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姫ととりまきと幻の珍獣騒動
姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その8
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その夜、リグレスの憲兵たちに色々と取り調べられる中、クリューグは大部分の手下を連れ金目の物を持ち出し、リグレスから逃げ出していた。
リグレスの商館に残ったのはごく一部の手下達のみだ。
残った者の中にクリーネの元護衛達もいる。
彼らに後始末を押し付けて、クリューグ自体はリグレスから夜逃げするように脱出していた。
表立って揉めてはいない、と言うかほぼ全面降伏となっていたので、色々と言い訳のしようはクリューグ達にもある。
この件だけで商会の取り潰しまでは行かないだろう。
ただ結果だけ見るならば、商会としてはもうダメなことは間違いがない。
この地では真面目な商会としてやってきて、築き上げていた信用も何もなくなったのだから。
どうせ、この南の地では店じまいする予定だったのでそう惜しくはない。
そんなことよりも、クリューグは一刻も早くこの地を去りたかった。
クリューグにとってミアは恐怖の対象でしかない。
クリューグにはミアが何らかの上位存在が人の形をしているように見えた。
その手に持つ杖も頭にかぶる帽子も、仕える使い魔も何もかもが規格外の化け物だ。
あんな存在がこんな辺境の南の地にいるとは思いもしなかった。
いち早くこの地を離れたかった。
もう二度と南の地は訪れない、クリューグはそう心に誓って、都と呼ばれるリグレスから逃げ出す様に脱出していた。
馬車にして八台。
出来る限り金目の物を詰め込んで逃げ出す様にリグレスを後にした。
そんな隊商を監視する集団がいる。
それほど人が多いわけではない。
八名ほどの少人数。同じ格好をした者たちがその隊商を見ている。
全員が黒い鍔広の三角帽子をかぶっており帽子の三角部分には縦に三つの赤い模様の目が描かれている。
更にその帽子から顔にかけて、通常の魔術で使うものとは違う陣が描かれ方をした大きな札のような物を下げ顔を隠している。
この者たちの表の顔は、この領主を守る守護騎士たちだ。
もはや解散した組織ではある外道狩り衆だが、元外道狩り衆の親方であるベッキオ・ステッサと領主であるルイ・リズウィッドの両方の怒りを買ってしまった者たちへのケジメの為、今夜は特別に駆り出された。
命令は対象の殲滅だ。
呪印の、今は神の仇敵とされる巨人よりもたらされた力を使うのだ。
その力を使うからには、相手を一人残さず殲滅するのが外道狩り衆としての習わしだ。
巨人たちの力を利用していることを外部の者に知られるわけにはいかない。
光の神だろうと、闇の神だろうと、それらを敵に回す可能性があるからだ。
とはいえ、神々にはすべてお見通しなのだろうが。
それでもことを大きくする必要はなく、知られることは厳禁とされている。
つまりは、見た者はすべて抹殺する。
これが外道狩り衆の掟なのだ。
情報では対象の中に竜の英雄が一人いるという。
魔術学院のハベルほどの傑物というわけではないらしいが、要注意人物ではある。
だが、その者たち、外道狩り衆は恐れはしない。
むしろ、久々に全力を出せると喜んでいる者もいる。
今はまだ見張るだけで手は出さない。
まだリグレスから近い。
もう少し離れたところで、リグレスに戦いの影響が及ばない所まで相手を泳がす必要がある。
巻き込む人間などいない方が良い。
リグレスからできるだけ離れ、夜を明かすために野営の準備をし始めていたクリューグは危機感を覚えていた。
ミアという少女の気配がまだ残っているとばかり思っていたが、それとはまた別の何かが自分たちを見張っているのを野生の勘ともいえるものでクリューグは気づいていた。
手下たちに警戒するように伝える。
そして、思い出す。
クリューグは誘拐した貴族の娘が言っていたことを。
ステッサ家。
あのミアという少女もステッサ家の者だという。
そうなると貴族の娘が言っていたことも真実味が増してくる。
たしかに、そう言った裏の役割を持つ貴族は他の領地にも存在はする。
それでもミアという娘の存在は、クリューグには異様に思えた。
だが、その存在感とは裏腹に生ぬるい対応だった。
結局のところ、ミアという少女は派手な突撃をしただけで誰の命も奪わずに、取り返すだけ取り返してすぐに去っていった。
クリューグはそこが腑に落ちなかった。
だからこそ、リグレスから即座に逃げ出したのだ。
更なる報復を恐れて。
クリューグには原理はよくわからないが竜の因子を持つ自分に絶対的な強制力を持つ命令をくだせる相手なのだ。
勝負になるわけがない。
いや、逆らおうとする気さえ起きない。
それを使えるのがミアという少女だけでなくステッサ家全体で使えるのだとしたら……
それを考えると、クリューグは恐ろしくて仕方がない。
下手に手を出してしまったことを既に悔いているほどだ。
おそらく近いうちにリグレスに残してきた連中は始末されるはず、とクリューグは考えている。
すまないとも心の底から思っている。
