学院の魔女の日常的非日常

只野誠

文字の大きさ
上 下
60 / 113
夏の終わりは地底で涼みながらの虫駆除な非日常

夏の終わりは地底で涼みながらの虫駆除な非日常 その4

しおりを挟む
 地中より現れたそれはただの大きなミミズ、もしくはイモムシ、何かしらの幼虫に思えた。
 ただそれを見た者、全員が、ミアですらも、それに恐怖した。
 それは巨大な幼虫だった。体は虹色に輝く鱗のような物に覆われていた。頭に角が四本あり、大きな口を何重にも開くとそれは咲き誇る大輪の花ようであり、雌蕊の代わりに複眼を先端にもつ触手を何本も生やしていた。
 それは虫だ。この世界にやってきた虫。世界と世界の狭間を食い破り、星の海を渡りやってきた、始まりの虫。
 極北の氷に覆われた大地に落ち、氷を溶かした水から湧き出た虫。
 すべての虫種の始祖にして原初から存在する虫。
 はるか昔、人の手により極北の地よりこの地に卵を運び込まれ、天の精霊を空から落とし激怒させ、名のある古老樹を瀕死にまで追い込んだ、一匹の虫。
 始祖虫、それがこの世界で名付けられた虫の名だ。
 始まりにして終焉をもたらす虫、その幼体。
 すべての虫種を意のままに操り、すべてを食い尽くす最悪の虫種の王。
 それが今、目の前にいる。
 それが動いた。ただ触手を振るわせた。
 残っていた鉄騎はすべて瞬時に粉々になり、近くにいた騎士隊の隊員が数人ほど一瞬で血煙となった。
 マジール教官が叫ぶ。
「撤退!! 撤退だ!!」
 その声で、固まっていたスティフィがいち早く動く。
 連弩を投げ捨て、素早くミアの元まで走り、ミアを抱え込んで全力でその場から離れる。
 マーカスも影から這い出た黒次郎に時間を稼げと命令し、震えながらも剣を構えようとしているエリックの手を掴み大急ぎで離脱する。
 数名の騎士隊が数の多いオオグロヤマアリにはあまり効果的ではなかったため温存されていた単体用の使徒魔術を使用するが、どの魔術も表面の鱗のようなものに阻まれ傷一つつけられなかった。
 マジール教官が背負っていた簡易魔法陣の巻物を開き床に敷き、拝借魔術を唱えたところで、その上半身がはじけ飛んだ。
 他の残った騎士隊員も同じようにはじけ飛び、血煙となって消えた。
 何人の騎士隊がその瞬間に血煙にされたかもわからない。
 冥界の神から力を貰った幽霊犬、黒次郎が勇猛にも飛び掛かるが、触手に打ち払われ霧散した。本来、幽霊犬であり霊体の黒次郎は物理的な攻撃を受けないにも関わらずだ。
 その虫は出来た血だまりを触手を使って啜り始める。
 その様子をスティフィに背負われながら見ていたミアは、叫び声を上げる。これだけ大勢の人の死を、その理不尽な死を、余りにも簡単に、余りにも多くの死を、目の当たりにしたはミアも初めてだったからかもしれない。
 古老樹の杖を構え、祈りにも似た呪文を唱える。自分の頭痛のことなど全く気にならずに全力で。
 その奇妙で不気味な虫だけを魔術の範囲に選択して目を閉じ、そして見開く。
 地獄の業火のような火の竜巻がその虫を巻き込む。
 が、その虫はその何重にも重なった口を閉じ、それだけで巨人の炎にすら耐えて見せた。
 炎が消えると、再び何重にもなったその口を再び開かれる。
 そして狙いを定める。
 人の目では可視することすら不可能なほどの速度の触手がミアを正確に捉え、寸前のところで荷物持ち君の創り出した槍によって防がれる。
 一拍遅れて、水を操る精霊の力が発動し、超圧縮された水が打ち出され、その触手を打ち払い傷つける。
 大精霊の力をもってしても、その虫の触手一本切ることすら敵わなかった。
