学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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日常と収穫祭と下水道の白竜

日常と収穫祭と下水道の白竜 その8

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 ジュリーのうらないの結果、金属の棒が指示したその先は地下下水道の中央にして最深部だった。
 下水の行き着く先、そこはミアが見学したがっていた下水処理場だった。
 その見た目は地下にある溜め池だ。
 その施設の本質は目に見えない微生物達であり、水底に沈んだ汚泥を集める装置なのだが、それらを池の上から見れることは少ない。
 ただ普通に見る限りは、下水をただ単に集めている池、とも言い難い。
 それは、いくつかの池に分けられているようにみる。
 中には上から強力な光を浴びせている場所もあったり、何かにかき混ぜられたように、渦を巻いているような池もある、多種多様な池の集まりではある。
 それでも、少し変わった溜め池という事にはとどまりはしているが。
「ここが下水処理場なんですね……」
 ミアが物珍しそうに見渡してみるが、ミアの感想も、地下にあるちょっと変わった汚水の池、というところで終わっている。
 ミアの知的好奇心を満足させるような物は見つかっていない。
「なんでこれで水がきれいになるのかしらね」
 スティフィがその池を見ながらそう言う。
「この間、習ったじゃないですか、大体は目に見えない生物、微生物の力ですよ。まあ、結局最後は焼却処分と聞いて少しがっかりしましたが」
 それにミアが答える。
 汚水は微生物によって分解され徐々にきれいになるらしいが、結局、汚泥はたまっていき、それらは集められ焼却処分されるという話だった。
 とはいえ、魔術的な痕跡が集まり絡み合った末の汚泥だ。
 火で燃やすことで浄化するのが手っ取り早い。
 微生物の力で完全にきれいになるまで待つ間に、ここではどんな呪詛が生まれるか分かったものではない。
「で、鰐はどこにいるのよ」
 スティフィが池を見渡すが鰐がいる様子はない。
 気配を探ろうにも雑多な魔力が渦巻く地下下水道ではそれも不可能に近い。
「ここを指し示しているのですが……」
 ジュリーは金属の棒を持ったままそう言っている。
 確かにその金属の棒は勝手に動きここを指し示している。
「いませんね」
 ミアも池を見渡して見るが、そもそも明かりが頭部についている魔力灯のみだ。なにかと視界が悪い。
 しかも下水も灰色に濁っている。もし汚水の中に潜られていたら見つけることは不可能だ。
「ここじゃろくに気配が読み取れないわね…… あんたの犬は?」
 スティフィが埒が明かないとばかりに、マーカスに相談するが、
「幽霊とはいえ、犬ですよ。この臭いの中でわかると?」
 マーカスも困ったようにそう返しただけだ。
 それ以上に幽霊犬である黒次郎と魔術的に繋がった状態で呼び出すと、犬の嗅覚でこの下水道の臭いを堪能することとなる。
 マーカスもそれはできるだけ避けたいと思っている。
「ん? じゃあ、俺の出番だな!」
 エリックがそう言うや否や、目の前の池に入り込んだ。
 池といってもエリックが入り込んだ場所は、足首程度の深さで、他の下水道から流れ込んでくる汚水を受け止め流れを緩めるための場所だ。
 その先の沈殿槽に静かに汚水を送るためのものだ。
 ただ鰐がここまで来てくれるなら確かに捕まえやすい場所ではある。
「ちょ、エリック、死にたいんですか!」
 マーカスが慌ててエリックを止めようとするが、エリックは聞く耳を持たない。
「俺は竜の英雄になる男だ! 竜もどきに負けるわけにはならないんだよ!」
 そう言って溜め池でわざと汚水の水面を揺らす。
 そうするとすぐに溜め池の奥から白い塊が浮き上がってくる。
「でも、出たわよ、本当にいたのね」
 スティフィが少し驚きながらそう言った。
「や、役に立てました!」
 ジュリーがホッとしたような顔でそう言うが、マーカスが慌ててエリックに声をかける。