だからと言うわけではないが、運び出せなかった残りの物は全部そいつらにくれてやった。
もし生き残れたら、金目の物の大部分は運び出したが、それでもしばらくは遊んで暮らせるくらいは残っているはずだ。
ただ逃げ出した自分たちも安全と言うわけはない。
恐らく追手がかかっている。
先ほどからクリューグ自身がヒシヒシと感じている強者の気配がそれを実感させている。
だからと言って中央までの道のりは長い。
野営でもして馬を休ませなければ、中央にすらたどり着けない。
これだから南の地などは辺境なのだと、クリューグは心の中で愚痴る。
それに馬を失えば、結局はいつかは追手に追いつかれる。
なら、対処は早いほうが良い。
追われるのは精神的にきついものだ。
逃げ出したとはいえこの隊商は、その実は実戦経験豊富な旅慣れた武装盗賊団だ。
そう易々とやられはしないと、クリューグは考えている。
一番の問題は、自分に強制的に命令できるような輩が追手に存在するかどうかだ。
複数人もそんな存在がいるとはクリューグには思えないが、その点だけは賭けだ。
そんな存在がいないのであれば、クリューグは返り討ちにできる、その自信はあると、そう確信していた。
「わざわざ街道からもかなり外れてくれたな」
外道狩り衆の一人がそう伝えてきた。
「相手もやる気なんでしょうかね?」
と、外見では区別がつかないが別の者そう言って顔を隠している札の下で笑みを浮かべる。
「相手の人数は二十四人です、うち一人が竜の英雄と呼ばれる存在です」
また別の外道狩り衆が夜の闇の中からやってきてそれを伝える。
「誰がやる? 久々の呪印開放で、うずうずしている者も多いだろう?」
最初に口を開いた者がそう言って周囲の反応を見る。
これでも誰もいないのであれば、大物は自分の獲物だとそう主張しているつもりのようだ。
「後は雑魚ですしね」
また別の者もそう言って一歩前に出る。
自分にやらせろと、主張しているかのように。
「親方様とルイ様の命だ。万が一があってはならん。我がやる」
今まで腕を組み黙っていた者が口を開く。
ルイはともかく失敗すると親方様、ベッキオのほうから何を言われるかわからない。
小言で済むわけがない。
あの鬼はそんな生易しい男ではないことはここにいる全員が知っている。
「隊長自らですか?」
「まあ、仕方あるまい。相手も、まあ、なんだ、よく知らんがそこそこ強いのだろう?」
と、めんどくさい厄介ごとのようにそう言った。
とにかく失敗するわけにはいかない任務だ。
それになんだかんだで呪印の力を使うのも久しい。
万が一がありえてしまうかもしれない。
「どうですかね。ハベル殿に比べれば、かなり格落ちしていると思いますよ」
外道狩り衆の一人が軽口のようにそう言った。
隊長としては、めんどくさかったので、なら、お前がやれ、と言いたかったが、そう言うわけにもいかない。
ならば、めんどくさいが自分がやるのが一番確実なのだ。
今更、力の誇示などに何の興味もない。
それにこの力は代償を伴う。若い者はまだいいが、もう初老の年齢となる隊長としてはあまり使いたくない力だ。
せっかく領主の護衛騎士と言うまともな立場に収まっているのだ。
このまま平穏に人生を終えたいと、隊長はそう思っている。
その為にも、万が一はあってはならない。
「だが、腐っても竜の英雄だ。今更お前らが欠けるのもな。せっかく表立って領主の護衛の役につけてるんだ。表の人生を謳歌しなくてはな。何より今回は親方様がえらくお怒りなのだ」
そう言って隊長らしき男は深くため息をついた。
もうこの忌まわしい力を使わずに済むと、そう思っていただけに、こんなことで、ほぼ私怨とも言える理由で再結集させられるとは思ってもみなかった。
ただたまには全力を出して憂さ晴らしするのは悪くはない。
力を持っていても使えないというのは、色々とため込むものもあるのも事実だ。
「隊長がそこまで言うのであれば異論はないです」
と、言ってはいるが、その隠れた顔には少しばかりの恐怖の色が見える。
不満の表情は見えない。
この場にいる隊長を含め全員が、親方様、ミアの祖父であるベッキオが怖いのだ。
鬼のベッキオの名は伊達ではない。
「なにかある者はいるか?」
一応、体長が確認する。
「いても殴られるだけでしょうに」
と、外道狩り衆の一人が軽口をたたく。
「そうだ。では、手筈通りに。いくぞ」
隊長のその言葉の後、外道狩り衆たちの体に記された呪印が生き物のように、その体の表面を植物が成長するように覆いつくしていく。
「襲撃だ! 襲撃! 襲撃!」
クリューグ達の反応は早かった。
とはいえ、相手はよほど自信でもあるのか真正面から攻めてきた。
同じような奇妙な恰好をした者が五人。
たしかミアと言う少女も同じような帽子をかぶっていたとクリューグは警戒するが、ミアほどの存在感は感じない。
ステッサ家の手の者たちなのだろうが、その中でもミアという少女は特別な存在だったのだと、クリューグは即座に感じ取れる。
少なくとも目の前の五人は、自分に絶対的な命令できる者はいない、それは確かで、それだけわかれば十分だ。
ならば戦える。
返り討ちにできる。
クリューグは舐められたものだと、拝借呪文を唱える。
神から借りた魔力を竜の因子へと巡らすことで竜の因子を活性化させる。