 もちろん、この狭い巣の中で精霊も全力を出すことはできないが、全力を出したところでその虫を傷つけれることはない。
 再び始祖虫がミアに狙いを定める。
 次の瞬間、再び大きな地鳴りが起き巣全体が酷く揺れる。揺れの続く中、急に生え出た巨大な木の根ににより始祖虫はくし刺しにされる。
 その虫の青い血が辺りに飛び散り甲高い、生物とは思えない鳴き声か、悲鳴が響き渡る。
 朽木様の根だ。ミアと荷物持ち君だけにはそれが理解できた。
 が、その根が次の瞬間に粉々に吹き飛ぶ。
 吹き飛ばされたそばから新しい根が生え始め始祖虫に襲い掛かる。
 そのおかげでミア達は生き残った数名の騎士隊と共にその場を何とか離れることができた。
 何とか巣の入口付近まで戻ってきた一行は、生きた心地もしないままただ茫然とした。
「な、何あれ…… あんな化け物…… 聞いてない、聞いてないわよ!!」
 スティフィが震えながらも息を整えながら叫ぶ。
「ハベル隊長!! ハベル…… 隊長……どこですが…… マジール…… 副隊長が…… 全滅です…… 騎士隊が、本隊が……」
 ともに脱出できた騎士隊の隊員達が泣きながらに大声を上げる。
「なにが起きた?」
 と、奥からハベル教官が足を引きずりやって来る。
「巨大な幼虫のような虫種が現れ、本隊はほぼ全滅です…… ここにいる者だけが助かりました…… 他の者はもう…… マジール副隊長も……」
 ハベル教官の姿を見た騎士隊の隊員が、号泣しながら報告をする。
「マジールが……? その虫種に心当たりは?」
 ハベル教官は信じられないといった表情を浮かべ、悔しそうに唇を噛んだ。
「分かりません、ただ、突如現れた巨大な根がその虫に襲い掛かり我々は助かりました」
「あの根は朽木様の根です……」
 ミアが呆然とした表情で付け加える様に告げた。
「朽木様の? そうか。それほどのものが出てきたというわけか。一体何が起きているんだ、クソッ!! マジール……」

 魔術学院の学院長室、その扉が荒々しく蹴り破られる。
 そして、オーケンが走り込んでくる。
「オイ!! 急いであの巨人を呼べ、もしくはハベルを呼び戻して竜達と契約させろ!! 急げ! まじでやべぇぞ!!」
 オーケンには珍しく本気で慌てた様子でポラリス学院長に詰め寄る。
「オーケン大神官殿、何があったというのだ。それとカリナは巨人じゃない」
 ポラリス学院長は珍しく慌てているオーケンを物珍しそうに見てそう言った。
「うるせいぇ、そんなこと言ってる場合じゃない!! 始祖虫だ。始祖虫が出やがった! 大型虫種の原因は奴だ!!」
「始祖虫だと? 本当か?」
 その言葉を聞いて、ポラリス学院長も目を丸くする。
 ほぼ伝説上の存在だが、この地にも遥か昔から伝わるおとぎ話などでその存在を示唆されている存在でもある。
 つまり、この地にその存在がいても不思議ではない。そんな存在だ。
 この世界のおとぎ話は大概は本当に起こった昔話なのだから。
「ああ、流石に嘘はつかねぇーよ、暗黒神に誓ってもいい、俺もサリーちゃんの花嫁姿はみてぇんだよ! 急がないと、この領地が、いや、この南側一体が滅ぶぞ!! 一刻も早くあの巨人に対処させろ!!」
 オーケンがそう叫ぶと、蹴り開けられた扉から音もなくカリナが入り込んでくる。
「角は何本あった」
 そして、オーケンに冷静に確認をする。
「うお、いたのかよ…… ま、まて、三本、いや、四本だ」
 オーケンはマーカスから送られてくる映像を思い出し答える。
「なら、まだ繁殖まではいってはいない。私だけでどうにかなる。メリッサ、地竜鞭とルフルムの使用許可を」
