88 / 101
17 オリジン-9-
しおりを挟む
「宗教という概念はあらゆる時代、あらゆる場所において必要だ。拠り所がなければ人間は精神を病み、無益ないさかいを起こす」
「信仰が救いになると言いたいみたいだけど、それを忌み嫌っている人もいるわ」
「個々の性質は重視すべきではない。人間全てを管理するにはマイノリティは非効率的な存在だ」
「忌々しい……こんなことになると分かっていたら仕事を請けなかったのに――」
カイロウは今すぐオリジンの胴体から自作のパーツを引き剥がしたい衝動に駆られた。
「別の人間がそれに代わるだけだ。レキシベル工業社は27か月後まで政府と取引をする予定だった」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼はオリジンを神だと思ってしまった。
さすがに年中泳ぎながら俯瞰しているだけあって、地上で起こっている全てを知っている。
一企業どころか政府をも操れるのだとしたら、神という表現もあながち間違いではないかもしれない。
太い取引先ができたとウォーレスは喜んでいたが、まさかこんな精巧なロボットが糸を引いていたとは夢にも思わないだろう。
「仕事にまで口出しをするのか?」
「雇用の調節のためだ。政府には段階的に特定の企業と取引をさせる。企業を潤わせ、貧困者をそこで働かせる。これで雇用は定着する。
だが特定企業の繁栄は経済にも進化にもアンバランスをもたらす。刺激を与えるためには時機を見て当該企業を解体し、これを繰り返す」
ロジカルにロジックを語るオリジンは、もはやこの世のものとは思えない異質の存在だった。
唯一、同じ時間、同じ場所にいると実感できるのは、金属製の指がネジをしめる所作を見せた時だけだ。
「つまり――」
リエは知らず苦笑していた。
「――全部、あなただった、ということなのね」
この支配者気取りのロボットは言った。
個々の性質は重視しないと。
だからコッサ家の長女がリエ=カザルスとして育った経緯に、オリジンは関与していない。
彼女が医療系の学校に進んだことも、カイロウの助手を務めたことも。
それらは偶然であり、オリジンの直接的な働きかけによるものではない。
だが養親に虐げられ、養父を殺害し、結果としてこのクジラに乗り込む動機を作ったのは全てオリジンだった。
生まれた時から薄暗い空の下、濁った水を飲み、萎びた果実を喰い、恵みの雨で負傷した患者の生々しい傷を見る毎日を送る羽目になったのも――。
「あなたがこんなふざけた世界を造ったのね!」
「全ては必要なことだ」
憤怒するリエの声は低く、オリジンには聞き取りやすかった。
「まだ大事なことを聞いていない」
今度はカイロウだ。
リエが怒ったことで、彼は反対に冷静さを取り戻し始めた。
とはいえオリジンに対する不信感や憎悪は時を追うごとに増していく。
「子どもを連れ去る目的は何だ? ここに来る途中、人の姿を見た。彼らがそうなのだろう?」
返答次第ではあの不愉快な青白い顔を撃ち抜いてやろうと思っていた。
そうするだけの正当性は充分にある。
自分が作ったパーツを補修に使うくらいなのだから耐久性も予想がつく。
「理解するためには第3ピリオドの顛末を知る必要がある」
「……つまり2回壊した後の話か?」
「そうだ。当該ピリオドはフェイズ1が異常な状態から始まってしまった。これにより進化の過程も速度もいびつとなった」
「また分からない言葉が出たな。フェイズの意味は?」
「ピリオド内における区切りをいう。人間の発展の度合いや自然その他の環境によってフェイズは移行する」
「フェイズ1は原始時代か?」
「それは2だ。通常は1から始まることはない」
「だから異常な状態から始まったということか」
「ちがう。第3ピリオドは第2ピリオドの遺産の多くが残っていた。そのため想定を超える速度で進化が起こった」
リエはほとんど話を聞いていなかった。
もはや彼女が知りたいことはひとづだけだった。
理解を助けるための説明などどうでもよい。
