59 / 101
14 叛乱-6-
しおりを挟む
ハンドルを握るリエの顔は恐怖に青ざめていた。
鈍い衝撃と音が去った後、ミラー越しに男が中空から落ちてくるのを見たせいだ。
「ド、ドクター……どうしましょう!? 私……人を轢いてしまいました……!!」
あれだけの速度を出して真正面からぶつかったのだ。
あの男は生きてはいまい。
「かまわず走れと言ったのは私だ。きみには何の責任もない」
と言うカイロウもまた落ち着かない。
いざとなれば役人相手に過激な手に出ることも覚悟していたが、実際に目の前でそれが起こると平静ではいられない。
ましてやその衝撃を車体を通じて味わってしまったのだ。
人を死なせてしまった、という悔いは残る。
そしてそれ以上に、その片棒を担がせてしまった彼女への罪悪感が強かった。
「と、とにかくだ! 施設まで急いでくれ! さっきの男は安らかに眠れるよう祈っておこう」
こうなってはもう後戻りはできない。
あの男が勝手に飛び出してきたのだ、と思い込むことで彼は罪の意識から逃れることにした。
だが彼女はその割り切り方にはまだ一歩届いていなかったようで、
「私の質問に、”はい”と答えてください」
ぐっとハンドルを握ってリエが言った。
「さっき撥ねた人はクジラの使いで、私たちを苦しめるためにあそこに立っていたんですよね?」
問いの意味をカイロウは理解できなかった。
彼自身、まだ先ほどのショックを引きずっている。
そこに不可解な質問をぶつけられると、いよいよ頭が混乱してしまう。
助手席にいてこれなのだから、リエの精神はその比ではないだろう。
「ああ、リエ君。それより安全運転だ。それからできるだけ急いで――」
ハンドル操作を誤ってしまうかもしれないと思った彼は運転に集中するように言ったが、
「そうだと言ってください!」
彼女は叫ぶや、急カーブを速度を落とさずに曲がった。
信者や聴衆であふれ返っている一帯は、車道と歩道の区別がなくなりつつあった。
露店や集会の人だかりが車道にまではみ出ているからだ。
そこに法定速度ぎりぎりの車が飛び込んでくる。
風を斬るような駆動音をかき鳴らし、疾駆する車に彼らは悲鳴を上げながら四散した。
「ああ、ああ、そうだ! あの男はクジラの使いだ!」
質問の意味は分からないままだったが、彼女の気迫と運転の荒さに押され、彼は言われるままに従った。
「ありがとうございます!」
ふっと、車内に立ち込めていた殺伐とした緊張感が和らぐ。
その理由を確かめようとカイロウが運転席を見やるのとほぼ同時に、
「これで気に病まずにすみます!」
リエは一瞬不敵な笑みを浮かべた後、露店の隙間を縫うようにハンドルを捌いた。
車は大通りから強引に脇道に割り込む。
舗装されていない道が続くせいで、車体は激しく震動した。
「揺れますよ! つかまっていてください!」
「もう揺れてる!」
辺りは民家が立ち並び、往来も多い。
ここではさすがに速度を落とすだろうとカイロウは思ったが、車速は下り坂になってもまるで落ちない。
(………………)
彼は対向車が来ないことを祈った。
ついでに子どもが飛び出してこないことも願っておく。
リエはここから5分ほど、適当に車を走らせた。
追跡者があった場合に振り切るためであり、目的地を読まれないためでもあった。
そのために悪路、隘路を敢えて選ぶ。
途中、どこかの外壁に車体をこすったが、人にはぶつけてはいないようだった。
鈍い衝撃と音が去った後、ミラー越しに男が中空から落ちてくるのを見たせいだ。
「ド、ドクター……どうしましょう!? 私……人を轢いてしまいました……!!」
あれだけの速度を出して真正面からぶつかったのだ。
あの男は生きてはいまい。
「かまわず走れと言ったのは私だ。きみには何の責任もない」
と言うカイロウもまた落ち着かない。
いざとなれば役人相手に過激な手に出ることも覚悟していたが、実際に目の前でそれが起こると平静ではいられない。
ましてやその衝撃を車体を通じて味わってしまったのだ。
人を死なせてしまった、という悔いは残る。
そしてそれ以上に、その片棒を担がせてしまった彼女への罪悪感が強かった。
「と、とにかくだ! 施設まで急いでくれ! さっきの男は安らかに眠れるよう祈っておこう」
こうなってはもう後戻りはできない。
あの男が勝手に飛び出してきたのだ、と思い込むことで彼は罪の意識から逃れることにした。
だが彼女はその割り切り方にはまだ一歩届いていなかったようで、
「私の質問に、”はい”と答えてください」
ぐっとハンドルを握ってリエが言った。
「さっき撥ねた人はクジラの使いで、私たちを苦しめるためにあそこに立っていたんですよね?」
問いの意味をカイロウは理解できなかった。
彼自身、まだ先ほどのショックを引きずっている。
そこに不可解な質問をぶつけられると、いよいよ頭が混乱してしまう。
助手席にいてこれなのだから、リエの精神はその比ではないだろう。
「ああ、リエ君。それより安全運転だ。それからできるだけ急いで――」
ハンドル操作を誤ってしまうかもしれないと思った彼は運転に集中するように言ったが、
「そうだと言ってください!」
彼女は叫ぶや、急カーブを速度を落とさずに曲がった。
信者や聴衆であふれ返っている一帯は、車道と歩道の区別がなくなりつつあった。
露店や集会の人だかりが車道にまではみ出ているからだ。
そこに法定速度ぎりぎりの車が飛び込んでくる。
風を斬るような駆動音をかき鳴らし、疾駆する車に彼らは悲鳴を上げながら四散した。
「ああ、ああ、そうだ! あの男はクジラの使いだ!」
質問の意味は分からないままだったが、彼女の気迫と運転の荒さに押され、彼は言われるままに従った。
「ありがとうございます!」
ふっと、車内に立ち込めていた殺伐とした緊張感が和らぐ。
その理由を確かめようとカイロウが運転席を見やるのとほぼ同時に、
「これで気に病まずにすみます!」
リエは一瞬不敵な笑みを浮かべた後、露店の隙間を縫うようにハンドルを捌いた。
車は大通りから強引に脇道に割り込む。
舗装されていない道が続くせいで、車体は激しく震動した。
「揺れますよ! つかまっていてください!」
「もう揺れてる!」
辺りは民家が立ち並び、往来も多い。
ここではさすがに速度を落とすだろうとカイロウは思ったが、車速は下り坂になってもまるで落ちない。
(………………)
彼は対向車が来ないことを祈った。
ついでに子どもが飛び出してこないことも願っておく。
リエはここから5分ほど、適当に車を走らせた。
追跡者があった場合に振り切るためであり、目的地を読まれないためでもあった。
そのために悪路、隘路を敢えて選ぶ。
途中、どこかの外壁に車体をこすったが、人にはぶつけてはいないようだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる