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1章 虹色の召喚術師
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しおりを挟む再び建物の外に出ると、夕刻の空に照らされた草原が、橙色に輝いて見えた。風に吹かれて地面に頭を付けそうなくらい倒れているけど、元々はそれなりに丈がありそうだ。そんな草と草の間に均された土の細い道を通り、別の建物まで歩いて行く。
ルーリアの仲間たちが集まっていた建物より二回りほど小さなその建物は、1階部分より2階部分が小さく造られていた。何のためだろうと眺めていたら、玄関の扉を開いたルーリアに手を引っ張られる。
「2階が私の部屋です。他の人を入れることは無いんですけど…ヴィータさんは特別ですよ?」
弾んだ声でルーリアは階段を上がっていく。傾斜が急なので、落ちないように手を使っていた。
2階への階段を上がるとすぐに部屋用の扉があって、廊下はない。彼女用に作られた部屋なのだろうと理解した。
「好きな所に座ってくださいね。お茶の用意しますから」
室内にある装飾品や家具は、先ほどまでいた建物内とは造りが違う。世代が数代先のものを使っているようだ。色は淡く優しい色をしているが、自然の色ではない。
「あ、珍しいですか?…ふふ。召喚術師になれば、この世界の物ではないアイテムも手に入るんですよ。頑張って集めたんですけど、まだまだ足りないかなぁって感じです」
5人くらい座れそうなソファーは全体が淡い水色で、白い線が無造作に模様として描かれている。
とりあえずその真ん中に座ると、ルーリアは私の前に茶器一式を置いた。銀色の盆の上には白磁の茶入れと器とがあって、小さな皿には四角い塊を重ねてある。
「これも可愛いティーセットですよね。このカップの蝶の模様はブルーとピンクがあったんですけど、ブルーしか出なくって…。天井まで回したかったんですけどね~。あの頃は今よりお金も無かったから」
「これは?」
「それはお砂糖です。角砂糖ですけど…この世界には無いんですよね。ヴィータさんの居た世界にはありました?」
「糖はあったけど、四角くはなかったかな」
「ヴィータさんは次の召喚術師になるんですから、欲しい物あったら言ってくださいね。課金しないとですけど、ガチャ回しますから」
「今はないよ」
「ガチャのピックアップとか見てないですもんね。この画面は…私しか見えないからなぁ…。共有できれば良かったんですけど」
自分の話す言葉を相手も理解していることを前提に、ルーリアは喋り続ける。
「あ。でも私、絵を描くの得意なんです。ヴィータさんに似合いそうなピックアップが出たら、絵に描いて見せますね!」
「あなたの話したい話って、ガチャのこと?」
「勿論、ガチャの事もお伝えしたいです。だってすごーーーく大事なんですよ!ガチャ引けなかったらこのゲーム、詰んじゃうんですから」
「そうなんだ」
「ログインボーナスでポイントは貰えますけど、ログインガチャはいいもの出ないし、無課金だと進めるの大変なんです。課金すれば、こうやって好きな部屋にもできますし、召喚した人につよーい武器も持たせる事が出来るんです」
「さっき紹介してくれた人たちは、強い武器は持ってない感じしたけど」
「…そうなんですよね…」
私の真向かいの席で、ルーリアは大きなため息をついた。
「私…レベルが低くて。まだレベル5なんです。クエストとかミッションとか…あまりやってないからなんですけど。でも…やる気なんて起きるわけないですよねぇ…。新人が1回だけ引けるガチャで…最低保証しか出なかったんです。10人召喚できるのに…Rが1枚だけで、あと全部Nなんて…」
「あーると、えぬ?」
「カードのレア度ですね。Nが一番下で、Rは下から3番目で…。N、NR、R、SR、SSR、URの6ランクあって、一番上のランクがヴィータさんのURです」
「カードというのは?」
「…これ、見えます?」
ルーリアの手が、何かをテーブルの上に置いた。薄っすらと下が透けて見える程度の水色の机の上で、僅かに何かが煌めく。だが見えたのは、一瞬の光だけだ。
「見えてないと思う」
「やっぱり召喚術師じゃないと見えないですよね。これ…ヴィータさんのカードなんです。召喚すると、その人の情報が書かれているカードが手に入るんですけど、ヴィータさんの情報はほとんど見えなくて…。きっと、ヴィータさんが召喚術師になる人だからだと思うんですけど」
「見えてるところには何か書いてある?」
「名前の所に『ヴィータ・モルス=カエルム』。出身地に『他星』。年齢と性別の欄は無くて…あ。でも、それは気にしなくていいんです。異世界から来た人は、見た目と実際の年齢が違うことが多いみたいですし、欄が無いのはそんなに珍しい事じゃないみたいなので」
「そうなんだ」
「説明文…その人の説明が書いてある欄もあるんですけど…そこもほとんど読めないです。『いくつも名前がある』のと、『召喚に慣れている』くらいしか分からなくて。ヴィータさんは元の世界でも召喚術師だったんですか?」