子どもを連れ去る理由すら、彼女にはもう興味のないことだった。
「信仰が救いになると言いたいみたいだけど、それを忌み嫌っている人もいるわ」
「個々の性質は重視すべきではない。人間全てを管理するにはマイノリティは非効率的な存在だ」
「忌々しい……こんなことになると分かっていたら仕事を請けなかったのに――」
カイロウは今すぐオリジンの胴体から自作のパーツを引き剥がしたい衝動に駆られた。
「別の人間がそれに代わるだけだ。レキシベル工業社は27か月後まで政府と取引をする予定だった」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼はオリジンを神だと思ってしまった。
さすがに年中泳ぎながら俯瞰しているだけあって、地上で起こっている全てを知っている。
一企業どころか政府をも操れるのだとしたら、神という表現もあながち間違いではないかもしれない。
太い取引先ができたとウォーレスは喜んでいたが、まさかこんな精巧なロボットが糸を引いていたとは夢にも思わないだろう。
「仕事にまで口出しをするのか?」
「雇用の調節のためだ。政府には段階的に特定の企業と取引をさせる。企業を潤わせ、貧困者をそこで働かせる。これで雇用は定着する。
だが特定企業の繁栄は経済にも進化にもアンバランスをもたらす。刺激を与えるためには時機を見て当該企業を解体し、これを繰り返す」
ロジカルにロジックを語るオリジンは、もはやこの世のものとは思えない異質の存在だった。
唯一、同じ時間、同じ場所にいると実感できるのは、金属製の指がネジをしめる所作を見せた時だけだ。
「つまり――」
リエは知らず苦笑していた。
「――全部、あなただった、ということなのね」
この支配者気取りのロボットは言った。
個々の性質は重視しないと。
だからコッサ家の長女がリエ=カザルスとして育った経緯に、オリジンは関与していない。
彼女が医療系の学校に進んだことも、カイロウの助手を務めたことも。
それらは偶然であり、オリジンの直接的な働きかけによるものではない。
だが養親に虐げられ、養父を殺害し、結果としてこのクジラに乗り込む動機を作ったのは全てオリジンだった。
生まれた時から薄暗い空の下、濁った水を飲み、萎びた果実を喰い、恵みの雨で負傷した患者の生々しい傷を見る毎日を送る羽目になったのも――。
「あなたがこんなふざけた世界を造ったのね!」
「全ては必要なことだ」
憤怒するリエの声は低く、オリジンには聞き取りやすかった。
「まだ大事なことを聞いていない」
今度はカイロウだ。
リエが怒ったことで、彼は反対に冷静さを取り戻し始めた。
とはいえオリジンに対する不信感や憎悪は時を追うごとに増していく。
「子どもを連れ去る目的は何だ? ここに来る途中、人の姿を見た。彼らがそうなのだろう?」
返答次第ではあの不愉快な青白い顔を撃ち抜いてやろうと思っていた。
そうするだけの正当性は充分にある。
自分が作ったパーツを補修に使うくらいなのだから耐久性も予想がつく。
「理解するためには第3ピリオドの顛末を知る必要がある」
「……つまり2回壊した後の話か?」
「そうだ。当該ピリオドはフェイズ1が異常な状態から始まってしまった。これにより進化の過程も速度もいびつとなった」
「また分からない言葉が出たな。フェイズの意味は?」
「ピリオド内における区切りをいう。人間の発展の度合いや自然その他の環境によってフェイズは移行する」
「フェイズ1は原始時代か?」
「それは2だ。通常は1から始まることはない」
「だから異常な状態から始まったということか」
「ちがう。第3ピリオドは第2ピリオドの遺産の多くが残っていた。そのため想定を超える速度で進化が起こった」
リエはほとんど話を聞いていなかった。
もはや彼女が知りたいことはひとづだけだった。
理解を助けるための説明などどうでもよい。
子どもを連れ去る理由すら、彼女にはもう興味のないことだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる