蒼いクジラとネジ巻き人間

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
上 下
89 / 101

17 オリジン-10-

しおりを挟む
「彼らは基準の1.773倍の速度で技術開発を行い、やがて大量破壊兵器を生み出した。星全体に多大な影響を及ぼし得る戦略兵器だ」

「巨大な爆弾でも造ったのか?」

 オリジンはしばらく黙ったままだった。

 だがこの時代の人間がいっこうに思考力を働かせようとしないので、面倒臭そうに肘掛けのパネルを操作した。

「映像データが残っている」

 正面のモニタが鳥瞰ちょうかんした都市を映し出した。

 美しい港を手前にして高層ビルが林立している。

 空はやはり霧が覆っていて色味だけは閉塞感を漂わせている。

 しかし無数の小舟が空を飛び回り、幾何学的な外観の建築物が立ち並ぶさまは、明らかに現代の技術を超越した世界だった。

 区画整理も行き届いているようで、海側から望むと都市全体が見事なシンメトリーになっていた。

 一見しただけでも今よりずっと栄えていると分かる。

「空を飛ぶ舟に、あんな長いつり橋まで……まるで映画ですね。これがどうなるというのかしら」

 常識外のロボットが目の前にいるのだ。

 この風景も作り物なのでは、とリエは半信半疑だった。

「すぐに分かる」

 彼方の空に白く輝く一点が出現した。

 点は見る間に膨れ上がり、周囲の霧を巻き込みながら迫ってくる。

 眩い光が都市の足元に影を落とす。

 だがそれはほんの一瞬のことだった。

 光は高層ビルを貫きながら、やや離れた山にぶつかった。

 途端、モニタは白一色に染まった。

「これが72時間後だ」

 オリジンが映像を早送りする。

 一面の白はすっかり晴れていたが、代わって映し出されたのは今度は灰色にまみれた何かだ。

 土や石や木をどろどろに熔けるまで焼き、無造作にまき散らされたそれらが冷え固まったような。

 混沌とした大地がどこまでも続いている。

「兵器は地上を焼き尽くし、山を平らげ、海を干上がらせた。大気も土壌も汚染され、ごく原始的な生物のみが活動可能な星に成り果てた」

「信じられない……」

「彼らは自ら滅びたのだ。だが人間を含め、わずかに生き延びた生物もいた。我はそれらをクジラに収容した。

汚染が進み遺伝子が冒されれば種は絶えてしまう。そうなっては目的を達成できなくなる」

 この時だけはオリジンは見事に悲しむ仕草を表現した。

 俯き加減に額に手を当てる所作は、ぎこちなくも人間臭さがよく表れている。

「――ちょっと待て。収容したというのは人間だけではないというのか?」

「ここにはあらゆる動植物のサンプルがある。牛や豚、お前たちが名前を付けていない微生物さえ」

 その意味はカイロウにも理解できた。

 干ばつ等によって絶滅するのを防ぐため、植物の種子を保存するのはよく知られた方法だ。

 ただそれを人間に対しても行うとなるとイメージはつきにくい。

「種ごとに部屋を設け、適切な環境で保存する。人間は最も手間を要するうえに養殖にも向かない。したがって定期的に地上から確保する必要がある」

 悲しむフリはここまでだ。

 オリジンは青白い顔を上げた。

「永い時をかけて星が浄化されるのを待ち、再びそれらを蒔(ま)く。この作業は通常、ピリオド開始と同時に行うがこの回だけは例外だ。

その後は説明したとおりだ。気候を操作し、文化レベルや知識、技術等の適度な発展を促し、人間という種を維持管理する――。

ピリオドを重ねる毎にデータを蓄積し、今ではより効率良く管理することが可能になった――が、今回は再検証する余地があるようだ」

 滔々とした語りは数万年を生きているとは思えないほど淡泊だ。

 悠久の歴史を観測してきた重みはまるで感じられない。

「これでハッキリしましたね」

 蔑むような笑みを浮かべるリエは、改めて部屋を見回した。

 壁一面にモニタがある理由を彼女はようやく理解できた。

「結局、あれがやっているのは私たちと同じなんですよ」

 理解できないのはこのあまりに進み過ぎた過去の技術だけだ。

 たいそうな言葉で語ってはいるが、行動理念は極めてシンプルだと彼女は言う。

「畑に種を蒔いたり、増えすぎた害獣を駆除したり。そうかと思えば絶滅しそうな生物は手厚く保護して個体数を増やす。