そして、自らを認めた竜へと祈りを捧げ、その力を行使する。
「ルガバンダの谷に住む地竜ガンダルバルムよ! 岩をも焼くその吐息よ! しばし我が力となれ!」
特にそんな呪文のような言葉を言わなくてもよいのだが、クリューグが竜魔術を使うときその言葉を口にする。
竜魔術を使うための意味のない儀式のような物だ。言ってしまえば気分の問題だ。気分が乗るからだ。
右手から紅蓮の炎が巻き起こりクリューグはそれを奇妙な恰好をした者たちへと突き出す。
突き出された右手から、この世の炎とは別の理によって燃え、すべてを焼き切る炎が五人へと渦巻く様に迫る。
五人のうちの一人が右手を前に出す。
呪印が動きに反応するように、その手に平に独特な魔方陣を描く。
そして、それは即座に効果を発動する。
他の魔術のように魔力を拝借したりしない。
使徒魔術のように魔力を先払いしているわけでもない。
呪印事態に力が宿っている。
また、この力は即座に発動できる。
強力な力場を形成し、空間そのものを、迫りくる竜炎ごと握りつぶす。
外道狩り衆が使う呪印は、巨人が扱う力を人が受け継いだものだ。
魔力のように上位存在から貸し与えられたものではない。
その力を正式に受け継いだものなのだ。
だから、他の魔術とは違い魔力を借りる必要も先払いする必要もない。
自分の好きな時に好きなだけ扱うことができる。
ただ人には過ぎた力であることは確かだ。
使えば使うほどその寿命を、その魂を徐々に蝕んでいく。
「なっ、俺様の竜炎が……」
クリューグが自慢の竜炎が空間ごと握りつぶされたことに驚く。
なにせ竜の吐く炎は神々の魂すら燃やし溶かすと言われているのだ。
唯一燃やせないものは竜の骨のみであると、そう言われるほどのものだ。
それを一瞬で無力化されたのだ。
目の前の奇妙な連中はよほどの存在なのだろう。
「こんなものか、竜の英雄というものは。期待外れもいいところだ。誰一人として逃すな」
竜炎を握りつぶした外道狩り衆の隊長がそう言った。
「クソが! 舐めんな!」
そう言ってクリューグは剣を抜く。
ただの剣ではない。
竜の鱗を鍛えた竜鱗の剣だ。
竜の鱗はその炎の吐息によってのみ、他の金属のように鍛え、打ち直すことができる。
鍛え上げられた竜の鱗の刃は岩をも紙のように切り裂くことができ、決して欠けることのない刀身へと生まれ変わる。
これを超えるものは、竜の吐息でも鍛えなおすことができない、竜の骨を別の竜の骨で削りだした武器だけと言われている。
クリューグはもう一度拝借呪文を唱え、貸し与えられた魔力を今度は左手に流す。
竜炎だけが竜魔術ではない。
異界を旅する竜達は周囲の環境をも自身の都合の良いように作り替えることが出来る。
それだけでなく自身の体も過酷な環境に適応できるように作り替えることも出来る。
クリューグが使う術もそのうちの一つだ。
クリューグの左手から急激に鱗が生え始める。
本物の竜の鱗には遠く及ばないが、それでも鋼なんかより数段強固で鋭い。
竜の鱗の模造品とも言えるものだ。
竜の因子が竜を竜とたらしめるものであるならば、それを与えられた人間でも劣化ではあるが似たようなことはできるのだ。
それは強固な鎧となり盾となり、全てを切り裂く爪となる。
「ほほう! 先ほどの小火よりは興味深いな」
外道狩り衆の隊長はそう言っておどけて見せる。
「俺様の竜炎を小火だと!?」
「では、こちらも見せよう。人には見せてはいけない禁断の力だ。そして、見たら死ね」
呪印が隊長の体を駆け巡る。
それだけで異様な気が周囲を駆け巡りだす。
「なんだそりゃ…… なんだよ、その力は……」
クリューグは慄いた。
今まで感じたことのない力の波動に。
竜と相対した時ですら、恐怖を感じなかった自分が、ミアで恐怖を知り、今、再び恐怖を感じている。
目の前に立つ男が放つ気だけで、それが人間が持っていて良い力ではないことがわかる。
完全に人間には過ぎた力だ。
確かに、これは禁断の力だと、クリューグ自身が感じる取る。
この敵にはかなわない、逃げろと、クリューグの自慢の勘がにそう伝えて来る。
だが、相手は逃がす気もない様だ。
「おいおい、マジかよ…… 俺はいい…… 手下だけでもゆるしちゃくれねぇか。あいつらは俺の命令で動いてただけだ」
これは助からない。
クリューグがそう思って出た言葉は、以外にもそんな言葉だった。
それにはクリューグ自身が驚くほどだった。
まさか自分の命乞いではなく、手下の命乞いをするとはクリューグ自身が思っても見なかった。
「ここにいる連中はダメだ。既に我らを見た。だが、リグレスに残っているものならば目こぼそう」
外道狩り衆の隊長はそう言った。
ただ、それらの者達は最初から対象ではなかっただけだが。
「へへ、ありがとうよ。じゃあ、無駄と分かりながらも、足掻かせてもらおうか……」
そう言ってクリューグは竜鱗の剣と鱗の生えた腕を構える。
「で、隊長。どうだったんですか? 竜の英雄さんは」
視界の範囲に動く者はいないので、外道狩り衆が隊長、隊長と言っても騎士隊長だが、に声をかける。
既にそっちも方もケリがついていて、上半身の亡くなった死体が横たわっているだけだ。
「ふむ。思ったよりてこずった。それに見よ、この剣。我の力にも耐えて見せたぞ」
そう言って、隊長は呪印の力を使っても傷一つ付けれなかった竜鱗の剣を見せる。