 カリナがそう告げると、メリッサ、いや、ポラリス学院長は少し驚いた表情を見せた。
 始祖虫とはカリナが本気になるだけではなく、地竜鞭を使わなければならないほどの相手なのかと。
「メリッサの名と法の神の権限において、それらの一時封印を解き使用することを許可しよう」
 それはただの言葉だ、魔術的な制約も何もない。だけれども、カリナにはそれを使うのに必要なのだ。
 そういう約束をしている。
「まさか生き残りがいたとはな……」
 カリナはそう言い残して足早に学院長室から出て行った。
 それをオーケンとポラリス学院長は無言で見送った。
 一息ついてから、
「へへ、知らせてやったんだ、これは大きな貸しだぜ?」
 と、オーケンは一安心したのか、いつものおどけた表情を見せた。
「始祖虫が本当なら、大きな貸しとなる」
 と、ポラリス学院長は答え、今後の対応を考える。
「流石に俺も自分の信じる神までだして嘘はつかねーよ。後は俺のお気に入りたちが死なないことを願うだけだな…… 俺にも、もう出来ることはねぇな。場合によってはサリーちゃんだけでも連れて逃げるけど悪く思うなよ」
 オーケンのその言葉に、ポラリス学院長は無言で頷いた。
 冷や汗を垂らしながら、オーケンは一息ついて言葉を続ける。
「にしてもだ、なんなんだよ、ここは。数日のうちに神がかりに始祖虫だ? ほんと退屈させてくれないな。ああ、そうそう、騎士隊の教官が一人死んだぜ。筋肉質な奴な。出向いた騎士隊もほぼ全滅だ。それも一瞬で、だ」
 気分でもいいのかオーケンも大分饒舌だ。
 おまけとばかりに追加の情報を教えてくれる。
「そうか……」
 とポラリス学院長は返事をして厳しい表情を見せる。
「ミアちゃん係の連中もかなりやべぇぞ」
 そう言いつつ、古老樹の朽木様が助けに入ったことは伝えない。
 伝えないほうがオーケン的に面白いとそう思ったからだ。理由はそれだけだ。
「私もでる。カリナが出たなら、いかに相手が伝説の始祖虫であろうと、事態は必ず収まる。だが、後処理もあろう。ガスタル隊長にも伝えねばならん」
 ポラリス学院長は悲痛な表情を見せた。
 マジール教官と、ここの騎士隊訓練校の責任者兼騎士隊現隊長のガスタルは共に、現役時代のハベルの部下だった。
 ハベルが怪我をし、現役を引退した時に、ハベルを慕っていたマジールも共に引退し、シュトゥルムルン魔術学院付属の騎士隊訓練校で共に教官をやり始め、ガスタルはハベルの後を継ぎ隊長になり、その後、手を回しわざわざ騎士隊訓練校の責任者を兼任する程の仲だ。
 その戦友の死をこれから伝えに行かねばならない。
「ところで、地竜鞭って、あの地竜鞭か?」
 そんなポラリス学院長をオーケンが気遣う訳もなく、気になっていたことを聞く。
「他にあるとでも?」
 ポラリス学院長は冷静にそう答えた。
「こんなところにあったのかよ。はぁ、どうすっかな、実際にこの目で見てぇが、さすがに危ないか?」
 オーケンは迷うように上を見上げる。
 世紀の化け物同士の対決をその眼で見てみたい欲と自身の身の安全からくる生存欲を天秤にかけている。
「その眼で見たいなら急ぐんだな、ルフルムを呼ぶようだからな」
 それに、ポラリス学院長が助言してやる。
「んー、なにそれ、俺も聞いたことねーな」
「なに、カリナの飼っている小鳥の名だよ」
 ポラリス学院長は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
