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14 叛乱-7-
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「きみの運転はいつもスリリングだな……」
ようやく施設に着いた頃には、カイロウは軽い眩暈を起こしていた。
車から降りても足元が揺れているような錯覚に陥り、咄嗟にリエの肩にしがみつく。
「あ、すまん。どうもああいうのには慣れなくてね」
「大丈夫ですか? 飛行機はもっと揺れると思いますが?」
対して彼女は涼しい顔だ。
口調も普段の凛然さを取り戻していて、人を撥ねたという罪の意識からは既に解放されているようである。
「きみが助手で良かったよ」
彼は思っていることをそのまま口にした。
一切の偽りはない。
パートナーとして長くやってきたからこそ、互いの長所と短所は分かっている。
仕事上の付き合いだったとはいえ、それなりに育んだ信頼関係もある。
行動を共にするなら彼女以外にはない、とカイロウは改めて思った。
「そう言われるように努力してきましたから」
本人はこんな時でさえどこかドライだった。
しかし表情は固い。
やはり罪悪感に苛まれているのでは、と彼は思った。
無理もない話だ。
対立する関係とはいえ、相手も政府の人間として仕事をしていただけだ。
それを撥ねてしまったという悔いは一生残るにちがいない。
「リエ君……?」
ふと見た横顔には疑問の色が浮かんでいた。
「妙なんです」
彼女は大きくへこんだボンネットを凝視していた。
塗装が剥がれ、一部には刃物で切り付けたような跡もある。
「こんなに傷むものでしょうか?」
「さ、さあ……人を轢いたことがないから分からないな……」
かなり荒い運転をしてきたから、その間についた傷かもしれないとカイロウは言った。
「それなら私がすぐに気付くと思いますが」
リエは納得していないようで、ひしゃげたボンネットを眺めていた。
「とにかくシャッターを開けてくるよ」
今は車にかまっている暇はない。
カイロウは裏口から施設に入り階段を下りた。
使用されていないのをいいことに、シャッターは外側からは開かないように細工してあった。
「ん…………?」
その途中、視線を感じて振り向く。
だが周囲には誰もいない。
先ほどの男のことが気になっているせいだと思い、雑念を振り払うように作業場へと駆けこんだ。
壁面のボタンを押し、奥のシャッターを開ける。
もう何年も動かしていなかった鉄の扉はすっかり錆びついていて、数センチ開くたびに不愉快な音を立てた。
がりがりと表面を削るような音もする。
カイロウは苛ついた様子でボタンを連打した。
そんなことをしてもシャッターは急いではくれないが、何もせず待っていることもできない。
結局、完全に開ききるのに2分ほどかかってしまった。
地上へと続くゆるやかな傾斜が作業場の照明と夕闇に照らされ、頼りなげに浮かび上がる。
その朧げな足元を確かめるように、ゆっくりと車が入ってきた。
奥の壁際につけ、カーゴルームを開けると、燃料の入ったタンクが満載されていた。
(よく考えるとリエ君の運転は危なかったな……)
下手を打てば燃料に引火して大爆発を起こすところだった。
そうなっては計画が頓挫するどころか、2人まとめて灰になっていただろう。
「これをどうするんですか?」
「機体後部の給油口に流し込むんだ。ホースとフィルタがあるからそれを使ってくれ。私は石を積み込む」
リエは言われたとおりにした。
この手の作業は専門外だったが、彼女は一度説明を聞いただけで要領を得た。
20個以上あるタンクから燃料を移すのに30分はかかる。
その間にカイロウは形状や大きさを整えておいたタードナイトを慎重に運んだ。
もし燃料に触れてしまったらすぐに光と熱を発生させてしまう。
この狭い空間ではエネルギーはあっという間に伝播し、他のタードナイトが意図せず暴発する恐れがある。
飛行機が飛び立ち、クジラの高度に到達するのに必要となる瞬間まで両者は反応させてはならない。
給油口から取り込まれた燃料は、両翼下部に流れるようになっている。
対してタードナイトは個体であるため、機体底部に設けたスペースまで自力で運ばなければならない。
何往復かする頃にはカイロウの息もすっかり上がってしまっていた。
「代わりましょうか?」
見かねたリエが苦笑交じりに言う。
「いや、大丈夫だ。それよりそっちは順調かい?」
「ええ、もう終わりますよ。これで最後で――」
タンクからホースを抜き取ったリエは、その手を何者かに掴まれた。
彼女が振り向くより先に、
「何をしているんですか?」
その人物はカイロウに向かって質問を投げつけた。
若い男の声だった。
