学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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金と欲望と私

金と欲望と私 その4

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 ナゴーロ・フィルロック。
 二十代前半の彼はシュトゥルムルン魔術学院の正式な雇用員ではないし、生徒でもない。
 用務員の仕事にも満たない雑用、そんなことをして日銭を稼いでいる。
 魔術の才もたいしてない、魔術を学ぶ意思ももうない、また学もない。そんな彼が魔術学院にこだわっているのは、他の街よりかはマシな生活がおくれるからだ。
 魔術学院において魔術の才が多少なりともありさえすれば、どうにか暮らしていけるだけの生活は保障されているようなものだ。
 そもそもシュトゥルムルン魔術学院はかなり広大な敷地を持つ魔法学院の一つで歴史ある学院でもある。
 この領地の港口である『都』と呼ばれる都市には及ばぬが、その他の周辺の町や村などより、安定した生活を送ることができる。
 それもこれも魔力の才が少しでもあればという条件は付くのだが。
 逆に言うと、ナゴーロのようなほぼ才能のない人間でも、他の街よりもマシな生活が送れてしまっているのが実情だ。
 さらに魔術学院は金もうけの種がゴロゴロ転がっているようなところでもある。

 今回のこともそうだ。
 せっかく得た情報をなじみの商会に流してやった。
 いい金になった。
 だが、商会は途中で引いた。分が悪い、相手が悪い、と。お前ももうかかわるな、とまで忠告された。
 ナゴーロは小娘相手になにをやってるんだ、と憤った。
 確かに、あの小娘は祟り神の巫女と噂されている。
 だが、それがどうしたとこというのだ。聞けばその神は遠い東の辺境の地の神と聞く。
 ならば、居ないのも同義だし、そんな辺境の神をそもそも恐れる必要もない。
 だから、自ら行動することにした。
 あのミアとかいう小娘をさらって、どこかしらの商会かなにかにでも売りつければ一生遊んで暮らせる金が手に入るはずだと。
 しくじれば間違いなく魔術学院を追い出されるだろう。
 だが、それはしくじればだ。
 なら、話は簡単だ。しくじらなければいい。ばれなければ何も問題はない。
 小娘一人くらいどうとでもなる。
 ナゴーロの短絡的思考はそう判断した。
 第二女子寮は魔女科専用寮とも言われ、他の建物から少し隔離された場所に住んでいるのもナゴーロにとっては都合がいい。
 寝静まった後にでも忍び込んで連れ去ってしまえばだれにも気が付かれることもない。
 さらにミアという小娘は祟り神の巫女と噂されていて周囲から厄介がられている。
 ちょっと前に見かけたときは、一人でいるのを食堂で目撃している。
 友達もいないのだろう。
 さらったところで誰も心配もしないだろうし、探しもしないに違いない。
 それどころか厄介者がいなくなったと感謝されるかもしれない。
 ならば、かわいそうだが俺の人生の糧となってもらおう、と、ナゴーロは行動を起こすことにしたのだ。
 彼はもう頭を下げ雑用をして日銭を稼ぐ生活に辟易していたところだ。

 もう真夜中だというのに廊下を行きかう蝋燭の灯が見えるし、いくつかの部屋にはまだ明かりが灯っている。
 ナゴーロは知らない。
 この寮がなぜ離隔されたような場所に建てられたのかを。
 その理由の一つが、魔女科と呼ばれる科の生徒達の多くは闇の神やそれこそ邪神や悪神に仕える者たちで、その活動は夜のほうが多くなるからだ。
 いや、夜こそが彼女達本来の時間なのだ。
 だからこの寮は他の施設からも離れて建てられている。
 そのことをナゴーロは知らない。
 また、男がその寮に入るだけでも、彼女たちが崇めている厄介な神達に目を付けられかねないという事もナゴーロは知らない。
 ここは特に男性にとって一種の危険地帯とも言われていることをナゴーロは知らないのだ。
 彼がまだ生徒だった時に真面目に講義を受けていればわかることなのだが、彼の魔術の才能がほんのわずかにしかない、という事がわかって以来彼はまじめに講義を受けるのをやめてしまっている。
 自尊心だけは人一倍高かった。大した才能がないのであれば魔術などいらない、と自ら魔術を学ぶことを辞めたのに、卒業後も魔術学院に固執している。
 ナゴーロはそんな人間だった。
 そんな人間だからか、ナゴーロはいつまでたっても寝静まらない寮に苛立ちはじめていた。
 相手はガキどもで女しかいない。仮にばれたところでどうにでもなる、と、後先考えないやはり短絡的な思考から強行することにした。
 