「鳥? 巨鳥か。巨人を乗せて飛ぶって言う伝説の巨鳥のことか、これはどうやっても間に合わねぇな。クソッ、マーカス、せめて最後を見届けるまでは死ぬなよぉ、上手く立ち回れよぉ」

「その虫の特徴を聞く限り始祖虫かもしん」
 ハベル教官が険しい表情を浮かべてそう言った。
 そう言っている間も、大地は揺れ地響きが継続的に続いている。
 まだ始祖虫と朽木様が争っているのだろう。
 この揺れではこの巣もいつまで持つかもわからない。
「始祖虫ってなんですか? あのでたらめな虫はなんなんですか?」
 ミアが恐怖とまだ収まっていない頭痛に震えながら叫ぶように言った。
「この世界にやって来た最初の虫、その子孫だ。吾輩も見たことはないが、竜はそれを追ってこの世界にやって来たと言われている」
 ハベル教官が簡単に説明する。ただそれでは伝説上の物で本来は遥か極北の地にだけいるはずだ。
「なら、竜なら、竜の力を扱えるハベルさんなら勝てるんだよな? な?」
 エリックが縋るような目でハベル教官に期待するように聞くが、ハベル教官は首を横に振った。
「無理だ。人の身を通して起こせる竜の奇跡などたかが知れている。伝説の虫には通じぬだろうな。実際、ミア君の巨人の炎は通じなかったのだろう? なら有効打になる可能性は低い」
 ハベル自身、竜炎が巨人の炎に劣るとは思わないが、巨人の炎が大して効果を出せなかった以上、自分が扱える竜炎でも同じ結果になると予測できている。
 両方とも今存在する火とは違う原理で燃える炎で違いもあるが、人間という存在を通して再現されるそれは本物よりも大きく劣る。
 恐らくは有効な攻撃にはならない。
「そ、そんな、あんた、竜の英雄だろう?」
 と、エリックが崩れ落ちる様にハベル教官にすがる。
「そう呼ばれることもあるが、吾輩も人だ。それ以上でもそれ以下でもない。この付近で勝てるものがいるとすれば、それはカリナ殿くらいのものだ」
 ハベル教官も苦しそうな、そして何よりも歯痒い表情を見せた。
「で、でも今、朽木様が来てくれています!」
 ミアが希望を持ってそう言った。古老樹であり上位種の朽木様が助けに来てくれたのだ。
 その始祖虫という存在も流石にどうにかなるはずだと、ミアは考えていた。
「その朽木様を枯らす寸前にまで追い込んだのも、北の山にいる精霊王、冬山の王を地に引きずり落としたのも、太古の昔にこの地にいた一匹の始祖虫だ。我らには対処のしようがない」
 その言葉にミアも絶望する。
 万能な存在だと思っていた上位種が、たかが虫一匹にしてやられているという事実に。
「そ、そんな…… 精霊王や朽木様まで……」
 ミアが絶望をかみしめて居ると、マーカスがハベル教官の言葉に疑問を持つ。
「え? 待ってください、ハベルさん。ハベルさんの言い草では精霊王や朽木様より、カリナさんの方が強いっていう風に聞こえるんですが?」
「ああ、そう言っている。彼女は神族を除けば最も最強に近い存在だ」
 その言葉に、絶望に浸っていた面々が顔を見上げる。
 ポラリス学院長の護衛。そういう立ち位置の巨女。ダーウィック教授の妻。あまり表にでず普段は学院内の北にある法の神の古き神殿にいる者。
 それが最強に最も近い存在なのだと竜の英雄は言う。
「そ、そこまで強いんですか?」
 ミアも信じられないと、いった感じだ。何度か会ったことあり確かにただ者ではない、と思っていたがそこまでとは考えもしなかった。
「でも、ここにはいないんじゃ仕方ないでしょう? どんなに強くてもこの状況を伝える方法がないじゃない!」
 スティフィがそう叫ぶが、
「ああ、情報自体はすでに伝わっているはずですよ。師匠がどう動くかまではわかりませんが」