振り返り、その顔を見るまでもなく彼にはそれが誰か分かった。
ようやく施設に着いた頃には、カイロウは軽い眩暈を起こしていた。
車から降りても足元が揺れているような錯覚に陥り、咄嗟にリエの肩にしがみつく。
「あ、すまん。どうもああいうのには慣れなくてね」
「大丈夫ですか? 飛行機はもっと揺れると思いますが?」
対して彼女は涼しい顔だ。
口調も普段の凛然さを取り戻していて、人を撥ねたという罪の意識からは既に解放されているようである。
「きみが助手で良かったよ」
彼は思っていることをそのまま口にした。
一切の偽りはない。
パートナーとして長くやってきたからこそ、互いの長所と短所は分かっている。
仕事上の付き合いだったとはいえ、それなりに育んだ信頼関係もある。
行動を共にするなら彼女以外にはない、とカイロウは改めて思った。
「そう言われるように努力してきましたから」
本人はこんな時でさえどこかドライだった。
しかし表情は固い。
やはり罪悪感に苛まれているのでは、と彼は思った。
無理もない話だ。
対立する関係とはいえ、相手も政府の人間として仕事をしていただけだ。
それを撥ねてしまったという悔いは一生残るにちがいない。
「リエ君……?」
ふと見た横顔には疑問の色が浮かんでいた。
「妙なんです」
彼女は大きくへこんだボンネットを凝視していた。
塗装が剥がれ、一部には刃物で切り付けたような跡もある。
「こんなに傷むものでしょうか?」
「さ、さあ……人を轢いたことがないから分からないな……」
かなり荒い運転をしてきたから、その間についた傷かもしれないとカイロウは言った。
「それなら私がすぐに気付くと思いますが」
リエは納得していないようで、ひしゃげたボンネットを眺めていた。
「とにかくシャッターを開けてくるよ」
今は車にかまっている暇はない。
カイロウは裏口から施設に入り階段を下りた。
使用されていないのをいいことに、シャッターは外側からは開かないように細工してあった。
「ん…………?」
その途中、視線を感じて振り向く。
だが周囲には誰もいない。
先ほどの男のことが気になっているせいだと思い、雑念を振り払うように作業場へと駆けこんだ。
壁面のボタンを押し、奥のシャッターを開ける。
もう何年も動かしていなかった鉄の扉はすっかり錆びついていて、数センチ開くたびに不愉快な音を立てた。
がりがりと表面を削るような音もする。
カイロウは苛ついた様子でボタンを連打した。
そんなことをしてもシャッターは急いではくれないが、何もせず待っていることもできない。
結局、完全に開ききるのに2分ほどかかってしまった。
地上へと続くゆるやかな傾斜が作業場の照明と夕闇に照らされ、頼りなげに浮かび上がる。
その朧げな足元を確かめるように、ゆっくりと車が入ってきた。
奥の壁際につけ、カーゴルームを開けると、燃料の入ったタンクが満載されていた。
(よく考えるとリエ君の運転は危なかったな……)
下手を打てば燃料に引火して大爆発を起こすところだった。
そうなっては計画が頓挫するどころか、2人まとめて灰になっていただろう。
「これをどうするんですか?」
「機体後部の給油口に流し込むんだ。ホースとフィルタがあるからそれを使ってくれ。私は石を積み込む」
リエは言われたとおりにした。
この手の作業は専門外だったが、彼女は一度説明を聞いただけで要領を得た。
20個以上あるタンクから燃料を移すのに30分はかかる。
その間にカイロウは形状や大きさを整えておいたタードナイトを慎重に運んだ。
もし燃料に触れてしまったらすぐに光と熱を発生させてしまう。
この狭い空間ではエネルギーはあっという間に伝播し、他のタードナイトが意図せず暴発する恐れがある。
飛行機が飛び立ち、クジラの高度に到達するのに必要となる瞬間まで両者は反応させてはならない。
給油口から取り込まれた燃料は、両翼下部に流れるようになっている。
対してタードナイトは個体であるため、機体底部に設けたスペースまで自力で運ばなければならない。
何往復かする頃にはカイロウの息もすっかり上がってしまっていた。
「代わりましょうか?」
見かねたリエが苦笑交じりに言う。
「いや、大丈夫だ。それよりそっちは順調かい?」
「ええ、もう終わりますよ。これで最後で――」
タンクからホースを抜き取ったリエは、その手を何者かに掴まれた。
彼女が振り向くより先に、
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若い男の声だった。
振り返り、その顔を見るまでもなく彼にはそれが誰か分かった。
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