世界最後の1日に。

こいづみ

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 一晩が経ち、弘樹は学校に行くため電車に揺られていた。

 会見が終わったあとテレビの出演者は理解が追い付いていない様子でみんな平静さを取り繕えていなかった。

 当然自分達も。

 あのあと二人は何か喋ることも見つからず無言で食事を済ませ再度テーブルに向かい話し合いをした。

 しかし何を話しても自分達ではなにも解決せず、香里が落ち着いたら改めて三人で話し合いをするという結果に収まった。

 話し合いが終わり部屋に戻った弘樹だが到底参考書を開く気にはなれずに久しぶりに早めの時間に眠りについた。

 そのため今弘樹が乗っている電車はいつもよりも早い時間のものとなっており、席も所々空席となるほどには空いている状態だ。

 早めに目が覚めたからといって通学の時間も早くする必要はないのだが、家にいるのも落ち着かず準備が出来次第出てきてしまった。

(人類滅亡か・・・)

 言葉にするとひどく滑稽で現実感があるとは到底思えない。

 いっそのこと国ぐるみで国民全員を騙すテレビ番組の企画だと言われた方がまだ納得がいく。

 だが本当のことでも番組の企画だったとしても自分の許容量を越えてしまっていてどちらも受け入れられる自信がない。

 考えたところで答えが出ない事などわかっているのにこうしてじっとしていると色々と考えてしまう。

 香里の時間がとれるまで待つと決めたのだ、それまでは余計なことは考えないようにと弘樹は改めて自分に言い聞かせた。


 学校に着いたが早い時間に来すぎたためか静かなものだった。

 教室に向かい校舎内を歩いていても外から運動部の朝練の声が微かに聞こえてくる程度で自分の足音が妙にはっきり聞こえてくる。

 そのうちに誰ともすれ違うことなく弘樹は教室に到着した。

 引き戸を開け教室に入る、暖房はかかっていたがまだ教室は暖まりきっておらずコートを着たまま自分の席へと歩いていく。

 荷物を下ろしたところで自分が教室に二番乗りだということに気付いた。

 廊下側の最前列、弘樹とは真反対の席、そこには教室に入ってきた弘樹に一瞥もくれずに本を読み進めている少女がいた。

 コートを着たまま淡々と文字を追っている彼女に声を掛けるか少し迷った弘樹だが、見つけてしまった手前そのまま無言でいるのも居心地が悪くとりあえず挨拶だけでも交わすことにした。

 名前は確か。

「九条さんだっけ、おはよう」

 なんとか記憶の中から彼女の名前を絞り出す弘樹だがしばらく返事がなく、自分の記憶違いで名前を間違えてしまったかもしれないと謝ろうとしたところ。

「・・・おはよう」

 ようやく彼女が口を開いた、相変わらずこちらは見ずに視線は開いた本に向けたままぶっきらぼうな物言いではあったがそれでも名前を間違っていなかったことに弘樹は安堵した。

