学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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日常と収穫祭と下水道の白竜

日常と収穫祭と下水道の白竜 その9

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「白竜丸君でしたっけ? 元気ですか? あの鰐さん」
 ミアが大きな桶に大量に入れられた葡萄を踏みつぶしていると、それを見にマーカスがやって来た。
 今は収穫祭の真っただ中で、学院の広場でその行事の一つ、精霊王に捧げるための葡萄酒造りが行われている。
 数人の少女が桶の中ではだしで葡萄を踏みつぶしている。
 ミアもその中の一人だ。
 ただ種もあるので、踏み心地はそれほど良い物ではない。
 食べ物を踏みつけているという行為はミアにとって、かなりの背徳感を感じるものだ。
 何も考えないようにと一心不乱で葡萄を踏みつぶしているところだった。
 そんなミアがマーカスに気づきかけた言葉がさっきの言葉だった。
「ええ、でも、もうすぐ寒くなるので、しばらくは下水道で飼うことになりますけどね」
 マーカスのその返答と共にミアは渋い表情を見せる。
 マーカスの返答に対してではなく、葡萄の種を踏んで足が痛かっただけだが。
「結局、下水道に戻すんですか?」
 ミアはそう聞きつつも、なら無理に捕まえる必要もなかったのでは、と考えもしたが、今の鰐、スティフィが白竜と見間違えたことより、白竜丸と名付けられた鰐はマーカスの言葉をよく聞くようになっている。
 下水道に不用意に入ったところで、人が襲われるようなことはないはずだ。
 それだけでも一度捕まえたかいはあったものだ。
 また地下下水道の簡易的な掃除や鼠退治、呪詛の撤去なども、将来的には白竜丸にやらせるようにと騎士隊にも取り合っているらしい。それで得た賃金を白竜丸の育成費にあてるのだとか。
 鰐がマーカスの言うことを聞くようになった、そもそもの大元はミアであり、ミアが首から下げている地竜の卵のおかげではある。
 ただし、ミア自身なんでこの卵で鰐が言う事を聞いてくれるのか、よくわかっていない。
 竜の因子がどうのこうの、という話は聞いたがその原理まで理解できてない。
 ただこの首飾りをしていれば、竜種その中でも地竜に属する竜には襲われることはない、との話だ。
 そもそも、この辺りには竜自体がいないのだが。
 実際に白竜丸はマーカスの言うことを、よく聞いている事だけは事実のようで、かわいがられながらも飼育されているとのことだ。
「ここいらの冬は厳しいですからね。どうしても地下じゃないと無理なんですよ。専用の場所を用意してあげられたら良かったんですが」
 マーカスも申し訳なさそうにそう言った。
 この地方の冬は厳しく鰐を地上で飼えるような環境でもない。
 捕まえた鰐、白竜丸はそれなりに大きく、すぐに冬を越せるような場所を用意できなかった。
 最適な場所ではないのだろうが、冬の期間は地下下水道でとりあえず飼うしかない。
「ああ、そう言えば冬もすぐ寒くなるらしいですね、秋とか一週間か二週間くらいなんでしたっけ……」
 ついこの間まで蒸し暑く、最近やっと過ごし易い気候となったのに、もう雪が降るほど寒くなるのだという。
 ミアには信じられない話だ。
 やはりこの地方の気候はおかしい。
 それも自然を管理している精霊達のせいなのだが。
 そこへ同じく近くの桶で葡萄を踏みつぶしているスティフィが会話に参加してくる。
 スティフィにとって葡萄を踏みつぶす行為は暇でしかない。
「ミア、冬服はどうするのよ。またあの巫女服だっけ? 着るの?」
 その問いにミアは少し考えてから返答する。