「それ竜鱗の剣ですね。どうします?」
外道狩り衆の一人がそう声をかける。
「珍しい物か?」
と、隊長は聞き返す。
「ええ、かなり」
と、答えが返って来て隊長は物欲しそうにその剣を見る。
武器としてかなり良い物だ。
一武人としては収集したくなるほどの逸品だ。
だが、珍しい物ともなれば足がつきかねない。
「ならば、戦利品にもできぬな。この馬車に積んであるものと同様に市場にでもこっそり流してしまえ。売り上げは賞与と言うことで皆で分けようではないか」
領主の護衛騎士になる以前から、特に金に困ったことはないが、こういう場合はそうしてきた。
秘匿の神を主神と仰ぐこの領地では、その出所を詮索する者もいない。
南の辺境の地でも、この領地は発展できている要因の一つだ。
だから今回もそうする。
旅の行商を装っててきとうに売るので、大体安く買いたたかれる。
大した金額にはならないが、そう言うものだと外道狩り衆達は思っている。
このまま放置するよりは良い、少しでも領地の市場が活気づくならそれでいい、という考えだ。
「隊長。逃げだした連中の始末も終わりました。目撃者もおりません」
周囲の警戒に当たっていた三人も戻ってくる。
「そうか。では我らも後始末をして撤収しようではないか」
そう言って隊長はこの惨状を見る。
二十人以上もの死体が散乱している。
後始末だけでも一苦労だ。
「わかった。ご苦労だった」
報告を聞いたベッキオ・ステッサはその報告に満足した。
「しかし、ベッキオ様。いくら何でもやりすぎだったのでは?」
まだ若い男。
執事のような恰好をしているリカルド・ロペスはベッキオに進言する。
いくら何でも、解散させた外道狩り衆をかりだしたのはやりすぎな気がしてならない。
するとベッキオも自覚はあるのか、渋い表情を見せる。
「そうか? まあ、たまには息抜きも必要だろう」
それでいて、そんなことをベッキオは言った。
これ以上は藪蛇になると思ったリカルドは別の知らせを報告する。
「それともう一つ。ミア様の…… 門の巫女の件です」
リカルドはこちらの報告を知らせることの方が肝を冷やしている。
できれば伝えたくないとそう考えている。
「話せ」
「はい。恐らくは生贄で間違いないかと」
端的に伝える。
リアルドの頬を冷や汗が流れていく。
ベッキオが怒り狂うのではないか、リカルドはそんな気がしていたのだが、ベッキオは冷静だ。
「そうか」
とだけ、言葉を残す。
続きの言葉は待っても出てこない。
「いかがなさいますか?」
なので、リカルドの方から一歩踏み込んでみる。
「流石に神相手になにができるわけでもあるまい」
「我らなら」
巨人の力を受け継いでいる我らなら、例え神々であろうとも対抗することはできると。
「この力を与えてくれた巨人は神々と戦いにはなった。だが、それでも負けたのだ。人の身で神相手にできることなどありはせぬよ」
確かに呪印の力は人間には過ぎた力だ。
それでも巨人の持つ力の一つにしか過ぎない。
巨人たちの本来の力は呪印程度の物ではない。それでも神々には勝てなかったのだ。
今は神に庇護されるだけの人間に何かができるわけがない。
「……」
そう言われたリカルドは何も言い返せないでいる。
事実、その通りだからだ。
「それにミアが望むならな…… 止めようがあるまい。予定通りステッサ家はおまえが継げ。ワシの息子として養子にする。もう月の呪印も頭の地位はないが、そこは勘弁してくれ。それとお前の妹にも感謝を伝えておいてくれ」
ベッキオは表情を変えずに冷静にそう伝える。
「はい。承知いたしました。マルタにも伝えておきます。また、近いうち私もミア様にご挨拶に行きます」
本来、月の呪印の派閥であるマルタは領主であるルイの護衛の一人だった。
だが、ルイーズが家出と言う形をとったことで、今はルイーズの元についているだけだ。
月の呪印の派閥と太陽の呪印の派閥で特に仲が悪いわけでもないが、マルタには苦労を掛けていることは事実だ。
「そう言えば、お前はミアとまだ会ってなかったな」
「ベッキオ様もご一緒にいかれますか?」
ベッキオは間違いなくミアのことを気にしている。
領主でありミアを自分の娘と思い込んでいるルイ程ではないにしても、相当気にかけてはいる。
「会いたいが会いたくはない。どうしても娘のことを思い出してしまう。あれほどの才能を持った者など他には居なかった」
ベッキオは惜しむようにそう言った。
ミアの母、フィリア・ステッサはベッキオですら恐れるほどの才能の持ち主だった。
魔術も呪術も、呪印の扱いも、そのすべてが群を抜いていた。
本当に恐ろしいほどに。
「つまりミア様もその才能を受け継いでいると?」
「本人が望まぬ限りは、呪印には関わらすなよ?」
リカルドの問いに、ベッキオは釘を刺す。
呪印の力など、本来人間が扱ってて良い物ではない。
その中でもフィリアが受け継いでいた月の呪印は格別にヤバい代物だ。
ミアに受け継がれてなくて、ベッキオも安心しているほどだ。
月の呪印もいつしかは探し出して封印しなければならないが、失われたら失われたで、その方が良い物だとベッキオには思える。
ロロカカ神という神が、月の呪印を処分してくれるのであれば、感謝したいほどだ。
「御意」
