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第69話上級吸血鬼討伐作戦

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 目の前の光景を当然と捉えると同時に唖然とした。
 これがレジスタンスの異能持ちの実力。これが目指すべき領域。これが朝霧友梨。
 一撃だった。
 北條と結城が2人で戦っても逃げる事しか出来なかった相手を一撃で屠った。空気を叩いてあの威力。ならば、じかに拳に触れればどうなることか。
 訓練でいつも胸を貸してくれる朝霧だが、あの時は手加減していたのだなと思い知る。

「結城、今直ぐ隠れろ」
「え、でももう——」

 ジャララカスは倒した。だが、朝霧は未だに警戒を解いていない。むしろ、その逆だった。
 結城は目に見えている脅威はなくなったことで油断し、朝霧の態度に首を傾げる。そんな新人の態度を見て、まだまだだと思いつつ、拳を構えた。

「ここに落ちてきたのが私だけなはずがないだろう」

 その言葉が合図となる。
 ジャララカスが飛び出して来た瓦礫の更に下からそれは飛び出てくる。勢いよく、まるでロケットが発射されたかのように。

「鬼の、生首……」

 鬼、という表現は間違いではない。朝霧も石上も一目見た時同じような感想を抱いた。巨大な体と棍棒も背負っていたので更にイメージが付きやすかった。
 だが、今その巨大な体は存在していない。
 首から下は存在せず、首だけが宙に浮いている。空飛ぶ鬼の逸話を知っていれば、全員がそれを思い浮かべただろう。

「よくもやってくれたナ」
「身軽になったな。ダイエットには成功したみたいだな? ペナンガラン」

 鬼のような形相。元より鬼に近かった顔なので、表情が変わったことに朝霧と結城は気付けなかったが、隣にいた石上は違った。
 石上は、殆どの変わることのないペナンガランの顔の筋肉の僅かな動きも見逃さなかった。
 その言葉に結城は目を見開く。

「アレが、ペナンガラン?」

 空に浮かぶ鬼の生首をもう一度見る。
 そこにある姿は情報で聞いた姿と全く違っていた。結城がペナンガランの情報として聞いていたのは、人間よりも二回り以上もある巨大な体が特徴で、鬼の風貌をしていると聞いていたからだ。
 鬼、というのではあっているが、何故体を失って再生しないのかが分からない。
 まるで、その生首が本体だというように、その首には傷がなかった。
 戸惑う結城に石上が頷く。

「あぁ、その通りだ。アイツは人目に出る時は体を付けて歩いているが、その姿は嘘偽りだ。アレがアイツの本体だ」

 手足がないかわりに動きは素早く、口からは火を噴く。
 体が付いている時は力による戦いを好むが、あのような状態になった以上、異能による戦い方が中心となる。
 石上は小声で結城に情報を教える。

「来るぞ!!」

 だが、律儀にペナンガランがそれを待ってくれるはずがない。
 朝霧の警告が飛ぶ。その声にはジャララカスを殴り飛ばした時にはなかった緊張があった。
 結城も重心を落とし、何時でも石上を抱えて動けるように準備をする。今動けば標的にされることは間違いない。動く瞬間はペナンガランが攻勢に出た時。朝霧との戦闘が始まった時だ。
 熱が結城の頬を叩いた。

「————え?」

 気付けば結城は倒れていた。
 何が起こったのか分からない。肩を貸していた石上はどこにいったのか。目の前に立っていた朝霧はどこへいったのか。頬を叩いた熱は何だったのか。
 結城えりにはその時何が起きたのかを把握できなかった。
 把握できたのは前に立っていた朝霧と傍にいた石上だ。そして、結城が死んでいないのもその2人のおかげだった。

 ペナンガランが大きく口を開き、熱を放った瞬間。そのほんの少し前に2人は動き出していた。
 朝霧は足元にあった瓦礫をペナンガランへ向けて蹴り上げ、石上は異能の射線上から外れるために残った脚を使って結城を抱えて飛んだのだ。
 1秒にも満たない時間。結城も視認できない時間で2人は動いていた。