「エリック、それ以上先は深いですよ、気を付けてください」
「わかった、こっち側におびき寄せる!」
 エリックもそこまで汚水に浸かる気がなかったのか、浅いところで騒いで鰐を挑発する。
 が、鰐は口も開けずにじっとこちらを見たまま浮かんでいるだけでなにもしてこない。
 口を開けて威嚇するわけでもなく、ただこちらをじっと見ている。
「来ませんね…… 完全に警戒されてますね」
「あの鰐、どこか一点を見てない?」
 確かに鰐はエリックがどんなにはしゃいでも、そちらには見向きもせずにある一点を見続けている。
 スティフィが鰐の視線を追うと、先にはミアがいる。
「ミアを見ている?」
「え? 私ですか?」
 スティフィにそう言われ、ミアが慌てだす。
「ミア、ちょっと動いてみなさいよ」
「えぇ……」
 そう言ってミアが溜め池の淵を歩くと、ミアの方向を鰐は即座に向いた。
「ちょっと、またミア関連だったっていうの? 何? あの鰐、実は外道種だったとか?」
 スティフィが呆れたように言う。
「そ、そうなんですか? でも、た、確かにだから呪詛痕っていうのも食べたんですかね?」
 そう言われるとミアもそんな気がしてくる。
 そもそもこんな様々な物が流されている下水道にまともに生物が住みつけると思えない。
「警戒はしてますが、敵意はないように感じますよ」
 と、マーカスは不確かな情報ではあるがそう発言する。
 ただ少なくとも外道種、特有の嫌な気配は感じられない。スティフィの発言はただの冗談だろう。
「ミアを警戒している? 杖? 帽子? 精霊? 巫女? それとも髪の毛? どれよ? 多すぎでわからないわよ」
 スティフィが思いつく要因をあげるが、ミアにはその要因が多すぎる。
 どれかに絞り込むことも困難だ。
「ロロカカ様の帽子は今は被ってないですよ!」
 ミアが慌てて否定する。ロロカカ神の帽子は今地上で荷物持ち君の籠の中にある。
 少なくとも帽子ではないはずだ。
「それでも多すぎよ!」
「精霊は見えないし感じれないだろうから、杖か巫女、髪の毛…… 呪術に耐性を持っているなら髪の毛は省いて、杖なんでしょうか?」
 マーカスが現状の情報から推理するが、ただの推理でしかなく決めつけられる理由も薄い。
「私はミアの精霊を感じれるわよ」
 さらにスティフィがそんなことまで言う。
「巫女って言うのも流石に…… あの鰐さんは神様の化身でもないんですよね?」
 鰐があまりにも動かないので、ミアも会話に参加しだす。
「なにも減らないじゃない、結局。ミアを警戒してるんだったら、エリックをこのまま囮にして、ミアは少し下がってなさいよ」
 スティフィが何気なく酷いことを言っているが、それを止める人もいなかった。
 何よりエリック本人がやる気だ。
「えぇ! せっかく新しい使徒魔術を……」
 ミアなども新しく契約した使徒魔術を使いたくて仕方がない、といった感じだ。
「あんな下水の深い場所に拘束してもどうにもできないでしょう? それともミアが泳いで連れてきてくれるって言うの?」
 そう言われて、鰐のいる場所をミアもよく見る。
 汚水なので、その溜め池の深さなど見た目だけでは分からないが、深い場所は相当深いと聞いている。
 少なくとも鰐がその水底に潜んでいるくらいには深いはずだ。
 防護服を着ていて直接汚水に浸かるわけではないが、それでも全身で汚水の中に入っていくのは流石にミアも避けたい。
 それにこの間のエリックのように鰐にグルグルと回転させられでもしたら無事でいられる自信はミアにはない。
「わ、わかりました、下がりますよ」
 ミアが下がると、その分だけ鰐がエリックに近づいていく。
 やはり鰐はミアを警戒している事だけは間違いはない。
「完全にミアと距離を取ってるわね……」
「まだ精霊になれてない時のスティフィみたいですね」
 なんとなくそんなことをミアは言った。
 ちょうどスティフィがミアから距離を取ったような、そんな距離に鰐もいる。
「だとすると精霊? ミアの精霊を感じ取ってるってこと?」
 スティフィもその距離に覚えがあったのか、ミアの意見になんとなくだが同意し、
