学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その2

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「で、えっとアビゲイルさんはなんでここに?」
 結局、半ば強引にミアの帽子を被り、一週間もの間、寝込んでいたアビゲイルは、なぜかご機嫌な笑顔でミアの前に今もいる。
 場所はいつも通りの場所で、学院の東側にある裏門近くの、ほぼミアちゃん係専用と化してしまった食堂だ。
 その理由はミアというよりも、ミアに付きまとう悪魔憑きの少女ディアナの影響が大きい。
 彼女の力はとてつもなく大きいのだが、その上で精神が不安定なのだ。流石に近寄りたがる人は少ない。
 まあ、その話は今は置いておいて、今はアビゲイルの話だ。
 ミアの経験上、この帽子の祟りを経験した者は皆、それ以降はミアに近づきもしなかったのに、アビゲイルは笑顔でミアの前にいる。
 それどころか、もう一度帽子の祟りを体験したいと申し出て来る始末だ。
 ついでにアビゲイルを一週間看護したのはミアだ。
 一応、師匠と言う話のマリユ教授には話したが「そう、じゃあ、看護よろしくねぇ」の一言で終わってしまったからだ。
 仕方がないのでミアが看病していた。ミアも何度かこの帽子の祟りの看病をしたことがあるが大変だと改めて実感した。
 本人は動けないほどの高熱で寝込み、嘔吐と下痢を繰り返し、皮膚の至る所に大きな黄緑色の出来物ができるのだ。
 看病する方も気が滅入る。
 そんな祟りで命を奪われなくても何度も体験したいものではない。
「アビィって呼んでくださいよぉ」
 一週間の間、ミアにそんな醜態をさらしに晒しまくったにもかかわらず、それを全く気にしないかのような態度で接してくるアビゲイルにミアは何とも言えない恐怖を感じずにはいられなかった。
 ある意味ミアにとって初めての人種だったかもしれない。
「ダメ、この人、良くない、良くない」
 と、ディアナが会話に入り込んでくる。
 珍しくミアがそれに無言で同意するし、なんならその言葉に、ほっとしさえする。
「そんな邪険にしないでよ、あなたが神に言われているように私も師匠の言いつけで、ミアちゃんの傍にいるんだから」
 そう言ってアビゲイルはディアナに話しかけるが、アビゲイルの言葉はディアナには届いていない。
 その代わりと言う訳ではないが、ミアがアビゲイルの言葉に反応する。
「神様と人を一緒にするのは……」
 ミアは少しいろんな意味で判断に困りつつそう言うと、
「あら、ミアちゃんの親友らしいスティフィちゃんもそうなんでしょう? それに私からすると師匠も神様みたいな人なんですよ」
 と、アビゲイルは作り笑顔でそう答えた。
「それはそうだけど、ダーウィック大神官様とマリユ教授を一緒にしないでくれる?」
 その言葉に反応したのはミアではなくスティフィだった。
 スティフィ的には魔術学院の一教授と敬愛するデミアス教の大神官を一緒にして欲しくはない。
 ただそれはアビゲイルにしても一緒のことだ。
 せめてデミアス教の名の元になり、今も北の地にあるデミアス教の大神殿の最奥で暗黒神に祈りをささげ続けていると言われている教主デミアスであるならば一緒にされるのをギリギリ寛容できる、とアビゲイル考えたがそれを口に出すことはない。
「まあ、私も一緒にして欲しくはないんだけど、信じる者は人それぞれということで。これ以上話し合っても争いの元になるだけですよ。この話はやめましょう」
 この話は揉める。
 そもそも神々同士の戦争、神代大戦だか神代戦争も、人々がどの神が強い、と言い争ってそれが大きくなっていったと言われている。
 今それをここで繰り返すのは愚かでしかない。
 そう判断したアビゲイルは話しをいったん打ち切る。
 魔術での応戦ならともかくデミアス教の元とはいえ狩り手と正面からやり合うつもりはない。
「巫女様の味方か、味方か? 敵だったら容赦しない、しない。使徒様、使徒様、使徒様……」
 その様子を茫然と見守っていたディアナが突如としてアビゲイルの前に立ち、そんなことを言い始めた。
「あなたの中の使徒様がそう言ってるの?」