「違うよ」
「ヴィータさんの事、もっと教えて欲しいです」
器を両手で持ったまま、ルーリアは私を見つめる。
だが、私を呼び出した彼女は、私に後を託して家に帰りたがっている。この星にとって異なる星系に住んでいたであろう彼女が家に帰れば、ここに残る私との接点はない。
元々契約もしていない召喚主だが、彼女を護ることが仕事なら、ある程度は手助けをしても構わないと思っていた。
この星では許可なく相手を召喚することができるのだろうし、それがルールだと言うなら、従わない理由はない。
ただ、この星を『ゲーム』と言うルーリアに。
私の情報を伝える必要はないかな。
帰る彼女には必要のない知識だ。
「私は刀を使うことが得意なんだけど、この星にはある?」
「刀…!?わぁ…刀使えるんですね!ヴィータさんにぴったりです!」
「よく言われる。この星にはある?」
「ん~…ガチャにはあると思うんですけど…この星には多分無いと思います。だから、ガチャで引くしかないかも…」
「他の武器でもいいよ」
「N武器は…皆さんにあげた後は、売っちゃってるんですよね…。N武器のランク突破してもあまり強くないですし」
「この星の武器でいいよ」
「…この星のお金は、あんまり残ってないんですよね…。URが来るって分かってたら、残しておいたんだけどなぁ…」
「素手でいいよ」
やっぱり、彼女に私自身の情報を伝える意味はなさそうだ。
「格闘技されてたんですか?この絵だと武器を持ってそうな感じですけど」
「カードには私の絵が描いてあるんだ?」
「そうですね。ランク突破すると絵は変わって行くんですけど、URの突破素材集めるの大変だし、ヴィータさんは召喚術師になるんですから必要ないですよね」
それから…と言いながら、薄い本を持っているような手の形から、軽く左手を捻る。持っていたカードをひっくり返したんだろう。
「性格の欄が…ちょっと不思議なんですけど、『口が悪い』って書いてあるんです。ヴィータさんは優しい人だし穏やかな口調なのに。変ですよね」
「口が悪かったことは無かったと思うけど、『そういうこと』になってるのかな」
星には星のルールがある。
この星での『私』は、口が悪くないといけないのかもしれない。
「『口は悪いが人当たりは良く好かれやすいので、誰とでも仲良くなれる。その半面、情は薄いので、ひとたび敵となれば容赦はしない』…と書かれてますね。…そんな怖い人には見えないですけど…」
「それ、私なのかな」
『私の性格』の説明を聞いて思い浮かぶのは、友人の姿だ。
友人と間違って、私を召喚してしまったのかもしれない。彼女も名前はいくつかあるし、召喚にも慣れている。使いはしない武器も携帯しているし。
「昔のヴィータさん…とかですか?」
「さぁ…。でも、そう言うなら、『そう』なんだろうね」
手違いだったとしても、その『カード』に私の名前が刻まれているなら、『それが』私なんだろう。
「努力はするよ」
「努力しなくても、しゃべり方も声も柔らかいから大丈夫だと思いますよ!私はヴィータさんの喋り方、嫌いじゃないです。どっちかというと好きですし、すごくいいと思います!」
「召喚術師を私に引き継ぐと言っていたけど、それはいつになるかな」
「…そう、ですね…」
召喚術師になればカードが見えるとルーリアは言った。
カードが見えるようになれば、色んな人の情報も見えるようになるんだろう。
情報はなくても動けるけど、たくさんあるほうが楽だ。
彼女はこの星でやらなければならないことを、ほとんど拒否しているように思える。私には、自滅の道を進んでいるようにしか見えない。
ならば、少しでも早く私が彼女から引き継ぐべきだろう。そうすれば、彼女も彼女の仲間も今よりはマシな道を歩くことができる。
私が召喚されたことに意味を付けるのだとしたら、そういうことじゃないかな。
「前の虹色の召喚術師から聞いた方法は…。んーと…1。虹色の卵を作り、継承者に渡すこと…。2。召喚術師の証を継承者に渡すこと。これは、私が召喚術師になった方法ですね。継承方法はこの2つだったと思います」
「1と2の違いは?」
「よく分かりませんけど、虹色の卵を作るのはすごく大変なので、すごくいい方法なんだと思います。素材が手に入らないので無理ですけど」
「じゃあ、召喚術師の証というのは?」
「証が無いと、召喚術は使えないんです。でも…まだ、お渡しできないんですよね。今、受けているクエストを終わらせれば出来るんですけど…。クエストキャンセルしちゃおうかな」
その『クエスト』というのは、彼女の仲間たちが言っていた『風龍を何とかする任務』の気がする。
「この場所は風龍の守備範囲内だと思うけど、ここで依頼をキャンセルしたらどうなる?」
「依頼主の好感度は下がると思いますけど、それだけです」
「ここは山岳の中腹だと思うけど、簡単に帰れるの?」
「この拠点は移動できますから、簡単に帰れますよ」
「ここでキャンセルしたら、この拠点はどうなる?」