「仕方なく普段着として来てましたが、あれはやっぱり特別な物なので普段使いしていい物でもないんですよ。新しく冬用の服を買いますよ。今は余裕ありますし」
 初めての外界への旅立ち、と、言うことで身分をわかりやすくするためにミアは巫女服でリッケルト村より旅に出たのだが、そもそもロロカカ神の巫女服は一般的な巫女服とは違っており、山の中でも十分に活動できるような機能性重視の物となっている。
 なので、外から見ると旅をしている巫女ではなく、旅慣れた少女の恰好に思われていたりはした。
 その巫女服も寮の自室に大切にしまわれている。
 金銭的に余裕のある今、それを普段着として着ることはない。何か特別な儀式の時にだけ着ればよいものだ。
「なら、私も買いに行くから一緒に行かない? 都にでも?」
 スティフィはミアを買い物へと誘う。
 ミアは少し考えて、確かに服はこの学院でも買えるのだが、都と呼ばれるようなリグレスに行くのも良いと思う。それもそれで楽しそうだ。
 一人では気が引けるがスティフィと一緒なら、それもきっと楽しいだろうと。
「ああー、良いですね。行きましょう! リグレスでしたっけ、まだ私だけではよくわからないんですよね、広すぎて」
「じゃあ、今度の土曜か日曜ね」
「はい、わかりました」
 ミアとスティフィの会話がちょうど途切れたところでマーカスが葡萄を踏みつぶす少女達を見ながら、
「で、葡萄の踏み心地はどうですか?」
 そんな事を聞いてきた。
 ミアだけに聞いたわけではなく、付近にいるスティフィやジュリーにもだ。
 ただジュリーは既に葡萄を踏みつぶす作業に既に疲れており、返事をする元気はなさそうだが。
「なんか食べ物を足で踏むだなんて背徳的です」
 ミアが気まずそうな顔でそう答えるが、
「その割には容赦なく踏んでるじゃない?」
 スティフィがそれに突っ込む。
「仕事は仕事ですので」
 それに対して、ミアは真剣な表情でそう答えた。
「そう言えば、ミアも巫女なのですよね? そちらの収穫祭は良いのですか?」
 ふとマーカスがそんなことを口にする、それを聞いたスティフィが余計なことを言うなという顔をしてマーカスを睨む。
 ミアの話ではロロカカ神の収穫祭もあるはずだ。
 熱心な巫女であるミアがそれらの行事を無視するとも思えないのだが、ミアは今のところ何の準備もしていない。
「ええ、もちろんありますよ。でも、リッケルト村には代役の巫女がいますので。私がここで学んでいる間はロロカカ様の大きな行事はすべて任すことになっています」
 ミアは少し寂しそうにそう言った。
「あら、ミアが? 珍しいわね」
 それに以外とばかりに、スティフィも反応する。
「そういった行事を重ねてやってしまうのはダメだと、リッケルト村では言われているので…… 仕方ないですよ。こっちでは違うんですね、複数のお祭りが開催されるだなんて驚いてますよ」
 ミアは本当に少し残念にしつつも、少し納得できない表情を見せている。
 リッケルト村では収穫祭は一番のお祭りで村を上げて一丸となって祭りを開催する。
 だが、この辺りではいろんな収穫祭が同時に開催される。
 特に多種多少な人種が集まる魔術学院では複数の種類の祭りが同時に開催されている。
 ミアにとってはあまり信じられない光景なのだが、それがここでは普通らしい。
 それらなここでロロカカ神の収穫祭を、とミアも一瞬思ったのだがリッケルト村の方で収穫祭をしているはずなので、ミアの方では何もできない、してはいけない、と言うことのようだ。
 ミアも少し憤りを感じてはいるのだが、しきたりはしきたりなので大人しく従うしかない。
「み、みなさん、よ、よく…… 喋りながら…… 葡萄を踏んでられますね……」
 そこでジュリーがやっと息も絶え絶えで会話に入ってきた。
 それを見たスティフィがニヤリと笑みをこぼす。
「あんたは体力がなさすぎるのよ。ミアを見て見なさいよ、あんなに細いのに体力だけは馬鹿みたいにあるんだから」
「これも小さいころから巫女として山に入っていたからですね」
 ミアの言葉に今度はマーカスが反応する。
「巫女として山に入るって言うのもあまり聞かない話ですね」
「え? そうなんですか?」
 ミアが不思議そうに聞き返す。
 スティフィが会話の内容を変えようとしたのを、マーカスが話を戻すような質問をする。
 スティフィがマーカスを睨むがマーカスはスティフィの視線に気づきつつもそれを受け流した。
「ええ、山の神様は女神が多いと言われていて、山に女性が入ると神様が嫉妬する、なんて逸話もあるくらいですよ」
「そうなんですね、ロロカカ様は懐の広い神様なので」
 と、ミアが目を輝かせてそう言った。気持ち葡萄を踏む足音も大きくなっている気がする。
 いや、実際に桶もかなり揺れている。下手をしたら中身がこぼれそうなほどに。
 ミアがロロカカ神の話をして興奮してきているのかもしれない。
 そこでスティフィは再度、話題を変えるべく話を振る。
「ま、まあ、その話は置いといて、今日は出店で食べ放題よ、ミア」
 ミアにロロカカ神の話をさせだしたら長いし、ミアもなにかと興奮しだす。
 それに何がきっかけでミアを怒らせるかもわからない。
 普段ミアはあまり本気で怒ったりはしないが、ロロカカ神のことだと即座に怒りが頂点に達してしまう。
 なので、ミアと会話をするときはなるべくロロカカ神の話は避けた方が良いのは事実だ。
 何よりも今でもロロカカ神は祟り神だと考えられている。
 ミア以外は話しをしていても、聞いていても、あまり気分のいいものではない。
 マーカスも普段ミア自身のことをあまり聞いて来ないのだが、今日はやけに踏み込んでいる気がする。
 もしかしたら、オーケンに何かを言われたのでは? とスティフィは勘繰るが、その確証もない。
 確証がないなら、ロロカカ神の話はやっぱり避けるべきだとスティフィは思う。
 なぜなら、大体ろくでもない結果にしかならないからだ。
「そう言えば、そんなお話でしたね! カボチャの焼き菓子が気になるんです!」
 ミアは目を輝かせて涎を啜った。
 スティフィの目論見通り、話題はロロカカ神から離れてくれた。
 ミアとしても自分が参加できないロロカカ神や収穫祭のことを、今はあまり深く考えたくはないのかもしれない。
「果物も…… 今日は食べ放題…… ですよ!」
 ジュリーもそう言って嬉しそうな顔をしている。
 普段は中々手が出ない果物も今日なら無料で振舞われている日でもある。
 それらを楽しみにしている生徒も多い。
「お祭り様々ね」
 スティフィも美味しいものが無料で食べれるのならと、少しは浮かれている。
「そう言えば、騎士隊の方で今日はグレン鍋の提供もあるんですよね? 後でみんなで行きましょう!」
 ミアが掲示板に貼ってあったチラシを思い出して提案する。
 こちらは無料ではなかったが、なかなか食べる機会もない物なので食べれるときには食べておきたいとミアは思っている。
 エリックが作ってくれたグレン鍋は確かに美味しいものだった。
「あー、あれ、確かに美味しかったわよね」
 スティフィも思い出してその味を思い出す。
「おや、食べたことあるんですか?」
 グレン鍋は騎士隊秘蔵の料理のため、騎士隊員以外が口にすることは稀だ。
 こういったお祭りの時期、年に何度かあるかないかの事だ。
 それによりグレン鍋目当てで騎士隊に入隊希望する者がいるとかいないとか、という噂すらある。
「はい、美味しいのと苦いのを……」
「苦い……?」
 と、マーカスが聞き返すと、そこへふらふらと揺れる影がやってくる。
「こ…… こんにちは…… どうですか? 葡萄酒…… 造りの方は……?」
 たどたどしい喋り方の女性、サリー教授が名簿を持って、声をかけて来た。