 それに対してアビゲイルはそう聞き返すが、やはりディアナがアビゲイルの言葉に耳を貸すことはない。
「使徒様、使徒様、使徒様、使徒様……」
 と、呪文のようにその単語だけを永遠と繰り返している。
「相手にもしてくれないですね。まあ、私も皆さんと一緒ですよ。先ほども言った通り、上から言われてミアちゃんの傍にいるって奴ですよ。それを考えれば、まあ、味方ですよ」
 一応師匠であるマリユからはミアの手助けを命じられてはいる。
 主に外法の者、外道種からミアは狙われているというので、それらから守るのだろうとアビゲイルは考えていたが、去年の夏頃に伝説の虫の王、始祖虫と遭遇し襲われたとのことだ。
 さらに破壊神のお言葉から始祖虫はまだこの地に巣くっているという話もあったそうだ。
 アビゲイルも始祖虫相手に何かできるわけでもないが、まあ、外道種からの護衛くらいはできなくもない、と考えている。
 ただミアの護衛を見る限り自分の出番はなさそうだ、とも思えてはいるが。
 それでも言われたからには、しなくてはならない。
 アビゲイルにとって師匠とはそういう存在だ。
「じゃあ、アビィちゃんも新しいミアちゃん係りか。初めまして、俺はエリックだ」
 一週間前は見なかったガタイの良い金髪の男がそう言ってアビゲイルに握手を求める様に差し出した。
 アビゲイルはとりあえず顔で判断する。
 まずまずの面をして居たので、アビゲイルは握手を快諾し優しくその大きな手を握り返した。
 それに嬉しそうな表情をエリックが浮かべているので、とりあえずそれで良しとし、アビゲイルは気になっていたもう一人の男に声をかける。
「初めましてエリックちゃん。で、そちらが……」
「マーカスと言いますが、俺を知っているんですか?」
 急に話を振られたマーカスは少し驚いたように反応した。
「はい、師匠より呪術の才能がおありと、ね?」
 そう言ってアビゲイルはマーカスを値踏みする。
 確かに常人にはない少し歪な魔力の質をマーカスは持っている。
 人間の宿している魔力などほんの少量ではあるが、それでもアビゲイルにはその違いがわかる。
 そのための眼を持っているのだから。
 その目によればだが、ミアも確かにそのわずかな歪みを有している。ミアも呪術の才能があるはずなのだが、ミアに関してはマリユ教授は特にそのことをアビゲイルには伝えてない。
 マーカスがマリユ好みの男だったからなのか、ミアには他にも特筆すべきことがあったからなのかはアビゲイルにはわからないが。
 もしくは、ミアの呪術師としての力が何者かに封じられているせいなのかもしれない。
「血筋のせいらしいですよ。そういう意味では、ブノアさんの方が優秀なはずですよ」
 ブノアと言う名前に聞き及びはないが、マーカスの口ぶりとマーカスと似た雰囲気の魔力を持つ丸坊主の軍人風の護衛役の男かとアビゲイルはすぐに理解する。
 確かに、あの護衛役の男はとてつもない呪術の才能を持ってそうだし、なんなら更に凄い隠し玉を持ってそうだともアビゲイルは感じ取っている。
 ディアナと言う悪魔憑きの少女は気を付けるだけ意味はなさそうだし、このミアちゃん係の中で特に気を付けるのは、そのブノアという男と、スティフィと言うデミアス教の女だとアビゲイルは判断している。
 ただブノアの方はルイーズと言うこの領地の姫様に近づかなければ平気なので、それほど気にする相手ではない。
 と言うことで、アビゲイル的にはスティフィと言う少女の方が一番の障害になりうる、と、そう考えたところでアビゲイルはその思考を停止させた。
 自分はミアを手助けするだけで、その親友と言う座が欲しいわけではない、と。
 そんなことを考えつつも、アビゲイルは普通に会話を楽しんでいる。こんなに大勢で会話を楽しむのもアビゲイルにとっては久しいことだから。
「ああ、あの姫ちゃんの護衛の方ですね。まあ、呪術の一部の才能は、ですが血筋に依存するので…… ん? ということは、あなたもお貴族様なんですか?」
 この領地はかなり裕福な領地のはずだ。
 ブノアも騎士であり、この領地の貴族と聞いている。
 のだが、その貴族と言うにはマーカスは余りにも身なりが良くない。
