学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その3

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 雪がちらつく日、講義も春まで休講中の時期なのでミアは少しゆっくりとした時間、とはいえまだ早朝と言ってよい時間ではあるが、薬草を採取しに裏山へと行こうとするところを、自分の使い魔である荷物持ち君に止められていた。
 基本、荷物持ち君はミアの意向を尊重してくれ、このように行動の制限をするようなことはない。
 今までなかったことなのだが、ミアも荷物持ち君のその行動に心当たりがないわけではない。
「もしかして、アビゲイルさんが言ってた外道種が裏山にまでいるんですか?」
 ミアがそう荷物持ち君に聞くと、荷物持ち君はゆっくりと頷いてみせた。
 今のミアには薬草が採れなくとも生活に困るようなことはないのだが、それでも薬草が採れないのは予定がなくなる、とミアは少しだけ悩む。
 講義がない、言うならば長期の冬休みの間はやることがないのだ。
 せっかく自分の工房も手に入れているので、今度こそ、夏の長期休みでできなかった新しい水薬の開発でも、と考えていたのだが薬草がないのであればそれもできない。
 新しい水薬開発にこそ薬草の類は大量に必要となる。
 予定が失くなってしまったとミアは少し考える。
 流石に無理をして裏山に行く気もミアにはない。
 スティフィやアビゲイルの話では、破壊神の加護があるこの学院内に居れば安全だとミアも聞いていた。
 ある意味、裏山も学院の敷地内ではあるし、そもそもミアが破壊神と会ったのも裏山だ。
 なので、ミアは裏山も安全だと、そう考えていたのだがそう言う訳でもないらしい。
 ミアは少し考えた結果、とりあえず騎士隊の事務所へと足を向けた。
 そのことを知らせておかなくてはならない。

「なんでハベル隊長は、私を見てあからさまな嫌な顔をしているんですか? もしかしてこの卵のせいですか?」
 そう言ってミアが胸に下げている竜王の卵を見せると、ハベル騎士隊長は更に嫌そうな表情を見せた。
 ただハベル騎士隊長にも威厳というものがあるので、軽く咳ばらいをしてから、
「いや、吾輩が力を貸してもらっている竜は飛竜で、その卵は地竜の物だから関わりは余りないのだがな…… 多少は影響があるのでな」
 と、顔をしかめながらそう言った。
「やっぱり影響があるんですね?」
 と、ミアが聞き返すと、ハベル隊長はただただ嫌な顔をしただけだった。
「まあ、な。で、なんだ、こんな朝っぱらから。吾輩も今、事務所に着いたところだぞ」
 その言葉通り分厚い毛皮の外着をちょうど脱いでいるところだった。
 他に騎士隊の人間がいないわけではないが、ミア、と言う特殊な客だったためハベル隊長が直接対応しているだけだ。
「いえ、荷物持ち君が裏山にまで外道種が居るというので、私は直接見てはいないんですが、一応知らせに……」
 と、ミアがそう言うと、ハベル隊長の眉がぴくんと跳ね上がった。
「とうとう裏山までか、そうか。報告ご苦労。西の山では確かに外道種を確認していたが、裏山にまで来たか。まあ、しばらくは裏山にも行かないようにな」
 ハベル隊長も予想はしていたのだが、随分と外道達の動きが速い。
 これで人の手が及びにくい山方面はすべて外道種の姿を確認できたことになる。
 そして、不味いことに、この学院の南以外の三方はすべて山に囲まれている。
 恐らく外道種達の目的もこの学院の包囲なのだろう、とハベル隊長も考えている。
 しかも、今この学院にいる騎士隊は、去年の夏の始祖中の一件でほぼ新兵となってしまっている状況だ。
 流石に雪が降り積もる中、山で外道種と戦うのは分が悪い。
「はい、こちらこそご迷惑を……」
 そう言ってミアは頭を下げた。
 それに対しハベル隊長は自分の不甲斐なさを感じる。
