「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta

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8.してはいけないこと

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 オスカーはその日の朝、いつもより腰の辺りが重くだるいのに気づいた。

――そろそろ発情期が来そうだ。

 第二性がオメガであるオスカーは三ヶ月に一回発情期を迎える。オメガは生殖能力が高く、本能的にアルファとの子孫を残そうとするため発情期の間はアルファを誘惑するフェロモンが放出される。一度目の発情期と同じようにオスカーは今回も取り決め通り一人でやり過ごすつもりだった。

 朝食後いつものように散歩に誘われた際、オスカーは夫に告げた。

「少し熱っぽいので僕は部屋で休ませていただきます」
「それはいけない。医者を呼ぶよ。さあ、ベッドへ運ぶから俺に掴まって」

 彼が背中に手を添えてくる。彼の手のひらからはこちらを心配する気持ちが伝わってきた。しかしそれと同時に、アルファに触れられたことでオスカーの身体が熱を帯び、鼓動が早くなる。このまま彼の近くにいると、一気にヒートを起こしてしまいそうでオスカーは顔をそむけた。

「よくあることなので大丈夫です。眠りたいので一人にしていただけますか?」
「わかったよ。でも何かあったらいつでも呼んでくれ」

 その後昼過ぎには本格的に発熱し、頭がくらくらしてきた。これまでも発情期のときはヒートを穏やかにする薬を飲んで部屋に引きこもり、一週間その熱に耐えていた。

――結婚したら本当はアルファとつがいになってヒートも楽になるはずのに……。

 発情期中にアルファにうなじを噛まれることで「つがい」の関係が結ばれ、オメガの発情フェロモンはつがいのアルファ以外に効かなくなる。
 そしてヒートを鎮めるのに最も効果的なのは、アルファとの性行為だ。オスカーは結婚したとき当然ヘルムートが自分をつがいにして、発情期になればそのような行為に至ると覚悟していた。それなのに、最初の取り決め通りオスカーのうなじは傷一つなくきれいなままだ。

――身体が熱い……。

 結婚当初の厳しい顔をしたヘルムートを思うとオスカーは息苦しくなり、何か楽しいことを思い浮かべようとした。すると記憶喪失になった後のヘルムートとその爽やかな香りが頭をよぎった。

 想像の中で彼の碧色の瞳で見つめられ、形の良い唇が自分の頬に触れる。彼の温かい感情が皮膚からじんわりと伝わって――くすぐったいような、心が浮き立つような気がする。

「ヘルムート……」

 思わずつぶやいたその声が部屋の静寂に響いて、無性に悲しくなった。目を開けても当然誰もいない。結婚したのに夫に相手にされず一人でヒートの熱に耐えている――こんな扱いを受けているとは母も思っていないだろう。皇太子に嫁ぐよりも良いだなんて、楽天的に考えていた自分は愚かだった。

――だけど、今の彼なら? 

 記憶を失った彼は必要なら呼ぶようにと優しく言ってくれた。

――彼の唇がうなじに触れるとどんな感じがするだろう。

 優しく頬を撫で、額にキスしてくれるヘルムート。彼の唇が、自分の唇に触れるのはどんな気分だろう。想像するだけで体中が火照り、下腹部がじんと痺れる。

――彼のあの香りに包まれたい。抱きしめて欲しい……。

 目頭が熱くなる。夫に触れたくて涙が出るなんて――。
 オスカーは薬をもう一服飲んで目を閉じた。



 その夜オスカーが自室で眠っていると、身体が大きな岩に押しつぶされる夢を見て目が覚めた。覚醒してもなお苦しいので目を凝らすと、なんとヘルムートが身体の上にのしかかっているではないか。オスカーはびっくりして危うく叫ぶところだった。

「ヘルムート……どうしたんです?」
「この香り、やはり発情期だね。オメガの妻がヒートを起こしているのに一人で寂しく過ごすことはないだろう? 君を抱きに来た」

 暗がりで彼の表情はよく見えないが、その口調はいたずら好きの少年のようだった。彼の発言に唖然としているうちに唇を奪われる。彼はオスカーのフェロモンごと味わうように唇をゆっくりとついばんだ。

――何をしに来たって? 僕は何をされているんだ?