「遠い親戚ってだけですよ、俺というかうちの家は貴族じゃないですよ、確かに呪術が得意な爺様が元貴族らしいんですけどね」
 貴族が増えすぎて、貴族の身分を捨てるというか、維持できなくなり平民となる。
 と、言う話は割とあることなのでアビゲイルは特に驚かない。
「あら、そうなんですか。そういえば、お姫様もその護衛さんも今日は見かけませんね」
「ルイーズ様の父、まあ、領主様から、書状が来たとかでそれの対応だそうですよ」
 アビゲイルの問いに、ミアが他人事の答える。
 ついでに書状と言うわけではないが、今でも三日に一度は、領主であるルイからミアに手紙が届いている。
 ミアはとりあえず読みはするものの、返事を返したことは一度もない。
 そもそもミアは自分が領主の娘だとは思ってもないし、どうでもいい事だからだ。
「あのお姫様、本当に春からこの魔術学院に通うつもりなのかしらね、その手続きのための書状って聞いたわよ」
 スティフィのぼやきとも取れる発言を聞いてルイーズが今も家出の真っ最中と言うことを知らないアビゲイルは少し驚いて見せる。
 貴族なら魔術学院など通わなくても専属の講師を付けられるはずだ。
 ついでにミアも自分宛ての手紙でそのことを知っているどころか、姉妹が仲良くなって嬉しいので入学を許す、と言う内容の手紙を受け取っている。
 それに対しミアはどう答えていいかすらも分からない。
「あら、じゃあ、私の同級生ですね」
 そして、アビゲイルは笑顔でそう言った。
「え? あんたが生徒として学院に通うの? マリユ教授の後任になるってさっき言ってなかったけ?」
 確かにアビゲイルはそう告げた。
 マリユが引退すると。
 なので自分が後任にと呼ばれたのだと。
 ただそれは無月の女神の巫女の話であって、教授と言う役職の話ではなかったかもしれない。
 しかし、マリユ教授がアビゲイルに魔術師の公的資格を求めると言うことは、巫女だけでなく教授の職も継いでくれという話なのだろう、とアビゲイルは勝手にそう解釈している。
 そうでなければアビゲイルは今頃魔術学院に通う必要など皆無だ。
 呪術と言う分野においては間違いなく世界で指折りの実力者であるはずなのだから。
「ええ、実は私、魔術の公的資格何一つ持ってないんですよ。それで通う必要が出てきちゃったんですよ」
 そう言って、アビゲイルは頭掻いて見せた。
 だが、その言葉をきっかけにミアが少し神妙な表情を浮かべる。
「マリユ教授、やめてしまわれるんですね、もう少し母の事を聞きたかったです」
 ミアの手助けをするにあたり、ミアのこともアビゲイルはマリユからある程度教わっている。
 その話を聞く限り、確かに特別な巫女なんだろうとアビゲイルも思う。
 そして、ミアの母がマリユ教授の弟子ではないが、教え子の一人だということも聞いている。
「まあ、まだ、もう少し先のことですよ。そもそも教授になるには資格をたくさん取らないといけないですし。そう言えばミアちゃんの母上様も師匠の生徒だったんですね」
 アビゲイルは聞いて知っていることを確認するかのようにミアに聞く。
「はい、とはいえ、一生徒と教授ですので、それほど詳しい話を聞けたわけではないですが」
「ふーん、というか、ミアちゃん係って何気に優秀な人材が揃ってるんですね」
 そう言ってアビゲイルは今集まっている人材を見回す。
 どいつもこいつも一癖ありそうな人材ばかりが集まっている。
「私はただの一般人ですよ」
 ジュリーが遠慮がちにそう言った。
「あなたは一応領主の娘ではないですか。世が世なら王族じゃないですか」
 確かに。とアビゲイルはそう思いながらも、一応はお世辞でそう言っておく。
 それに対して、ジュリーはやさぐれて、
「世が世なら、うちの領地は既にどっかの勢力に制服されてますよ……」
 とだけ、返してきた。
 ジュリーはシェルムの木の植林が不可能に近い、と分かってからずっとこの調子なのだとか。
「あんたんところは、逆に誰も攻めにも来ないでしょうに」
 それに対して、スティフィは追い打ちするような突っ込みをする。
「それもそうでした……」
 そう言ってジュリーは更にへたり込んでいった。