「初日と二日目は確かにミアから離れていたわね」
 鰐と見かけたときのことを思い出す。
 初日はミアからはかなり距離があったし、次の日はエリックが真っ先に近づいて行ったので、やはりミアは離れた位置にいた。
「三日目は横を通り過ぎていきましたが、襲おうと思えば襲えたはずなのに何もしてきませんでしたね。まあ、原因は後で良いですよ。今は捕獲しますよ」
 マーカスがそうまとめて防護服に括りつけられていた杖を取り出す。
 さらにミアが十分に距離を取ると、鰐はエリックにどんどん近づいていく。
 それに合わせて、スティフィが右手で印を作る。
 とはいえ防護服の中なので外からは見えないが。
 この防護服は手袋の内側部分には遊びがあり、いざというときに手で印を結びやすいようになっている。
 流石に両手を組み合わせるような印は結ぶことはできないが、片手の物なら意外と手袋の中で印を結べるように設計されている。
 防護服の中で三つの形の違う印を順々に結んで、最後の印を鰐に向けて言葉を発する。
「影に潜みし者、汝の御手を一時、我に貸し授けたまえ!」
 鰐が口を開きエリックに飛び掛かろうとした瞬間、鰐の下から黒い平べったい手が現れ鰐を押さえつける。
 押さえつけられた鰐が逃れようと必死に暴れている。
 本来なら影の御手に押さえつけられた時点で身動き一つできなくなる術のはずだ。
「何コイツ、効きが悪い…… エリック逃げなさい!」
 スティフィが叫ぶ。
 それを聞いた瞬間エリックは空中へと飛び上がる。
 エリックが寸前までいた場所をスティフィが呼び出した影の手からの拘束を抜け出し、口を開けた鰐が通り過ぎていった。
 エリックが浅い池に空中から汚水を飛び散らかして降り立つ。
 鰐は少し間があってからエリックの方を向く。
 その間にマーカスが杖を鰐に向け、左手で印を作り呪文を唱える。
「雷よ、からかい集まれ、はじけて飛んで、敵を縛れ」
 鰐のすぐ上から青白い雷がバチバチと音を立てる。
 鰐は身震いしたように一瞬、身を縮こめるがそれだけだ。
「こっちも効かないですか……」
 電撃を用いて相手を痺れさせ捕縛するする術なのだが、この鰐にはどうも使徒魔術、いや、もしかしたら魔術自体が効きづらいようにマーカスには思える。
 この雑多な魔力が入り混じる環境で育ったためなのかまではわからないが、そのような耐性を持っているとしか思えないほどの抵抗力だ。
「じゃあ、やっぱりここは俺の出番だな!」
 エリックが腰を低くして鰐に飛び掛かろうとする。
 が、鰐は急にエリックとは別の方向を向く。
「いいえ、私の出番です!」
 ミアがいつの間にかに浅い溜め池に入り込んでそう言った。
 そして、ぬめる足元に転倒しそうになって、なんとか持ち直す。
 そんな隙を見せても鰐はミアに近づこうともしない。
 ミアの方向を向くのだが、開いていた口を閉じてじっとミアを見つめるだけだ。
 いや、少しずつ鰐は後ずさっているほどだ。
 まるで敵意はなく逃げ出したい、そういう風にも見える。
 そんな鰐に対してミアは古老樹の杖を向ける。
 そして、固まる。
「たいへんです! この防護服では印を結べません……」
 ミアは杖をかざしたままそう言った。
 新しくミアが契約した術の手で結ぶ印は杖を持った手で、指の第二関節を人差し指から小指迄を親指で直接擦るというものなのだ。
 手袋部分には遊びはあるのだが、既に杖を握ってしまっているのでそれができない。
 ミアが一度杖を左手で持ち直そうと、もたもたしていると、
「ああ、もう…… ミア、そのままゆっくり近づいて鰐を隅っこ迄誘導して。そこでマーカスとエリックで抑え込んで首飾りを付けて」
 スティフィが呆れながらそう言った。
 ミアが防護服の手袋の中でどうにか杖を持ったまま、親指で他の指を触れないか試行錯誤していたが、それをなくなく諦めて、鰐を浅い溜め池の端へと追い込んでいく。
 鰐が溜め池の隅に追いやられたところで、エリックが鰐の背に乗って羽交い絞めをするが、それでも鰐はまるで抵抗を見せない。
 そこでマーカスも鰐の背に乗って鰐に首飾りを付ける。
 それも抵抗しない。
 ただ首飾りを付けると鰐は一瞬ビクンと動きはした。
「ん? これでいいのか? なんかあっけないな」
 その様子を鰐の背から見てエリックが少しつまらなそうに言った。
「グレイス君、君は今日からグレイス君ですね?」
 マーカスが鰐に語り掛けると、鰐はやっとミアから視線を外しマーカスの方を向き頷くように一度頭を下げた。
「どうやら首飾りが効いたようです。このまま下水の外まで連れ出しましょう」

 あっけなく鰐を捕獲した一行は鰐を連れて、下水道から出る。
 そこには本来下水道の管理をしている騎士隊員が待ってくれていた。
 防護服に水をかけてもらい、汚れを洗い流して防護服を脱ぐ。
 その間、鰐も大人しくしている。
 捕獲した鰐は白く立派なだった。下水道でなければ、ある種の神々しさ、美しさまで感じられる獣だ。
 そこへオーケンがいつの間にかにやって来ていて鰐を観察している。
「何だこの鰐、なんで水晶眼なんかを持ってんだよ、やっぱ見間違いじゃなかったか」
 そう、ぽつりと漏らした。
「師匠、え? 水晶眼? じゃあ、やっぱりミアの精霊が見えていたんですか?」
 マーカスが驚いたように反応する。
 オーケンはそれを確かめるためにわざわざ直接見に来たのだろう。
「あとこの首飾りもほぼ効いてないな。今は一応は効いているが時間の問題だぞ、こりゃ、抵抗力が半端ないな。さすがは呪われた地の生物だな」
 そして、オーケンは興味深そうに更にそんなことを言った。
 オーケンが想像してた以上に、呪術だけではなく魔術自体に強い耐性があるようだ。
「そうなんですか? じゃあ、今のうちに縛ってしまいますか、かわいそうですが」
 マーカスがそう言った瞬間、パァン、と乾いた音がして鰐の方から何かがはじけ飛んだ。
 マーカスが恐る恐る鰐の方を向くと鰐にかけたはずの首飾りがはじけ飛んでいた。
 そうするとすぐに鰐は口を大きく開け威嚇してきている。
「ああ、グレイス君がとうとう……」
 グレイス君の形見、いや、そのものの魂が籠っていた首飾りがはじけ飛んでしまった。
 マーカスがそれに動揺を隠せないでいる。
「んなこと言ってる場合か、来るぞ!」
「大丈夫ですよ、鰐は地上ではそれほど機敏に……」
 そう言って安心しているマーカスをオーケンが襟首をつかんで一緒に飛ぶ。
 今までマーカスがいた場所を白い鰐が凄い勢いで通り過ぎていった。
「地上でも随分と機敏じゃねーかよ、オイ!」
 オーケンが居なかったら、マーカスは今頃、鰐に噛みつかれていたことだろう。
「今こそ私の出番です!!」
 そう言ってミアが古老樹の杖を鰐に向ける。
 鰐はそうすると口を閉じ、後ずさりを始める。
 水晶眼を持っているなら、ミアの精霊を見ることができると言うことである。
 強大な力を持つ精霊と敵対するつもりは鰐にはないのだろう。
 むしろすでに降参しているようにすら見える。
「この様子ならミアの魔術はいらないんじゃないの……」
 もうすでに決着はついているようなものだ。スティフィがその様子を見てそう言った。
 後はエリックなりマーカスが後ろから回り込んで縛り上げればいいだけの話だ。
「え? そんな! この日のために必死に新しく覚えたんですよ!」
 ミアなどは鰐から目を離してスティフィと会話しているが、それでも鰐は襲ってこない。
 よほどミアについている精霊が恐ろしいのだろう。
「緊張感がどうもねぇなぁ、ミアちゃん係はよぉ」
 その様子をみてオーケンが呆れかえっている。
「けど、師匠、首飾りが壊れた以上、あの鰐は可哀そうですが……」
 マーカスが泣く泣くそう判断するのだが、オーケンは逆に面白そうな表情を見せる。
「いんや、あんな珍しい奴、殺してしまうなんてもったいねぇよ、捕まえて調教するぞ」
「でも、どうやって!?」
 オーケンとマーカスが鰐の前に立ちはだかるが、鰐はマーカスとオーケンには口を開き威嚇し始めた。
 そこでさらに鰐の前に更にミアが立ちふさがる。
 ミアを視界にとらえた鰐はその動きを止め、やはり口を閉じて後ずさりを始める。
 そんな既に戦意のない鰐に向かいミアは古老樹の杖をかざす。
 そして、杖を持つ手の人刺し指から小指迄を親指で撫でて、しっかりと杖を握る。
「威光の前にひれ伏せ!」
 ミアがそう叫ぶと、杖の前の空間が歪む。
 歪んだ空間から人の頭大の丸いなにかが現れる。
 それは目だった。巨大な燃える眼球。
 それは異様で圧倒的な存在感でその場を支配する。
 その剥き出しの眼球を見た者は皆、その眼から視線を外せなくなるほどの強烈な存在感を持っていた。
 この場にいる全ても者の視線を集め、視線を送ってしまった者は誰であれ、訳も分からずに身を震わせる。
 そんな眼球が鰐を見つめる。
 それだけで、鰐が四肢を投げだしたように地面に張り付けられた。そのままピクリとも鰐は動かなくなる。
 そうすると人の頭ほどの眼球は、役目を終えたとばかりに空間の歪みへと消え、歪み自体も消えていった。
 眼球が消えた後も、鰐は大地に四肢を投げだしたように地面に張り付いたままだ。微動だにしない。
「なんだ、何が起きた!」
 そこへ異様な気配を感じ取ったカリナが駆け込んでくる。
 カリナはその場にオーケンがいるのを発見すると睨みつける。
「ま、待て待て、今回は俺はなにもしてねぇよ、さっきのはミアちゃんの術だ……」
「なに?」
 そのカリナの驚いたような言葉に、ミアが自慢げに説明する。
「はい! 私の新しい使徒魔術です! 御使い様の眼を呼び出し睨みつけてもらうという術です!」
 ミアが得意げに説明する。
 ただミアの呼び出した御使いは元炎の巨人であり、巨人は神に弓を引いた種でもある。
 本来なら禁忌とされ、すでに滅ぼされた種族だ。
 そんなものを眼球だけとはいえ一時的に呼び出しでもしたら、カリナもいろいろな意味で駆け付けないわけにはいかない。
「御使いの眼…… 炎の巨人、御使いとなったその眼を召喚したのか…… で、それを使った対象が……」
 それを聞いたカリナが顔を青ざめながら現状を把握する。
 対象は外道種でもなければ上位種でもない。ただの一生物だ。
 ただちょっと特別な生物ではあるようだが。
「あの鰐です!」
 ミアが杖で指し示さ先には白い鰐がなすすべなく四肢も尻尾もベタンを投げ足したように固まっている。
「白い鰐…… しかもこれは竜王鰐か、また珍しい鰐を……」
 カリナがその鰐を観察してその名を口にする。
「竜王鰐?」
「その昔、竜の卵を盗み食べた鰐の王の末裔だ。ちょっと特殊な鰐だ。普通の鰐とはいえんな。竜の卵を食べたことで竜種となった、なんて主張している学者もいたな…… まあ、それの説は否定されていたが」
 そのカリナの言葉にスティティが少し得気な表情をする。
 やっぱり竜種ではないにしても何かしらの特別なものだったのだと。
「その鰐、水晶眼を持っているみたいだぜ? 動物が水晶眼を持つことなんてあるのかよ? しかも暗黒大陸産の鰐がだぜ? それも竜の卵を食べたせいだっていうのかよ?」
 オーケンがカリナに文句をつけるかのような口調でそんな言葉をかける。
「水晶眼? なるほど。それは関係がない。生まれた場所が暗黒大陸でないのらな、可能性は動物でもある。だが珍しいことは珍しいな、飼うつもりか?」
 水晶眼は生まれる前、母親の胎内にいる時期、または卵の殻の中にいるそんな時期に、出来立ての目に精霊が宿り融合して水晶眼になると考えられている。
 なので、精霊がいない、と言われる暗黒大陸では水晶眼を持って生まれてくることはない、ということになる。
 ただ目の前の鰐が暗黒大陸ではなくこの大陸で生まれたというのであれば話は別だ。
 また水晶眼を持つ、その事実はこの鰐がこの大陸で生まれたことを意味してもいることにもなる。
「そのつもりだぜ?」
 オーケンがそんなこと言うと、カリナは少し驚いて見せた。
「いや、なるほど。これも運命か?」
 そして、独り言のようにそんなことを言った。
「何がだよ?」
 カリナはオーケンの言葉を無視し、自分の髪の毛を何本か抜きそれを指でねじり紐を作る。
 それをどこからか取り出した白い物に結び付ける。
「ミアよ、これを。本当は渡すかどうか迷ったのだがな。きっとこれも運命だ」
 そう言ってカリナはミアに髪の毛で結ばれた首飾りのようなものを渡してきた。