 と、マーカスが額の眼の刺青を指さしながらそう言った。
 それを思い出したスティフィは、
「オーケン大神官の眼!! オーケン大神官見ていますか! 緊急事態です、援軍を、あの女を呼んで寄こしてください!! 始祖虫が出たんですよ!!」
 と、大声でそう言って、マーカスの頭を掴んで抱え込み、額の刺青を覗き込んだ。
 それをマーカスは力ずくで引きはがす。スティフィが右手しか使えないので引き剥がすのは容易だ。それをエリックが羨ましそうに見ている。
「ああ、もう! そんなこと言わなくても師匠なら、もう動いてますよ。ただ師匠ですからね、ろくなことにはならないと思いますが、動くことは動くでしょ…… アイテテテテテテッ!!」
 急にマーカスが頭を抱えて跪いた。
「どうしたのよ?」
 とスティフィがマーカスに声をかける。
「額の眼が急に痛み出して…… た、多分ですが、今回は流石に良い方に動いてくれたみたいですね…… 俺が下手のことを言ったから怒ってるんですよ」
 マーカスは頭を抱え込んだままそう言った。
「では、我々はカリナ殿が来るまで持ちこたえればいいわけだな?」
「保証はないですけどね」
 と、痛みを堪えつつマーカスは笑って見せた。
「しかし、始祖虫相手では防虫陣など無意味だな。朽木様が始祖虫を抑えてくれている間にリュウヤンマをどうにかして、できるだけ離れるべきだ」
「けど、どうやって?」
 スティフィには騎士隊本隊を失った今、リュウヤンマをどうにかできるとは思えない。
 リュウヤンマを倒そうとするより、森迄一心不乱に走った方が生き残れる人間は多いかもしれない。
 その森にも大型の虫種は潜んでいるだろうが、スティフィ的にはミアだけ無事ならそれでいい。
 リュウヤンマでなければ荷物持ち君が対処できるはずだ。
「マジールがいれば、奴の奥の手の戦の神の力でどうにかできただろうに」
 ハベル教官が悔しそうにそう言った。
 その時ミアの脳裏にマジール教官の最後の姿が思い出される。
「マジールさん、最後に、恐らくはですが、背負っていた大きな簡易魔法陣を用意していました。もしかしたら……」
 マジールの最後をその眼で見ていたミアが思い出したように口にする。
 あの教官は撤退、と叫びながらも自分は最後までどうにかしようとしてくれていた。
「確かに。もう拝借呪文も唱えていたから、恐らく簡易魔法陣も完成しているはずね」
 スティフィもあの状況下で確認していたのか、ミアの言葉を後押しする。
「マジールが背負っていた巻物であればそうだ。なら、やることは決まりだな。マジールの遺品、大事に使わせてもらう。マジール…… お前が残した希望、使わせてもらうぞ」
 ハベル教官が決意に満ちた表情を見せた。
「ん? けど、始祖虫と朽木様が争っている真っただ中にあるんだろう? どうやって回収するんだよ? 不可能じゃね?」
 エリックの疑問はもっともだ。
 今も始祖虫と朽木様が争っている証拠に絶えず地響きと揺れが続いている。
 そんな場所に、先ほどの惨事を体験した者で再度あの場所に戻りたい者はいない。
 どんなに勇敢な物であろうと足がすくんで動けなくなる。そんな潜在的な恐怖をあの虫からは感じていた。
「黒次郎の再生にもうしばらく時間が掛かりますが、黒次郎に取ってこさせましょう」
 マーカスがそう提案する。
「そうね、あの攻撃は人じゃ見る事すらできないわよ、射程内に入った瞬間血煙にされるわよ」
 それにスティフィが賛成する。
 あの攻撃は人間ではどうしょうもない。それに射程がどれだけあるのかもわからない。