「ああ、それと。門の巫女のことはルイには絶対に伝えるな? いいな?」
「はい」
乱心しているとも言えるルイをリカルドも見ているので、それにはリカルドも大賛成だ。
どう考えてもろくなことにはならない。
リグレスの商館に残ったのはごく一部の手下達のみだ。
残った者の中にクリーネの元護衛達もいる。
彼らに後始末を押し付けて、クリューグ自体はリグレスから夜逃げするように脱出していた。
表立って揉めてはいない、と言うかほぼ全面降伏となっていたので、色々と言い訳のしようはクリューグ達にもある。
この件だけで商会の取り潰しまでは行かないだろう。
ただ結果だけ見るならば、商会としてはもうダメなことは間違いがない。
この地では真面目な商会としてやってきて、築き上げていた信用も何もなくなったのだから。
どうせ、この南の地では店じまいする予定だったのでそう惜しくはない。
そんなことよりも、クリューグは一刻も早くこの地を去りたかった。
クリューグにとってミアは恐怖の対象でしかない。
クリューグにはミアが何らかの上位存在が人の形をしているように見えた。
その手に持つ杖も頭にかぶる帽子も、仕える使い魔も何もかもが規格外の化け物だ。
あんな存在がこんな辺境の南の地にいるとは思いもしなかった。
いち早くこの地を離れたかった。
もう二度と南の地は訪れない、クリューグはそう心に誓って、都と呼ばれるリグレスから逃げ出す様に脱出していた。
馬車にして八台。
出来る限り金目の物を詰め込んで逃げ出す様にリグレスを後にした。
そんな隊商を監視する集団がいる。
それほど人が多いわけではない。
八名ほどの少人数。同じ格好をした者たちがその隊商を見ている。
全員が黒い鍔広の三角帽子をかぶっており帽子の三角部分には縦に三つの赤い模様の目が描かれている。
更にその帽子から顔にかけて、通常の魔術で使うものとは違う陣が描かれ方をした大きな札のような物を下げ顔を隠している。
この者たちの表の顔は、この領主を守る守護騎士たちだ。
もはや解散した組織ではある外道狩り衆だが、元外道狩り衆の親方であるベッキオ・ステッサと領主であるルイ・リズウィッドの両方の怒りを買ってしまった者たちへのケジメの為、今夜は特別に駆り出された。
命令は対象の殲滅だ。
呪印の、今は神の仇敵とされる巨人よりもたらされた力を使うのだ。
その力を使うからには、相手を一人残さず殲滅するのが外道狩り衆としての習わしだ。
巨人たちの力を利用していることを外部の者に知られるわけにはいかない。
光の神だろうと、闇の神だろうと、それらを敵に回す可能性があるからだ。
とはいえ、神々にはすべてお見通しなのだろうが。
それでもことを大きくする必要はなく、知られることは厳禁とされている。
つまりは、見た者はすべて抹殺する。
これが外道狩り衆の掟なのだ。
情報では対象の中に竜の英雄が一人いるという。
魔術学院のハベルほどの傑物というわけではないらしいが、要注意人物ではある。
だが、その者たち、外道狩り衆は恐れはしない。
むしろ、久々に全力を出せると喜んでいる者もいる。
今はまだ見張るだけで手は出さない。
まだリグレスから近い。
もう少し離れたところで、リグレスに戦いの影響が及ばない所まで相手を泳がす必要がある。
巻き込む人間などいない方が良い。
リグレスからできるだけ離れ、夜を明かすために野営の準備をし始めていたクリューグは危機感を覚えていた。
ミアという少女の気配がまだ残っているとばかり思っていたが、それとはまた別の何かが自分たちを見張っているのを野生の勘ともいえるものでクリューグは気づいていた。
手下たちに警戒するように伝える。
そして、思い出す。
クリューグは誘拐した貴族の娘が言っていたことを。
ステッサ家。
あのミアという少女もステッサ家の者だという。
そうなると貴族の娘が言っていたことも真実味が増してくる。
たしかに、そう言った裏の役割を持つ貴族は他の領地にも存在はする。
それでもミアという娘の存在は、クリューグには異様に思えた。
だが、その存在感とは裏腹に生ぬるい対応だった。
結局のところ、ミアという少女は派手な突撃をしただけで誰の命も奪わずに、取り返すだけ取り返してすぐに去っていった。
クリューグはそこが腑に落ちなかった。
だからこそ、リグレスから即座に逃げ出したのだ。
更なる報復を恐れて。
クリューグには原理はよくわからないが竜の因子を持つ自分に絶対的な強制力を持つ命令をくだせる相手なのだ。
勝負になるわけがない。
いや、逆らおうとする気さえ起きない。
それを使えるのがミアという少女だけでなくステッサ家全体で使えるのだとしたら……
それを考えると、クリューグは恐ろしくて仕方がない。
下手に手を出してしまったことを既に悔いているほどだ。
おそらく近いうちにリグレスに残してきた連中は始末されるはず、とクリューグは考えている。
すまないとも心の底から思っている。
だからと言うわけではないが、運び出せなかった残りの物は全部そいつらにくれてやった。
もし生き残れたら、金目の物の大部分は運び出したが、それでもしばらくは遊んで暮らせるくらいは残っているはずだ。
ただ逃げ出した自分たちも安全と言うわけはない。
恐らく追手がかかっている。
先ほどからクリューグ自身がヒシヒシと感じている強者の気配がそれを実感させている。