「あ、サリー教授! なんか食べ物を足で踏みつけているので背徳感が凄いです」
 ミアが正直にそう返事をする。
 それで名簿に羽筆で何かを書き込みながら、桶の中を確認していき、ジュリーの桶の中身を見て注意を促した。
「そ、そうですか…… んー…… ジュリーさんは…… もう少しちゃんと潰してください」
「は、はい!! が、がんばります!」
 最近、サリー教授に何かと教わることが多くなったジュリーは、サリー教授にそう言われ疲れていた足を無理に動かし始める。
 ただ同じ場所を踏んでいるだけなので、その工程があまり進んでいるようにも思えない。
「ミアさんと…… スティフィさんは…… お上手ですね…… しっかりと…… 潰せてます……」
 サリー教授はそう言ってまた名簿に何かを書き込んでいっている。
 その様子を見ていたミアが思い出したように、サリー教授に話しかける。
「そう言えば、精霊王が葡萄酒を嗜む理由ってなんなんですか? 講義じゃ出てこなかったです」
「まあ…… 精霊魔術とは…… 関係のはない話…… ですからね。では…… お話しますね……」
 そう言ってサリー教授が話してくれたことを要約すると次のような話だった。
 
 その昔、神代大戦よりも昔の時代。
 人のことをより知りたいと思っている一人の精霊王が、一人の人間の聖人に聞きました。
 人間が最も好んで飲むものはなんですか? と。
 その聖人は盃片手にこれさ、と葡萄酒を見せました。
 偶然、精霊王が話を聞いた聖人が酔いどれで有名な聖人だったため、そう答えたのですが、精霊王も葡萄酒をたいそう気に入ったという話で、それ以降他の精霊王にも葡萄酒を捧げる習慣ができた、と言う話だ。
 
「ただ単に精霊王もお酒が好きだった、っていう話よね?」
 スティフィが身もふたもないことを言うので、サリー教授は苦笑してみせた。
 実際には、酒を飲む前にいがみ合っていた人々が笑顔で酒を酌み交わしていることを、精霊王が見て感動したという話なのだが、そちらの話は失われて語られることは少ない。
 それ故に、葡萄酒を贖罪の捧げ物、怒らせてしまった精霊たちを鎮めるための捧げ物として受け取る精霊王が多い所以だ。
 精霊王がそれを飲むことで、精霊達の怒りも一緒に精霊王に飲み込まれ、全ての罪を酒と共に洗い流そう、という考えが精霊にはあるのだが、今はあまり人間には伝わっていない。
「さあ…… それはどうでしょうか。精霊王は…… いくらお酒を飲んでも酔わないそうですし」
「じゃあ、味なんですか? 確かにあの色はなんか美味しそうですよね」
 ミアが実際に今踏みつぶしている物を見ながらそう言った。
 自分の足で踏みつぶしているので、あまり飲みたいとは思わないが、甘い良い葡萄の香りが漂っていることは確かだ。
 きっと甘くておいしい果汁なのだろうと。
「ミアは飲んだことないんだっけ? 葡萄酒は果汁のように甘くはないわよ?」
 スティフィがミアに真実を突きつけてやる。
「え? そうなんですか? こんなに甘そうな香がするじゃないですか」
「その甘みが、お酒の成分になってしまうので…… 果汁のような甘みはないですね」
 と、サリー教授も答える。
 甘くないと聞いて、ミアの興味が葡萄酒から別のものへと変わる。
「そうなんですね、あっ、そう言えば来年のこの時期にサリー教授とフーベルト教授の結婚式もあるんですよね? それも学院でやるんですか?」
「はい、その予定…… です」
 そう言ってサリー教授は嬉しそうに、それでいて照れ臭そうに頬を染めた。
「でも、なんで来年なの? さっさと済ませちゃえば良いじゃない」
 スティフィがみもふたもないことを言うが、サリー教授は少し困った表情を見せた。
「教授同士ともなると、色々としがらみがあるんですよ…… 特に私のほうは教授歴がそれなりにありますので……」