 楽しくはあるが、このまま無駄に永遠と雑談に入られても困る、と思ったアビゲイルはそろそろ本題に入ることにした。
 自分がミアの何を手助けするのか、そう言われて思い浮かべるのは外道種からの護衛くらいだ。
 なので、ミアの情報はなるべく知っておきたい。呪術師にとって「理由」は呪術の根源となる。
 呪術師にとってそれは重要な要素の一つになりうる。
 ミアが狙われる理由がわかれば、それをある程度、事前に防ぐことができるかもしれない。
「にしても、門の巫女ですか。師匠ですら聞き覚えがないと言っていたので、恐らくは人間には無関係な事だったんでしょうねぇ、今までは」
 師匠であるマリユですらそんな巫女は聞いたことない、と言う話だ。
 つまり今までは人間に伝える必要もなかったことだったのだろう、とアビゲイルは判断している。
「カリナさんは知っている風でしたよ」
「そりゃ、彼女は…… ねぇ」
 そう言ってアビゲイルは話しを濁した。
 上位種ともいえる巨人である彼女が知っていても何ら不思議な事ではない。
「あんた、あいつの事知ってるの?」
 スティフィがそれに反応するように聞いてきた。
「ええ、知ってますとも。と言っても師匠から聞いている限りはですけれども。まあ、師匠の恩人でもありますので。なので私の口からは何も言えないですよ」
 下手に情報を口にするものなら、師匠になにをされるのか、アビゲイルにも想像がつかない。
 それが祟りなどの類であれば、アビゲイルも喜ぶのだがマリユ教授もその辺は理解している。
「凄い人なのはわかりますが、謎な人です」
 ミアは感心するようにそう言って頷いている。
「それは当たり前ですよ。神族と神族以外で唯一戦争にまでに至ったのは巨人族だけなのですから。竜すら神族とは争わなかった訳ですし」
 アビゲイルはそう言い切った。
 その言葉を聞いて、今度はエリックの目がアビゲイルを凝視するように据わっていく。
「んん? 聞き捨てならないな。竜種が巨人に劣っているように聞こえるぞ」
 エリックは若干の怒気を放ちながらそう言ったが、それを気にするアビゲイルではない。
 が、揉めるのもめんどくさいので、アビゲイルはなあなあで済ませる。
「劣っていると思いませんけどね。なにせ竜は喰らうことで神すら殺せる種族ですし。巨人にはいくら神と戦う力があっても神を殺すことはできないんですよ。ただ竜は神々の力を見て、争うことを辞めてこの世界に居住の許可をもらったそうですよ」
 竜種は怪物のような見た目の割に損得勘定で動く生物でもある。
 なので、有能な者にはその力を貸し与えもする。それが竜の英雄と呼ばれる竜の力の一端を扱える人間達だ。
「あっ、少しだけ聞いたことがあります! 虫種が増えすぎて困っていたので、虫種を食べることを条件に許可したって話ですよね?」
 ミアの言っていることも正しい話だ。
 そもそも竜種は虫種を追ってこの世界に来たに過ぎない。
 この世界に別の世界から飛来し大繁殖し始めた虫種をどうにかしたいが他の世界から来た虫種に中々手出しができない神族と竜種の目的が重なっただけでもある。
「そうですよ。そう言う話でもありますねぇ。そう言えば、その首飾りも竜種の卵なんですよね。杖も使い魔も超一級品の品ですし、凄いですよねぇ」
 アビゲイルは褒めたつもりでそう言ったが、ミアはそうは捕らえなかったようだ。
「す、すいません、その持ち主の私がこんなんで……」
 ミアは謙遜でもしているのか、そう言って畏まった。
 確かにミアの今の実力に見合った品々ではないが、ミアがこれから担う役割の為には必要となってくるものなのだろう。
 そして何より、ミアの身を守るために必要なものでもある。
 ただそれをアビゲイルの口から、今、言っても意味のないことだと、アビゲイルは考える。
「いえ、ミアちゃんも十分凄いかと。特にその髪の毛…… 惚れ惚れするような呪物ですぅ…… 一本欲しいですが、師匠に止められているんですよねぇ」
 確かに止められてはいる。
 だが、それと同時に、もしばれないのであれば一本だけでも手に入れてこい、ともアビゲイルは言われている。
 ただし、それを手に入れるのは至難の業だ。
 神器の帽子、古老樹で使い魔の荷物持ち君、そして、アビゲイルには見ることも感じることもできないミアに憑いているという精霊の目を掻い潜らないといけない。