山を拓くのも、沿岸を埋め立てるのも、私たちが自分たちのためにやっていること。それをあの――オリジンとかいうのは惑星規模でやっているつもりなんです」

 いわば自分たちはゲームの駒のようなものだと、リエは吐き捨てるように言った。

「そんな理由で人生を弄ばれるなんてごめんだわ」

 精一杯の悪意を叩きつける。

「それは愚かだ。我がいなければ人間は第3……いや第1ピリオドで滅びていた。お前の弄ばれる人生さえ存在しなかった」

 まるで自分に感謝しろと言わんばかりの口ぶりだ。

「つまりお前は、壊して作るを繰り返すのに必要な駒のために、娘を誘拐したのか」

「必要なことだ」

「それはもう聞き飽きた」

 カイロウは思った。

 遠い昔の人間にこれほどの技術があるのなら、なぜもっと話の通じるロボットを作らなかったのか。

 なぜ人間を駒にゲームをするような悪趣味なロボットを作ったのか。

 この場に呼び出して苦情のひとつも言ってやりたいくらいだった。

「役人もお前が操っているのか? 洗脳でもしているのか?」

「そのようなことはしない」

「ではなぜ連中は子どもを取り上げたり、クジラを批判した者を罰したりする!? お前たちが方舟を通して接触しているのは分かってるんだ。

ああ、そうだ! 分かったぞ! あの教団もお前が作らせたにちがいない!」

「それが文化であると根付かせただけだ。文化とは踏襲だ。過去から続く慣習に人間は疑いを抱かない。お前たちのような例外を除いては」

「そうなるように仕向けたのはお前だろう。お前は――」

 彼はいつかデモスがした伝説を思い出した。

 かつて神に挑んだ結果、思い上がりに怒った神に人間が滅ぼされたという話だ。

 神などいない。

 それが愛娘を奪われた彼の揺るぎない観念だ。

 だがこの話とオリジンの言葉を信じるならば、ピリオドの切り替わりは一致する部分がある。

 クジラを神とし、前のピリオドを生き延びた人間から口伝されてきたと考えれば――。

(いや、ちがう。こいつの論理を好意的に解釈してやる必要などない)

 自分もまた駒のひとつだということに気付けば、オリジンは神などではなくむしろ悪魔のほうが相応しいと思い至る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

1+nの幸福論~蒸気の彼方より愛を込めて

うたかね あずま
ファンタジー
 「旧世界」と呼ばれる高度な文明が栄えた時代が滅びた後、世界には魔法が当たり前に存在していた。  そんな中で魔力をまったく持たずに生まれてきたニナは、わずかな劣等感に苛まれながらも、自分の存在意義を探して前向きに生きようと模索していた。夢を叶える目前まで来ていたニナだったが、ある時、両親の死後失踪した兄の子だというリュカと出会う。家族を失ってどうしようもない孤独を感じていたニナは、突然現れたたった一人の肉親を切り捨てることができず、恩師の反対を押し切ってリュカを自らの子として育てることを決心する。  しかし、孤独な中でもそれなりに順風満帆だったニナの人生の歯車は、そこから少しずつ大きな運命の流れによって狂い始めていった。  どん底の状態で彷徨ったブランモワ伯領で、伯爵令嬢であるエレーヌに助けられたニナとリュカ。伯爵邸でしばらく穏やかに過ごしていたある日、ニナは異国の青年キアンと出会う。  圧倒的な魔力量に恵まれた彼はその才能を生かし、権威ある立場についていたが、国事犯というレッテルを貼られて祖国を追われてしまっていた。  人との関わりに苦悩を抱えるキアンにリュカの姿をつい重ねてしまい、ニナは何かとキアンのことを気にかけるようになる。そしてキアンの方も、ニナが自分のことを理解し受け入れてくれることに安らぎを覚え、信頼するようになる。  人の機微を正しく読み取り、相手の心情を察する能力を持つ魔力なしのニナと、第一魔術兵大隊隊長として偉大な功績を残すほどの実力を持つ空気の読めないキアン。そんな正反対の二人が、仲間や家族と共にさまざまな困難を乗り越え、少しずつ絆を深めていくスチームパンキッシュな冒険譚とかいろいろ説明してるけど大まかなとこ以外の流れは驚くほど未定。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

処理中です...