 それはミアの小指の先程度の大きさの白く楕円形をした物だった。
 少ししっとりしているが、軽くとても固い。
「これは?」
 と、ミアが聞き返すとカリナは少し答えずらそうに答えた。
「始祖虫を喰い、地竜鞭が産んだ地竜の卵だ」
「は?」
 と、オーケンが驚いたように声をあげ、エリックもその言葉を聞いて覗き込んでくる。
「いつ孵るかわからぬが、孵ればおまえの良き護衛者となってくれるだろう」
「え? 地竜の…… 卵? 護衛者? ですか?」
 荷物持ち君、精霊に続いて竜種までもが自分の護衛者になると言うことに、ミアも戸惑いを隠せないでいる。
 ただ朽木様と朽木の王が護衛者は四人迄得られる、そんなことを言っていたことをミアは思い出した。
「地竜鞭もそれを望んでいる。それによって、少しでも罪を軽くしてもらおうと考えているようだ。受け取ってやってくれ、普段は首飾りにでもしてくれればいい」
「でも、卵ですよね? 割れちゃったりしないんですか?」
 そう言いつつも、ミアはこの自分の小指ほどの白い小さな卵は割れるところを想像できない。
「竜の卵だ、しかも地竜鞭と同様に圧縮されている。これより硬い物、割れにくい物の方が珍しいほどの物だ」
 そう言った後、カリナはオーケンの方を見る。
 そのオーケンはミアの手の中にある小さな白い卵を物欲しそうにじっと見つめていたが、カリナの視線に気づく。
「それを私の髪の毛で縛っている。誰かに盗まれるようなことがあったら、盗んだ者が痛い目を見るだけだ」
 カリナは笑みを浮かべてその言葉をオーケンに投げかけた。
「それをよぉ、なんで俺の方を見て言うんだよ」
 オーケンは憎々しげにそう言ったが、これではオーケンでも手の出しようがない。
 手を出したら、それこそカリナの言う通り痛い目を見ることが分かっている。
「いや、別にな。それにそれがあればこの鰐もミアの言うことを聞くようになる」
 それが本題とばかりに、カリナはミアに向き直りそれを告げた。
「え? 何でですか?」
「地竜鞭の竜は地竜の竜王の一匹だ。他の竜に命令を下すことができる。この鰐は祖先が竜の卵を食べたことで、僅かだが竜の因子を受け継いでいる。だから命令を下すことができる」
 カリナはそう言ったが、ミアはそれをよく理解できていない。
 先祖が卵を食べたから、王からの命令を聞かなくちゃいけないなど、そうそう理解できるものでもないが。
「えぇ…… あっ、荷物持ち君。竜の卵が護衛者になるというのですが…… あ、賛成ですね、わ、わかりました、頂きます……」
 ちょうどそこへ荷物持ち君がやってくる。
 鰐はミアに敵意を初めから向けていないので、荷物持ち君も慌てた様子はない。
 そしてミアの相談に大きく頷いて見せた。
 どちらかというと、ミアに相談されることがわかってて今頃に顔を見せた、というところだろうか。
 竜王の産んだ竜であれば、ミアの護衛者として申し分ない。
「うむ。では、その卵の首飾りを首から下げて、その鰐に命令してみるがいい、その卵が孵るまでは護衛者の代わりくらいにはなってくれるかもしれんな」
 カリナは少し珍しい鰐を見ながらそう言ったが、ミアは顔を歪ませた。
「えぇ…… いらないですよ、臭いですし、カタツムリ食べてましたし、魔術にも関係なさそうです」
 ミアの心からでた容赦のない言葉にカリナもあっけにとられ、
「そ、そうか……」
 としか、返事を返せなかった。
 確かにその通りであり、ミアにとっても鰐の世話などしている暇も知識もない。
 珍しい生物ではあるが、魔術を学ぶことに鰐はそう関係がないのだ。
 であるならば、ミアの興味は地下下水道にいた鰐を捕まえたところでなくなっている。
「なら俺にくれませんか? 世話はしっかりとするので」
 そこですぐにマーカスが手をあげる。
「あっ、はい。お願いします。なんかあっけなく終わりましたね。でも解決です! 明日からは収穫祭の準備ですし楽しみですね!」
 ミアはやっと事件を解決出来て満足とばかりに、笑顔でそういった。
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