「スティフィには何をされたか見えていたんですか?」
 ミアが驚きの表情を見せる。
 ミアには人が瞬時に血煙となって消えたようにしか見えなかった。
「私の眼は特別製だからね、辛うじてその痕跡くらいはって感じ。避けるのは絶対に無理よ。もちろん受けきるのもね。触手を鞭のようにして攻撃してたわよ。それを喰らったらどうなるか、見てたでしょう? 瞬時に体が炸裂し血煙になってたわよ、どんだけ力が込められてるってのよ」
 人間どころか鉄の塊である鉄騎ですら瞬時にバラバラにするような攻撃だ。
 それにスティフィは朽木様の根すら簡単に破壊していたのも確認している。
 人の力で解決しようとするのは到底無理な話だ。
「に、荷物持ち君なら…… 攻撃、防げていましたよね?」
 ミアがそう提案するが、スティフィがまっすぐミアの眼を見ながら、
「ダメよ、ミア。荷物持ち君は必ずあなたの傍に置いておきなさい。この使い魔があなたの生命線よ」
 と、言い聞かせる。
 ミアが狙われたとき、荷物持ち君がいなければ、恐らくミアと共に自分も血煙となって死んでいたことだろう。
 正直、ミアが魔術を放った時、スティフィも心の中では勝ちを確信していた。
 あの凶悪な炎をいとも簡単に耐えるどころか、何一つ、火傷一つ負わせていなかった方が予想外だっだ。
「で、ですが!」
「お願いだから。ミア。ミアには精霊もついているけど、精霊の反応速度では遅すぎてあの虫の攻撃を防げてなかったのよ? それにミアは一度あの虫に目を付けられてるのよ? 絶対に荷物持ち君から離れてはダメよ? 約束して」
 スティフィはじっとミアの眼を見ながらいつになく真剣にそう言った。
 しばらくスティフィの視線をまっすぐに受けていたミアは、
「わ、わかりました。約束します」
 それに応えた。
 それに安心したスティフィはニコリと笑い、
「荷物持ち君と離れないから私が取りに行くとか言ったら絶交だからね?」
 と、言った。
「え!? し、しません……」
 それに対し、ミアは絶句し顔を青ざめながらそう答えた。
 スティフィが思っている以上にミアの中でもスティフィの存在は大きくなっているようだ。
 そのやり取りを見てマーカスは一瞬だけ笑った。
「なら、やはり黒次郎の再生を待ちましょう。黒次郎なら何度でも再生できますので」
 そう言いつつもマーカスは少し困った顔を見せた。
「便利な犬ね」
 と、スティフィが言うと、
「もう死んでいますからね、これ以上は死なないんですが、痛がるので余り気は進みませんが他に選択肢もないようですので仕方ありませんよ」
 と、うんざりした顔でマーカスは答えた。
「ところであの簡易魔法陣はどんな効果が?」
 スティフィが一応確認をしておく。
「戦の神の雷、それの召喚魔法陣のはずだ。マジールの奥の手だ。それでも恐らく始祖虫にはたいして効かんだろうがな。だがリュウヤンマ程度なら問題はない。マジールが地下の対応に追われていなければ、リュウヤンマの方は既に解決していたかもしれんな、吾輩のせいで……」
 とはいえ、脚の悪いハベル教官では高低差もある蟻の巣の中を行くのは無理がある。
 これはなるべくしてなった結果だ。
「雷なら流石にあの蜻蛉も流石に避けれないか。それも神の扱う物だというならなおさらよね? 召喚陣なら発動させしてしまえば…… それに賭けるしかないのかしらね」
 スティフィはそんなことを言って、なにか思考するように明後日の方向を見た。
 だが、希望は見えている。



しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...