 だが、それと共に人間ができることなどたかが知れていると言うこともハベル隊長も理解できている。
「外道種を根絶することは、我ら人間、特に騎士隊にとっての悲願でもある。気にすることではない。それに君はどうも世界一丸となって守らなくてはいけない人物のようだしな。逆に名誉なことだ」
 そう言ってハベル隊長は表向きは笑って見せる。
 だが現状は打つ手がないのも事実だ。
 せいぜい山に行くなと、注意を促すくらいだ。
「そうかもしれないんですが、思うところはあるんですよ」
 それを見透かしたかのように、ミアは何とも言えない表情を見せる。
「しかし、山狩りをするにも、冬季の間は無理だな…… ここの冬は厳しすぎる。というか、よくこの雪で裏山とはいえ、山に入る気になるな」
 裏山はそれほど険しい山ではない。
 それでもこの地域の冬はとても厳しい。
 今日も雪が降り積もっており、この状況下で山に行こうと、考えれる方が不思議なほどだ。
 しかも、ミアは冬の山の危険性を十分に理解していて、それでも行こうとしている。
 山にはなれているというのも本当なのだろう。
「ラダナ草くらいなら、この季節でも簡単に見つけられますからね」
 確かにラダナ草の生命力はとても高く雪の品でも小さな黄色い花をつけることで知られている。
 雪を掘り返せばこの時期でも楽に見つけることができる。
 他の雑草がいない間に、ラダナ草の群生地がいくつもできている、なんて話を聞くくらいだ。
 その繁殖力の高さから、薬草だか雑草だかわからないような扱いをなされている草でもある。
「もう金には困ってないんだろう? 買ってしまえば良いじゃないか」
 ハベル隊長が言う通りであり、そもそもラダナ草はいくら買ってもそう大した金額にならない。
 なんならその繁殖力の強さから、自分で育てるのも楽だ。手入れも何もいらないほどに。
「うーん、やっぱり山に生えているような自生している物の方が生命力が強いんですよ」
 ミアはそう言って難しい顔をした。
 確かに魔術の素材になるような物は、その育った場所や環境で魔術的意味合いが違ってくる物だ。
 つまりミアが求めている物は、人の手で育てられた薬草ではなく、自然の中で育った薬草を求めている、と言うことだ。
「なるほどな。魔術的な意味合いも変わってくるというしな。けども裏山もしばらく立ち入り禁止だ。恐らく春までは、この雪がなくなりでもしない限り、こちらでも対処できんぞ」
 そう言ってハベル隊長も難しい表情をした。
 騎士隊としても今は動くわけにはいかない。
 そして、この件があったからこそ、わざわざ破壊神が動いたのではないかと、ハベル隊長も今更ながらに思うほどだ。
「はい、わかりました」
 ミアも仕方ない、とばかりに少し困り顔でそう返事をいた。

「この時間にミアが工房に居ないと思ったら、そんなことがあったのね」
 その話を聞いたスティフィが昼食を食べながらの感想はそれだけだった。
 魔女はいつも通りにいつもの食堂だ。
 今日はミアちゃん係も人数が少なく、ミアとスティフィだけで他の者はまだいない。
 いつの間にかに食堂が集合場所になり、気づけば他の客が減っているのだが、そこは学院内の食堂なので売り上げはそこまで気にしているわけでもないし、ミアは学院の食堂の名物となったパンの権利の持ち主でもある。
 食堂側がどうのこうのと言ってくることはない。
「はい、暇になってしまいました」
 先に少し早い昼食を既に食べてしまったミアはそう言って、食堂が提供しているお茶を啜った。
 相変わらず日替わりで何のお茶か不明だが、お昼前にと茶葉を新しくしているので、そのお茶の味はまだ濃い。
 今日のお茶は少し苦みのあるお茶だが、そう不味いものでもない。
「じゃあ、ティンチルでも行く? また来てくれって手紙まで貰ったんでしょう? しかも無料でって?」
 冗談のつもりで、更に何も考えないで、スティフィはそんなことを言った。