 荷物持ち君。正確には荷物持ち君一号と名付けられたそれは誇っていた。
 なにせ神格の高い神に直接命を下されたのだ。これは滅多にないことだ。
 そもそも神の座に篭りそこから出てこない神がほとんどだというのに、あの神は分霊でもなく神の身でありながら、神の座に篭らず地上を気ままに旅していた。これはとても珍しいことだ。
 偶然、いや、必然的にも拾われ、三日ほどその旅に同行した。大変名誉なことだった。
 そして、その神から命が下った。
 少々不名誉な名を付けられたことに、若干の憤りはあるが些細なことだ。
 下された命は大変名誉なことであり世界の理に関することだ。
 なにせ神に命じられたのだから。
 彼はそう理解していた。
 古老樹としては心もとない知恵と知識だ。
 特に知識についてはなにも受け継いでいない。そして、知恵もまだそこまで高くない。
 まだこの世に生と自我をもって間もないのだ。古老樹と言われる上位種ではあるが、それは仕方のないことだ。
 言わばまだ幼体や赤子とも言ってもいい状態なのだ。
 そんな彼が神より頂いた命は、とある人間の少女を守ることだ。
 その理由は知らないし、理由などどうでもいい。神に命を下されたのだ。名誉なことだ。何も考えずに従うだけでいい。
 ただ自分は古老樹だ。あまり動き回ることを得意としない。
 守るべき人間が自分の枝の届く範囲にいるのであれば守るのは容易い。
 しかし、人というものはちょこちょことよく動き回るものだ。
 それでは守りようがない。
 それに、どこかに根付かねば古老樹としての力もつけられないし、成長もままならない。
 だからだろうか、人間たちは自分に新しい動き回れる肉体を用意した。
 泥でできた肉体は少々動かしづらい。
 が、壺の中の腐葉土は悪くない。非常に居心地がいい。
 それにたまに流し込まれる魔力が宿った水。あれはとても美味だ。魔力の質がとても良い。
 魔力。そうあの魔力。
 あの魔力はとても似ている。
 守るべきあの少女の髪は不思議なことに神気を帯びている。
 少なくとも人間のそれではない。
 ただわかるのはその髪と魔力の宿った水の魔力はとても良く似ているという事だ。恐らくは何かしら、同一の神性が元になったものなのだろう。
 しかも、その髪は自分に協力的であの人間の少女を守ることに力を貸してくれさえしていると感じられる。
 自分に命を下した神だけなく他の神もあの少女を守ろうとしているという事になる。
 ならば、幼いながらも古老樹として、その命を全うしなければならない。
 この与えられた肉体にも早く慣れなければならない。
 なにせあの守るべき少女に悪意を持って接している不埒な輩はこの付近だけでも複数存在するのだから。

 鎧戸から差し込む月明かりだけの薄暗い中、スティフィは目を開いた。
 浅く寝てはいたが違和感に気づき覚醒した。
 横を見ると薄着のミアが浅い寝息を立ててぐっすりと寝ている。起きる気配はまるでない。
 部屋の中は虫除けの香の臭いが充満している。
 それはスティフィが持参したものだ。
 ミアは蚊など気にも留めないが、感覚が鋭いスティフィからしたら蚊や羽虫は厄介極まりない連中なのだ。それらが部屋の中に居るだけで気が散って仕方ない。
 ミアを起こさないように、そっと同じ寝台から起き、暑さからか既に払われている薄い掛布団をミアのお腹の部分までかけておく。
 体はやせ細ってはいるが、ミアの体は頑健そのもので寝冷えして体調を崩すようなこともない、とは思うのだが、なんとなくスティフィはそうした。
 その後、鎧窓の隙間から、違和感を感じた外の様子を伺う。
 寮の入口付近の草むらに怪しい人物の人影が寮の様子を伺っているのをすぐに発見できた。
 魔術を使わなくてもはっきりと月明かりだけで視認できる。
 その様子からこの寮の寮生とは思えない。流石に影だけなので人物の特定の判断は難しいが、その体格から女性でもない事はわかる。
 その人物は上手く隠れているつもりだろうが、二階から見れば鎧戸の隙間からでも丸見えだった。
 草むらに潜んでいる人物が誰かなのかまでは流石に確認できないが、スティフィは、その動き、気配から素人だと判断した。
 あの様子ではここまで来ることはまず不可能だ。
 この寮には寮母という番人がいる。
 恐ろしく腕の立つ寮母で、狩り手と呼ばれる懲罰部隊に所属していたスティフィでも正面切って戦いたくないと思わせるような人物だ。
 実際ここの寮母になる前は傭兵家業をしていた人物らしい。
 ほっておいてもあの寮母に捕まって終わりだろう。
 スティフィ的にはもしミアを狙っているのならば、狙っているという確証が欲しかったが、寮母に捕まってはそれも難しそうだ。
 けれど、それほど問題ではない。
 近いうちに、それこそ明日中には商会の方から情報が出てくるのだから。商会にミアの情報を流した人物の情報が。
 もし今草むらに潜んでいる影がその人物であるのなら話は早い。例え寮母につかまっても身柄は確保できているだろうし。
 まあ、それでも直接その人物を締め上げるのは商会からの情報が上がってきてからでいい。
 今は事の成り行きを見守るだけでいい。
 そして、そのことを明日にでもミアに恩着せがましく話してやろう。
 スティフィがそんな考えていると、なにかずんぐりむっくりした物体が草むらに隠れている人物に向かっていった。
 その人物はそれに気が付いていない。
 スティフィは、これは大事になるしミアを起こしておいた方が良さそうだ、と、寝台へと急いで戻った。

