凝らし、物音にはっとしては落胆を繰り返す……。
健気に帰りを待つ忠犬のような姿を想像するだけで涙が止まらなくなりそうだ。
だが問いかけにもちびは無表情のまま、征一郎をじっと見上げている。
靴も脱がずに見合ってしまいながら、ちびが『お帰りなさい』すらも言わないことを不審に思い始めた時。
唐突にその瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始めて、ギョッとした。
「おおおい何で泣く!?俺のいない間に何かあったのか!?」
「せ、せいいちろ……おれ……、」
必死に何かを伝えようとしている。
どうしたと、急かさないよう勤めて優しく聞いてやると、ひくりと大きくしゃくりあげたちびは、
「征一郎のこと好きでごめんなさい……!」
叫び、わっと子供のように号泣を始めてしまった。
「あ…ああ!?」
征一郎は一体どういう状況なのかすらもわからず、途方に暮れる。
ホムンクルスは……難しい。
■都内某所 征一郎宅 寝室
一先ず玄関先では話をするにも不向きだと、尋常でない様子から具合の悪い可能性も考慮して寝室へと連れて行った。
「落ち着いたら理由を話してくれるか?もちろん言いにくい事なら無理には聞かねえから」
ベッドに並んで座り、落ち着くように背中をとんとんと軽く叩いてやる。
言う様子がなければ征一郎の話をしようと思っていたが、涙がおさまってくると、ちびはぽつりぽつりと胸の内を語り始めた。
「あの……おれね……」
要約すると、昨晩のことで征一郎に不快な思いをさせてしまったと勘違いし、それで思い詰めてしまったようだ。
出て行った方がいいかもしれないと思い立ったものの、やはり征一郎の傍にいたい気持ちが募り、相反する気持ちを抱えて混乱してしまった……というところだろうか。
望ましくない思い詰め方に、征一郎は頭を抱えたくなった。
出ていくとかそういうことを考えるよりも先に、まず相談してほしい。
自宅に戻った時にちびの所在が分からなくなっていたら、取り乱し方は先程のちびの上を行くことになるだろう。
「あー……お前が考え込みすぎちまったのはよくわかった」
早急に、話をまとめる必要がありそうなことも。
「お前とのことは俺も色々考えてたんだが……面倒になってな」
そう言った途端ちびの顔色が青くなったため、征一郎は己の失言を悟った。
「ご……ごめんなさ……」
めんどうなせいかくでうまれてすみません、とブルブル震え始めるちびに、慌ててフォローをする。
「あっいや違う!お前に対してじゃねえぞ!?ただ俺は物事を難しく考えるのが苦手だっつー話で」
「それはどういう……」
何もわかっていないちびへ、征一郎はすいと手を伸ばした。
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