「九条さん朝早いね毎回この時間なの?」

 嬉しくなりつい話を続けてしまう。

 弘樹は椅子に座ることもせずに彼女の返答を待った。

 ぺらりと1つページをめくったところで彼女は栞をはさみ本を閉じる。

「家にいてもすることがないから」

 初めてこちらを向き真っ直ぐに弘樹を見据え抑揚のない声音で答えた。

 彼女がこちらを見て話すのを確認した弘樹は彼女のそばまで歩いていきそのまま隣の席に腰を落とした。

「そうなんだ、俺も今日は家にいるのが落ち着かなくて早めに出てきちゃったんだよね」

 初めて話をする相手だと言うのに変に饒舌な自分に弘樹自身驚いている。

 昨日の事でまだ混乱しているのもありこうして普通の会話をすることがなんだか久しぶりな気がして心の隅で喜んでいる自分がいた。

「そう」

 しかし弘樹の気持ちとは裏腹に彼女はあまり歓迎していないようだ。

 二人はしばらく喋ることもなく視線だけが交わっていた。

 話は終わりだと言わんばかりに彼女は弘樹から視線をはずし手に持っていた本を広げようとした。

「昨日のテレビの事どう思う?」

 慌てて話を続けようとしたため弘樹は自分でも思ってもみなかった声の大きさで思ってもみなかった話題を振ってしまった。

 彼女は声の大きさに少し驚いたようすだったがこちらに向き直り聞き返した。

「テレビって隕石の事?」

「うん、そう」

 相変わらず真っ直ぐに見つめられてしまい少し落ち着かない様子で質問に答える。

 そしてほんの少しの間を空け彼女が答えた。

「別に」

 いままで以上に抑揚のない声で。

「どうでもいい」

 そう言い放ち今度こそ本を開きそちらに集中してしまう。

 弘樹は先程の彼女の答えが気になり再度声をかけようと口を開きかけたがそこで勢いよく後ろの扉が開かれた。

 数人の知り合いと話ながら登校してきたクラスメイトが入ってきて教室は一気に賑やかになる。

 話を続ける雰囲気ではなくなり弘樹は後ろ髪を引かれながらも自分の席に戻っていった。

 席に座り勇人と小春が登校してくるのを窓の外を眺めながら待っている間、なんとなくいつもよりも騒がしい教室に耳を傾けているとやはり話題は昨日の会見の話で一色に染まっていた。


