ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる

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勇者召喚編

2 バリアバンクル

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「バイトなんて久しぶりだ……高校生の頃を思い出すなぁ」

 汚れた皿を洗うヤマザキは、「いらっしゃいませ~!」と叫んだ。
 ここは異世界のレストラン。
 ハイランド城から離れたヤマザキは、川にかかる橋を渡った先の街で働いていた。

『アルバイト募集! 宿つき! まかないつき!』

 店の扉にこのような張り紙があった。
 不思議なことに異世界の文字や言葉が理解できたのだ。
 さっそく店主の男ターキーに頼み込み、現在に至る。
 もちろん、異世界から来たという事情は話していない。
 店主ターキーは、見たこともない服装のヤマザキを見て、「わ!」と驚く給仕の女性プルトニーに、

「貧乏で鎧も買えない冒険者なんだ、可哀想だから助けてやろう」

 と説明していた。
 一方のヤマザキは、生き生きと瞳を輝かせ働いている。

「よっこいしょういち!」

 おじさんしか分からない掛け声だ。
 重い食材を運び、野菜を切ったり煮込んだり、雑用をすべてこなした。
 健康的な生活のループだ。
 肉体労働して、まかない食って、風呂入って寝る。
 食材を仕入れにいく農家でも、アルバイト募集の張り紙を見つけた。
 早朝に畑を耕す仕事だ。
 農家のおやじゴインに頼み込み、ここでも働いて稼いだ。
 土を耕すくわの使い方をマスターすれば、剣術も上手くなると考えていたのだ。

(俺は無能なんだ……地味に修行するしかない……)

 異世界に来て、はや数週間。
 魔力の効果もあり身体は痩せ、筋肉がついた。運動不足な三十四歳の、ぽっちゃりしていたお腹はもうない。鏡に映る自分の姿に驚いた。

(ジムいっても痩せなかったのに……やだ、俺ってイケメンだったのか)
 
 そんなある日。
 皿洗いに慣れてくると、料理も任されるようになった。
 何てことはない。異世界のレストランの料理は質素なイタリアンだったのだ。
 サラダ、オイルパスタ、パン、オニオンスープなどなど。

(サイゼじゃん……)

 独身で彼女もいないので、しっかり自炊をしていたヤマザキにとって、パスタ作りはめっちゃ得意だった。

(フライパンにトマトソースを焦がして、パスタにからめる……と)

 ナポリタンを作ってあげた。
 すると店主もスタッフも客も、

「うめぇうめぇ!」
「何これ神!」
「おかわりー!」

 と涙を流しながら食べていた。
 
(これ、どうやって火が着いているんだ?)

 それよりも、ヤマザキが興味を抱いたのは設備だ。
 ガスも電気もないのに火がつくし、照明が灯る。
 店主ターキーが、「そんなことも知らないのか?」と説明してくれた。

「魔石のおかげだよ。ほら、ここについているだろ?」
「ほんとだ」

 コンロを裏返すと赤い石が接続されていて、コンロから外すことができた。
 びっくりしているヤマザキの顔が面白かったのか、ターキーは笑いながらおじさんにお使いを頼んだ。
 
「そろそろ火力が落ちてきたな……ヤマザキさん、道具屋に行って修理して来てくれないか? まかないを作って待ってるから」

 わかった、とヤマザキは答えるとコンロを持って店を出た。


 ◉


(ここか……)

 道具屋は、街の商店街にひっそりとあった。この街全体が錆びついた中世ヨーロッパっぽい風格なのだが、道具屋は特に古びていた。

『道具屋タリスカー』

 と書かれた看板や柱には、鬱蒼とした草の蔓が伸びてからまり、中から魔女が出て来そうな雰囲気がある。
 しかし、外に出てきたのは可愛らしい少女デュワーズだった。
 彼女はヤマザキの服装を見るなり、目の色を変えて飛びついた。まるで猫のように。

「おじさん外国の人?」
「ああ、まぁ、そんなとこだ」
「へー、かっこいい服だね!」
「これはスーツという」
「わぁ、つるつるだぁ! すごい! こんなところにもポケットが!」

 デュワーズはおじさんをベタベタ触った。
 あまりにも触るので、周りにいる人から変な目で見られる。
 
「おい、やめろ……」
「ごめんごめん」
「それより俺は客だ。コンロを修理してもらえないか?」
「はいよー! おじいちゃーん、お客さんだよー!」

 デュワーズの案内で道具屋に入る。
 中にいたのはターバンを巻いた老人タリスカーだ。
 彼は真っ赤に燃える炉の前で作業をしていた。

「ちょっと待つんじゃ……」

 タリスカーはそう告げると、カンカン、と熱い鉄を打つ。
 出来上がったのは小刀。ダガーというらしい。
 それを店頭に並べると、カウンター越しからヤマザキに接客した。

「で、何のようじゃ?」
「コンロを修理してくれ」
「これは、はらぺこ食堂のとこの魔導具だな……そうか、あんたが噂の外国人さんか、どれ見せてみろ」

 ヤマザキはコンロを老人に渡した。

「ふむ、可愛がられているようじゃな……」

 コンロを点検するタリスカーの目は職人そのもの。
 ヤマザキはこの目をよく知っている。
 
(会社にもいたな、こういう頑固じじぃ……)

 すぐに火力不足の原因がわかったようだ。
 タリスカーは赤い石を外すと、砥石で研ぎ始めた。すると、くすんでいた赤い石がまるで宝石のように輝き出す。

「ほれ、太陽に当ててチャージしてみろ、それでも火力が落ちたら、そのときはコアの寿命だ、あきらめるんじゃ」
「コア?」
「はははっ、本当に外人なんじゃな! デュワーズ、説明してやれ、魔法学校で習っとるじゃろ?」

 うん、とデュワーズはうなずいた。
 赤い石を手に取り、「こっちにおいで」と手招きしながら外に出ていく。ヤマザキも後に続いた。
 
(わっ、眩しい!)