 ブォン。続けて、ズドン。
 丸太で起こしたような風切り音がして、近くの地面に何かが突き刺さり地面を揺らし地響きを鳴り響かせた。
 ナゴーロが驚いてそっちを見ると、頭から苗木を生やした涙型をしたずんくりむっくりた石像か何かが太い腕を、自分に向かい突き出していた。
 それは運よくか悪くかはわからないが、狙いを外しナゴーロの近くの地面に突き刺さっていた。
 もしそれが直撃していれば、ナゴーロは無事ではなかっただろうし、場合によっては命を落としていただろう。
「ひぃぃぃぃぃ、な、なんだコイツは!!」
 ナゴーロが大きな悲鳴を上げた。
 それと同時に寮内で起きていた者たちがナゴーロへの存在に気づき意識を向け始める。
 ずんぐりむっくりしたそれは今度は逆の手でナゴーロに狙いを定めている。
 ナゴーロは必死に這いつくばってそれをどうにか避ける。
 幸いずんぐりむっくりしているせいかそれの動きは遅く何とかナゴーロはかわすことができた。
 だが、その力はとても強いようで突き出された腕により地面が捲り上がっている。
 その様子をみて、ナゴーロは更に叫ぶ。
「な、なんだぁ! コイツ!! た、助けてくれ!! だ、誰か!!」
 深夜に大声が再び響き渡る。
 が、ずんぐりむっくりしたそれ、荷物持ち君は叫び声などは気に留めない。
 追撃すべく地面に刺さりっぱなしの右手を地面から引き抜く。

 荷物持ち君は思い通りに動かない新しい肉体に苛立った。
 動き回れるのは便利だが、自分の枝のように自由自在に動かせるわけでもない。さらに泥人形という存在になったせいで、その自慢の枝も満足に動かせなくなっている。
 しかも、この体を動かすには、人間たちが自分に刻み込んだ術式を通さないといけない。
 それも自在に体を動かせるものではなく、制限され決められた動きを組合わせて体を動かさなければならない。
 それは荷物持ち君にとって不自由な物でしかない。何かと歯がゆい。
 自在にこの新しい肉体を操れていれば既に目の前の脅威を排除できていたのに。
 さらに追撃すべく追おうとするが、短い脚だけではうまく対象を追うことができない。
 この体は両手両足を使って初めてまともに歩行することができる。
 何とも不便な体だ。
 だが、神の命を全うするためにはこの肉体が必要で、慣れなければならない。
 次は仕留める。そう決意し逃げ惑う目標を追う。