 結城が急いで起き上がり、周りを見る。
 5メートル先に見えたのはドロドロになった赤い塊。それだけ見ればペナンガランの異能によるものだと理解できた。
 顔を上げれば見えたのは宙に浮いているペナンガラン。結城には目もくれず、反対の方向に顔を向けて炎熱を放っていた。
 それは最早閃光のようだった。銃弾のようなものから、怪獣が放つ破壊光線のようなものまで放っている。誰に放っているのかは想像できた。そして、それが放たれている以上、その対象が生きていることも。

「(これが上級かッ)」

 自分では勝てない。ここにいても足を引っ張るだけだと本能が理解した。
 周囲を見渡す。
 結城の傍には石上がいた。ならば近くにいるはずだ。と考え周囲を素早く見渡し、見つける。石上は結城の3メートル先の瓦礫に背中を預けていた。

「恭也さん。血がッ!?」
「大丈夫だ。飛んできた瓦礫が当たっただけだ」

 結城が駆け付け、目を見開く。
 石上の頭からは血が僅かに流れていた。体にも新しい傷が幾つかついている。自分を庇った時に付いたのではと結城は罪悪感で押し潰されそうになった。
 それでもまずはここを切り抜けてからだと言い聞かせ、冷静さを取り戻す。

「待て——」

 結城が石上に肩を貸そうとするが、石上はそれを止めた。
 石上の眼は鋭く、ペナンガランが熱閃を放っている方向を見ていた。
 絶え間なく、一方的に攻撃を仕掛けるペナンガラン。先程まではあちこちに撒き散らしていたのに今ではその様子もない。
 朝霧の足が止まっているのだ。と簡単に予想することが出来た。

「結城、お前は行ってやれ」
「で、でも私はッ!?」

 ——弱い。そう言いかける。だが、石上の強い視線に射抜かれて口を閉ざした。

「力が弱くても役立てないって訳じゃない。真正面から戦えって言ってる訳じゃない。お前がいるだけでも意味はある」
「でも、先程私は何の反応も出来ませんでした」

 弱弱しく唇を噛む。
 真正面に立たず援護に徹する。横やりを入れて朝霧を助ける。それには戦いについていける目が必要だ。
 戦いに少しでも介入すればあの閃光は結城にも向けられるだろう。そうなれば、結城にはそれに対処するだけの力はない。
 簡単に消し飛ばされ、何の役に立たずに死体だけが残ることになる。それどころか、朝霧が結城を助けようと動いて足を引っ張るかもしれない。
 それだけは嫌だと拳を握る。
 下を向く結城の頭を石上は撫でた。

「安心しろ。俺が後押ししてやる」

 そう言って石上は結城の顔を上げさせ、視線を合わす。
 何をしようとしているのか、石上の異能を知っている結城は察した。結城の肩を石上が軽く叩く。全て手を打ってあるとばかりに。
 結城も石上が言うのであればと首を縦に振った。
 既に、石上の後押しは終わっていた。

「死ぬなよ」
「——はいッ!!」

 最後に無線で北條に石上の場所を伝えて結城は動き出す。そこは彼女であっても死地だ。石上の後押しを受けたとはいえ、自分にできるのは援護のみ。石上から与えられた役割を全力でこなそうと意気込み、ペナンガランに向けて突撃した。

 窮地に追いやられた時こそ、人は成長する。結城の異能の出力はこれ以上強くならない。既に頭打ちだ。だが、その使い方が少なくなることはない。
 異能は成長しないが、結城は成長するのだ。——本人が諦めない限り。
 そして、この場にはまだ諦めていない人間がもう1人存在した。

 その者は石上から連絡を受けて動き出す。
 上級吸血鬼討伐作戦が始まろうとしていた。
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