 そして、ため息をつく。
 サリー教授としても、さっさと結婚式をあげたかったのかもしれない。
 なにせ結婚式をあげるまでは、サリー教授の父である、あのオーケンがこの学院に滞在するのだから。
「ところでサリー教授は何しに?」
 ミアが足を動かしつつもそう聞くと、サリー教授の表情が真面目な物へと変わる。
「もちろん…… 査定ですよ。今のところ、ミアさんが一番の高額となってますが…… これは…… 朽木の王にも気に入られているので、仕方がないですが……」
 サリー教授はそう言って真面目な表情をすぐに崩した。
 査定するまでもなく朽木の王に気に入られているミアが一番なのは仕方がないことだ。
 この葡萄酒は朽木の王に捧げられるものなのだから。
「まあ、門の巫女とかよくわからない巫女でもあるしね、ミアは。そこはまあ、しかたがないとして、私とジュリーではどっちが上よ?」
 スティフィがそう言うが、スティフィの顔は既に勝ち誇っている。
 その顔をジュリーが恨めしそうに見るが、特に何か言ったりはしない。
「うーん…… 信仰先の神格も…… 影響するし、揉め事にも発展するので…… あまり詳しくは言えないのですが…… ただジュリーさんはもう少し丁寧に種迄潰してくださいね」
 サリー教授も少し困った表情を浮かべてそれだけ伝えて来た。
「は、はい……」
 と、ジュリーが意気消沈しながらも、疲れた足を上げては降ろしている。
 ただやっぱり同じ場所でそれをやっているだけなので、葡萄はその場所しかつぶれていない。
「これは私の勝ちね」
 と、スティフィが更に勝ち誇りながらそう言うが、
「か、勝ち負けより…… 貰える金額…… の方が…… だ、大事…… なんです!」
 と、ジュリーが若干の怒りを込めて、足を踏み下ろしていく。
 そのおかげか、少しだけ新しく葡萄が踏みつぶされていく。
 だが、ジュリーの体力の限界は近そうだ。
「もうへとへとじゃない? 諦めたら? 汗が混じっちゃって価値下がるんじゃない?」
「うぅ……」
 スティフィにそう言われて、ジュリーは泣きそうな表情を見せるだけだった。

 葡萄酒造りを終えたミア達は出店や屋台を回っている。
 様々な屋台や出店が出ていて、もう日が暮れていても屋台や出店の明かりで明るい。
 またどっからともなく陽気な音楽も聞こえてくる。
 その音楽に合わせて踊っている者達もいれば、それを肴に酒や料理を楽しんでいる者も居る。
 また昼間に葡萄を踏みつぶしていた広場には、簡易的な物ではあるが様々な神を模した像ががいくつも数えきれないほど飾られている。
 多種多様な人間が通う魔術学院だ。事前に申請すれば信仰している神の像を作り広場に飾ることが許可される。
 本当にいろんな神の像が作られて飾られている。
 いつかロロカカ神の許しを得て、ミアもここにロロカカ神の像を飾りたいと想いを馳せている。
 リッケルト村でも少数ではあるが出店などが出ていたが、巫女であるミアがそれらを見て回ることなどなかった。
 収穫された作物などを奉納する奉納の儀をして、村中を回り村中からロロカカ神に対する感謝の意を集めて回り、それをロロカカ神に届けるのがミアの役目だった。
 それは収穫祭の間ずっと続けられるようなもので、ミアにとっては一年で一番の一大行事である。
 出店などを回る暇などなかったのだ。
 だが、ここでは違う。
 確かにミアにとってそれらの行事はとても大切で大事なことではあったが、気楽に祭りを楽しむ、と言ったようなことはなかったのだ。
 収穫祭なのにロロカカ神の収穫祭に関われないことはミアにとって残念ではあるが、そのおかげでミアは生まれて初めて収穫祭という祭りを、楽しむ側として参加できたかもしれない。
 一通り祭りを見て回ったミア達は最後に騎士隊の屋台に来ていていた。