「そう言う手紙は確かに貰いましたが、外道種に狙われているって言うのに、この魔術学院から出るわけにはいきませんよ」
 ミアはそう言って少し残念そうな表情を浮かべた。
 もしかしたら、ミアもティンチルへ再び行くことを望んでいたのかもしれない。
「まあ、それもそうよね。人工温泉とやらをどんなものか、見てやろうと思っていたけど無理か」
 スティフィはそう言って残念そうにしている。
 ティンチルの温泉はわざわざ温泉の本場の北の地より岩盤を仕入れて、それで湯を沸かしているというのだ。
 北の地出身で温泉の本場を故郷に持つスティフィとしては気になるのかもしれない。
「はあ、暇ですね、白竜丸君の様子でも見に行きますか?」
 何の気なしにミアがそんなことを言いだした。
 白竜丸と言うのは、この魔術学院の下水道に住んでいる白い鰐だ。
 少し特殊な生まれの鰐で竜王の卵を持つミアの言うことを聞く。
 今はマーカスの飼育下にあり、未だに下水道で飼育されている。マーカスの世話により冬場にも拘らず、どんどん大きく育っているのだという。
「嫌よ、あいつ住んでるの下水道じゃない」
 あの下水道に入るには人からしたら衛生的にも魔術的にも、専用の防護服を着なければ危険な場所でもあり、そんな場所で平然と生きる鰐に対してスティフィは少なからず嫌悪感を抱いている。
 恐らくあの鰐と戦うような事になってもスティフィでは決め手に欠けて倒し切ることが出来ない、と、スティフィ自身が判断する生物だ。
 人の身ならず生物自体を自分より強いか、弱いか、殺せるか、で判断しているスティフィからすると、白竜丸と名付けられた鰐も苦手な相手となる。
 会いに行くのもスティフィには気が重い相手だ。
「暖かくなったら、ちゃんとした巣を地上に作るらしいですよ」
 ミアの護衛と言うことで予算が降りたとも聞いている。
 それに人間にとっては何かと危険な下水道ではその世話も大変なことでもある。
「というか、外道種も冬の間なら対処されないと考えて寄り付いてきている、とかないわよね?」
 食事をして、スティフィの脳に栄養がいきわたり始めたのか、よほど地下下水道に行きたくなかったのか、そんなことを思いついたように誰に問うでもなく言った。
「どちらにせよ、学院内では安全なんですよね?」
 その言葉に少なからずミアは不安になる。
 と、言っても自分が襲われるかもしれない、と言うことよりも、その結果、また周りに迷惑をかけてしまう、という方の不安ではあるが。
「まあ、この学院はね。破壊神の加護がある上に、あの巨女までいるのよ。ここに攻め込むようなことはしないでしょうね。逆に一網打尽にされるわよ」
「でも、シキノサキブレって外道種は入り込んだじゃないですか」
 ミアがもう後数カ月で一年前にもなることを思い出して、懐かしそうに、それでいて不安そうにそう言った。
「あー、あれは地脈を介して感染したって感じで、なんかしらの意志があったわけじゃないと…… 思うけれども、その確証もないのよね。そもそも、あの外道種は情報が無さすぎて謎だらけだし」
 スティフィがあれもミアが絡んでいたことは事実だし、何ならその関係者がミアちゃん係にされてもいる。
 何かしら意味のあったことなのかと、そう考えていると、
「おんやぁ、シキノサキブレなんて珍しい外法を知っているんですね」
 そう言って、アビゲイルが顔を見せた。
 アビゲイルも今は第二女子寮を使っているので、その寮からほど近いこの食堂に来るのは不思議ではない。
 が、空いている席は多いのに、ざわざわミアの席の近くに来ていると言うことはそう言うことだ。
「あ、アビィさん、おはようございます」
「んー、おはよう」
 ミアは素直に挨拶を返し、スティフィは訝しみながらも一応は挨拶を返す。
 おはよう、と言う言葉にアビゲイルは少し疑問に思う。
 なぜならもう昼だし、アビゲイル自身も昼食を取りに来ているのだから。
「おはようございますぅ、ミアちゃんにスティフィちゃん」