 時刻はちょうど昼過ぎごろ。
 真上にある太陽に向かって、デュワーズは赤い石を掲げた。

「こうやって太陽に魔石をあてると……ほら、中心にあるコアが赤く光ってきたでしょ? 魔力が溜まっていく証拠だよ」
「ほう、こうするとチャージ、つまりまた火が出るようになるのか」
「コアが生きていればね」
「コアは死ぬのか?」
「うん、生き物といっしょだよ。歳をとればやがて屍となって灰になる。永遠なんてものはこの世にない」
 
 ふむ、とヤマザキは感心して復活した魔石を受け取る。
 てへへ、とデュワーズは笑った。

「ぜーんぶ魔法学校で習ってることだけどね、でもぼくにはよくわからないや」
「君、ぼくっ子なのか」
「うん、ぼくの推しは、ハニィ様!」

 ハニィ様? とヤマザキは聞き返した。
 デュワーズは右手を剣のように振って説明する。

「ハニィ様は魔石を民に無料で配ってくれるんだ! クソ王子ジャックとは大違い……あわわわ」

 急にデュワーズの顔色が悪くなる。
 突然、現れた衛兵の男たちが原因らしい。
 
「おいデュワーズ、じじいはいるか?」
「けけけ、また魔石を頂きにきたぜ!」
「抵抗したらまた痛い目にあわすぞ、こら」

 ぐっ、デュワーズは唇を噛んだ。
 ヤマザキは手に持つ魔石を見つめ、自分にできることは何か探していた。
 
「二度と来るな! 魔石はもうない!」
「じじい、魔石がないならデュワーズをさらって城で奉仕してもらうことになるが、いいか?」
「貴様らは人間のクズか……」
「あ? これは王国からの勅命なのだぞ? 魔石は徴収、優秀な人材は国のために働くとな、がははは」

 道具屋の外にまでバカ笑いが響く。
 タリスカーと話しているモヒカンの衛兵がリーダーだろう。
 ヤマザキは中に入ると、赤く光る魔石をモヒカンに渡そうとした。

「これで勘弁してくれ」
「なんだてめぇは、関係ないやつは消えろ!」
「関係ある。俺はこの老人の弟子だ」

 は?
 とタリスカーもデュワーズも衛兵たちも、みんな唖然とした。
 
「じじい、いつのまに弟子をとった?」
「わしゃ、知らんぞ」

 ヤマザキは、ふっと笑った。

「知るわけない。今、弟子になったのだからな」
「正気か外人さん! 何を勝手なことを言っとる!」
「大真面目だ。魔導具のことをもっと教えてくれ。デュワーズという少女も連れていかれては困る。魔法学校で学んでることをもっと知りたい」

 ヤマザキの探究心に火がついていた。
 思えば、こんなに何かを知りたいと思ったのは、子どものころ以来だ。
 そう、初めて手にいれたロールプレイングゲームをプレイする気持ち。それと似ていたのだ。
 しかし、タリスカーは首を振って、ヤマザキを拒否する。
 男たちを強く睨み、先ほど製作したダガーを手にした。

「こいつらの狙いは魔石じゃない。最初からデュワーズなのじゃ。だから、おまえさんが魔石を渡したところでどうにもならん」

 わはは、と男たちは笑った。

「じじい、理解力があるじゃないか」
「安心しろ、たっぷり可愛がってやるから」
「来い、デュワーズ!」
「きゃぁっ!」

 汚い男の手がデュワーズに伸びる。
 タリスカーはダガーを持って振り上げようとしたが、それよりも先にヤマザキが動いていた。デュワーズを男から守っていたのだ。

「やめろ! この魔石を持って帰れ!」
「うるせぇな、てめぇ!」

 モヒカンがヤマザキに殴りかかる。
 だが次の瞬間、ゴギッ! モヒカンの拳が腕ごと曲がっていた。
 バリアバンクルの効果だ。
 ヤマザキの身体には目には見えない結界が張ってある。
 それは物理・魔法攻撃を跳ね返すことができるスーパーレアな魔導具だったのだ。
 モヒカンの腕の骨は折れたらしい。
 激痛に苦しみ、ヤマザキを恐ろしい魔物でも見るように怯えていた。

「ば、ば、バケモノだぁぁ!」
「ほら、魔石を持っていけよ」

 ヤマザキは、ポイっと魔石を投げてモヒカンに渡した。
 
「ぐっ、今日はこれで勘弁してやる! 今度こそ魔石がなかったらデュワーズは連れていくからな!」

 負け惜しみを吐いて、衛兵たちは去っていく。
 デュワーズは、ベーと舌を出していた。

「ありがとう、おじさん! とっても強いんだね!」
「いや、強くない。こいつのおかげだ」

 ヤマザキは、きらりと装備する腕輪を見せた。
 それを見た瞬間、タリスカーは驚愕していた。

「そ、それはバリアバンクル……おまえさん、いったい何者じゃ?」

 ヤマザキは、またジャケットから名刺を取り出して言った。

「俺はヤマザキ。異世界から来た、ただのおじさんだよ、師匠」

 唖然とするタリスカーとデュワーズだった。
 
「いま異世界って言った?」
「わし、師匠じゃないって……」
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