 そこではエリックが忙しそうに店番をしていて、グレン鍋の販売をしていた。
「ん? よう、スティフィちゃんにジュリー先輩! そして、ミアちゃんも! グレン鍋どうだい? 早くしないと売り切れちまうぜ?」
 大きな鍋にまだ入ってはいるが、エリックの言葉通りもうしばらくすれば、それらもなくなる量しかない。
「そのグレン鍋目当てできたんです! 一杯ください!」
「あいよ、一杯銅貨一枚だぜ?」
 そう言って器にエリックが慣れた手つきでグレン鍋を注ぎ込んだ。
「結構するのね」
 と、スティフィは言いつつも銅貨をエリックに支払った。
「そりゃまあ、じゃが芋やら人参やらが入ってるからな、これでも大分赤字だぜ?」
 そう言って、スティフィの器には溢れんばかりに注ぎ込まれたグレン鍋を渡してきた。
 それをこぼさないようにスティフィは器用に受け取って、エリックに笑顔を見せてやる。
 エリックもスティフィの笑顔につられて、デレデレとした笑顔を見せる。
 ただスティフィは左手が使えないので、どこか器を置ける場所を探しきょろきょろと辺りを探すと、エリックが小さな台をを屋台から出してくれた。
 その台にスティフィが器を置くと、ミアとジュリーも寄ってきてグレン鍋の注がれた器を置いた。
「そんなもの入っているんじゃ確かに赤字よね」
 たしかにスティフィが受け取った器にはじゃが芋やら人参がごろごろと入っている。
 それに加え、かなり大きめの肉まで入っている。
 これで銅貨一枚なら確かに安い。
「神与権益って奴ですね」
 と、ミアがグレン鍋を口にしながらつぶやいた。
 いくつかの作物、作物だけにかぎらないが、神が与えてくれた物や知識は、与えられた者がそのすべての権利を持つ。
 作物の場合はそれを育てるにもお金を払わなくてはならないので、どうしても割高になるのだ。
「ミアのパンは無料で配布してるのにね」
 スティフィが少し嫌味ったらしく言うと、ミアは苦笑して見せた。
 ミアもその権利の一つを所持していて、ミアはパンを作る権利とそれに付随する権利も所有している。
「マジデ? 後で俺も貰いに行こっと。あのパンうまいよな」
 と、エリックがそう言うので、スティフィは最高にいい笑顔で、
「もうとっくに用意されてた分は全部配り終えてたわよ。私らはミアのおかげで特別にありつけはしたけど」
 と、事実を伝えた。
 その時のスティフィの笑顔は最高に輝いていたと、ミアは後々語っている。
「うっへ、まじかよ。まあ、どちらにせよ、俺はしばらく店番だからなぁ」
 エリックは心底悔しがって、それをスティフィが満足そうに見つめている。
「なんで店番なんですか?」
 ミアが素朴な疑問をエリックぶつけると、
「いやー、色々またやらかしちゃってたのがバレちゃってさ!」
 と、エリックが懲りてない笑顔でそう伝えて来た。
「今度は何やらかしたんですか?」
 呆れながらジュリーがそう聞くと、エリックがマーカスを見た。
「マーカスのお師匠さんに頼まれて、ちょっと写し絵を売ってただけなのが今更バレちゃってさ……」
「あー、私の? あれはいい稼ぎになったわね……」
 そう言われてスティフィも思い出す。そんなこともあったな、と。
 なかなかいいお小遣い稼ぎにはなった事をスティフィは思い出した。
「ま、まあ、な?」
 と、エリックがジュリーとミアの顔を見て、曖昧な返事をする。
 その返事に重なるように、ミアのちょうど真後ろから、
「ミア様とジュリー様のもお売りになってましたわよ」
 と、声がかけられる。
 ミア達が振り向くとそこにはこの領地の領主の娘、ルイーズと、その護衛ブノアが立っていた。
 ただブノアの方は何とも言えない小難しい表情を浮かべている。
「ルイーズ様!?」
 と、驚いたようにジュリーが反応する。
 一拍あって、
「え? 私のも売られてたんですか? 聞いてないですよ!? だ、誰が買ったんですか?」