だからと言って中央までの道のりは長い。
野営でもして馬を休ませなければ、中央にすらたどり着けない。
これだから南の地などは辺境なのだと、クリューグは心の中で愚痴る。
それに馬を失えば、結局はいつかは追手に追いつかれる。
なら、対処は早いほうが良い。
追われるのは精神的にきついものだ。
逃げ出したとはいえこの隊商は、その実は実戦経験豊富な旅慣れた武装盗賊団だ。
そう易々とやられはしないと、クリューグは考えている。
一番の問題は、自分に強制的に命令できるような輩が追手に存在するかどうかだ。
複数人もそんな存在がいるとはクリューグには思えないが、その点だけは賭けだ。
そんな存在がいないのであれば、クリューグは返り討ちにできる、その自信はあると、そう確信していた。
「わざわざ街道からもかなり外れてくれたな」
外道狩り衆の一人がそう伝えてきた。
「相手もやる気なんでしょうかね?」
と、外見では区別がつかないが別の者そう言って顔を隠している札の下で笑みを浮かべる。
「相手の人数は二十四人です、うち一人が竜の英雄と呼ばれる存在です」
また別の外道狩り衆が夜の闇の中からやってきてそれを伝える。
「誰がやる? 久々の呪印開放で、うずうずしている者も多いだろう?」
最初に口を開いた者がそう言って周囲の反応を見る。
これでも誰もいないのであれば、大物は自分の獲物だとそう主張しているつもりのようだ。
「後は雑魚ですしね」
また別の者もそう言って一歩前に出る。
自分にやらせろと、主張しているかのように。
「親方様とルイ様の命だ。万が一があってはならん。我がやる」
今まで腕を組み黙っていた者が口を開く。
ルイはともかく失敗すると親方様、ベッキオのほうから何を言われるかわからない。
小言で済むわけがない。
あの鬼はそんな生易しい男ではないことはここにいる全員が知っている。
「隊長自らですか?」
「まあ、仕方あるまい。相手も、まあ、なんだ、よく知らんがそこそこ強いのだろう?」
と、めんどくさい厄介ごとのようにそう言った。
とにかく失敗するわけにはいかない任務だ。
それになんだかんだで呪印の力を使うのも久しい。
万が一がありえてしまうかもしれない。
「どうですかね。ハベル殿に比べれば、かなり格落ちしていると思いますよ」
外道狩り衆の一人が軽口のようにそう言った。
隊長としては、めんどくさかったので、なら、お前がやれ、と言いたかったが、そう言うわけにもいかない。
ならば、めんどくさいが自分がやるのが一番確実なのだ。
今更、力の誇示などに何の興味もない。
それにこの力は代償を伴う。若い者はまだいいが、もう初老の年齢となる隊長としてはあまり使いたくない力だ。
せっかく領主の護衛騎士と言うまともな立場に収まっているのだ。
このまま平穏に人生を終えたいと、隊長はそう思っている。
その為にも、万が一はあってはならない。
「だが、腐っても竜の英雄だ。今更お前らが欠けるのもな。せっかく表立って領主の護衛の役につけてるんだ。表の人生を謳歌しなくてはな。何より今回は親方様がえらくお怒りなのだ」
そう言って隊長らしき男は深くため息をついた。
もうこの忌まわしい力を使わずに済むと、そう思っていただけに、こんなことで、ほぼ私怨とも言える理由で再結集させられるとは思ってもみなかった。
ただたまには全力を出して憂さ晴らしするのは悪くはない。
力を持っていても使えないというのは、色々とため込むものもあるのも事実だ。
「隊長がそこまで言うのであれば異論はないです」
と、言ってはいるが、その隠れた顔には少しばかりの恐怖の色が見える。
不満の表情は見えない。
この場にいる隊長を含め全員が、親方様、ミアの祖父であるベッキオが怖いのだ。
鬼のベッキオの名は伊達ではない。
「なにかある者はいるか?」
一応、体長が確認する。
「いても殴られるだけでしょうに」
と、外道狩り衆の一人が軽口をたたく。
「そうだ。では、手筈通りに。いくぞ」
隊長のその言葉の後、外道狩り衆たちの体に記された呪印が生き物のように、その体の表面を植物が成長するように覆いつくしていく。
「襲撃だ! 襲撃! 襲撃!」
クリューグ達の反応は早かった。
とはいえ、相手はよほど自信でもあるのか真正面から攻めてきた。
同じような奇妙な恰好をした者が五人。
たしかミアと言う少女も同じような帽子をかぶっていたとクリューグは警戒するが、ミアほどの存在感は感じない。
ステッサ家の手の者たちなのだろうが、その中でもミアという少女は特別な存在だったのだと、クリューグは即座に感じ取れる。
少なくとも目の前の五人は、自分に絶対的な命令できる者はいない、それは確かで、それだけわかれば十分だ。
ならば戦える。
返り討ちにできる。
クリューグは舐められたものだと、拝借呪文を唱える。
神から借りた魔力を竜の因子へと巡らすことで竜の因子を活性化させる。
そして、自らを認めた竜へと祈りを捧げ、その力を行使する。
「ルガバンダの谷に住む地竜ガンダルバルムよ! 岩をも焼くその吐息よ! しばし我が力となれ!」
特にそんな呪文のような言葉を言わなくてもよいのだが、クリューグが竜魔術を使うときその言葉を口にする。
竜魔術を使うための意味のない儀式のような物だ。言ってしまえば気分の問題だ。気分が乗るからだ。
