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14 叛乱-6-
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ハンドルを握るリエの顔は恐怖に青ざめていた。
鈍い衝撃と音が去った後、ミラー越しに男が中空から落ちてくるのを見たせいだ。
「ド、ドクター……どうしましょう!? 私……人を轢いてしまいました……!!」
あれだけの速度を出して真正面からぶつかったのだ。
あの男は生きてはいまい。
「かまわず走れと言ったのは私だ。きみには何の責任もない」
と言うカイロウもまた落ち着かない。
いざとなれば役人相手に過激な手に出ることも覚悟していたが、実際に目の前でそれが起こると平静ではいられない。
ましてやその衝撃を車体を通じて味わってしまったのだ。
人を死なせてしまった、という悔いは残る。
そしてそれ以上に、その片棒を担がせてしまった彼女への罪悪感が強かった。
「と、とにかくだ! 施設まで急いでくれ! さっきの男は安らかに眠れるよう祈っておこう」
こうなってはもう後戻りはできない。
あの男が勝手に飛び出してきたのだ、と思い込むことで彼は罪の意識から逃れることにした。
だが彼女はその割り切り方にはまだ一歩届いていなかったようで、
「私の質問に、”はい”と答えてください」
ぐっとハンドルを握ってリエが言った。
「さっき撥ねた人はクジラの使いで、私たちを苦しめるためにあそこに立っていたんですよね?」
問いの意味をカイロウは理解できなかった。
彼自身、まだ先ほどのショックを引きずっている。
そこに不可解な質問をぶつけられると、いよいよ頭が混乱してしまう。
助手席にいてこれなのだから、リエの精神はその比ではないだろう。
「ああ、リエ君。それより安全運転だ。それからできるだけ急いで――」
ハンドル操作を誤ってしまうかもしれないと思った彼は運転に集中するように言ったが、
「そうだと言ってください!」
彼女は叫ぶや、急カーブを速度を落とさずに曲がった。
信者や聴衆であふれ返っている一帯は、車道と歩道の区別がなくなりつつあった。
露店や集会の人だかりが車道にまではみ出ているからだ。
そこに法定速度ぎりぎりの車が飛び込んでくる。
風を斬るような駆動音をかき鳴らし、疾駆する車に彼らは悲鳴を上げながら四散した。
「ああ、ああ、そうだ! あの男はクジラの使いだ!」
質問の意味は分からないままだったが、彼女の気迫と運転の荒さに押され、彼は言われるままに従った。
「ありがとうございます!」
ふっと、車内に立ち込めていた殺伐とした緊張感が和らぐ。
その理由を確かめようとカイロウが運転席を見やるのとほぼ同時に、
「これで気に病まずにすみます!」
リエは一瞬不敵な笑みを浮かべた後、露店の隙間を縫うようにハンドルを捌いた。
車は大通りから強引に脇道に割り込む。
舗装されていない道が続くせいで、車体は激しく震動した。
「揺れますよ! つかまっていてください!」
「もう揺れてる!」
辺りは民家が立ち並び、往来も多い。
ここではさすがに速度を落とすだろうとカイロウは思ったが、車速は下り坂になってもまるで落ちない。
(………………)
彼は対向車が来ないことを祈った。
ついでに子どもが飛び出してこないことも願っておく。
リエはここから5分ほど、適当に車を走らせた。
追跡者があった場合に振り切るためであり、目的地を読まれないためでもあった。
そのために悪路、隘路を敢えて選ぶ。
途中、どこかの外壁に車体をこすったが、人にはぶつけてはいないようだった。
鈍い衝撃と音が去った後、ミラー越しに男が中空から落ちてくるのを見たせいだ。
「ド、ドクター……どうしましょう!? 私……人を轢いてしまいました……!!」
あれだけの速度を出して真正面からぶつかったのだ。
あの男は生きてはいまい。
「かまわず走れと言ったのは私だ。きみには何の責任もない」
と言うカイロウもまた落ち着かない。
いざとなれば役人相手に過激な手に出ることも覚悟していたが、実際に目の前でそれが起こると平静ではいられない。
ましてやその衝撃を車体を通じて味わってしまったのだ。
人を死なせてしまった、という悔いは残る。
そしてそれ以上に、その片棒を担がせてしまった彼女への罪悪感が強かった。
「と、とにかくだ! 施設まで急いでくれ! さっきの男は安らかに眠れるよう祈っておこう」
こうなってはもう後戻りはできない。
あの男が勝手に飛び出してきたのだ、と思い込むことで彼は罪の意識から逃れることにした。
だが彼女はその割り切り方にはまだ一歩届いていなかったようで、
「私の質問に、”はい”と答えてください」
ぐっとハンドルを握ってリエが言った。
「さっき撥ねた人はクジラの使いで、私たちを苦しめるためにあそこに立っていたんですよね?」
問いの意味をカイロウは理解できなかった。
彼自身、まだ先ほどのショックを引きずっている。
そこに不可解な質問をぶつけられると、いよいよ頭が混乱してしまう。
助手席にいてこれなのだから、リエの精神はその比ではないだろう。
「ああ、リエ君。それより安全運転だ。それからできるだけ急いで――」
ハンドル操作を誤ってしまうかもしれないと思った彼は運転に集中するように言ったが、
「そうだと言ってください!」
彼女は叫ぶや、急カーブを速度を落とさずに曲がった。
信者や聴衆であふれ返っている一帯は、車道と歩道の区別がなくなりつつあった。
露店や集会の人だかりが車道にまではみ出ているからだ。
そこに法定速度ぎりぎりの車が飛び込んでくる。
風を斬るような駆動音をかき鳴らし、疾駆する車に彼らは悲鳴を上げながら四散した。
「ああ、ああ、そうだ! あの男はクジラの使いだ!」
質問の意味は分からないままだったが、彼女の気迫と運転の荒さに押され、彼は言われるままに従った。
「ありがとうございます!」
ふっと、車内に立ち込めていた殺伐とした緊張感が和らぐ。
その理由を確かめようとカイロウが運転席を見やるのとほぼ同時に、
「これで気に病まずにすみます!」
リエは一瞬不敵な笑みを浮かべた後、露店の隙間を縫うようにハンドルを捌いた。
車は大通りから強引に脇道に割り込む。
舗装されていない道が続くせいで、車体は激しく震動した。
「揺れますよ! つかまっていてください!」
「もう揺れてる!」
辺りは民家が立ち並び、往来も多い。
ここではさすがに速度を落とすだろうとカイロウは思ったが、車速は下り坂になってもまるで落ちない。
(………………)
彼は対向車が来ないことを祈った。
ついでに子どもが飛び出してこないことも願っておく。
リエはここから5分ほど、適当に車を走らせた。
追跡者があった場合に振り切るためであり、目的地を読まれないためでもあった。
そのために悪路、隘路を敢えて選ぶ。
途中、どこかの外壁に車体をこすったが、人にはぶつけてはいないようだった。
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