「大丈夫ですよ。すべての資産を引き継ぐみたいなので」
そう言うと、ルーリアは私の右手を取った。そして、私の手を開き、何かを持たせるように動かす。
私の手には全く感触はないが、何かを持ったらしい。ルーリアは軽く頷くと、口を開いた。
「クエスト『風龍の慟哭』をキャンセルして、ヴィータ・モルス=カエルムに『虹色の召喚術師』の称号を継承します」
『本当にキャンセルしますか?』
突然、第3者の声が天井のほうから聞こえてくる。柔らかく耳障りの良い女の声だが、天井裏から話しかけているわけではなく、脳に直接語りかけていることは分かった。
音を発さず意思をやり取りする方法としては珍しくはないけれど、ルーリアへの返事は冷たい響きを伴っているように感じる。
「はい!ヴィータさんが全部引き継いでくれるので、キャンセルします。ヴィータさんが継承したら、私は元の世界に帰してください。そういう約束ですよね」
『地方クエスト【風龍の慟哭】をキャンセルしました。クエスト支度金15000シェルを回収しようとしましたが、シェルが足りない為、パルから回収します…パルが不足している為、回収できませんでした』
「うんうん、ですよね」
『パルの残高が、マイナス2200パルになりました。クエスト連続キャンセル回数が3回になりました。連続キャンセルペナルティを発動します。クエスト累計キャンセル回数が5回になりました。累計キャンセルペナルティを発動します』
「あ、それはヴィータさんがもう引き継いでくれてますので!ヴィータさんにお願いします!」
『連続キャンセルペナルティクエスト【風龍の暴走】が発動します。累計キャンセルペナルティ【召喚解除】が発動します。ペナルティクエストが終了するまでは、【召喚術師継承】は発動されません』
「…は?何で?継承者は全部の資産を引き継ぐよね。負債も全部引き受ける、って!嘘ついたの!?」
『ペナルティクエストが終了するまでは【召喚術師継承】は発動されません』
「何で?何でよ!私もう関係ないじゃない!早く家に帰してよ!」
悲鳴を上げるルーリアと、脳内に淡々と響く声とで続く会話に、話し合いの余地はないようだった。
ただ、ルーリアが色々喋ってくれるので、大体の状況は把握できる。
ルーリアは借金ごと、召喚術師の資格を私に渡そうとしたのだろう。
この星の文明に合わない贅沢な暮らしをしていたようだから、借金が増えるのは当然だ。
依頼を受け支度金をもらい、それを自分の為に使い込んでから依頼を断る。そのような生活を繰り返せば首が回らなくなるが、『N武器は売っている』と言っていたから、ガチャで入手した物の多くを売り払っていたのかもしれない。
1年前に継承してからずっとこのような生活をしていたなら、とうに破綻している。
連続キャンセル回数が3で累計キャンセル回数が5なら、自転車操業を始めたのは比較的最近の話なのかもしれない。
だがそれは、この星のルールに違反しているのだろう。
だから罰が下される。
「低レアばっかり排出して私を苦しめたくせに、今さら出来ないって何!?こんなクソゲーやめたいって何度も言ったじゃない!責任を押し付けるなら、私を選んだあんたに責任があるでしょ!あんたが責任取りなさいよ!」
『ペナルティ【召喚解除】の発動が完了しました。ペナルティクエスト【風龍の暴走】が発動しました。風龍が浅い眠りから目覚めました』
「嘘っ…急いで動かさなきゃ…」
慌てて奥の部屋へと入って行ったルーリアだったが、同時に、笛の音のような高く喉を絞った声が、遠くから聞こえてきた。次いで床が揺れ始め、窓がガタガタと音を立てる。
「ヴィータさん!風龍を倒して!早く!」
「素手で倒せるかな?」
「『風龍を倒しなさい!』」
奥の部屋から飛んできた命令は、相手を束縛するための呪文だ。契約をかわした相手を強制的に動かすための『命令』。
だがその言葉は私をすり抜けて壁の外へと飛んで行った。呪文が成した魔力の塊が飛んで行った先は、彼女の仲間たちが居る建物の方角だ。
「…え…?なんで…」
拠点自体が速度を上げて動き出したのだろう。地震かと思うような振動が続く中、壁に両手を当てて自分の身を支えながら、ルーリアがゆっくり歩いて来る。
「私のレベルが低いから…?URだから…?なんで…効かな…」
呆然と呟きながらやって来た彼女の膝が崩れ落ちた。何かに建物が衝突したような、大きな衝撃が体に響く。
室内の家具や小物が床に落ちて悲鳴のような音を立てる中、座り込んだままのルーリアは私を見上げた。
「…累計ペナルティ…?『召喚解除』って…」
慌てて自分の手元を見つめるルーリアから外へ目をやると、風車の羽部分が崩壊し飛んで行くさまが見えた。
そして、その奥に広がる渓谷の奥。荒れた山岳の方角から、何かが徐々に近付いてきていた。飛来するそれは、風に乗って高速でこちらへ向かってきている。
「努力はするよ」
ここから拠点ごと落ちたら谷底に真っ逆さまだ。
私は階段を降り、玄関の扉を開いた。
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