 人間にはほぼ不可能に近い。
「巫女様の髪の毛は良いもの、よいもの、呪物、呪物ちがう、ちがう、物凄く良いもの」
 ディアナがまた急に会話に割り込んでくる。
 アビゲイルは、この御使いも目もあるのだと更に辟易する。
 恐らく、今ディアナが会話に割り込んできたのは御使いの差し金だろう。
 なら、アビゲイルのすることは決まっている。
「あら、ディアナちゃんがそう言うってことは……」
「言うってことは?」
 と、ミア自身も自分の髪の毛の由縁について知りたいのか、身を乗り出してくる。
「どうなんでしょうかね? 私にも危険な呪物に思えますが…… その帽子で押さえておかねば、本当に危険な物に思えますよ?」
 そう言って、ミアの帽子を惚れ惚れするように見た後、チラリと白い少女の様子をアビゲイルは見る。
「それはいろんな人に言われました。そんなに危険なんですか」
 しかし、ディアナはアビゲイルの言葉に反応せず、ミアがそう言って少し落ち込んで見せた。
 ただディアナは落ち込んだミアに反応し、口を開く。
「危険じゃない! よいもの! よいもの! よいもの!」
 ディアナがミアを元気づけるようにそう言い始める。
「じゃあ、そんなに良いものと言うのであれば、ディアナちゃん、ミアちゃんの髪の毛一本くらい貰ってみますか?」
 アビゲイルはニヤリと笑い、そう言った。
 そのとたん、ディアナが停止する。
「……」
 何も言わなくなり、真顔で停止してしまった。表情も何もない。
 まるで人形のように停止した。
 その後、少し離れたところで白い服の集団が慌てているのが見える。
「あらあら、黙っちゃいましたねぇ」
 そう言って、アビゲイルは勝利を確認する。
 売られた喧嘩は、なるべく買うのがアビゲイルの性分だ。
 御使いと言えど、不安定な精神に宿らされている御使いとの言い争いなら簡単にやり込めるし、その弱点ももう既に理解できている。
 この少女に憑いている御使いもその主同様に、ミアの崇めているロロカカ神と関わり合いにはなりたくはないらしい。
 しかし、その上で無礼でもあってはならないのか、御使いに自由意志まで与えてミアの護衛役を使わせている。
 つくづくアビゲイルからしてもロロカカ神と言うのは謎で興味深い神だ。
 興味はあるがあまり関わりたがらない師匠の気持ちも分かる。
 ロロカカ神は余りにも謎で、余りにも危険であり、その魔力の放つ不吉さは類を見ない。
「アビィさん、あんまりディアナ様をからかわないでくださいよ」
 真顔でピクリとも動かなくなったディアナをミアが心配そうに抱きかかえながら、アビゲイルに注意を促す。
 神の巫女と言うことで、ミアは少なからず親近感をディアナに抱いているのかもしれない。
「ごめん、ごめんねぇ。でも印持ち、いや、御使いすらあなたの神を恐れているってことね。恐らくはその髪もあなたの神様由来の物ってことよ。他の神様が名を聞いただけで逃げだすような神様のね」
 そうでなければ、御使いがこのような反応を示すわけもない。
 一体どんな神様なのかと、アビゲイル自身も興味が出て来る。
「ロロカカ様は大変お優しい神様ですよ、それで名前を聞いて他の神様が逃げ出すとかそんなことないですよ」
 ミアは笑顔で、それでいて笑顔になぜか見えない、顔でアビゲイルにそう言った。
 流石のアビゲイルも少し何かしらの狂気をミアから感じ取る。
 このままではまずい、と即座に判断したアビゲイルは高説を垂れ流すことでその場を濁そうとする。
「神の神格って、大体の場合は、古くからいる神の方が高いって言われているんですよねぇ。ディアナちゃんの神様、魔術の神は人に魔術が広まった時に生まれた、もしくは何らかの神が魔術の神になったと考えると、神としてはそう古い神じゃないんですよ」
 アビゲイルが言っていることは嘘ではないが事実でもない。
「え、そうなんですか?」
 ただミアはそれに食いついた。
 ミアの狂気がミアの知的探求心、好奇心とロロカカ神が古くから存在している神と言うことに飲み込まれていく。
 そのことにアビゲイルはホッとしながらも、話を続ける。