「おーっすヒロー」

「弘樹おはよー」

 教室が暖まりきった頃到着した勇人と小春が元気よく挨拶する。

「おはよう」

 昨日の事があり待っている間も物思いに耽っていたが二人といつも通りに挨拶を交わし少し安心した。

「二人とも昨日テレビ見た?」

 早速弘樹は自分が気にかかっている話題を二人に投げかける。

「あー隕石の話?」

 振られた話題に勇人が答えるが、要領を得ないその返答に弘樹が訝しんでいると勇人が連続で口を開いた。

「いやー実は昨日小春と盛り上がっちまって帰ったの随分遅かったからその事知ったのさっきなんだよ」

 後頭部に手を宛てながら呑気に言い放つ勇人、見ると小春も小さく舌を突き出しているのを見て思わず呆れてしまった。

「そういえば香里さんの言ってたテレビってその事なの?」

 昨日弘樹が話していた香里からの言伝てについて小春が素朴な疑問を口にした。

「多分そうだと思う、指定されてた時間もぴったりだったし」

 未だに香里には会えておらず直接やり取りをしたわけではないがそれでも弘樹は確信めいた自信があった。

「マジかーじゃああれ本当の事なのかよ」

 驚いているわりにはあまり緊張感のない様子の勇人だが無理もない、香里から聞き、会見を視聴した弘樹でさえ依然として実感が湧かないのだから。

「でもその事を知ってる香里さんって何者なの?」

 尤もな疑問である。

 しかしその答えは弘樹や宗一でさえ解明できなかったのだ、当然勇人や小春にも解けるはずもなく。

「まあ香里さんだからだろ」

 という勇人の間抜けな一言が何故だか一番しっくりきた。


 「九条って九条仁美ちゃんの事?」

 しばらく会見の話をしていたがその話題が一段落したところで弘樹は今朝話した彼女について質問した。

 どうやら名前は九条仁美というらしい。

 小春曰く誰かと話しているところを見たことがなくいつも一人で過ごしているとのこと。

「弘樹が誰かに興味をもつなんて珍しいな」

 勇人が本当に驚いた様子で訪ねてきた。

 しかし無理もない、弘樹は勇人と小春の幼なじみ二人以外とは高校生活を通して必要最低限の会話しかしてこなかったのだ。

 その弘樹が今になって自分達以外の人物について質問をして来たので二人はある種親心のような感情を抱いていた。

「今朝話したからなんとなく気になって」

 弘樹自身も勇人に言われて初めて自分の行動に気付いた。

 人付き合いを避けていたわけではないのだがそれでも初対面の相手にあれだけ会話をし、尚且つ二人にその相手について質問をしている自分には驚いていた。

「小春さんやまさか弘樹がわしたちの見ていない間にここまで成長するなんて」

「勇人さんや嬉しいことじゃありませんかこうして孫の成長を見守れるのですから」

「誰が孫だ」

 三人でそんな冗談を交えながら朝の時間が過ぎていく、その内に扉の開く音がして担任の教師が教室に入ってくる。

 教室内は一瞬静寂に包まれたが次の瞬間担任教師に詰め寄る生徒たちの喧騒で溢れかえった。

 全員昨日の会見の話で今後の学校が、生活がどうなるのか、不安をここぞとばかりに目の前の大人にぶつけている。

「静かにしろ、とりあえず全員自分の席につけ」

 あくまでも冷静に、それでいて教室全体に通る声で生徒たちに投げかけた。

 その声に再び教室は静寂に包まれる。

 先程まで声を荒げていた生徒たちは素直に自分の席に戻っていった。

 それを見届けてから一呼吸置き、大きく息を吸い込んでから担任教師は口を開いた。

「お前たちが疑問に思っていることがあるのはわかっている。しかし学校側も急な発表にまだ対応が追い付いていない状況だ、取り急ぎ関係各所に確認を取ってはいるがすぐに答えが出るかもわからない、だから対応が決定するまでは通常通りに授業は続けることにする」

 一息に喋り終えると聞いていた生徒たちは分かりやすく落胆していた。

 昨日の会見の影響で学校が休みになるのではないかと期待していたのだろうそこかしこから不満の声が上がっている。

「そう文句を垂れるな、お前らも授業があると思ったからここにいるんだろう?だったら大人しく受け入れろ」

 そう言われ落胆の色は隠さないものの先程よりも不満の声は大分落ち着いた。

 彼に言われた通りここにいる生徒たちは学校が通常通りに執り行われると思い集まったのだからそれを指摘されては表立って文句を言うことは憚られるようだ。

「まあこんな状況で通常授業なんてしたって集中できないだろうし今日は1日中自習にする、大きく騒がなければ何しても構わないから我慢してくれ」

 それを聞き教室内はうってかわって嬉々に包まれた。

 ホームルームが終わり担任教師が教室から出ていくとすぐに勇人と小春が弘樹の元に集まってきた。

「ラッキーだったな」

 来るなり勇人は嬉しそうに言い漏らした。

 小春も同じことを思っているのか笑顔を浮かべながら頷いている。

「そうだな」

 弘樹もそれに同意する。

 このまま授業があったとしても担任教師の言うとおり集中など出来そうにもない、ならば勇人や小春と話をしてした方があれこれと答えの出ない悩みに思考を巡らせることもないし、何よりその方が楽しい。

「そういえばヒロは今日明日の予定はわかったのか?」

「・・・あっごめん連絡忘れてた」

 勇人に聞かれなんのことか一瞬考えたがすぐに思い出す。昨日の出来事が大きすぎて完全に忘れてしまっていた。

「ちょっと弘樹連絡くれなかったら怒るって言ったでしょ」

 小春が腰に両手を置き口を尖らせ分かりやすく怒っていると主張してくる。

「ごめん、でも今日と明日はどっちも大丈夫だから」

 軽く胸の前で手を合わせながら自身の予定を二人に伝える。

 勇人と小春はお互いに顔を見合わせたあと楽しそうに満面の笑みをたたえた。

「おーっしじゃあいまから放課後なにするか決めるぞ」

「カラオケは昨日いったからなしね」

 ああでもないこうでもないと勇人と小春が議論を繰り広げているなか弘樹はふと気になり自分とは真反対の席に目を移した。

 そこでは相変わらず一人で本を読み耽っている仁美がいる。


 その姿が何故だかとても儚く映り弘樹は目が離せなくなった。


 二人の論争に巻き込まれ視線をはずしたあとも彼女の姿が心に染み付き離れなかった。
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