【完結】妹を失った兄は吸血鬼侯爵様に溺愛される【ハロウィンSS】

grotta

文字の大きさ
上 下
1 / 3

吸血鬼侯爵の献身(上)

しおりを挟む
19世紀、東欧のどこかの国での出来事――。

マルシーク伯爵家の長男ヴァスラフが13歳、妹のマリアナが7歳のときのこと。
その日はヴァスラフの両親と妹が出掛ける予定だったが妹が熱を出した。ヴァスラフは母親から「妹を見ていて」と頼まれた。
(街に出たかったのに――)
ヴァスラフは不満に思った。

両親が出掛けたあと、熱があるにもかかわらず妹のマリアナが「お兄ちゃん遊ぼう」と兄の部屋を訪れた。ヴァスラフは優しく妹を寝室に戻らせベッドに寝かせてやる。どうせ熱で起きられないと思い「よく寝て目が覚めたら湖へ花を摘みに行こう」と答えた。

妹が寝息をたてるのを確認するとヴァスラフは立ち上がった。しばらく起きることはないだろうと考え、身支度を整えにかかる。母親譲りのブロンドのくせ毛を鏡で見ながらブラシでとかし、襟を正す。白い細面にブルーの瞳――彼に会うのだから、おかしなところが無いか入念に確かめる。ヴァスラフは妹を置いてこっそり街へ出掛けた。「先生」に会いに行くのだ。

ひとりで馬車に乗り、街の教会前で降りる。そこから歩いて路地裏にある小さな個人医院へ向かう。ヴァスラフはそこで医師の手伝いをするのが密かな楽しみだった。

「やあ、ヴァスラフ」

微笑みを浮かべて迎えてくれたのは、薄汚い貧民街に似つかわしくない上品な顔立ちの青年医師だ。黒髪に赤みの強い茶色の瞳。彼は神話を描いた絵画からそのまま出てきたような美しい若者だった。
ヴァスラフは両親の連れてきた家庭教師の授業などくだらないと思っていた。それよりも博識な先生のもとで手伝いをするほうがずっといい。
しかしここは娼婦や皮革職人なども訪れる医院で、両親に知れたら即刻立ち入り禁止を言い渡されるだろう。

診察の時間が終わった後、先生は医院の地下にある実験室で色々教えてくれる。
珍しい薬品や標本を見るのは楽しいし、何よりも彼が「君は助手よりずっと手際が良い。私の奥さんにして毎日手伝ってもらいたいくらいだ」と言ってくれる。

「僕もずっとここで先生に教えてもらいたい。家庭教師の話はつまらないんです」 

本心だった。だけど先生はヴァスラフの言葉を冗談だと思っている。

「そういうわけにはいかないよ。さあ、夜道は危険だから送っていこう」
「お願いです。あと少しだけ――」

帰っても熱を出した妹が待っているだけだ。両親は――とくに母親は自分のことなど厄介者だと思っている。長男である自分よりも妹のほうが大事にされているのは薄々わかっていた。

「おや、今日の王子様は随分聞き分けが悪いな。わがままを言われるのは嫌いじゃないが――。では特別にこれを進呈しよう」

そう言って先生は赤い石の付いた指輪をヴァスラフに手渡した。ランプにかざすと石が光を弾いてより美しく見えた。

「綺麗……。先生、これは何の石でしょう?」
「さあ何かな。それを次回までの宿題にしよう。もし当たったら君にプレゼントするよ」

気を良くしたヴァスラフは言うことを聞いて馬車に乗った。霧の中を屋敷まで送ってもらう間、家庭教師への不満や妹に対する嫉妬混じりの些細な話、読んだ本について考えたことなどを話していたが先生は静かにうなずきながら聞いてくれた。

(僕の話を聞いてくれる人なんて先生以外にいない)

「またおいで」と優しく言った先生。ヴァスラフは彼の馬車が霧に紛れて見えなくなるまで薄暗い門の前に立っていた。ポケットの中の指輪を触りながら鼻歌混じりでヴァスラフが帰宅すると、屋敷の前には使用人が数名立っていて、何やら物々しい雰囲気が漂っている。

「え、マリアナがいなくなった!?」

なんと、熱を出して寝ていたはずの妹がいなくなったという。
使用人総出で探すも屋敷内にはどこにもいない。ヴァスラフも加わって近隣一帯を夜霧に濡れながら探すが見つからなかった。

そこへようやく両親が帰宅した。
ヴァスラフの方をちらちら見て指差しながら、母が使用人や父に食ってかかっている。

(お母様が怒ってる。僕がちゃんと見ていなかったせいでマリアナがいなくなったから……)

霧はその晩土砂降りの雨に変わった。
風も強くなり、視界も悪いため捜索はあえなく中断された。

(きっと大丈夫――。すぐに帰ってくる。朝起きたらきっと、ノックもせずに勝手に「お兄ちゃん遊ぼう」って部屋に入ってくるんだ……)





眠れないと思ったのにいつの間にか寝ていたようで、ヴァスラフは翌朝母の金切り声で目が覚めた。

急いでガウンを羽織り、恐る恐る声のするエントランスホールを覗く。すると母が何か白っぽい布のようなものを抱きしめながら泣き喚いていた。

「あんまりだわ! あの子はまだ7歳なのよ。神様どうか嘘だと言ってください。何の罪も無いのにどうしてあの子が連れて行かれなくてはいけないの?」

(お母様……)

「きっとオオカミに襲われたんだわ。ああ、どうしてあの子なの? ヴァスラフの方ならよかったのに!」

母の言葉に全身が凍りついた。

「やめなさい! なんてことを言うんだ」

父がたしなめる声が聞こえるが、母の言葉はヴァスラフの胸に突き刺さった。

「だってあなた、病気の妹を置き去りにしたのよ。兄なのに!」
「よしなさい。それを言うなら我々だって同罪だろう」

母は泣き崩れた。彼女が手から落としたのは妹のケープだった。元々は白いそれが泥混じりの雨水と幼い妹の血を吸って赤黒く染まっている。
妹は一人で森へ入り、野獣の餌食になってしまったのだろう。

(僕が置き去りにしたばっかりに……!)

ヴァスファフは昨日自分が「湖へ花を摘みに行こう」と言ったことを思い出した。何気ない兄の言葉を覚えていたマリアナは、ヴァスラフが部屋にいないので先に湖へ行ったと思い、追いかけたのだ。

(母の言う通りだ。僕が喰われてしまえばよかった――……)

ふらふらとよろけながら部屋に戻った。昨日先生から借りてきた指輪が机の上に置いてある。その赤い石がさっき見た妹の血の色と重なって、ヴァスラフはとうとうこらえきれずに涙を流した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。

塩評判は当てにならない。

猫宮乾
BL
 腰を痛めた祖父の代わりに、家賃の回収に向かった僕は、ロベルトと出会う。なお、僕は就職先が騎士団に決まっているので、祖父が治るまでの臨時代理だ。ちなみに僕は第五騎士団だけど、噂によると第一騎士団の団長は塩対応で評判らしい。優しいロベルトとは全然違いそうだな、と、思っていたら――? ※異世界もの、平凡が溺愛されるお話です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【擬人化】鳥籠の花

りつ
BL
確信犯が頭のゆるい子を自分が与える快楽なしに生きていけなくしてしまう小話です。本人たちになんらの不満もない軟禁ハッピーエンド。最初から最後まで密室で致しているだけです。

俺は完璧な君の唯一の欠点

白兪
BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。 そんな彼にも、唯一の欠点がある。 それは、平凡な俺に依存している事。 平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

処理中です...