 ただそのことを指摘したりはせずに、あからさまな作り笑顔で二人の顔をアビゲイルは見る。
「そうなんですよ、去年の春ですね。その外道種がこの学院の敷地内に入り込んだんですよ」
 ミアのその言葉に、アビゲイルの作り笑顔が即座に崩れ落ちる。
「へ? 破壊神の加護があるのにですか?」
 アビゲイルは信じられない、と言う顔を見せるが、ミアがすぐに否定する。
「いや、その時はまだなかった、と言うか、今年の元日からよ、破壊神が加護をくれたのは」
「本当に最近じゃないですか。師匠は何も教えてくれないので困りものですねぇ」
 そう言って、崩れた作り笑顔を再度作り直してアビゲイルは笑って見せた。
「今考えるとあれも私を狙った物だったんでしょうか?」
 アビゲイルには一瞬なんのことを言っているのか、わからなかったが、スティフィの返答でおおよそのことは見当がついた。
「あれはミアが来る前から巣くっていたようだし、偶然…… だとは思うけど」
 アビゲイルは一考した後、ミアに質問する。
「シキ自体は生まれなかったんですよね?」
「え? ええ、死体に憑りついて動き出すって話ですよね。それなら…… 恐らくは」
 シキと言われて、そう言えばあの外道種はその名の通り、死蝋化した死体を操る外道種だったことをミアは思い出す。
「じゃあ、恐らくは偶然ですね。シキになるまで成長してたら、何か企んでもおかしくはない、とは思いますが。シキノサキブレはカビが外法になったものなんですが、シキになるまではただのカビとそう変わりませんよ。適応できる環境があったから現れただけですね、恐らくではですが」
 そう言ってアビゲイルは葉物のサァーナを食べ始めた。
 本当は肉類を乗せたかったが、資金難のため、葉野菜だけ乗ったサァーナをアビゲイルは食べている。
 一時期、お金がないならとミアに素のサァーナを進められたしたが、流石に素のサァーナは味気ないと、葉野菜だけは乗せている。
 ついでにアビゲイルも、ジュリー同様にミアの工房を使わせてもらい日銭を稼いでいる。
「随分詳しいわね、知っているの? あんたの師匠も知らないって話じゃなかったかしら」
「ああ、師匠は知ってても、知らない、って、答える人なので。実際はどうかわかりませんけどね。まあ、私がシキノサキブレについて詳しいのは、東の沼地で何度か出会ったことがあるからですよ」
「え? 本当に沼地に住んでたの? 嘘かと思ってたわ」
 スティフィは東の沼地に住んでいた、と言うアビゲイルの言葉を未だに信じられずにいる。
 それもそのはずで、中央の東に広がる大湿原は、中央の大事な水源であると共に、人類未踏の地でもある。
 その理由はほとんどが底なし沼と言えるような場所で開拓のしようがない。それに船を浮かべられるほど水深も深くない。
 けれども、絶えず地下から水が湧いてくるという地域である。
 なにより、神代大戦が終わった時、その地を納めている人も神もいなかったため、今に至るまで手付かずの地となっている。
 そんな人も神もいない地に外道種が集まるのは自然な事だ。
 最北端が虫達の楽園なら、その湿地帯は外道種達の王国でもある。
 暗黒大陸、虫達の楽園、東の大湿原はこの世界の三大秘境ともいえるような場所だ。
 そんな場所に人が一人で済んでいられるわけがない、と言うのが常識だ。
「ほんとですよー、まあ、シキにまで成長しないのであれば無害かつ、意識のない外法だと思いますけどねぇ」
 アビゲイルはそう言いつつも、当時のことを思い出している。
「ん? 待って沼地で死蝋なんてできることあるの? 沼地なんでしょう? そんな場所なら普通に腐るんじゃないの?」
 スティフィも東の沼地、この学院からは北側の山脈を超えたその先に広がる湿地帯を訪れたことはない。
 いや、スティフィ、つまり狩り手だったからこそ、そんな人も住んでいないような地に用はない。
 ただ聞いている話では、その場所は本当に永遠と沼地が続くような場所だ。
 仮に獣の死体なんかがあったとしても、シキノサキブレが憑りつく様な死蝋化した死体があるとも思えない。
「いやー、そんなこともないですよ。泥炭地なんかもありましたからね、あそこは。そんな沼の底では死体は腐らないこともあるので、そのままシキになるようなこともあるんですよ。中央東の湿地にいったら泥炭地は注意が必要ですよ。沼の底に潜んでいるので。ま、人間の死体ではないですけどね」
「行かないでしょう、そんな場所。普通は」
 スティフィは本心からそう言った。
 だが、ミアはちょっと興味があると言った表情を浮かべている。
「東の沼地…… 山脈の向こう側の話ですよね。山脈の向こう側にも世界はあるんですね」
 しみじみとミアはそう言った。
 ミアの中ではこの学院に来るまでは、自分の村だけで世界は完結していたのだ。
 山の向こうに更なる世界が広がっている、なんてことは考えもしていなかったことだ。
「いや、逆に向こうの中央が本場で、外側のこちらが僻地だから」
 スティフィが必死にそう訴えかける。
 中央と呼ばれる内陸地が、今はこの世界、少なくとも人間の世界ではそこが中心であることは間違いがない。
 そして唯一、法の神に認められた人間の王が存在する王都がある場所でもある。
「それが私には未だに信じられないですよ」
「まあ、中央へ行くことがあれば、実感できるんじゃないですかね。中央は根本的に生活が違いますよ」
 アビゲイルもそう言ってミアを見て笑った。
 からかうことが好きなスティフィでなくとも、ミアが王都へ行ったらどんな反応をするか、アビゲイルも見て見たいと思う。
「そう…… なんですね。どう違うんですか?」
 想像もできないミアが興味がある、とばかりに質問をすると、
「汽車が走ってたり…… と、汽車も分からないですよね。あれも一応神器って扱いなんですかね」
 アビゲイルがそう答えた。
「確か神器って話よ。そうね、中央は…… うーん、ティンチルともまた違った感じだけど、ここの生活よりはティンチル寄りの生活って感じかしらね、中央全体が」
 スティフィも色々と比べる様に思い出しながらそう言った。
「そ、想像もできませんよ……」
 と、ミアがしみじみと言ったところで、エリックとマーカスが食堂に走り込んでくる。
 そして、ミアの姿を見て一息つく。
「良かった、無事だったんですね」
 マーカスが一息ついた後にそう言って、エリックも笑顔でミアの無事を喜ぶ。
「いやー、とりあえずは良かった」
「なんかあったの?」
 と、スティフィがそう聞くと、
「ん? 裏山に外道種が出たって聞いてな」
 と、エリックが答える。
「ああ、それ報告したの私ですよ」
 ミアがそう告げるが、マーカスがそれを否定する。
「いや、ここにいるって事ならば違いますよ。報告者は実際に裏山で奇妙な生物に遭遇し襲われたらしく命からがら逃げて来たって話ですよ。怪我を負って今は医務棟にいるはずです」
 それを聞いてミアが驚く。
 確かに今日は朝とはいえ少し遅れて山に入ろうとした。
 自分以外にも山に朝から入っている人間がいてもおかしくはない。
 中には冬の間にしか採取できないような素材もある。
 それらを目当てで生徒が裏山に入っていてもおかしくはない。
「私以外にもこの時期に裏山に入っていた人がいるってことですね……」
「それ、ジュリーなんじゃない? 最近、ミアの工房借りて水薬作りにはまってたでしょう? 想像以上に稼げます、とか言ってたけど、そりゃミアの工房をただで借りてんだから」
 スティフィがふと思いついたようにそう言った。
「ま、まさか? ジュリーは冬の山に入る様な人じゃないですよ」
 ミアはそう言いつつも、もうお昼の時間なのでこの時間なら、普段ならもう顔を出しているはずだと、少し不安になる。
「それも…… そうか」
 と、いう感想だけでスティフィは特に何も思わないし、心配もしていない。