 と、ミアが顔を赤くして慌てて、エリックに詰め寄る。
「私が買ってお土産にしたのですが、それが間違いでした」
 ルイーズがため息交じりにそんなことを言い出した。
 そこでミアがそう言えば、そんなことを言っていたような気も、と当時のことを思い出す。
「というか、ルイーズ様、どうしてここへ? あ、収穫祭を見に? あれ? でも、ルイーズ様は大元の収穫祭に……」
 と、ジュリーも自分の写し絵が売られたことは気になるのだが、それ以上にルイーズがここにいることの方が疑問だった。
 今は領主と言うことになってはいるが、その役割は本来、王である。領主の娘であるルイーズはいうならば姫であり、収穫祭では大事な役目があるはずなのだ。
 それ故の護衛のブノアの気まずそうな何とも言えない表情をしているのだろうが。
 だが、そんなことを吹き飛ばすようなことをルイーズが口にした。
「私、家出をしてきました! 父には愛想がつきましたので!!」
 ルイーズは毅然とした表情でそう言うが、それにスティフィが冷静に突っ込む。
「護衛付きで家出?」
 スティフィの突っ込みにはルイーズは反応しない。が、ブノアが苦々しい表情を強めただけだった。
 そして、ミアが、
「ケンカでもしたんですか?」
 と、聞くと、ルイーズは顔を真っ赤にさせてミアににじり寄った。
「あなたが原因ですよ! ミア様!!」
 ミアもそう言われるまでもなく心当たりがある。よく考えずにした先ほどの質問を後悔する。
 それもミアの中では、すでに終わったことになっている問題でもあるからだ。
「わ、私の件でまだ揉めてたんですか?」
 ミアは自分の意志を、貴族になるつもりはない、と、しっかりと伝えてはいる。
 ただそういう訳にも行かず、とりあえずこの領地の貴族であるステッサ家、その当主ベッキオ・ステッサの孫として扱われていることになってはいる。
 それだけでは収まらず、この領地の領主ルイ・リズウィッドはミアは自分の娘だと未だに主張していることをミアも実はルイからの手紙で知ってはいる。
 ただそれはルイが主張しているだけで確証がまるでない話なのでミアも相手にしてはいない話なのだが。
 しかし、まあ、それがルイーズの家出の原因でもある。
「そうです! それで父様に愛想がつきました!! 私もこの学院に来年から入学して、ここで魔術を学びながら暮らすことにします!」
「護衛付きで?」
 と、再度スティフィが突っ込むと、
「う、うるさいですわね!!」
 と、ルイーズがついに反応する。
 それらをミアは見て、ミアはゆっくりと頷き、笑顔で、
「えーと、でも、今日はお祭りなので、全てを忘れて楽しみましょう。美味しいですよ、このグレン鍋」
 と、言った。
「本当に貴族に興味がないんですね…… これがもしかしたら姉かもしれないと思うと情けないです……」
 ルイーズはため息を吐きながら、そう吐き捨てた。
「ミア、これ呼ばわりされてるわよ」
「まあ、実際、貴族には興味がないので仕方ないですよ」
 と、ミアはそう言い切って、新しい友人ができた、ぐらいの気持ちでいる。
「ミアってほんと好き嫌いがはっきりしてるわよね」
 スティフィがしみじみとそういう。
「別に貴族が嫌いってわけじゃないですよ、よくわからなくて興味がないだけで」
 そのミアの言葉に、ルイーズが絶望的な表情でミアを見つめているのだが、ミアはそのことに気づいてはいない。
「そんなことよりも今日は収穫祭ですよ! 私、巫女だったので収穫祭は忙しかったことが多いんですよ、こんなに見て回ること初めてです! 今日はすべてを忘れて楽しみましょう!」
 ミアはそう言って、グレン鍋を一口、口に入れて周りに笑顔を見せた。
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