「まあ、全部が全部そうってわけじゃないですけどねぇ。特に法の神とか。あの神様もまた謎が多いのよね。法の神なんて神代戦争の終日の前日にこの世界に降臨したとか言われているけど、その割には神格が高すぎるしね」
「はいはいはい、その話、嘘じゃん。神代戦争の前にも法の神の記録は残されているのよ、それも結構な量をね」
 そこでスティフィが話に入り込んでくる。
 そして、スティフィが言っていることは事実だ。
 実際に神代戦争よりも前に法の神の記録は数多く残っている。
 ただ創世記と言う話は神代戦争が終結してから書かれた、と言う話が一般的な解釈とされている。
「それには理由があるんだけど…… それを言うには師匠の許可が必要なのよねぇ。勝手に言ったら私、殺されちゃいますし」
 アビゲイルはこのままミアに高説を垂れて居たい気分であったが、そのことを他人に言うことは許されていない。
 恐らくその理由を知っているのは、人間ではマリユ教授と、マリユ教授からその話を聞いたアビゲイルくらいのはずだ。
 その話をおいそれと話していいわけがない。
 場合にはよっては、法の守護者に成り下がった巨人に殺されかねない、とアビゲイルは恐れてもいる。
 その点からしてもこの話を続けるなら、アビゲイルは間違いなくマリユの怒りも買い、恐らく殺されることとなる。
 それらを押してまで、今ここでミアに伝えたい話ではない。
「え? なにそれ、本当の事なの?」
 スティフィが少し驚いたように聞き返してくる。
 スティフィ自身は信じてはいないが、情報として欲しているのだとアビゲイルには手に取るようにわかる。
 マリユ教授が自分の素性を明かし、それらのことを学会で語れば今ある学会は揉めに揉め、面白くなるのだろうと、アビゲイルは思うのだが、マリユ教授はそんなことには興味はないようだ。
 そのことは彼女が愛娘を生み、その娘に殺された後にでも公表すればいいだけのことだ。
 それまで楽しみとしてとって置けばいいだけだ。後々の楽しみが増えるのはアビゲイルとしても嬉しいことだ。
「私に聞かえれても言えませんので、師匠に直接聞いてください、ね? まあ、答えはしないでしょうけども」
 そう言って、質問攻めにされてめんどく下がる師匠を見て居たいとアビゲイルは笑って見せた。
「なんかちょっと勉強になりますね…… 講義で教えてくれないことを教えてくれます」
 ミアは素直にアビゲイルの話を信じているようだ。
 素直なことは良い事だが、余りにも信じすぎて少し心配にはアビゲイルもなる。
 そんな人間を手助けしなくてならないとなると、骨が折れる、と言う方向でだが。
「ミア、余りこいつの話を信じちゃだめよ」
 と、スティフィが釘を刺す。
「そうよ、アビィちゃんは割と嘘つきですからね」
 更にアビゲイルもとぼけて見せる。
「えぇ、嘘なんですか!?」
 そして、自分も話がズレていたことを思い出し、やっと本題に入る。
「あ、そうそう、忘れてました。ミアちゃんは外法の者に狙われているんですよね?」
「外法? ああ、外道種ですか? はい、なんかそうらしいです」
 そう言ってミアは少し照れるような素振りを見せた。
 その様子を見る限りまだ本格的に外道種に襲われたことはないのだろう。
「なんか人事ですね。うーむ、なるほど、本格的になるのはこれからで、それで破壊神自らがわざわざ出向きこの学院の加護を……?」
「ジュダ神様ですか? それと外道種に何の関係が?」
 ミアがそう聞いてくるので、アビゲイルは少し考えてから、結局は自分が見て来たものを話すことにした。
「いえ、私がこの魔術学院に来た時、西側の山を通って来たんですが」
「西側の山って……」
 スティフィが少し驚いて見せる。
 この学院の西側から北側にかけての山脈はとても厳しい山となっている。
 それに加えて冬山の精霊王の領地でもあり、冬山の精霊王は人間を恨んでいる精霊王でもある。
 そんな場所を山越えしているとなると、その言葉が本当であれば、それだけでただ者ではない、と言うことの証明になるほどだ。
「私は東側の山を通って来ました!」
 少し対抗心を燃やしたのか、もしくは共通項を見つけて喜んだのか、ミアが自慢げにそんなことを言ってくるのをアビゲイルは無視する。