「どうする、ミアちゃん係がとうとう動くときが来たか!?」
 と、エリックがそう言って、暖炉があると言っても寒いのに腕まくりをして見せた。
「いや、動かないですよ。外道種の目的は私かもしれないんですから、下手に動いたら迷惑かけちゃいますよ」
 そう言ってミアが苦笑しているところに、今度はルイーズが走り込んで来た。
「ジュリー様が外道種に襲われて怪我したというのは本当ですか?」
「え?」
 その言葉にミアがそう返すと、
「え?」
 ルイーズも同じ顔でそう返事を返した。

「いや、まさか初めて裏山に採取に出かけた日に外道種に襲われるとは私も思っても見ませんでしたよ……」
 右手に包帯を巻いたジュリーが寝台に横になりながら、困った笑顔を浮かべてそう言った。
 ついでにジュリーの目的は山に降り積もった雪だ。
 ここの雪は天の精霊王の力がこもった雪でもある。
 その雪解け水なら質の良い水薬を作れると思って、雪をそれも山に降り積もる様な雪を取りに行っていたらしい。
 とはいえ、裏山の手前で済まそうとしていたのだが、そこで外道種と出会ってしまったらしい。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、襲ってきた外道種も毒なんかは持ってない種類だったそうです」
 そう言ってジュリーは笑っているが、どう見てもその顔は笑顔には見えない。
 自分の不運を嘲笑っているかのような、そんな笑みだ。
「話を聞く限り兎耳茸かな。まあ、外道種の中では大人ししいほうですねぇ」
 ある程度情報を聞いたアビゲイルが、ジュリーを襲った外道種の名前を言い当てる。
「なんですか、そのそれ? きのこなんですか? 兎なんですか?」
 ミアがそう聞き返すと、アビゲイルが得意そうな顔をして説明してくれる。
「兎の耳に似たものが地面から生えていたら要注意、ぴくんぴくんと動いてたらほぼ確定ね。その耳に触った者に噛みついてくる、ってだけの外法ですよ。毒なども持ってなくてよかったですねぇ。正体はきのこの外法ですねぇ」
「何その外道種、それでも外道種なの?」
 と言うのが、スティフィの素直な感想だ。
「ついでに焼いて食べると羊の肉の味がするそうですが、おなかは壊すそうですよ」
「は? 外道種を食うのかよ」
 と、エリックが驚いて見せる。
「いやー、以前はそう言う生態の動物だと考えられてたんですよ。あんまりにも無害で。地面から生えた兎の耳を見かけたら、槍でその場所を一突きすれば倒せますよ。ついでに地面に埋まっているのは羊の頭のような物ですよ」
「なんですか、それ、変な外道種…… って、外道種は全部変ですよね」
 ミアはそう言って、頭の中で想像してみるがよくわからない生物なことは確かだ。
「だから外道種、外法の者って言われているんですよぉ。神の定めた法の外の生き物、なので私は外法の者って呼び方が好きですねぇ」
 アビゲイルはそう言って、確かめる様に頷いて見せている。
 ついでに外法の者と言う呼び方は昔の呼び方で、今は外道種と言う呼び方が一般的である。
「じゃあ、俺らでジュリー先輩の仇討をするか!?」
 エリックがそんなことを言い始める。
 スティフィはチラリとミアの顔を確認するが、流石のミアもエリックの発言に困った表情を見せていたので、とりあえずは安心をする。
「あの、仇討ちって、私まだ死んでないですけども?」
 ジュリーのその言葉だけが病室に響いた。

 その日の午後、エリック一人で裏山に入り、見事、ジュリーを襲った兎耳茸を仕留め戻ってくる。
 ただ驚いたことに、その場所は学院からほど近い場所でもあった。
 もちろん、エリックはこっぴどく怒られもしたが、学院からかなり近い場所で外道種が見つかったので、ハベル隊長や学院の教授達も意識を引き締めなおしたのも事実だ。



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