右手から紅蓮の炎が巻き起こりクリューグはそれを奇妙な恰好をした者たちへと突き出す。
突き出された右手から、この世の炎とは別の理によって燃え、すべてを焼き切る炎が五人へと渦巻く様に迫る。
五人のうちの一人が右手を前に出す。
呪印が動きに反応するように、その手に平に独特な魔方陣を描く。
そして、それは即座に効果を発動する。
他の魔術のように魔力を拝借したりしない。
使徒魔術のように魔力を先払いしているわけでもない。
呪印事態に力が宿っている。
また、この力は即座に発動できる。
強力な力場を形成し、空間そのものを、迫りくる竜炎ごと握りつぶす。
外道狩り衆が使う呪印は、巨人が扱う力を人が受け継いだものだ。
魔力のように上位存在から貸し与えられたものではない。
その力を正式に受け継いだものなのだ。
だから、他の魔術とは違い魔力を借りる必要も先払いする必要もない。
自分の好きな時に好きなだけ扱うことができる。
ただ人には過ぎた力であることは確かだ。
使えば使うほどその寿命を、その魂を徐々に蝕んでいく。
「なっ、俺様の竜炎が……」
クリューグが自慢の竜炎が空間ごと握りつぶされたことに驚く。
なにせ竜の吐く炎は神々の魂すら燃やし溶かすと言われているのだ。
唯一燃やせないものは竜の骨のみであると、そう言われるほどのものだ。
それを一瞬で無力化されたのだ。
目の前の奇妙な連中はよほどの存在なのだろう。
「こんなものか、竜の英雄というものは。期待外れもいいところだ。誰一人として逃すな」
竜炎を握りつぶした外道狩り衆の隊長がそう言った。
「クソが! 舐めんな!」
そう言ってクリューグは剣を抜く。
ただの剣ではない。
竜の鱗を鍛えた竜鱗の剣だ。
竜の鱗はその炎の吐息によってのみ、他の金属のように鍛え、打ち直すことができる。
鍛え上げられた竜の鱗の刃は岩をも紙のように切り裂くことができ、決して欠けることのない刀身へと生まれ変わる。
これを超えるものは、竜の吐息でも鍛えなおすことができない、竜の骨を別の竜の骨で削りだした武器だけと言われている。
クリューグはもう一度拝借呪文を唱え、貸し与えられた魔力を今度は左手に流す。
竜炎だけが竜魔術ではない。
異界を旅する竜達は周囲の環境をも自身の都合の良いように作り替えることが出来る。
それだけでなく自身の体も過酷な環境に適応できるように作り替えることも出来る。
クリューグが使う術もそのうちの一つだ。
クリューグの左手から急激に鱗が生え始める。
本物の竜の鱗には遠く及ばないが、それでも鋼なんかより数段強固で鋭い。
竜の鱗の模造品とも言えるものだ。
竜の因子が竜を竜とたらしめるものであるならば、それを与えられた人間でも劣化ではあるが似たようなことはできるのだ。
それは強固な鎧となり盾となり、全てを切り裂く爪となる。
「ほほう! 先ほどの小火よりは興味深いな」
外道狩り衆の隊長はそう言っておどけて見せる。
「俺様の竜炎を小火だと!?」
「では、こちらも見せよう。人には見せてはいけない禁断の力だ。そして、見たら死ね」
呪印が隊長の体を駆け巡る。
それだけで異様な気が周囲を駆け巡りだす。
「なんだそりゃ…… なんだよ、その力は……」
クリューグは慄いた。
今まで感じたことのない力の波動に。
竜と相対した時ですら、恐怖を感じなかった自分が、ミアで恐怖を知り、今、再び恐怖を感じている。
目の前に立つ男が放つ気だけで、それが人間が持っていて良い力ではないことがわかる。
完全に人間には過ぎた力だ。
確かに、これは禁断の力だと、クリューグ自身が感じる取る。
この敵にはかなわない、逃げろと、クリューグの自慢の勘がにそう伝えて来る。
だが、相手は逃がす気もない様だ。
「おいおい、マジかよ…… 俺はいい…… 手下だけでもゆるしちゃくれねぇか。あいつらは俺の命令で動いてただけだ」
これは助からない。
クリューグがそう思って出た言葉は、以外にもそんな言葉だった。
それにはクリューグ自身が驚くほどだった。
まさか自分の命乞いではなく、手下の命乞いをするとはクリューグ自身が思っても見なかった。
「ここにいる連中はダメだ。既に我らを見た。だが、リグレスに残っているものならば目こぼそう」
外道狩り衆の隊長はそう言った。
ただ、それらの者達は最初から対象ではなかっただけだが。
「へへ、ありがとうよ。じゃあ、無駄と分かりながらも、足掻かせてもらおうか……」
そう言ってクリューグは竜鱗の剣と鱗の生えた腕を構える。
「で、隊長。どうだったんですか? 竜の英雄さんは」
視界の範囲に動く者はいないので、外道狩り衆が隊長、隊長と言っても騎士隊長だが、に声をかける。
既にそっちも方もケリがついていて、上半身の亡くなった死体が横たわっているだけだ。
「ふむ。思ったよりてこずった。それに見よ、この剣。我の力にも耐えて見せたぞ」
そう言って、隊長は呪印の力を使っても傷一つ付けれなかった竜鱗の剣を見せる。
「それ竜鱗の剣ですね。どうします?」
外道狩り衆の一人がそう声をかける。
「珍しい物か?」
と、隊長は聞き返す。
「ええ、かなり」
と、答えが返って来て隊長は物欲しそうにその剣を見る。
武器としてかなり良い物だ。
一武人としては収集したくなるほどの逸品だ。
