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第二一章 聖ナる夜に
聖ナる夜に(06)
しおりを挟む明人にとって、みんなとは――
誕生日も無事に終わり、明人は特別大きな変化も感じないまま登校していた。
「最近来てくれなかったから寂しかったよ」
保健室の柳先生は、少々湿っぽく明人を出迎えた。半分は冗談だろうが、この男の場合どこまでが本気かは分からない。
「腰を痛めただけだ、湿布だけもらって帰る」
「いけずだねえ。罪な男だよ、アキトくんは……」
柳の言う通り、毎日のように寝て時間を過ごしていた保健室も、最近は訪れることすら無くなっていた。
特に意識したことはなかったが、自分の中で1年前と比べて気持ちに変化が起きていることは間違いなかった。
「いつからだったか……そうか、マユノくんが来てからかな?」
「……気のせいだろう」
――とは言い切れない。
柳が不気味な笑みを浮かべながら渡してきた湿布を、明人は受け取るのに躊躇してしまう。
明人は、葵やメアリ以外にも数人の植人を指導してきた。隼から教わったこと、自ら学んだ植人としての考え、心構えを伝えてきた。明里も同様、彼女たちは生徒であり、仲間でもある、明人にとって大事な存在であった。
そして、真由乃にも同じことを伝えた。その真由乃だけは、少し違った。
誰よりもまっすぐで透き通った芯を持つ彼女は、他人の教えを吸収しながらも、自分の考えを強く持ち続け、常に前向きで明るかった。
その眩しさが明人には憧れで、かつての師である隼に抱いていた尊敬とも違う――また別の感情を抱いていた。
この感情に、明人は何となく思い当たる節があった。
かつて、自分に「本の世界」を教えてくれた女の子――彼女に抱いていた感情に近かった。
「……明人くん?」
「なんでもない」
湿布を受け取って、そそくさと保健室を後にした。柳の前だと心を見透かされているようで調子が狂った。
「いつでもおいでねー」
扉を閉め、ついでに用を足そうと化粧室へと向かう。
「――あ、明人……」
すると、ちょうど女子用の化粧室から出てきた明里に遭遇した。
「どうしてここに?」
化粧室は学校中にある。わざわざ保健室近くの、校舎の隅まで来る必要はなかった。
「あー、保健室に用事があってね」
「本殿の指示が?」
「ていうーより、柳先生と雑談、みたいな?」
なるほど、明里は明人が知らないところでコミュニケーションの幅を広げ、植人としての職務を完璧以上に全うしているのかもしれない。
「明人は? 先生と会ってきたの?」
「ああ、ちょっと腰を痛めてな」
「それって……」
明里は顔を真っ赤にした。
その姿を見てスイッチが入り、明人は追い打ちを掛けるように明里に近づいた。
「ちょ、あき、と……」
明里を壁まで追い込んで、耳元にそっと口を近づける。
「――また、クリスマスプレゼントが欲しいな」
明里は、さらに顔を赤くして明人を睨む。
「ばかっ、1年に1回なのよ」
自然に唇を近づけ、明里もそれを受け止めようと目を閉じる。
「――んっ……」
2人して学校の敷地内――それも化粧室前の廊下であることを忘れ、唾液が絡まないようにそっと唇を重ね合う。
「んっ、もう……」
目を合わせて微笑み合い、続きはまた今度にしようと明里から離れた。
そのときになって、少し離れた場所にヒトがいることに気づく。
「あっ……」
明里もその存在に気づいた。
明人も明里も、しばらく言葉を失ってしまった。
「…………あかりん?」
きっと、一部始終を見られていた。
それも、よりにもよって真由乃に――
よりにもよって、明里といるところを――
「ま、まゆのん? あのね、これはね――」
「ごめん」
「真由乃っ!」
真由乃が目を真っ赤に腫れさせて逃げ出した。
明人は思わず手を伸ばしていた。追いかけようとした。
だが、明里が明人の制服を掴んでいた。
「……やだ、いかないで」
「明里……」
明里は、震えていた。
真由乃の姿は見えなくなった。
今の感情が分からない――
明人は自分がどうすればいいかわからず、その場を動けなかった。
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