「まあ、それは良いんですが、そこで外法の者をちょくちょく見かけたんですよね」
「ちょくちょく? 西の山はあの冬山の精霊王の管轄下だし、そこに外道種が居るわけないでしょう?」
 スティフィが少し驚きながらそう言ってくる。
 普通の反応だ。そして、当たり前の反応だ。
「いえいえ、こう見えて中央東の沼地住みの魔女だったんですよ。外法の者は見飽きてるくらい見てるんですよ。間違いないですよ。ただ人間の私を見ても襲ってこなかったのは、そのせいなのかなっと」
「なるほど、破壊神の加護か。ミアが外道種に狙わているのは確かだし…… 悪魔憑きのこの子が学院にやって来た時期とも重なるってこと? ミアが本格的に狙われ出したってこと? ミア、荷物持ち君にも今の話伝えておいてよ」
「わ、わかりました」
 そんなことば古老樹は既に感知しているはずだとアビゲイルは思うのだがそんなことは口に出さない。
「ああ、今の話は師匠から学院長にも話が言っているので、教授の方々には話はいっていると思いますよ」
 と、その事実だけをアビゲイルは伝えておく。
「うぅ、なんか私のせいでまた色々と迷惑が」
 と、ミアが悩み始めたが、それをスティフィが擁護する。
「何言ってんのよ、外道種なんて生きとし生きる者の敵なんだし、結局は滅ぼさないといけない連中なのよ、良い事じゃない」
「まあ、そうですねぇ。そのための騎士隊と魔術学院でもあるんですよ、って、なるほど。そのための護衛者とディアナちゃんってことなんですね、ふむふむ。やっぱり面白いですね」
 外法の者や外道種と呼ばれる魔物たちを全て滅ぼさないとこの世界は始まりもしない、そう一般的には言われている。
 魔術学院も騎士隊も大元をたどればそのための組織だ。
 外道種に狙われるような人間がいるのであれば、外道種を呼びよせるものとなる。
 それを外道種をおびき寄せより効率的に倒せると思う人間はいるが、危険だからミアの方を追い出そう、と言う考えの者は、少なくとも魔術学院の運営に携わる者達にはいない。
 それと同時にミアはこの世界にとって重要な巫女でもある。
 外道種を釣る囮にしてよい人物でもない。
 なので、護衛者と呼ばれる者たちやディアナやマーカスのような存在がミアの元に集められているのだろう。
「何あんた一人でわかっている風をしてるのよ」
 スティフィが、我が物顔で語っているアビゲイルにそう言うが、アビゲイルはその言葉を待っていましたとばかりに、ニヤリと笑う。
「これでも百五十歳は超えていますので、かなり年上なんですよ、私。まあ、正確な年齢はもう忘れてしまいましたが」
 と、そう言ってアビゲイルは自慢げな表情を見せた。
 その年齢はこの学院の教授の大半よりも年上だ。
 見た目は少女、つまりこの年齢の頃には自分の老化を止める術を身に着けていたと言うことになる。
 アビゲイルの外見上はどう見えも十代中ごろにしか見えない。
 その年齢でその魔術が使えると言うことは、まさしく天才と言って良い才能の持ち主と言うことになる。
「え、アビゲイルさん、百五十歳なんですか?」
 と素直にミアがそう言って感心している。
「いや、まあ、あの教授が後継人に選ぶような人間だから驚きはしないけど…… 想像以上に歳くってんのね」
 スティフィはそう言いつつも、目が見開いている。
 驚きを隠し切れていない。
 その他の者はミアと同じように驚いているし、ディアナは真顔で固まったまま、ミアに未だに抱きかかえられている。
「まあ、教授…… とは言わないまでも助教授程度の実力はあると思ってくださいね。一応私、天才と言うことになっていますので」
 そう言ってアビゲイルは笑った。
 とはいえ、この魔術学院の教授達がどの程度の魔術師であるか、アビゲイルはまだ知らないではいるが。
 ただ西の山で見かけた外法の者程度なら、まず問題ないし、破壊神の加護のある学院内にいるのであれば何事も起きるわけはないと高を括ってはいる。
 ほんの十ヶ月くらい前に、この学院に外道種が入り込んでいる事件があったことなどはアビゲイルは知らないでいる。



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