 寮母であるペネロープは不思議な光景を眺めていた。
 止めるべきかどうするべきか、迷う物はある。
 男は間違いなく不審者だ。この付近にはこの第二女子寮しかないのだから。
 真夜中にこんな場所に忍び込んで来ようとしている時点で捕まえて説教でもしてやる理由には十分だ。
 その不審者を卵に手足が付いたようなものが追いかけまわしている。
 それにこの寮に一歩でも不埒な考えを持った男が入り込むなど、厄介な神々に目を付けられかねない場所だ。
 その神々の怒りがその男だけでなく周囲にまで振りまかれる可能性すらある。
 あの男のためだけでなくとも、この寮の中に入れるのは良くない。
 そのことが、ペネロープの判断を鈍らせる、というか迷わせる、このまま見ていたい、と言った欲が出てきてしまっている。
 この笑える状況をもう少し楽しみたいと思ってしまっている。
 男を襲っている卵型の何かはずんぐりむっくりとした泥人形だ。
 ペネロープには見覚えがある。
 ついこの間、寮生のミアから紹介された彼女の使い魔だ。
 まだ使い魔用の納屋の準備ができてないとかで、夜の間はこの寮の庭に置きっぱなしのはずだ。
 暴走しているのか、それとも護衛命令を実行して不審者を見つけ出し撃退しているのかも分からない。
 ただ使い魔の動きは鈍いようで不審者を捉えきれてないように思える。
 が、その攻撃自体はまるで命を奪うかのような力強いものだ。
 もし命中すれば本当に命に関わるものだ。
 何とも滑稽な追いかけっこだ。ただ逃げる側、不審者の体力がもうあまり残っていない。
 このままではあの使い魔に殴り殺されるだろう。それはそれでもいいのだが、持ち主であるミアのためには止めてやらねばならない。
 ペネロープは魔力の水薬で稼働する照明器具を高くかざした。
「おい! ええっと、ミアの使い魔だよな。それくらいで勘弁してはくれないかねぇ? 人は人の元で裁かねばならない」
 そう使い魔に声をかけるが止まる様子はない。
「主人のいう事しかきかねぇか。それとも暴走しているのか? オイ、誰かミアを起こして連れてこい」
 野次馬で徐々に集まってきている寮生達に声をかける。
 そうすると皆すぐに振り向いた。
 そこには目をこすりながらスティフィに手を引かれて、もたもたと歩くミアの姿があった。
 そのミアも今起きている光景を見て目が完全に覚める。
「えっと…… なんで荷物持ち君が起動してるんですか?」
 と、不思議な表情を浮かべながらも驚いている。
 当たり前だ。普通の使い魔は自ら行動しない、というか意識など持っていない。
 意識を持っているかのような疑似的行動を取らせることはできる。
 が、自ら自発的に行動することはない。
 通常の使い魔なら。
「あんたがやったんじゃないのかい?」
 寮母ペネロープは荷物持ち君を視線で追いながらミアに問う。
「待機命令で軒先に置いておいたはずなんですけど……」
 と、少し困惑気味にミアが答える。
「止められるか?」
 と、端的に聞くと、
「やってみます」
 とミアは力ずよく返事をして走り出した。