 オスカーは二人の体から立ち昇り融け合う香りにむせそうになった。いつもの新緑のような香りとは違い、動物的な甘い香りがする。オスカーの発情フェロモンに反応して、彼もヒート状態になっているのだろう。

 薬は飲んだものの、完全に発情を抑えられるわけではない。不意打ちでアルファのフェロモンを吸い込み頭がぼんやりしてくる。そのすきに彼は遠慮なくオスカーの寝間着の中に手を入れ、肌に触れてきた。いつもならはっきりと聞こえる彼の声が、今はよくわからない。愛情とも欲情ともつかない何かが渦巻いていて、ただオスカーを求めていることだけはわかった。そして彼が自分を求めるのと同じくらいオスカーの身体も目の前のアルファを求めていた。

 背中や腹を撫でる彼の大きな手は少しカサついていて、自分ではない誰かに触られているのを嫌というほど思い知らされる。首筋や鎖骨に唇で吸い付かれたかと思えば舌で舐められ声が出る。

「んっ……」

『オメガの妻がヒートを起こしているのに一人で寂しく過ごすことはない』。本来これがアルファとオメガのあるべき姿――。記憶の無い彼はまさかオスカーがまだ純潔を貫いているとは思わなかったのだろう。初夜ですら夫に抱いてもらえなかったなどとは想像もせず、こうして妻のベッドへ忍び込んだのだ。

 彼の指先が胸の先端に触れた。軽くつままれるだけで体に痺れが走り、ますます頭が回らなくなる。

――どうしよう。このまましていいの……?

 発情期でも共寝しないという約束を違えることになる。いずれ彼の記憶が戻ることを考えれば止めるべきだった。目の前の彼に正直に伝えなければ後から困ったことになる――。

 しかし夫に一度も抱かれたことがないと告げるのが恥ずかしくてオスカーは結局言い出せなかった。この状況に困りきって涙が滲んでくる。

「君のその顔。たまらないな」

 顔を背けようとしたがまた口付けされ、今度は舌が入ってくる。こんなキスなど当然初めてだった。惜しみなく注がれるアルファの性フェロモンは抗い難く、このような刺激に慣れていないオスカーはすぐに酩酊状態に陥った。

 身体の中心に熱が集まり、性器が硬くなる。そしてオスカーの上に乗っている彼の鋼のような肉体もまた燃えるように熱かった。彼は強張った自分のものをオスカーの下腹部にぐいと擦り付けてくる。アルファの欲望をあからさまに突きつけられ、オスカーは恥ずかしいのに興奮してしまい声を我慢できなかった。

「ふぅ……ん……。だめ……」
「オスカー、すぐにこれでお前の後ろを好きなだけ慰めてやろう」
「あ……だめです、ヘルムート」
「しかしここはもう準備ができているようだが?」

 彼はオスカーの後ろの窄まりに指を当てた。知らぬ間にじっとりと濡れていたその孔の周りをなぞるように指で弄られオスカーは羞恥心に顔を手で覆った。

「いや……もうやめて。ヘルムート、お願いです」
「なんだ。もう欲しくて我慢できないのか? ヒートで辛いのはわかるがそう焦るな。もう少しほぐすから待つんだ」
「ちが、ちがう。そうじゃな――」

 その瞬間彼の長い指がオスカーの体内に潜り込んできた。

「んぅっ!」

 最初は浅い部分を出し入れするように動かされ、慣れない感触に腰が浮く。逃げようとしたオスカーの動きを積極的な誘いと受け取った彼が笑いながら揶揄してくる。

「ここがいいんだな? こんなに腰を振って。普段はすました顔をしている君がベッドではこんなに淫らだとは」
「あっ……やぁ、ちがう……んっ」

――酷い。こんなこと初めてするのに!

 しかしヒートによる分泌液でとろけた内部に与えられる快感はオスカーを夢中にさせた。自分が発情期の度に求めていたのはこの感覚だったのだと認めざるをえなかった。

「オスカー、気持ちいいか?」 

 オスカーは黙って頷いた。

「君の香りは本当に素晴らしいよ」

 そう言う彼の香りもオスカーを恍惚とさせてくれた。自分から溢れるフェロモンが彼を喜ばせているのなら、いくらでも分かち合いたい――そう思ったとき、蜜壺から指を引き抜いた彼が間髪入れずに雄の象徴をねじ込んでくる。

「うそ、あっ……!」

 信じられないことに、オスカーのそこは初めてだというのに彼の大きなものを難なく受け入れた。

――交わってはいけないなのに。ああ、女神様!

 夫との約束を破ってしまった罪悪感と、その夫本人に与えられた快感で頭の中が混沌としている。そんなことは知らずにヘルムートは嬉しそうに微笑んだ。

「きついな……。夫のものをこんなに愛らしく締め付けてくれるとは」

 彼がゆるゆると腰を前後させるだけで息もできないほどの気持ちよさだった。お互いのフェロモンに包まれる悦びにオスカーは考えることを放棄した。
 汗の浮かんだ顔に笑みをたたえたヘルムートが言う。

「最高の気分だ。何も覚えていないせいで、まるで君を初めて抱くみたいだよ」

――当たり前だ。本当に初めてなんだから!

 これまで誰にも触れられることのなかったオスカーの身体は、アルファにより奥深く愛されることを覚えた。
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