だが、珍しい物ともなれば足がつきかねない。
「ならば、戦利品にもできぬな。この馬車に積んであるものと同様に市場にでもこっそり流してしまえ。売り上げは賞与と言うことで皆で分けようではないか」
領主の護衛騎士になる以前から、特に金に困ったことはないが、こういう場合はそうしてきた。
秘匿の神を主神と仰ぐこの領地では、その出所を詮索する者もいない。
南の辺境の地でも、この領地は発展できている要因の一つだ。
だから今回もそうする。
旅の行商を装っててきとうに売るので、大体安く買いたたかれる。
大した金額にはならないが、そう言うものだと外道狩り衆達は思っている。
このまま放置するよりは良い、少しでも領地の市場が活気づくならそれでいい、という考えだ。
「隊長。逃げだした連中の始末も終わりました。目撃者もおりません」
周囲の警戒に当たっていた三人も戻ってくる。
「そうか。では我らも後始末をして撤収しようではないか」
そう言って隊長はこの惨状を見る。
二十人以上もの死体が散乱している。
後始末だけでも一苦労だ。
「わかった。ご苦労だった」
報告を聞いたベッキオ・ステッサはその報告に満足した。
「しかし、ベッキオ様。いくら何でもやりすぎだったのでは?」
まだ若い男。
執事のような恰好をしているリカルド・ロペスはベッキオに進言する。
いくら何でも、解散させた外道狩り衆をかりだしたのはやりすぎな気がしてならない。
するとベッキオも自覚はあるのか、渋い表情を見せる。
「そうか? まあ、たまには息抜きも必要だろう」
それでいて、そんなことをベッキオは言った。
これ以上は藪蛇になると思ったリカルドは別の知らせを報告する。
「それともう一つ。ミア様の…… 門の巫女の件です」
リカルドはこちらの報告を知らせることの方が肝を冷やしている。
できれば伝えたくないとそう考えている。
「話せ」
「はい。恐らくは生贄で間違いないかと」
端的に伝える。
リアルドの頬を冷や汗が流れていく。
ベッキオが怒り狂うのではないか、リカルドはそんな気がしていたのだが、ベッキオは冷静だ。
「そうか」
とだけ、言葉を残す。
続きの言葉は待っても出てこない。
「いかがなさいますか?」
なので、リカルドの方から一歩踏み込んでみる。
「流石に神相手になにができるわけでもあるまい」
「我らなら」
巨人の力を受け継いでいる我らなら、例え神々であろうとも対抗することはできると。
「この力を与えてくれた巨人は神々と戦いにはなった。だが、それでも負けたのだ。人の身で神相手にできることなどありはせぬよ」
確かに呪印の力は人間には過ぎた力だ。
それでも巨人の持つ力の一つにしか過ぎない。
巨人たちの本来の力は呪印程度の物ではない。それでも神々には勝てなかったのだ。
今は神に庇護されるだけの人間に何かができるわけがない。
「……」
そう言われたリカルドは何も言い返せないでいる。
事実、その通りだからだ。
「それにミアが望むならな…… 止めようがあるまい。予定通りステッサ家はおまえが継げ。ワシの息子として養子にする。もう月の呪印も頭の地位はないが、そこは勘弁してくれ。それとお前の妹にも感謝を伝えておいてくれ」
ベッキオは表情を変えずに冷静にそう伝える。
「はい。承知いたしました。マルタにも伝えておきます。また、近いうち私もミア様にご挨拶に行きます」
本来、月の呪印の派閥であるマルタは領主であるルイの護衛の一人だった。
だが、ルイーズが家出と言う形をとったことで、今はルイーズの元についているだけだ。
月の呪印の派閥と太陽の呪印の派閥で特に仲が悪いわけでもないが、マルタには苦労を掛けていることは事実だ。
「そう言えば、お前はミアとまだ会ってなかったな」
「ベッキオ様もご一緒にいかれますか?」
ベッキオは間違いなくミアのことを気にしている。
領主でありミアを自分の娘と思い込んでいるルイ程ではないにしても、相当気にかけてはいる。
「会いたいが会いたくはない。どうしても娘のことを思い出してしまう。あれほどの才能を持った者など他には居なかった」
ベッキオは惜しむようにそう言った。
ミアの母、フィリア・ステッサはベッキオですら恐れるほどの才能の持ち主だった。
魔術も呪術も、呪印の扱いも、そのすべてが群を抜いていた。
本当に恐ろしいほどに。
「つまりミア様もその才能を受け継いでいると?」
「本人が望まぬ限りは、呪印には関わらすなよ?」
リカルドの問いに、ベッキオは釘を刺す。
呪印の力など、本来人間が扱ってて良い物ではない。
その中でもフィリアが受け継いでいた月の呪印は格別にヤバい代物だ。
ミアに受け継がれてなくて、ベッキオも安心しているほどだ。
月の呪印もいつしかは探し出して封印しなければならないが、失われたら失われたで、その方が良い物だとベッキオには思える。
ロロカカ神という神が、月の呪印を処分してくれるのであれば、感謝したいほどだ。
「御意」
「ああ、それと。門の巫女のことはルイには絶対に伝えるな? いいな?」
「はい」
乱心しているとも言えるルイをリカルドも見ているので、それにはリカルドも大賛成だ。
どう考えてもろくなことにはならない。
応援ありがとうございます!
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