「に、荷物持ち君、止まってください」
 ミアが駆け寄り声をかけると、荷物持ち君は動きをやめてミアの方を確認する。
 ミアを確認した荷物持ち君はミアとナゴーロの間に立つような位置に移動して、ナゴーロに向かい立ちはだかるように最優先で移動した。
「これは、主人を守っているのかねぇ? 暴走とも違うみたいだしね。ってことは、そこの不審者…… おっと、おまえは確かナゴーロとかいう…… ミアの使い魔が反応したってことはだ、あんたの狙いは、このミアなのか?」
 ミアの後をついてきたペネロープは不審者にそう問いただす。
 その不審者のナゴーロは既にばてており肩で息をしてその場にへたり込んでいる。もう逃げ出す心配もないだろう。もちろんペネロープはもとから逃がすつもりもない。
「いっ、ち、ちがう…… お、おれはただ通りかかっただけだ!!」
「何言ってんだい、ここいらには第二女子寮しかないよ」
 と、ペネロープが叱咤すると、不審者、ナゴーロはビクッと体を震わせた。
「ミア、そいつがあなたの情報を漏らした第一候補だよ」
 いつの間にかに気配もなく寄ってきていたスティフィはナゴーロの顔を確認した後、ミアにそう告げた。
「え? この人がですか?」
 ミアはこの人物のことを記憶から探し出そうとするが思いあたりがない。まったく知らない人だ。
「なんだい、訳ありかい?」
「後はデミアス教の方で処理しますので。面倒事にはしませんのでここは任せてくれませんか?」
 と、上目遣いでスティフィはペネロープに甘えるような猫なで声でそう告げた。
「むぅ…… また厄介ごとかね。まったく。じゃあ、任せるよ。ほら、野次馬どもは帰った帰った。それともデミアス教の案件に首を突っ込む馬鹿はいるのかい?」
 ペネロープが嫌な表情を見せてそう声をかけると、ミアとスティフィを除いて寮生たちが逃げるように寮内へと戻って行った。
 ペネロープ自身もその後を追って寮内へと戻って行く。
 最後に寮に戻ったペネロープが寮の扉を閉め、鍵をかけた。
「終わったら呼びな。開けてやる」
 と、大きな声で寮内から伝えてきた。
「え、あっ、はい、ご迷惑をお掛けします……」
 その声にミアは寮の方を向いて軽く頭を下げた。
 そして、再び不審者ナゴーロを見る。やはりミアの知っている人ではない。
「デ、デミアス教? な、なんで? デミアス教が?」
 ナゴーロはうわ言のようにそう繰り返している。もう逃げだすつもりもないようだ。
「あら、知らなかったの? この子、ダーウィック大神官様のお気に入りなのよ」
 と、スティフィが教えてやると、その顔が恐怖に歪む。
「なっ!! ダ、ダーウィック教授!? ち、ちがう、俺は知らなかった!!」
 取り繕いがないように慌てふためき、慈悲を乞うように地べたへと這いつくばった。
「もう遅いわよ。ほぼ裏も取れてるし、明日にはケレント商会の方からもあんたの名があがって来るだろうし」
 スティフィが意地の悪い顔を見せつけながらそう言うと、ナゴーロの顔が怒りに染まっていく。
 その様子からスティフィは、ミアの情報を売ったのはこの男で間違いなさそうと確信する。
「な、あ、あいつら…… 俺を売りやがったのか?」
「デミアスの名を聞いて、非常に協力的だったそうよ」
 これはスティフィの嘘だ。まだ情報は届いていない。ケレント商会の方がどういった反応をしているかの情報もない。
 ただ明日届く手筈にはなっているのは本当だ。
 ならば、情報は届く。ダーウィック大神官の配下であるデミアス教徒達はそう言った連中だ。
「ひぃ!! ま、待ってくれ、お、俺は知らなかったんだ」
 ナゴーロが慌てふためきそう言うが、スティフィは既に相手にしていない。
 そんなナゴーロをミアは困った表情で見ている。
「あの…… スティフィ。この方は?」
「ただのゴロツキよ。名はナゴーロ。運よくあなたのことを知って…… て、わけでもないのよね」
 と、スティフィはそこまで言って口を閉じた。
 何か続きがあるような気がするが、スティフィにはまだミアに告げる気はないようだ。
 ミアもそのことを察知する。
「で、えっとナゴーロさん? ですっけ? どうなるんですか?」
 ミアがスティフィをまっすぐ見て聞いてきたが、スティフィは視線を合わせなかった。
「ミアが知る必要はない」
 スティフィは短くそう言った。
 それだけにどうなるか、なんとなくミアもナゴーロ自身も察してしまう。
「ま、待ってくれ、デミアス教が関わってるだなんて知らなかったんだ、い、命だけは!!」
 ナゴーロはそう言って地面に額を付け命乞いを始めた。
 その様子をミアは、何とも言えない表情で見ていた。
 そのミアの表情を見たスティフィはミアに提案する。
「じゃっ、どうするかはミアが決めてみる?」
 半分冗談のつもりだった。
 が、デミアス教は欲望を第一とする。当事者であるミアがそう望めばそうなる。それに異を唱えることはダーウィック大神官でも、いや、だからこそ、しないだろう。
「じゃあ、こうしましょう」
 そう言ってミアはスティフィが止める間のなく、ナゴーロに近寄り今も被っていた帽子をナゴーロにかぶせた。
 そして、すぐに帽子を取って被りなおした。
「へっ?」
 と、ナゴーロは何が何だかわからない顔をする。
「とりあえずこれで一週間は動けませんし」
 そう言ってミアはニコリと笑った。
「え? いや、意外ね。ミアがそんなことするだなんて」
「どういうことです?」
「いや、あなたの神様の祟りとはいえ、こんなことに使うだなんて」
 間違いなくミアはロロカカ神のことをどうしょうもなく神聖視している。
 その祟りとはいえ、その力をこんなくだらないことにミアが使うとはスティフィには思えなかった。
「へっ? 祟り?」
 と、ナゴーロが奇妙な表情を浮かべる。
「いや、うーん、リッケルト村では悪いことした人に、罰としてこの帽子を被せること割とあったんですよね……」
 ミアもあまり気が進んでない、という表情ではあるがそう答えた。
「初耳だわ……」
「とりあえず再犯防止にはなりますよ。私も一時期は、そのために与えられた帽子だと思っていましたし」
「一時期は?」
 とスティフィは聞き返しつつも頭の中で思考を巡らせる。
 これはこれで都合がいい。
 一週間も経たないうちに全てカタもついているはずだ。
 なら、殺してしまうよりも都合がいい。
 こんな奴を殺すの何ていつだってできることなのだから。
 それにこいつが一週間動けなくなるということは、スティフィにとっても都合がいい。
「え? なんだ、俺はどうなるんだ? おい?」
 と不安そうに、ミアに縋り付こうとして荷物持ち君に阻まれた、ナゴーロは泣きそうなほど不安そうな表情を見せた。
「大丈夫です。死人は出たことないのですので、一週間じっくりと反省してください」
 ミアはにっこりと笑ってそう言った。


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